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カルパッチョ

①カルパッチョの場合


 英雄願望。それは誰しも子供の頃は憧れ、経験して来た道だ。アニメや特撮のキャラクターになりきるごっこ遊びもその始まりと言える。

 だが夢だけでは食べていけない。夢を掴むのは本の一握りな成功者だけで、大人になると言う事は周囲と折り合いをつけて妥協を知ると言う事だ。

 レイナルド・カルパッチョは24歳、軍警察(カラビニエリ)の精鋭、第1落下傘連隊「トスカーナ」に所属する下士官だった。空挺と言えばどこの国でも精鋭の歩兵と言える。

 元々は陸軍フォルゴーレ落下傘旅団の一員であったが、第2機動旅団に移動となった。この時、同僚は国内に戻れた事で喜ぶ者が多かった。だがレイナルドは警察官の安寧とした日常に満足できず「俺は生きてると実感出来る戦場の緊張感が好きなんだ」と言葉を残して退職した。

 再就職先は大手石油会社の傘下企業である警備会社、紛争地帯や内戦国での荒事対策だった。

「良いね、うちはやる気のある兵隊を募集している。おたくはピッタリだ」

 社長はCEOと同じ特殊部隊(SAS)出身で、レイナルドを快く受け入れてくれた。仕事は見て盗めと言うが、右も左も分からない新人には基礎をしっかり教えなければならない。レイナルドの場合は経験者なので応用が効いた。

 そして現在、東南アジアのウィーナーヒンチンにやって来ていた。仕事は民間商船の武装警備員(コントラクター)。港に荷降ろしが済めば復路のマニラで休養が取れる。

 南シナ海の深い色を甲板で眺めながらレイナルドは船員の話を聞いていた。

「この辺りは中国人の海賊も多いんだ。本来なら海軍の仕事だが、あいつらは賄賂を貰って海賊を目こぼししてやがる」

「なるほどね。それで俺達の出番って訳か」

 レイナルド達は船会社の要望で海賊を釣りだし一掃する事を目的としていた。

「しっかりやってくれ。俺の仲間もやつらに殺られたんだ」

「任せとけ」と肩から吊るしていた小銃を見せる。軽く答えるレイナルドは、乗員の女性にも軟派な声をかけ典型的なイタリア人に見えたが仕事はきっちりとする男だ。そうでなければこの仕事を続けられない。


     ◆



 1975年11月、スペインの偉大な指導者フランシス・フランコが亡くなるとスペインは混乱を見せた。植民地も例外ではない。

 東南アジアに残された最後のスペイン領土、ウィーナーヒンチンで王政復古を求める元貴族や共産主義者による革命軍が蜂起した。しかし現地軍を指揮するアバスカル将軍が反乱を容赦なく叩き潰した。

 鎮圧に遠慮が無かったのも当然で、アバスカル将軍は第二次世界大戦中、独ソ戦にスペインが派遣した義勇兵、青師団の一員として参加しており、共産主義者のやり口を知っていたからだ。

 1976年、ウィーナーヒンチンがスペインから独立するとアバスカル将軍は民主的な選挙で大統領に選ばれた。名士であり宗主国スペインやアメリカの援助を引き出せると言う事も大きかった。

 反共を謳い文句に長期政権を維持するが、冷戦終結後の世界でアメリカにとっての存在価値を低下させていた。2014年12月、ウィーナーヒンチンで革命が起きた。終生大統領を名乗っていたアバスカル将軍は台湾に渡航して留守だった。

「独裁政権は倒れて民主政権が設立した。貧困をもたらした珍妙な政治とも言えぬ時代は終わった! 我々は独裁者から解放されたんだ、レーニン万歳、毛沢東万歳、自由万歳!」

 国際社会は新政権を事後承認する形となった。国内では反動が大きく、国民の血税を湯水のように注いで拡大された軍隊と警察は即日解体される事になった。

「ゆっくりしない秘密警察の豚野郎は制裁だ!」首都ポチョムキンの市警察署は乱入した市民に警察官が引きずり出されて殴り倒されていた。入り口では、革命軍のメンバーが公安の事務所から奪い取った報告書を燃やしている。その側で「ゲスな密告者」と書かれた職員が街路樹に吊るされキムチを投げつけられて処刑されていた。

