時空ハイパーバトル戦艦『長門』の征戦!
地球を覆う黒い雲は核爆発によって巻き上げられた灰だ。あまりにも大量の核兵器が使用された為、大気は汚染されていた。
世界を荒廃させたWorld War 3はあまりにも悲惨過ぎた。戦争を始めた中国、高麗連邦、ロシア、アメリカと言った国は既に存在しない。緒戦で地球人口の七割が死滅して、残された人々も飢えと病気の蔓延で更に三人に二人が死んだ。
日本では大惨事と第三次をかけて大惨事大戦と呼ばれている。
東京湾に浮かぶ人工島、新東京。大惨事大戦の自然終結後、ここに生き残った人々が集められていた。対岸の旧首都圏は戦争と戦後の暴動や略奪、テロで都市機能は失われ廃墟となっている。新東京こそ人類に残された数少ない文明世界と言える。
新東京の防衛を司る国防省。旧自衛隊と在日米軍が中心となって作られた組織だが、大戦前と違い大規模な軍備は保持していない。
国防省の置かれた庁舎の二階に大会議室がある。
そこに陸軍、水軍、海兵偵察隊の指揮官と政府閣僚、若干の科学者が集まっていた。通常であれば首相官邸で討議される問題だったが、機密保持の観点からこの場所が選ばれた。議題は時間逆行による歴史の改変だ。
「歴史にIFはあり得ない。もし過去に戻って自分の父親を殺したら自分は存在しなかった。自分が生まれるはずもない。だったら、過去に戻って父親を殺す事も出来ない。過去に戻って殺せたとしても、それは『自分が生まれなかった平行世界』で自分の未来を変えた事にはならない。過去に戻って歴史を変える? 確かにタイムマッスィーンの実用化には成功した。だからと言って、この世界がより良い世界になるとは言えない!」
一息に言い切った科学者は肩で息をしている。黙って聞いていた青年──水軍の提督が口を開いた。
「これは政府の承認を受けた決定事項です。命をかけるのは我々軍人で、貴方ではない。貴方は黙ってタイムマッスィーン大型化の設計を行えば良い」
今、この瞬間も本土に残された生存者の捜索やゲリラの掃討で軍は戦っている。近付きつつある死の灰による滅びからこの世界を救うには過去を変えるしかない。それが一致した考えだった。
計画名ダウンフォール。世界を滅ぼす核開発や歪な国際情勢を生んだ元凶である第二次世界大戦を回避する。その為に1939年のヨーロッパに向かい、ドイツ民族を抹殺する。
時間を越える為に史上最大の大型艦が用意された。各種航空機20機、各種VLS30基、SSM発射筒30基、51センチ6連装主砲10基を主要兵装として備え、地上部隊1個連隊を搭載。原子力を機関に無補給で航行するハイパーバトル戦艦「長門」である。
これほどの巨艦の艦長に任じられたのは草村大和、先ほど科学者を黙らせた提督だ。
草村は、大戦のごたごたで前任者の後継者が見つからなかった所、現在のポスト──国際協力による世界連合艦隊の司令長官──と大元帥の称号を棚ぼたで手に入れた。
草村は失った家族、友人をこの計画で取り戻せると信じていた。
「確かに、草村大元帥閣下のおっしゃる通りだ。計画は既に始まっている。そしてこの計画にかけるしか祖国再生の道は無いんだ」
閣僚の言葉に科学者は項を垂れる。仮説は仮説に過ぎない。やってみなければ、歴史が変わるのか変わらないのかも分からない。国から給料を貰っている立場で選択肢は無かった。
†
ドイツ帝国宰相のアドルフ・ヒトラーは熱心なクリスチャンで隣人愛を実践する人物だった。公共工事でドイツ経済を立て直し、社会福祉を向上させ海外資本を招き入れた。将来の欧州連合発足後には、欧州連合大統領と期待されている。
1939年4月1日、一般的に普及し始めたカラーテレビでスペイン・オリンピックの開会式が執り行われていた。この日もヒトラーは首相官邸で忙しく書類整理をしていると、海軍の連絡武官がやって来た。
「宰相閣下、海軍航空隊より国籍不明の大型戦艦を北海に確認したとの事です。戦艦は我が領海に接近中です」
