小反撃
季節は冬。深夜の長崎市内にサイレンを鳴り響かせて警察車両が走り回っている。半島からやって来た朝鮮人の武装ゲリラが今夜も暴れていた。
M3グリースガンやBARで武装した警察官が交通規制をする中で、特車部隊の輸送車が封鎖線の手前で特車を下ろしていた。
指揮官の杉田は少佐相当の3等警察正。米軍から受領した中戦車の評価試験も兼ねて運用を任されて、新設された特車部隊の中隊長として着任したばかりだった。
「敵はT-34/85を持ち込んでいる。アレだけの物が丸々運び込ませるほど沿岸警備隊も馬鹿ではない。部品ごとに持ち込んで組み立てたと考えられる。まず間違いなく中共かソ連の援助だろう。さすがに警備車では戦車を相手にできん。それでお宅の出番と言う訳だ」
トレンチコートを身にまとった公安職員から聞かされる情報を頭に叩き込む。93式装甲自動車は海軍のお古で、警察では治安維持の警備車として運用されていた。戦車の前では装甲も紙みたいな物だ。
「半島ではアメリカさんも苦戦してるらしいですね。こいつならT-34に引けを取りませんよ」
杉田は頼もしげに愛車の車体を叩く。
戦時中は陸軍少尉として満州で4号戦車の運用に加わっていた杉田は、ソ連軍相手の自衛戦闘で非公式な戦果を上げている。
今回与えられた中戦車は量産性と言うアメリカの特質を現していた。日本製の紙装甲の豆戦車とは違う。
公安職員はアメリカと他人事の様に言う杉田の言葉に苦笑混じりに答える。
「おいおい、俺達もアメリカ人だぞ」
日本は敗戦でアメリカの州になり主要都市は特別区に指定され、治安維持の警察予備隊が設置された。ナチスの人狼の様なゲリラの出現を警戒したからだ。現実には想定した日本軍残党ではなく朝鮮人のゲリラを相手にしていた。
朝鮮半島がソ連軍占領地区とアメリカ軍占領地区で民族が分断された事を考えると、日本はまだましな方と言える。
「そうですね。いつか日本人に戻れると良いんですが……」
敗戦からまだ五年程しか過ぎていない。陰鬱な空気が辺りを包んだ。
余り触れる事もなかったが日本人としての魂までは失われていない。
「気持ちは分かる……」
公安の者ですら溜息混じりに答えた言葉は、多くの日本人の心情と同じだ。いつか日本人として胸を張って言える日を待ち望んでいる。
「朝鮮人の連中が納得できないのも理解できる。民族が分断されたんだ。統一は宿願だろう。しかし、だからと言って赤の手先になるのは間違いだ」
間違いは正さねばならない。しかも日本で暴れるのは筋違いで傍迷惑だった。
そうこう言ってる内にT-34戦車は交差点曲がり角から飛び出て来た。
「隊長、どんぴしゃ。目の前ですな」
相棒の井上がそう言ってきた。
井上は大陸以来の部下で、警察予備隊では軽戦車の運用・研究を担当していた。朝鮮動乱の戦訓から軽戦車の防御の低さが発覚、計画は廃止となり中戦車運用を行う杉田に合流した。
T-34との距離は800m。M4戦車の75mm砲でも十分有効射程距離内だった。
「正面、戦車、トリモチ、射て」
発砲の衝撃が車体を揺らす。
砲弾はT-34の車体に接地した瞬間、炸裂しトリモチで履帯と起動輪の動きを停止させた。暴走車輛や自爆テロを封じ込める為に開発された粘着弾だ。続けて二発目が砲塔に命中し、トリモチが砲口まで封じた。
それ今だとばかりに警官隊が押し寄せ、こじ開けて車内から朝鮮人ゲリラを引きずり出してめったうちにする。
「この野郎、朝鮮人が調子に乗りやがって! 警察を舐めるんじゃねえ」
「ああ、君達。やるなら見えない所でやりなさい。後、殺したら駄目だよ。吐かせる事があるんだから」