 アメリカはロシア人に近付いていたアバスカルを危険視し、民主化運動のリーダーであるバティスタに接触をしていた。

「愛するウィーナーの国民よ。私はアバスカル大統領だ。共産主義者(コミュニスト)に煽動された愚劣な不穏分子によって国を奪われたが、私は健在だ」とアバスカル将軍はバティスタ政権を認めず抵抗を呼びかけた。

 解体に抵抗する軍は呼応して2015年1月にカルデロン大佐の首都師団、セルバンテス中佐の海兵隊、コンテスティ中佐の空輸特殊作戦団が首都を奪還。バティスタと新政権閣僚を血祭りにあげた。共産勢力は一掃されたが、民主化の芽も潰されようとして居た。

「平和に対する罪、虐殺者としてアバスカル将軍を逮捕する」

 アメリカは自由主義世界に対する挑戦として、2月にウィーナー共和国の治安回復に沖縄の海兵隊とハワイの第25歩兵師団、ノースカロライナ州フォートブラックの第82空挺師団を投入した。世界最強を自負するアメリカにとって、自分達の援助で成り立っていた東南アジアの小国は、簡単にねじ伏せる自信があった。

 アメリカ軍のウィーナー共和国展開から3ヶ月が過ぎた。各地でアバスカル将軍を支持する旧国軍による抵抗が続いていた。

 ポークビッツ街道が通るシャウエッセン山脈はアバスカル将軍の勢力圏になっている。アメリカ軍と革命軍改め新生共和国軍も掃討作戦を行っているが、元々、COIN作戦のプロであるアバスカル将軍には手の内が読めていた。

「まさか軍隊が丸々、将軍につくとは思わなかった。どうするんだ? ベトナムやイラクの二の舞は御免だぞ。だから報道管制をさせているんだ」

 忌々しげに呟く大統領に統合参謀本部議長が答える。

「反乱軍に投降勧告を出してはいますが芳しくありません」

 アバスカル将軍の人望はアメリカが予想していたよりも高い。貧しい生活から抜け出して軍隊に入れば肩で風を切る事が出来るようになった。バティスタは曲がりなりにも纏まっていたウィーナー共和国を乱した。革命軍の指導部は壊滅し、民主政権の後継者はガルベスが就任したがアメリカの傀儡と受けが良くない。

「ガルベス大統領は共和国防衛軍の強化を求めております。ですが与えた装備を持ってそのまま将軍の下に寝返る部隊もありまして、まったく信用は出来ません」

「かと言ってこのままでは、アバスカル将軍に世論が味方する。まったくマスコミって奴は好き勝手に煽動するから迷惑だ。と言う訳でだ。アメリカは常に正義の側でなくてはならない。速やかに対処したまえ」

 CIAはヒットマンを送り込みアバスカル将軍を抹殺する事を提案した。頭さえ失えば敵は烏合の衆に成るとの判断であった。


     ◆


 レイナルドは世界最高のバトルライフルに数えられるAK74を手に舷側に居た。戦闘で最後の武器となるサイドアームは、FN社のFive-seveNと言う凶悪な拳銃だ。ダンゴムシや冷凍マグロなら木っ端微塵に出来る。レイナルド自身、近接戦闘で冷凍マグロの有効性を知っていたがいつでもマグロが手に入る訳ではない。マグロも漁獲量の制限などで手に入れる事が難しくなっていた。

 視線の先には高速艇が見える。数は三隻。海賊だ。

「船の武装はRPGと機関銃程度だ。対空ミサイルまでは持ってないだろう。一気に片付けるぞ」

 レイナルドの上司であるアドルフ・ホフマンが指示を出した。フランス外人部隊の出身でアルジェリアやコンゴでも戦ったと言う古強者だ。

 甲板にシートを被せて固定されていたヘリコプターが姿を現す。MH-6のベースに成ったMD530だ。レイナルド達がヘリコプターに乗り込んだ。

 ローターが強風を巻き上げながら甲板から飛び立つヘリコプターの姿は海賊からも目撃された。ただの貨物船狙いのはずがジョーカーを引いていた。2機のMD530の出現に対して海賊達は、慌てて空に銃を向けて撃ってくるが的外れだった。

(屑は死ね)

