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ゆっくりした結果がこの様だよ!

 一人の人生が成功する事によって、世界は大きな不幸に見舞われる場合もある。

 オーストリア生まれの青年アドルフ・ヒトラーは建築家として、東洋の島国日本に招致された。

 もし彼がオーストラリアに生まれていれば、カンガルーとコアラを相手に静かに暮らしたかもしれない。だが彼は流刑地ではなく、文明先進国のヨーロッパに生まれた。

「やってやる! 千年、歴史に残る都を造ってやる!」

 天才は環境によって生まれやすくなる。偉大な指導者となるカリスマ性を備えた青年は政界に出ず、建築家として歴史に名を残す事となった。それは歪みの始まりだった。

 1939年、ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)が隣国のポーランド、ドイツ、ルーマニアに侵攻。第二次世界大戦が始まった。ソ連と不可侵条約を締結していた日本は、戦争が数年続くと考えた上で「帝国は欧州の戦争に干渉せず」と言う外交方針で静観した。その結果は呆気ない物で、電光石火の如く欧州をソ連軍が席巻し併合してしまった。

「ゆっくりした結果がこれだ!」と軍部はバスに乗り遅れた事で政府を批判した。前の世界大戦と違い、今度はパイにありつけさえしなかった。

 大陸と半島以外の市場を失った日本は、内需だけでは経済が回らず他国に目を向けた。

 欧州以外の領土──海外植民地を持つ欧州諸国は亡命政権を樹立した。これらを支援したのはアメリカ合衆国と大英帝国である。

 英国はドーバー海峡の存在でソ連の侵攻から逃れる事が出来たが、いずれロシア人が牙を向けてくる事を分かっていた。共産主義と君主制は相容れない。自らを守る為、亡命政権を支持した。日本にとっては厄介な事に、今回の不参戦で裏切りと見なされ戦わずして世界から孤立した。


     ◆


 歯車が噛み合わない。それは小さな綻びから全体に影響を及ぼす事例の一つだ。

 1942年6月、本来であれば反共で組むべき相手であるはずの日米は、疑心暗鬼から対立し東太平洋のエリエール島で激突した。

 ハワイ州に所属するエリエール島は海軍の泊地としても良港だった。機雷と網で守られた軍港には海防戦艦が停泊しており、さらに40センチ砲の砲台と飛行場が存在する事で防備は固かった。だが日本はエリエール島を占領する事で、軍事的圧力をかけて外交的優位に立とうとした。

「西海岸に上陸してホワイトハウスまで攻めようと言う訳ではない。こちらが折れないと言う意思を見せつけてやれば良いんだ」

 要求をする時は殺さなくても、小指を折るだけで十分だ。

 戦争が外交の延長であると言う事で、戦艦「武蔵」を旗艦とした艦隊が派遣された。内訳は第二戦隊の戦艦「伊勢」「日向」「扶桑」「山城」を中核とした攻略部隊と、第三航空戦隊の航空母艦「瑞鳳」「鳳翔」を中核とした機動部隊からなる。

 大規模な演習と偽装しての動きだったが、この作戦は初っぱなからつまずきを見せた。

 6月15日、定時哨戒を行っていたPBYカタリナ飛行艇が日本艦隊の接近を発見した。

「おお、居るぞ! 空母二隻中心に戦艦が二隻、駆逐艦多数が輪形陣を組んでいる」

 攻略部隊に100海里先行する機動部隊だった。

 艦隊のCAPに当たっていた九六式艦上戦闘機が撃墜すべく動いたが、編成、位置、進行方向、速度など全てが打電された後だった。

「敵に気取られましたな」

 参謀長藤崎裕也少将の言葉に、機動部隊を指揮する清水雄大中将は顔をしかめた。奇襲は望めず、待ち構える敵に対しての強襲となってしまう。清水は無線封鎖を解除、敵に発見された事を連合艦隊司令部に報告した。

