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清算

2014年9月3日ー


なんでもっと早く人を殺しておかなかったのだ?

僕はどうしようもないバカだ。ああ、難しく考えていた時間がもったいない。その間に奴らを何人殺せただろう?

殺意に自由を与えるだけで、思っていたよりも簡単に人を殺めることができてしまった。子供の頃に遊び半分でやった万引きよりずっと容易かった。練習では子猫さえ殺せなかった僕が、もう何人目になるだろう。予報外れの雨が、今夜の“死の清算”にエールをかけているように思える。


悲しみに暮れる女教師を演じているターゲットに、雑誌記者を名乗り電話をかけた。


「自殺した生徒が、『担任の先生もいじめを見て笑っていた』と明かした記録がある」


そう脅し、彼女に自宅近くのバーで、ウイスキーをロックで5杯飲むように指示した。


「私の体が目的なら、そんな必要ないわ。生徒の証言を渡してくれるのなら、1回くらい寝てあげる。ホテルで会いましょうよ」


残念だが、僕の目的は彼女の体ではない。だから、心が冷え切っている彼女らしい、その申し出を断った。


もうすぐだ。帰宅路にある、この歩道橋に、まともに歩けないほど酔いが回った彼女がやってくる。雨はますます強くなっていた。僕は歩道橋の階段を降りようとする彼女の背後に迫り、ためらうことなく突き飛ばす。階段を転げ落ちた彼女の血が雨に流され、排水溝へ吸い込まれていく。まるでアスファルトが汚い地で染められることを嫌がっているように見えた。


「痛い…誰か、助けて…」


雨音が、心地良く彼女の声を消してくれる。


「あの子がいじめられていたことを知っていたんだろ。それどころか、いじめを見て、自分のストレスのはけ口にしていたんだろうが」


「許して、お願いだから、許して…」


「あの子もそうやって救いを求めていたんだよ!」


酔っ払いの転落死。彼女の死はそう処理され、今回の“死の清算”が完了した。



足立西警察署。

女性教師の検死結果を持ってくる若手刑事の松永優子。


「毎日、よく飽きませんね」


ゆっくり味わいながら、かつ丼を食べているベテラン刑事の甲田隆史。


「かつ丼落としの甲田。実際に見るまでは、作り話だと思っていました。甲田さんが、あまりにもおいしそうにかつ丼を食べると、本当に容疑者が自白するんだもん」


「人間、かつ丼には、嘘をつけないものさ」


「また、訳のわからないことを…。それより、この検死結果どう思います」


「…酔っ払いの転落死だろ」


「死亡した女性の生徒が先月、自殺したばかりなんですよ。もうこれで、7件目です。死の清算が行われたのは…」


「また、その話か、ただの偶然だと言っているだろ」


「いいえ、これは偶然なんかではありません。特に今回は、自殺した少年の担任が、死の清算の対象となったのですから。今までだって、罪のない人が犠牲になると、危険ドラッグのバイヤーや、詐欺グループが犠牲者と同じ人数になるまで殺されています」


「松永よ、もしその死の清算とやらを実行している奴がいるとして、お前はそいつを逮捕できるのか?」


「当然です。理由はどうあれ、7件で23人を殺害している殺人鬼ですから」


「さすがは刑事課のホープだな。意志の強さは尊敬に値する」


「からかわないでくださいよ。私が必ず容疑者を逮捕してみせます。もし黙秘された場合は、甲田さんに落としてもらいますからね」


「…自信、ねぇな…」


かつ丼を残して、ふたを閉める甲田。


「甲田さんが残すなんて珍しいですね。さすがに毎日は、飽きますか?」


「ああ、飽き飽きしているよ…こんな毎日に」




2016年5月8日ー

震えが止まらない。ここはもう、僕の部屋だ。安全なんだ。でも、震えが止まらない。一歩間違えば死ぬところだった。今日は、運がよかっただけだ。きっと、次は生きて帰れない。死の清算を始めてから、もう2年近くにもなる。


ネットでは死の清算者として、一部の犯罪マニアから注目されるようになってしまった。警察だって、そのうち気付くだろう。いや、もう動き出しているかもしれない。30秒後にチャイムが鳴り、僕はあっけなく逮捕されるかもしれない。もう、安らげる場所がない。


飲酒運転の事故に巻き込まれた5人の死の清算を行うため、闇カジノの関係者5人を順番に始末しようとしたところ、4人目の男の愛人宅で待ち伏せにあった。眉間に銃口を突き付けられた。


「助けて、助けてください」


涙を流して、命乞いをした。

すると、4人目の男が、突然膝を崩して倒れた。

右目に殴られた痕があった愛人の女が、果物ナイフで4人目の男の心臓を突き刺していた。


「もっと、早くこうすべきだったのよ」


彼女はナイフを引き抜くと、震えている僕の手に握らせた。


「命を助けてあげたのだから、あなたが捕まってちょうだい」


「ありがとうございます」


僕は彼女に何度も頭を下げた。

そして、死の清算は終わりにしようと心に決めた。


父も叔父も弁護士で、僕も幼少期から弁護士になることを期待されていたけれど、司法試験に2度失敗した。付き合っていた彼女は、一発で司法試験に合格した後輩に奪われた。その後輩は、彼女とハメ撮りした映像を僕に送りつけてきた。僕がその映像を拡散することができない腰抜けと知ってのことだ。

完全な負け犬だ。自暴自棄になった僕は、死を意識するようになった。でも、どうせ死ぬのなら、誰かを道連れにしようと考えた。


虐待され命を奪われる子供たち、夢半ばで事故に合う若者たち、詐欺にあい借金を背負い自殺に追い込まれる老人たち。

罪なき人がなぜ、命を奪われないといけないのか?

罪深き人はなぜ、命を奪われないのか?

善人が命を落とした数だけ、悪人の命を奪い、チャラにする必要がある。いつか悪人に返り討ちにあい、死んでしまうその日まで、死の清算をしようと決めたはずだった。


だけど、もう死と直面する恐怖に立ち向かうことはできない。ネットで一部の人たちからヒーロー扱いされた僕は、生きていることに楽しさを感じるようにもなっていた。このまま、命あるうちに、普通の生き方に戻ろう。あのナイフについた指紋も、前科はないから、そう簡単に僕だと特定されないはずだ。今なら、戻れる。今なら、戻れる。何度もそう呟くと、体の震えが少しずつおさまってきた。

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