 逆にレイナルド達が放った5.45x39mm弾が高速艇に撃ち込まれていく様は爽快と言えた。船に残ったホフマン達も射撃に加わっている。なぶり殺しだった。

「シュトレン、そっちはどうだ」

『沈めた。次にかかる』

 海賊船はボロ船に成って降伏をするが船主の要望で全員射殺した。死体はそのまま海が片付けてくれる。

 船に戻るとホフマンが衛星電話でやり取りをしていた。新たな問題が発生したと言う事は険しい表情から伺い知れた。

「新しい仕事が入った──」


     ◆


 佐藤安久は1993年の夏、東京都に生まれた。両親は当時まだ成人したばかりで、親になるには未熟だった。両親の離婚、児童保護施設での生活を経て不良、暴走族、愚連隊と人生の脱落街道を突き進んでいた。

 2015年、上納先の暴力団員と揉めて殺害。破れかぶれになった佐藤は、逃走資金として組事務所から覚醒剤、ヘロイン、現金を盗み出して国外逃亡をしたが、乗り込んだ密航船で身ぐるみを剥がされた。不味い食事を出され船倉で揺られる日々が続いた。

「着いたのか?」急かされて降りた場所は何処だか分からなかった。

「あばよ、馬鹿な日本人(シャオリーベン)」と船員達は嘲笑を浮かべて船は去っていった。「シャオ? 俺は佐藤だが……」怪訝な表情を浮かべる佐藤とおどおどした表情の男達を武装した兵士が取り囲んだ。後で知ったが「ようこそ、ウィーナーヒンチンへ」そう言っていた。佐藤達は騙されて外人部隊に売り飛ばされたのだった。

 無力感を感じた佐藤だが、幸いにしてそこには先客の日本人が居た。商社に勤めていたが違法賭博にはまって借金まみれになり国外逃亡をしようとした所、佐藤と同じ目にあった桑島だ。桑島から佐藤は生きる為に英語やスペイン語を学んだ。日常会話は無理でもある程度の命令を理解出来る。

「集合だって」

「何でしょうね?」

 桑島に従い運動場に整列した。政治委員が朝礼台に上がると言葉を発した。

「お前達は様々な理由でここに送り込まれた。望んで来た者は僅かだ。そこでお前達にチャンスをやろう」

 外人部隊は共和国の警察軍に所属する。あくまでも治安維持としてアメリカ軍を支援してアバスカル将軍の部隊と戦う。この辺りの説明を桑島から後で受けた。

 荒い息を吐き出しながら佐藤は山を登っていた。南国と言っても山岳地帯には雪も残っている。上空を飛ぶUH-60ヘリコプターに忌々しげな視線を向けた。82空挺師団の航空大隊だ。自分達と違い金持ちなアメリカ兵は歩かないで済む。

 山の尾根に沿った稜線には陣地を築く事が通常だが、アバスカル将軍は制空権を握られている以上、ゲリラ戦に徹するしかなかった。佐藤達は空爆のやりにくい巣穴を足で捜し叩く事が仕事だった。

 乾いた銃声が聞こえた。戦闘を歩いていた桑島が射たれた。次の発砲を警戒し散開して身を潜めた。胸を真っ赤に染めた桑島はピクリとも動かない。

「どこから射ってきた?」

 虚ろな瞳から生気が抜けていく事を佐藤は黙って見ているしか出来なかった。

 何も考えられない。岩肌にへばりついた佐藤の背中が緊張からじっとりと汗ばむ。

「分からん!」

 知らせを受けた海兵隊3/12大隊が155mm榴弾砲から砲撃で支援をしてくれたが、30分後に再び狙撃を受けて死者が追加された。この日は10名を殺された所で日が暮れ襲撃は止んだ。だが佐藤達の神経は休まらない。次の日には自分が死ぬかも知れないからだ。


     ◆



 レイナルド達はオパーイ港から首都ポチョムキンに移動し、郊外のアメリカ軍宿営地タラバガニで依頼の説明を受けた。宿営地の名前は海兵隊1/3大隊長の好物から採った物だ。

