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肛門の寅

 2015年12月31日の大晦日。世間が年末年始の休暇で浮かれた気分を味わっている頃、伊勢湾に面した明野飛行場で、県議会と契約する警備会社の社員である猪口寅蔵は警備に当たっていた。

『寅さん、今日の晩飯はソーキそばだそうですよ』入社後輩のドライバーが言ってきた。

「ソーキそばねえ……。大晦日のそばは、普通は和蕎麦だろう」

 寅蔵は眉間の皮をぽりぽりとかきながら反応を返した。ソーキそばとは短命に終わった琉球王国の料理で、三角県の不法移民の郷土料理でもある。三角県の人口構成を考えればソーキそばが存在する事も仕方がないと言えた。ただし寅蔵がその事に納得してる訳でもなかった。

 90年代初頭のバブル崩壊は日本を変えた。地方の自治権拡大は「地方は地方でやれ。尻拭いはごめんだ」と言う政府からの通知だった。結果、失業者や貧困の増加は不良外国人による治安の低下を生み出し、2009年9月に発生した日本同時多発テロは日本の歴史を変えるプレリュードとなった。

 容疑者であるテロリスト集団、大日本毛沢東主義根幹革命軍(通称大毛根軍)は大陸や半島系住民の支持を母体としている。指導者烏丸山尚登(カラスヤマナオト)の身柄を引き渡すよう日本政府から、半独立状態にある三重県、奈良県、滋賀県に要請を出したが大毛根軍の影響は大きく拒否された。

 2013年7月、県議会の権限剥奪と武装解除を目的に自衛隊と警察が大挙して送り込まれたが、大毛根軍の掃討作戦は遅々として進まなかった。それでも2015年12月には旧三重県、奈良県、滋賀県の三県を統括する仮呼称・三角県の臨時県議会に治安維持の主導権は渡された。実質的な三角県からの撤退である。

 飛行場を警備するM1117装甲警備車は旧三重県警のV-150装甲車を元にしている。大陸から支援を受けた大毛根軍の装備に対抗する為の処置として導入された物だ。

 C-2輸送機がエプロンをタキシングしている。

 滑走路から離陸する最後の輸送機を見送り、三角県で警備員をしてるのも理由がある。

 世の中には順番がある。それは作法であり、ラーメンに入れるのシナチクだろうと、漬物のキムチだろうと変わりはない。順番を守らないのは無知蒙昧な人モドキだけだ。

 軍隊に於ける行軍序列は戦闘行動中のであれば死の順番に当たる。兵隊が死んで、下士官が死んで、将校が後に死ぬと言う事ではない。尖兵、前衛、本隊、後衛のそれだ。

 前衛の先を進む尖兵は文字通り切っ先となる。

 人体の栄養素を取り込む順番なら口だろう。

 では後衛はお尻に当たるのか?

 確かにお尻に異物を入れて病院に運び込まれる馬鹿なニュースは散見されるが、後衛から排泄物は出ない。

 兵站を司る輜重も運び込む組織で排泄機関ではない。

 中に入れれば出す物は存在する。アイドルが糞尿を漏らさないと言うのは幻想に過ぎない。

 美少女でもゲロは吐く。

 では軍隊に於ける排泄機関、肛門とは何か?

 封建制度の時代、王と領主にとって汚れ仕事を扱うのは領外から集められた即席の外人部隊や傭兵であった。現代の軍隊にとっては占領政策を補助するPMCがそれに当たる。

 PMCは民間軍事会社とは呼ばず、警備会社の武装警備員として扱われる事が多い。軍事色を取り除きたいからだ。やってる事はアウトソーシングで組合(ギルド)に近い。

 そんな訳で三県から引き揚げた司法機関の代わりに、寅蔵の会社の他に多くの警備会社が契約をしていた。

 警備の人手は幾らあっても足りなかった。

 敵である大毛根軍は防御の硬い都市部や主要幹線道路を狙って攻撃をしてくる。普通は、防御の弱い所を攻撃するのではないかと考えるが、それだけ守る側にとっては重要な箇所であり攻撃があれば更に兵力を増強しようとする。それだけ負担を与えられるからだ。

 戦場に於いて最良の兵器とは最強の兵器である。

 歩兵相手に歩兵の武器で対抗するのは馬鹿でしかない。装甲車に搭載した対空用の機関砲が役に立つ。警備会社の装備は、改正警備業法によって100mm以下と決められているので、主力戦車や一部の榴弾砲を除いて現行の兵器の殆どが使用可能だ。

 現に寅蔵の乗るM1117装甲警備車は12.7mm機関銃と40mmグレネードランチャーを装備していた。並みの歩兵分隊なら瞬殺出来る火力だ。臓物と脳漿を飛び散らせる相手は日本国の敵だ。遠慮は要らない。