公安職員の言葉に警官達は渋々了承し、血塗れになったゲリラが護送車に連行されて行く。唖然とする杉田に何でも無いように声をかけてきた。
「じゃ、お疲れさん。犯人の身柄は此方で貰って行くよ」
「ええ、どうぞ」
元特高と元戦車兵。どちらが尋問を上手くやるかは言うまでもない。初出動で期待以上の腕前を見せて貰ったと公安職員は杉田達を褒めていた。
アメリカ本国も国共内戦を援助した経験からゲリラを放置しては危険な事を認識している。民衆の支持を得るためにも日本人自身の自主性を重んじていた。それがアメリカ合衆国への同化と愛国心に繋がると考えられていた。
日本にはまだ朝鮮人ゲリラが潜んでいる。それらを一掃するまで杉田達の戦いは終わらない。
◆◆◆
朝鮮半島の戦いが膠着状態に陥ると、燻っていたインドシナ半島の火種が大きく燃え上がりフランスが敗北した。この結果、アメリカがベトナムを支援し警察予備隊は新たな指命を受けた。
反戦運動を隠れ蓑にした共産主義のシンパ、反政府分子の一掃である。
「道路なんてアスファルトで舗装してしまえば良いんだ」
道から舗装のレンガを掘り起こして投石に使うデモ隊の様子を見て杉田は呟いた。杉田の特車隊は予備隊として機動隊の背後に控えている。特車隊は相手に戦車でも出てこない限りは威圧するだけの存在だ。
「セクトとか色々居すぎてよく分かりませんよ。要は皆、アカの連中なんでしょう?」
「ノンセクトや無政府主義者も居るから一概にそうとも言えんな。黒いヘルメットの連中だ」
杉田の言葉に井上は機動隊と衝突するデモ隊に視線を向ける。黒いヘルメットが若干名、混ざっていた。
「ああ、あれですか」
学生の叫ぶ共産主義にも様々な党派がある。新左翼は反代々木系(反日共系)と呼ばれ、日本共産党とは対立していた。彼らは本気の共産主義暴力革命を目指していたからだ。
オルグされたシンパは集会に参加し、アジる声に乗せられその後は角材や鉄パイプを持ってデモに参加する。
(何がゲバ棒だ。警察官を殺傷する武器じゃないか)
選挙の票を稼ぐ政党と違い、警察当局は極左暴力集団の過激派として注視していた。
「最近は火炎ビンや手製爆弾を使ってゲリラ化して来てるから油断は出来んぞ。関東地方では東日本反米武装戦線ってゲリラが暴れてるそうだ」
一部尖鋭化した過激派によるゲリラ的破壊活動が問題に成っていた。目の前でも横倒しに成った車が見える。
「ああ、狼とか大地の牙とかさそりって奴等ですね。こうなると、朝鮮人ゲリラ相手の頃の方がましでしたね」
「まったくだ」
部下の言葉に杉田は同意する。
戦時中は大陸で匪賊討伐に参加した事もあるが、自国の国民を相手にすると言うのは厄介で嫌な気分だった。
銃声が聴こえた。はっとして注視すると、機動隊員が銃撃を受けている。
「銃なんか持ち出しやがって、前進。機動隊の盾に成るぞ」
数人が小銃や機関銃で武装していた。
機動隊の狙撃手も銃で武装してる過激派排除を試みるが、デモ隊の群衆を盾にしていた射撃が中々出来なかった。
この時、過激派はアメリカ帝国主義軍隊との闘争と言う名目で中ソから武器や資金援助を受けていた。
日本共産党が武闘路線を捨て、幻滅した学生主体に誕生した共産主義同盟が武闘路線を選んだのは皮肉である。
指導権争いから各セクトに分かれてはいたが、ゲバ棒からAKに武器を変えた事でその狂暴性は増した。小火器や手榴弾、無反動砲が行き渡ると火炎ビンは子供だましの玩具だった。
戦車に火炎瓶が当たって砕け散る。中味が引火して装甲の表面を炙る。
杉田は顔を歪める。
「正当防衛には十分な理由だな」
デモは暴動へと変化し、銃の登場でテロ活動へと過激化した。
日本人は合衆国の盾として、共産ゲリラと化した同朋と戦わねば成らなかった。