 タラバガニの代わりにバーベキューの食欲をそそる匂いが宿営地に漂っていた。

「依頼主はこの国の政府と言う事になっているが、アメリカだ」

 ホフマンは平然と言った。オフレコでも何でもない、公然の秘密と言う物だ。

「今回の依頼は簡単、人を一人ぶっ殺して来るだけだ。ズバリ、標的はアバスカル将軍だ」

「すげえ、大物じゃないですか」

 アバスカル将軍は民兵に毛が生えた程度の新政府軍を蹴散らし支配地域を拡大していた。デルタフォースやSEALsを投入し幹部を拘束すると、将軍の居所を吐かせた。

「巣穴が分かっているなら巡航ミサイルを撃ち込んで始末すれば簡単だが、死体をお望みだ」

 正規軍にやらせろとレイナルドは内心で思ったが口には出さない。成功は報酬を生むからだ。

「アバスカル将軍を捕まえろ。奴を殺すまで戦争は終わらんぞ」

 包囲網の形成として、第3海兵連隊(Regimental Combat Team 3)から海兵隊2個大隊、陸軍のタスクフォース1/504が出てきて外周を固めていた。警察軍から出された外人部隊が掃討に当たる。

 説明を受けたティームの面々に動揺は無い。逆に望む所だった。

「現地警察軍に我々に協力する」

「そいつらはどの程度の腕なんですか? 俺の国とかと比べて」

 レイナルドが空挺だった事を仲間は知っている。

「寄せ集めの外人部隊だそうだ。弾除けにはなるだろう」

 その後、レイナルド達は外人部隊と引き合わされた。オブザーバーとして、それぞれ分隊に随行する。

「こちらはレイナルド・カルパッチョ氏。元イタリア軍警察の下士官で我々と同業だ。今回、我々の掃討に同行する」

「カルパッチョってイタ飯か」

 その呟きにじろりと視線を向けた。佐藤だ。

「この東洋人は何て言ったんだ?」レイナルドは佐藤の方に顎をしゃくって通訳に尋ねた。

「イタリア料理みたいな名前だと──」

 肩に負い紐で下げていたAKの銃口を佐藤に向けて構えた。

「マリア様に祈れ」

「ちょっと待てや、短気すぎねえかアンタ!」

 言ってる事は分からないが佐藤はレイナルドを怒らせた事だけは理解した。勘弁してくださいとジャンピング土下座をして、ようやく怒りを収めて貰えた。

(このイタ公、やべえ)


     ◆



 狭い隘路は待ち伏せには最適だ。その為、味方のヘリコプターが行軍するレイナルド達の頭上をカバーしてくれていた。

 ヘリコプターを落とすために必要な武器である携帯式対空ミサイルや重機関銃がいつでもある訳ではない。代用する事で任務はこなせる。ソマリアで民兵がRPGでブラックホークを落とした事は映画でも有名だ。同じ事がここでも発生した。

 崖の上でヘリコプターが墜落し爆発した。

「糞、はめられた」カルパッチョが呟いた瞬間、上から声をかけられた。

「降伏しろ。お前らは包囲されている」

 SCARを構えた兵士の姿が見える。将軍の親衛隊だ。

 ベトナムからイラクまで派遣された歴戦の部隊で、アメリカ軍とも軍事交流をしていた。装備は東西を問わず最新の物を揃えられている。

(良い玩具を持ってるじゃねえか)