「俺はパスだな」

『喫茶店にでも食いに行くんですか?』ドライバーは再び聞いてきた。

「せっかくの年越し蕎麦だしな」

 ソーキそばを年越し蕎麦として認めるには、寅蔵と後輩の人生観が違いすぎた。寅蔵は自嘲気味な笑いを浮かべた。


     ◆◆


 鉄道沿線の残骸が広がる県道24号線は大毛根軍と三角県の境界線だ。

 県道34号線の久居駅南交差点(GP)には三角県公安委員会の認可を受けた警備会社の1個小隊が警戒の為に交代で駐屯していた。AK-74、SVD、M1911A1は警備会社の標準的な装備だ。なぜ共産圏の装備を使うかと言えば、敵から入手が簡単だからだ。

 警備会社は自衛隊と違い3日間の短い基礎訓練を終えると最初にGOPに配置される。その後、3ヶ月がGP生活となる。

 大野木亮太の勤務も残り5日となっている。

「21異常なし」

『90了』

 無線機から返ってくる返事は淡白だ。大野木はまだ20代の前半で、身長は186cmと高い。 実家の和歌山県では稲刈りを手伝ったりサバゲや筋トレで鍛えられていた。戦史研究を趣味としており自分では知識もある方だと自負している。

 定時報告を終えて交代すると、自分の寝床で煙草とバカルディを楽しみながら大野木がのんびりしていると砲声が聞こえた。

「何だ?」

 腰を椅子から浮かせた瞬間、小隊の陣地は砲撃を浴びて吹き飛んだ。大野木は肉片すら残らなかった。

 SEALsの訓練を受けた海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊(SBU)によって、今年の5月に烏丸山が殺害されて大毛根軍指導部はいささか混乱に見舞われていた。だが後継者の乃畑(ノバタ)は混乱した組織をまとめるべく強硬路線に変えた。自衛隊と警察が引き揚げた隙を狙って旧三重県久居市で攻勢を開始したのだった。


     ◆◆


 三角県警察の新米警察幹部である、晋舞史寛警部補は第10警察旅団第33警察連隊第1中隊に所属している。第33警察連隊は三角県公安委員会の管理する地方警察と異なり、国家警察で国家公安委員会に属する。自衛隊が引き揚げた後、虎の子の正規部隊と言えた。

 事務所で車両運行許可書に判子を押していると、中隊長福田孝行警視から声をかけられた。「晋舞警部補、まだ慣れてないだろうが、そうも言ってられない状況だ。小隊長として協力してくれ」

「は、はい」緊張しながらも晋舞は返事を返した。

 幹部職員が戦場で求められる物は様々だが、原則的には不変の物がある。部下を消耗品とする事へ抵抗感や責任感を持たない事だ。下手に考えすぎると心を病んでしまう。かつて警察学校で晋舞も「姑息な愛情で、部下に命令する事を躊躇してはならない」と教えられている。幹部と言う役に成りきる演技力と行動力、状況に応じて部下や自分自身に嘘をつける事、敵を見抜く事、我の意図を隠す事、知識が求められる。

 しかしまだそこまで気持ちを切り換えるほど現場慣れをしていないが、事は急を要すると言うことで晋舞に命令が与えられた。

 敵の侵攻により味方の展開が遅れていた。敵軍は光泉寺方面より雲出川を渡河する意図で24号線を前進中。我が連隊は両岸に進出、敵の前進を阻止すべく陣地占領を行う。この際、中隊は連隊の前衛を命じられており、晋舞の小隊は中隊の尖兵だった。

 敵の兵力は1個歩兵連隊(3個iBn基幹)、1個FABn、若干のTKが確認されている。

(おそらくは59式か69式戦車だろうな)

 オーバーレイに書き込んだ敵情を確認しながら晋舞は考える。

 まず敵状を判断する。こいつらは何をしてるのか、何をしたいのか、何ができるのか。

 敵は2個大隊を並列配置して前進してくる。その後方には砲兵が続いているのは共産圏の標準編成だ。端的に言うと晋舞の中隊をけちょんけちょんのめっためったに叩き潰す事が簡単に出来る兵力だ。

 次に我の目的から任務分析をする。

 明治37年10月10日、満州軍は戦機を捉えて優勢なロシア軍に攻撃を敢行し撃破しているが、火力の発達した今日で優勢な敵に対しての攻撃はナンセンスだ。我が関係部隊として連隊には旅団から1Co/1TKBn.1Bn/1FAが配属されている。これらの連隊主力が到着するまで中隊は陣地防御をする。前衛と言う物自体が防勢の性質なので仕方がない。

 続いて地形の判断だが、市街地は一種の隘路で正面に展開出来る兵力はさほど多くはない。さらに川が天然の防壁となり、敵の進撃経路を制限できる事が救いだった。

「小隊長、集まりました」

 先任の前上博士巡査部長から各分隊長が集まったと晋舞に報告が入った。

 第一分隊長萩原負彦、第二分隊長松沢博昭、第三分隊長村八分博紀。いずれも水虫と性病を持つベテランだ。

「知っての通り大毛根軍が攻めてきた。中隊は連隊の前衛として出発し雲出川を越える。うちの小隊は尖兵を命じられた」

 戦術を教わるのは幹部職員だけではない。警察学校でも初歩的な事を学んでいる。自分達がどう言う役割を求められているか理解していた。

 左手側の駐車場に中隊のCPが置かれ防御の重点は須賀瀬大橋北詰交差点となる。雲出川に架かる橋梁は空自が爆破してくれるとの事だ。晋舞の小隊は旧須賀瀬町に展開する。敵の手に落ちている可能性もあったが、陣地占領の命令を受けていた。