BV222B哨戒機の通報によって、同盟国であるイギリス海軍とドイツ海軍が現場に向かっていると知らされた。
「相手が何者か、どういう目的を持っているのか調べてくれ」
訓練の途中だった戦艦「ビスマルク」、重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」は、イギリス海軍本国艦隊の戦艦「ロイヤル・オーク」「フッド」「プリンス・オブ・ウェールズ」、重巡洋艦「ノーフォーク」「サフォーク」等と合流すると国籍不明の戦艦に対峙した。
「こちらはドイツ海軍戦艦『ビスマルク』だ。貴艦はドイツ領海に近付いている。貴艦の国籍及び目的を明らかにせよ」
戦艦「ビスマルク」に座乗するギュンター・リュッチェンス中将は返事を期待していなかったが、国際法の慣例として警告を出した。返事は予想外に早かった。
『こちらは世界連合艦隊司令長官草村大元帥だ。本艦は『長門』、貴様らを地獄に送る渡し船だ』
スピーカーだけではなく、全周波数の無線でも同じ宣言が流された。モスクワで、東京で、ワシントンで、ロンドンで、そしてベルリンでもこの言葉が受信された。
だが世界連合艦隊と言う言葉にどこの組織だと疑問符が浮かんだ。
『ドイツ国民に告ぐ。貴様らは汚れた民族だ。大人しくビール片手にウインナーでも食ってれば良かったんだ! 貴様らは人として越えてはならない一線を越えた。ユダヤ人を強制収容所に入れて虐殺し、死体から石鹸やランプを作るなどと蛮行を重ねている。もはや勘弁ならん。ナチスだけの責任ではない。国民全員の罪だ。貴様らは今すぐ死なねばならん。貴様らの存在自体が罪だ。だがゴミ屑の様な貴様等にも慈悲をあたえてやろう。1時間後にドイツ全土を破壊する。それまでの残り時間はドイツ人である事を後悔し、神に懺悔しろ』
艦橋にざわめきが起きた。
「ユダヤ人虐殺って何を言ってるんだ?」
海軍だけではない。ドイツ軍には多数のユダヤ系ドイツ人も居る。ユダヤ人の排除をすれば「ビスマルク」の運用にも支障が出る。現に、艦長エルンスト・リンデマン大佐が視線を合わせた副長もユダヤ系だった。
「わかりません。ただあの船が敵である事は明白です」
その間にも味方の艦艇や航空機が周辺海域に集まりつつあった。
†
戦艦「長門」の艦長室で草村はのんびりとお茶を楽しんでいた。「長門」は囲まれているが、幼稚園児と大人ほども対格差がある。
「少し早いが、ドブネズミの駆除を始めるしよう」
お茶を飲み干した草村の言葉と共に51センチ砲が火を吹き、「プリンツ・オイゲン」が爆沈した。これはドイツ攻撃前の前戯だった。
「1時間じゃ無かったのか!」
先の宣言は宣戦布告とも受け取れたが、舌の根も乾かぬ内に戦端が開かれた。
イギリス側の艦隊を指揮するジェームズ・サマヴィル中将は目の前の光景に即断した。同盟国の船が沈められた。残る「ビスマルク」も標的だ。ここで見捨てる事は王立海軍、HMSの名折れだと騎士道精神から命令を出した。
「目標、前方の巨大戦艦、全艦突撃!」
カンカンカンカン、と警報を鳴らせて「長門」の前に割り込んだイギリス艦隊は「ビスマルク」を救わんと「長門」に砲撃を開始した。この時をもって草村はイギリスを敵に回した。
「おのれ、猪口才な! ドイツに味方する愚民は全て死ね!」
草村はイギリス海軍を日本海軍の師として敬意を持ち、手出しをするつもりはなかった。だが泥をかけられた。敵対する者に容赦をしない。
イギリス艦隊に「長門」の主砲が向けられた。51センチ砲だけではない、VLSから対艦ミサイルも発射された。
「ロケット!」
向かってくる飛翔体に高角砲や機関銃は弾幕を張ったが速すぎる。「ロイヤル・オーク」に命中した瞬間、草村は冷笑した。
「劣等人種め、これが未来からの報復だ」
爆発炎上する「ロイヤル・オーク」の姿にイギリス軍は怒りが掻き立てられた。