 ふと敵の顔に見覚えがあると気付いた。

「パネットーネ中尉?」そう呼びかけられて相手はまじまじとレイナルドの顔を見た。

「カルパッチョ軍曹か」

 パネットーネ中尉は軍警察時代の上官で小隊長だった。

「なんで小隊長が」

「お袋がガンで入院費、治療費と金が居るんだ」

 パネットーネが母子家庭だった事を思い出す。難病は補助があるとは言っても病院代が馬鹿にならない。中尉の安月給では賄いきれない物がある。

「負けが決まった雇い主に義理を尽くす必要は無いでしょう。俺達を通してくれたら、小隊長の仲間全員をうちの会社で働ける様に話をつけますよ」

 しばらく話し合うとあっさりと承諾した。傭兵は金次第で雇い主を変える。

「話はついた」

 レイナルドの言葉が通訳されるとほっとした空気が流れた。

「約束は守れよ」

「勿論です。俺達は一仕事あるんで、上司に迎えを送るよう言っておきます」

 通りすぎようとした瞬間、佐藤は鼻がむずむずする物を感じた。こらえようとした瞬間、盛大にくしゃみをしていた。

 銃声と共に倒れるパネットーネ。頭が射ち砕かれていた。誰が射ったと視線が集まった先には佐藤が鼻水をたらしていた。

「あっ、ごめん」

 佐藤はくしゃみの瞬間、思わず引金を引いてしまった。

「騙しやがったな!」

 パネットーネの仲間が怒鳴り声をあげて、それを合図に撃ち合いが始まった。

「このろくでなしの東洋人(グーク)め!」

 佐藤をぶん殴るとカルパッチョは航空支援を要請した。血が流され、もはや交渉は不可能だった。岩肌に身を屈めて嵐が過ぎ去るのを待つ。

『──ついてるな。フライングドラゴンが急行中だ』


     ◆


 重量のある炸裂音が空から響いた。崖の上から土砂と共に、人体の部位がばらばらに成って降ってきた。105mm榴弾だ。続けて40mm機関砲、25mmバルカン砲が火を吹いた。空に描かれた火のシャワーは、ウィーナーヒンチンに進出していたAC-130スペクターからの挨拶だ。カルパッチョ達を包囲していた敵は崖上に居た為、良い目標になった。

「良いぞ、どんどぶっ殺せ!」興奮して立ち上がった佐藤だが、側頭部を5.56mmNATO弾が撃ち抜いた。ぶちまけられた血と脳の断片をちらりと見てレイナルドは溜め息を吐いた。引っ掻き回すだけのカス。それが佐藤の評価だった。

(これだけ騒げば将軍様も逃げ出して居るだろうな)

 AC-130の攻撃が止むと辺りは畑の様に耕されていた。死体は吹き飛んだか埋もれたかで見分けがつかなかった。

「前進!」

 部隊は移動を再開した。司令部とされる洞穴へ突入したのは日が暮れてからだった。

 警護の兵を排除し、中を制圧するが将軍の姿は見当たらなかった。

「引っ越しした後か……」

 レイナルドの予想通り、老獪なアバスカル将軍は身に降りかかる危険を知ると潜伏先を変えていた。洞窟の先には入り江があり、古いロシアの潜水艦でウィーナーヒンチンを脱出した後だった。

 今回の掃討作戦をアメリカは成功として報道した。ただしアバスカル将軍の行方は捜索中だ。

 依頼を達成できなかったが会社に人材派遣の代金は支払われた。金額を聞いて口笛を吹くレイナルド。「気前の良い雇い主のお陰で、人並みにバカンスを楽しめるな」口止め料も入っている。



②小田切亮の場合


 世界が放射能を帯びた黄砂によって毛根が減少する中でハゲブームになった2016年、育毛剤の材料となる豊富な資源の眠るアフリカ大陸は西欧諸国の文明社会とは異なる理で動いていた。豆腐よりも弱いメンタルでは死んでしまう、すなわち暴力である。

 2015年12月にブルキナファソで発生したクーデターは、マリ、ニジェール、コートジボワール、ガーナ、トーゴ、ベナンと国境を接した隣国全てを巻き込んだ。

 最良のピックアップトラックであるトヨタのランドクルーザーが車列を列ねて、サヘル地域の乾燥しひび割れた大地を走行していた。コートジボワールの反政府ゲリラだ。ゲリラと言えば中二病の集まりである。

 彼ら自身は大義の為に戦う義士のつもりだが、政府にとってはテロ行為に過ぎない。そして犯罪者は法に依らなくても処罰される。蛮族さながら、暴力で対話をしないクズで外道だからだ。

 車列を襲う為に、ぎらつく太陽を背にECOMOGに所属するギニア空軍のMig-21戦闘攻撃機が天空から舞い降りて来た。ギニアは隣国コートジボワールの不安定化は自国に飛び火すると考え、コートジボワール政府に全面協力をしていた。仕掛けて来るなら遠慮をする必要は無かった。

 レーダーやミサイルの無い対空警戒だとTVゲームよりも簡単で、襲撃は短時間で終わる。クラスター爆弾の華が開き全てを破壊した事を確認すると離脱して行く。

 2016年、コートジボワールで活動する武装勢力はゲリラ、政府軍、ECOMOGの三者で、ここに新たな勢力が加わった。

 愛知県に本社を置くペペ石油化学工業株式会社。育毛剤とボディケア、アンチエイジングを専門とする会社で、その警備部門だ。本来は施設警備が業務内容である警備だが、ぺぺでは攻撃的手段として運用されていた。