 住宅が建ち並んだ内戦前と違い、今は廃墟か更地が目立ち視界は開けている。だが瓦礫はそのままなので車輌や部隊の移動には支障がある。必然的に県道に移動は制限されていた。

 須賀瀬大橋まで車両移動しそこから徒歩移動となった。晋舞は小隊から巡査部長1、巡査3を建物付近の斥候に送った。隣接する近鉄名古屋線の鉄橋、県道15号線は既に存在しない。

 萩原巡査部長は往復1時間程で戻って来ると報告した。

「敵の方向はこの方向です。当初、目標に前進していた所、機関銃を装備した15、6名の敵を確認しました」


     ◆◆


「敵が後方に現れました!」

 駐屯地で連隊主力と共に出発準備中だった連隊長の元に届けられた報告は驚くべきことだった。

 敵は予備隊の1個iBnを崩壊した伊勢自動車道方向より渡河させ、津市久居総合体育館方向に進出して包囲しようとしている。正面で拘束しながらの迂回機動。攻撃の主眼は敵を包囲し戦場で撃滅する事にある、と言う言葉を体現する教範通りの動きだが予想できなかった。

 包囲に対する対応は概ね3つの行動がある。正面で攻撃を行う、迂回部隊を攻撃する、兵力に余裕があれば翼を延伸する。今回の場合は敵の包囲が成功段階にあり、阻止は不可能だった。

「撤退だ」

 退路遮断されれば連隊は捕捉撃滅される事が目に見えていた。

「しかし1中隊がまだ向こう岸に残っていますが」

 連隊長は迷わない。大の為に小は犠牲にする。それが社会と言う物だ。

 連隊長から指示を受けた福田警視は「よがんす」と、了承した。本隊の撤退を容易にする為、敵に気取られてはならない。自分達が残る事で多くを助けられる。

「撤退成功後は本隊に追及し合流する」と一応、方針は決まったが、100%自分達は包囲に取り残される事になる。


     ◆◆


 大毛根軍の攻勢が始まるまで、全般的に三角県の秩序が回復されつつあった。それでも依然として世界でも有数の凶悪な危険地帯に変わりはなかった。民間防衛の観点から見れば多数の警備会社参入は治安維持に貢献している。

 三角県東部、四日市の駅前にある小さなビル。そこには自治体に雇われた警備会社「Tax Evader」の出張所が置かれていた。室内には数人の姿がある。

 分解していたスライドをがっちりと合わせてFNブローニング・ハイパワー自動拳銃を手入れしていた結城琉雅は今年、11才になる。本来なら小学校5年生だが、今の三角県では義務教育が有名無実であり、裕福な家庭以外は教養を身に付ける機会も無かった。ここでの結城は少年兵でしかない。

 県公安委員会から支給品のベレッタM92FSのフロントサイトを勝手に削り、頭がおかしいとしか言い様が無い荒業を見せているのは先輩の中村剛。琉雅の4倍は生きている人物で、自衛隊が撤退するまでは都市ゲリラとして売国奴相手のゲリラ戦を行っていた。琉雅達の勤める「Tax Evader」の社長野仲とは反大毛根軍の活動を通じて知り合った。いわゆる舎弟分の関係に当たる。中村は三重県四日市市出身で、地元では祖父の猟銃で猪や鹿を射止め害獣駆除に貢献していた。この腕を買われ、レミントンのM700狙撃銃で売国議員を血祭りにあげてきた。

 会社の武器庫には、日本政府から三角県公安委員会を通して各警備会社に貸与された武器の一部であるM16A2、H&K MP5のKとA4の短機関銃、同じくH&K PSG-1狙撃銃、ベネリM3とレミントンM870の散弾銃や、大毛根軍が装備していた鹵獲品のAK47などが保管されている。日本が未だに准戦時下と言う事を考えれば当然だった。

「県議会からの要請だ。他の警備会社と共同で久居に行くぞ」

 読んでいた文庫を閉じて顔を上げたのは寅蔵だ。空港警備を下番で交代して休憩を兼ねた待機をしていた所だ。

「給料日だってのに金をおろして使う前に仕事か」

 読んでいた小説のタイトルは『地球英雄ジョニー・弾』で、戦前から続いているシリーズだ。3000冊を超えても毎月発刊が止まらない。驚異的ベストセラーだ。

「33連隊が大毛根軍の包囲を受けている。救出が仕事だ」

 武装警備員は警備業務の範囲を超えて純戦闘員として行動する事がある。それは法的解釈としては自衛を逸脱する物だが、警備業務の一環と言う事でグレーゾーンとされていた。今回の場合は33連隊の身辺警備である。

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