砲撃の集中で「長門」の周囲に水柱が吹き上がった。当たっているはずなのに効果が見えない。
「糞っ、主砲の砲撃が効いていないだと!」
見張り員の報告に、サマヴィル中将の隣で艦長が怒鳴っていた。無理もない。最新のキング・ジョージ5世級戦艦の砲撃を「長門」は跳ね返し悠然と佇んでいたからだ。
「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦橋から味方の雷撃機が向かっていく姿が見えた。空母「アーク・ロイヤル」の艦載機だ。
CICから航空機の接近を報告された草村は「馬鹿め」と呟いた。
「長門」では「対空戦闘!」の号令と警報が艦内に鳴り響き、VLSから艦対空ミサイルが次々と打ち出された。CIWSや応急班も待機していたが出番はない。SAMの当たった機体は、文字通り木っ端微塵に粉砕された。
「何と言う船だ……」
「ビスマルク」からもイギリス軍の奮闘は見えた。リュッチェンスは味方の船が沈んでいく様に絶望を感じた。だがこのままでは終われない。軍人は祖国を守る為に鍛えられている。今こそ命をかけてでも闘わねばならない時だった。
「艦長、操艦任せたぞ」
リュッチェンスの言葉にリンデマン大佐は覚悟を決めた表情で頷いた。
「あいつをヴァルハラに送ってやりましょう!」
イギリス艦隊に遅れて「ビスマルク」も射撃を開始した。
この様子を目撃して草村は「雑魚風情が調子に乗るな」と応戦を命じた。
初志貫徹とドイツ艦である「ビスマルク」に対艦ミサイルが放たれた。
90年代に発売された関東地方がタイムスリップする架空戦記は対艦ミサイルの運用に関して一石を投げた。その結果、生まれた「対艦ミサイルは戦艦に効かない」と言う定説は「ロイヤル・オーク」の撃沈で否定された。世の中に絶対防御は存在しないと言う事だった。
「右舷に被弾、火災発生!」
ドイツ艦がいかに重装甲と言っても、波状攻撃には耐えられない。被弾によって大火災と浸水が発生した。手も足も出ないとはこの事だった。
「無念だ……」
リュッチェンスの呟きは現状をよく表していた。「ノーフォーク」と「サフォーク」はいつの間にか沈められていた。ここで英独艦隊は壊滅かと思われた。
その時、黄金の光輝く軍艦が両者の間に現れた。
「新手の敵か!」
緊張が走る中、黄金の軍艦は「長門」を攻撃し始めた。
『何だ、貴様らは!』
草村の怒気を纏った声に黄金の軍艦から返事が返った。
『幾億の魂に導かれ日本解放軍装甲巡洋艦『那珂』推参! 貴様の野望もここまでだ。地獄に帰れ!』
日本解放軍、それは草村の独裁によって変化した未来からやって来た刺客だった。
「那珂」から放たれた対艦ドリルミサイルが「長門」の暴虐を止めた。ドリルミサイルは着発信管ではない。「長門」の装甲を食い破り艦内で爆発をする。その効果は絶大だった。
「ふざけんなああああああ──」
草村の体は原子炉の爆発と共に分子レベルに戻り消し飛んだ。
『我々は未来から草村の独裁を阻止する為にやって来ました。これで歴史は変わるでしょう』
そう告げると「那珂」はタイムマッスィーンを作動させて、来た時と同様に忽然と姿を消した。
†
草村の知る歴史は独裁者アドルフ・ヒトラーの野心によって始まる第二次世界大戦。そして東西の冷戦時代で迎えた核軍拡、その後の大惨事世界大戦だった。
だがこの歴史では、ヒトラーは善良だった。ユダヤ人絶滅計画も存在せず、全くの言いがかりだった。断罪者を気取って世界を敵に回したのは草村だった。
歴史の転換は、オーストリア皇太子が「余に隠す物はない」と裸で出かけようとして拘束されたサラエボ事件、その後のスクール水着普及運動と第一次世界水泳大戦だと述べる学者も多い。草村が知ることも無かった歴史だ。
この事件によって世界はより一層、強固に結びつき世界平和の為に連携していく事となった。