「我が社は育毛剤の業界トップを目指す。その為には各国政府との関係強化は必要不可欠である。その尖兵が君達、警備部だ。ゲリラを倒し毛根を守るのだ」

 小田切亮は、バイト先を首になって再就職したら実質的な兵士としての仕事であった事に驚かされた。

 面接の時、亮は恥ずかしそうに「でも海外勤務ですよね。英語とか喋れませんけど」と行ったが、「言語に心配は要らない。会社はアホでも馬鹿でも最低限度の会話を二ヶ月で喋れる様にする」そこまで言われてだったら、と若者特有の英雄願望もあって初めての仕事に挑んだ。

 西アフリカ支店の警備部部長松岡幸一が出動する社員に業務内容を説明した。

「コートジボワール政府より提供された情報によるとゲリラは近日、首都で行われる西アフリカ諸国経済共同体の会議襲撃を計画してるとの事だ。そこで先手を打ちゲリラの根拠地を襲撃する」

 コートジボワールの沖では大手企業が石油やガスの採掘を行っていたが、ぺぺは紛争地域・内戦地域に積極的に介入し、競合地域を政府が取り戻し治安が回復する事で恩恵を受けようとしていた。警備部は限られた予算から成果を求められており、装備は安物ではなく一流が支給されていた。

「今回、目標となるコートジボワール北部、コリアの街はゲリラの支配下にあり、拠点として使われている。コリアに駐屯するゲリラは歩兵1個大隊規模、若干の戦車、火砲を装備している。都市の制圧はぺぺ警備部単独で行うが、その後は政府軍が引き継いでくれる」

 松岡部長の説明を聞きながら亮は初めての実戦に期待を高めた。ゲーム感覚でラノベやアニメの主人公になる気分を求めた。それだけだ。


     ◆


 帰還中の部隊から定時連絡が途絶えた。その事でゲリラは政府軍の襲撃を警戒して、戦車や対空ミサイルを起動させた。信念も思想も上部だけで薄っぺらなゲリラにしては良い動きだった。

 予想は違わず、Mi-24ハインドの支援を受けながら戦車が現れた。最新のヘリコプターに比べればハインドは熟れた熟女だが、ゲリラ相手には十分な性能を持っている。それにペペ警備部が投入したのはスーパー・ハインドで知られる南アフリカ製の機体だった。

 さらに戦車はアルタイと呼ばれて、偉大な科学先進国である大韓民国のK2戦車をベースに独自の改良を施されたトルコ製の戦車だ。ぺぺ警備部が特車として採用している。

 対するゲリラも冷戦時代の骨董品ではあるがT-55戦車を装備していた。しかし所詮は100mm砲である。

 アジア最強と売り込まれたK2戦車を更に改良したのだ。半世紀以上も前に開発された戦車とは性能が違った。

 亮は戦場に出て興奮を覚えたが、自衛隊からの出向組である車長の平野保生は落ち着いていた。

「訓練通りに落ち着いてやれば良い。安心しろ、こいつは61式戦車より良い」

 平野にとっては自衛隊で培った経験を反映させるだけだった。

「61式戦車?」例えが古すぎて亮にはいまひとつ伝わらない。

 だが戦いは待ってくれない。

『前方敵戦車、行進射、射て』小隊長から指示が来た。

「やるぞ、小田切落ち着いて狙え。道路右、戦車、徹甲、射て」

 3両のアルタイが120mm/L55の咆哮を響かせた。T-55戦車の車体正面100mmの装甲が簡単に食い破られ、何両ものT-55戦車がアルタイの圧倒的な火力によって撃破されていく。そして反撃をしてもアルタイの複合装甲は豆鉄砲の様に弾いていた。

「アルタイは伊達じゃない!」

 一方的な蹂躙にゲリラは恐怖した。歩兵や戦闘機の戦いと違い戦車は兵器の性能差がはっきりと出る。旧式戦車では戦えないのだ。T-55戦車を撃滅した後のゲリラを蹂躙する事が容易かった。

 ピックアップトラックに乗せた無反動砲やATMで迎撃を試みるも物の数ではない。さらにT-155自走榴弾砲が制圧射撃を浴びせた。世界でもトップレベルの自走榴弾砲であるK-9をベースにトルコが──以下省略──と言う事で155mmL52の威力でコリアのゲリラは壊滅し、ぺぺは解放されたコートジボワール北部での採掘権を独占的に入手する結果となった。


     ◆


 インド亜大陸の南東に浮かぶセイロン島、ここを統治するスリランカは国としての纏まりを失っていた。

 長い内戦の末、ようやく平和になると選挙が行われたが結果に不満な少数派が武装蜂起し内戦が再開された。

 これによってインド軍がセイロン島に平和維持活動として派兵されたが、さらに火に油を注ぐ形となってしまった。

 インドが北部の反乱軍を支援しているのは公然の事実だった。前回の内戦は中途半端に手出しをして失敗したが、今回は合法的に傀儡政権を立てる事でインドへのセイロン島併合も目論んでいた。

「インドって何でスリランカを攻めようとしてるんですか?」

 戦場で兵士としての勘を身に付ける前の新兵と言っても良い亮の質問に平野は「政情が不安定な隣国ってのは存在自体が罪なんだよ。と言っても、地方軍閥で勢力が分かれている限りは無法地帯って訳でもないんだけどな。結局はセイロン島が欲しいだけだな」と答える。

 2016年3月、ぺぺ石油はインド軍と共同してセイロン島南部解放に部隊が送り込まれた。現地のタミル人民兵は添え物に過ぎず、戦闘の主役は派遣されて来たマラータ・ライト・インファントリー(MLI)、落下傘連隊、パンジャブ連隊と言ったインド陸軍の精鋭で、ぺぺ警備部はその補助的役割を与えられていた。

 その中には西アフリカから転戦して来た亮や平野の姿もあった。

「落下傘連隊ね」自衛隊から退職扱いで出向して来た新入社員である坂本秀樹は、インド軍の実力を過小評価していた。習志野の第一空挺団で降下誘導小隊に所属していた猛者だけにその自信も仕方ない。そんな坂本の態度を諌めるように先輩の近藤弘治は言った。

「ただの空挺じゃないぞ。連中、元から特殊部隊で、南アフリカと同じパターンだな」インド陸軍の特殊部隊が改編で空挺に纏められた部隊だ。しかし坂本は「俺だって空挺レンジャーですよ」と驕りを隠そうともせず自分達だけで南部のスリランカ政府軍を一掃出来ると豪語していた。

 Su-30MKIが制空権を握り、インド空軍の航空優勢で南進は開始された。時折、上空を通過するMig-27ML攻撃機が地上目標を破壊している。ロシア製の機体が多いのは、少しでもインドの関与を否定する為だ。

「敵はコロンボで抵抗する構えを見せている。2個師団規模の兵力が集結中だ」

 スリランカ政府軍に協力する人民解放戦線(JVP)は多数派だが共産主義者である為、インドとは相容れない。「連中はゲリラの掃討を名目に虐殺を行っていた。越えてはいけない線を越えた屑だ」と、JVPの抹殺が命令されていた。砲声と爆音が響く中、JVPの拠点制圧へとぺぺ警備部は動き出した。

 ヘリボーンで移動した亮達はJVPの拠点の一つを襲撃した。そこは指揮中枢と報告が上がっている。AFVの類いはインドの正規軍が相手をしてくれているので、純粋な歩兵戦闘だけを考えればよかった。

 略奪品であるフィリップモリスの煙草銘柄であるマールボロとジムビームの酒瓶を分配して楽しんでいたJVPのメンバーのひとときは銃声と爆発音で強制終了させられた。

 突入の先頭を切ったのは坂本の班だ。開始前は「アードベクプロヴナンスを賭けないか?」と軽口を叩く余裕を見せていたが、さすがにプロだ。ふざけた態度も成りを潜め空気を切り換えている。

「あはは、死にたい奴はかかって来い」アドレナリンが分泌されて爆笑する亮が装備しているのは、ミリタリーオタクの中では最高と評価される韓国製K11複合小銃である。FPSとサバイバルゲームで鍛えられた亮は実銃で敵を射てる事に喜びを感じていた。

「痛っ!」

 ばか笑いをしていた亮は足下の注意が疎かになりバーボンの酒瓶を踏み、バランスを崩して舌を噛んだ。テンションはだだ下がりである。

(何をやってるんだ、あいつは。でも最近の若い奴は凄いな)

 平野は、亮の人を殺す事に対する割り切りと躊躇の無さに驚いていた。殺し合うと言うよりゲーム感覚だ。

「うわ、QBZ-97じゃないか」ミリタリーオタクである亮は、敵の所持していた銃に目を輝かせた。

 傭兵やPMC、ゲリラは資金力に問題があって安いロシアか中国製のAKを使うイメージだがJVPに関しては当てはまらない。スリランカ軍の援助で、ブルパップの97式自動歩槍を装備している。

「貰って帰ったら不味いですか?」本気で欲しそうな亮の口調に平野は苦笑を浮かべた。

「駄目に決まってるだろう。それより、先を急ぐぞ」

 幾ら自衛隊からの出向組が居るとは言っても、民間企業の警備員(傭兵)では限界がある。敵が体勢を立て直す前に制圧するのが急襲の目的だ。

 JVPは何とか政府軍に応援の要請をしようと試みるが、通信妨害を受けて連絡が遮断されていた。

 ぺぺ隊員はK11の銃口を室内に向けると20mm擲弾を容赦なく撃ち込んで行く。擲弾が炸裂する轟音が響く。倒された負傷者に無慈悲にも5.56×45mmNATO弾で止めを刺した。火力ごり押しの蹂躙であった。さすがに映画と違い蜂の巣になる前に数発を受ければ、ぶるぶると震えて崩れ落ちていく。

 銃声がストレスに成る程、続いている。粗方の敵を倒したのか反撃も下火に成って来た。

『セイバーフィッシュ1からゴルフ5へ。タイタニックの沈没を確認した。スジコンに向かえ』JVP指導者の殺害に成功したと言う報告と、回収地域に向かえと言う指示だ。「ゴルフ5、了」

 銃撃戦も終息に向かいつつある。敵が温存していた戦闘車輛は車庫で破壊され追跡の脅威は無い。闇夜に紛れて戦場を離脱した。残敵はインド軍が気化爆弾を落として一斉駆除を行った。こうしてスリランカの抵抗勢力は一掃されてセイロン島はインドに併合された。これでペペは新たな取引先を得る事に成る。



③ゴビ砂漠、真昼の決闘


 中国大陸のゴビ砂漠。荒れ果てた砂漠は核実験の影響もある。

 ここに中国共産党に叩かれた分離独立派の残党──中国共産党が言う所のテロリスト──が集まり、中国政府に対し攻撃を行おうとしていた。

 世界の指導者であろうとする大韓民国は自由の戦士である分離独立派の支持を決定。戦闘服、防弾チョッキ、K-11複合型小銃から大はK2戦車黒豹、K21 歩兵戦闘装甲車、K9 155mm自走榴弾砲、機動ヘリコプタースリオン、F-16戦闘機がベースのFA-50戦闘攻撃機と気前よく軍事援助で供与していた。その為、鎮圧を行えば激しい抵抗が予想された。

 ゴビ砂漠に接近する輸送機はスペインのCASAとインドネシアのIPTNが共同開発したCN-235。中国政府からテロリスト殲滅の依頼を受けたペペ中国支店の機体だ。せっかくのFA-50も飛んでいなければ脅威ではない。

 CN-235の貨物室には、ブラジルで開発された40トン戦車のEE-T1が積まれていた。EE-T1戦車はGIAT社の120mmG1を搭載している。MWM TBD234ディーゼルエンジンは信頼性も高い。

(人生、何があるか分からないな。本当)

 亮と平野は新たな戦車の乗員として配置されていた。出発前に渡されたパック飯を口に運ぶ亮。ペペ警備部では湯煎にかけられる真空パックなら何でも戦闘糧食として採用された。携行、保存から考えた選択だ。

 間もなく降下地域上空へ侵入すると報告が入ってきた。輸送機のクルーは1ブロックの範囲に積み荷を落とす精密な腕前を持っている。カウントと共に空に戦車が飛び出していく光景は壮観だが、車内に居る亮からは見る事が出来ない。

 地表への着地落下傘が衝撃を和らげる。

「前進用意、前へ!」

 無事着地に成功した。敵の警戒は第一次世界大戦レベルで、目に頼っているだけのざるだ。

 空中では手足も出せず的でしか無いが、地上に降りれば遠慮は要らない。敵の宿営地に向けて砂漠の海を走る。

「市民相手の無差別テロは正義ではない。テロリストには適切な対応がある。そちらには期待してる」そう中国政府から派遣された連絡係は言っていた。

 亮は共産主義の一党独裁を好ましく思っていないが、会社が依頼を引き受けた以上、仕事は仕事と割り切っていた。それに悲鳴が響き、血と硝煙、鉄の焼ける香りがする戦場で喜色満面の笑みを浮かべる事が出来た。

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