 一方、エリエール島に展開していたアメリカ艦隊は直ちに出港、日本艦隊迎撃に動いた。司令官のゴードン・ジョイフル中将は知日家として知られており、長年、日本海軍を研究してきた為、日本人が宣戦布告前に奇襲する性格だと睨んだ。

「薄汚いジャップめ。日清、日露戦争といい、いつも騙し討ちか。アメリカに楯突こうなんて100年早いんだよ!」

 知日家が親日家とは限らない。ジョイフルは、日本軍を完膚なきまでに叩き潰してやると燃えていた。そこに空母を預かるアールグレイ少将は航空攻撃を進言した。

「我が軍の機体が黄色い猿に負ける訳がありません」

 ジョイフルは士気を上げる部下に水を差す事はせず、出撃を許可しF4Fワイルドキャット艦上戦闘機、SBDドーントレス艦上爆撃機、TBFアベンジャー艦上雷撃機が編隊を組んで飛び立っていく姿を見送った。

 航空母艦の使命。それは味方の頭上を守り、敵に爆弾を落とす事に尽きる。第二次世界大戦の勃発まで空母の運用は試行錯誤された。艦載機の大型化、兵器の進化があっても魚雷の小ささから爆撃機ほどの戦果が期待できなかった。

 空母艦載機の方向性を決定的に決めたのがタラント空襲で、ソ連空軍は爆撃機のみによる攻撃で停泊していたイタリア海軍の艦艇を壊滅させた。それも陸用爆弾でだ。未知数の航空魚雷開発よりは、爆弾開発の方が建設的だと各国は雷撃機の開発を取り止めた。予算の限られた日本も右に習えと、艦上攻撃機の製造ラインを爆撃機に振り分けた。

 しかし持てる国、富める国であるアメリカ合衆国は違った。本来であれば戦闘機や爆撃機に向ける予算を雷撃機開発に振り分けた。その結果、アメリカ海軍航空隊は希少な雷撃機を大量に保有する集団と言え、陸軍航空隊には目の敵にされ無駄飯食らいと揶揄どころか罵倒される事もあった。今こそ汚名返上、真価を発揮する時だった。


     ◆


「敵機来襲!」

 日本機動部隊を最初に襲撃したのはエリエール島に駐屯する陸軍航空隊が出したB-36爆撃機だった。戦闘機不要論の申し子とも言える機体で、その高度まで追い付ける機体が日本軍にはなかった。これまでは──。

 編隊を指揮するのはトイレット少佐。乗機は編隊の中央に位置する。コンバットボックスと呼ぶ網の目の陣形は、爆撃の範囲を被せる事で面制圧効果を増やす。同時に各機の防御火器も死角を補える事で一石二鳥だった。

「後方に九六式艦上戦闘機(クロード)!」

「何だと?」

 報告に驚くトイレット少佐の目の前を、僚機「熟女(マダム)キラー」が炎上しながら墜落していく姿が過った。機長のモイスチャー大尉には個人的な貸しがあった。

「馬鹿な!」

 沸き出す感情を抑えきれずに呻くトイレット少佐だったが、直ぐにモイスチャー大尉の後を追う事になった。機銃の弾が風防ガラスを突き破り操縦席をめちゃくちゃにした。一瞬でトイレット少佐と副操縦士は昇天している。

「でかい図体晒して目障りなんだよ」

 そう呟くのは井上雄太大尉。日華事変以来のベテランだ。

 B-36の搭乗員にとって不幸だったのは、井上の愛機がいわゆる超九六式艦上戦闘機(A5M5b)で、指揮官用にカスタムされた高機動型だった事だ。

 駆け昇ってきた友軍機は機体性能の限界かB-36の高度まで上がれなかった。しかし井上の超九六艦戦が襲いかかる事で、B-36は逃げるために高度を下げるしかなかった。

 高度さえ下がればノーマルな九六艦戦でも戦える。編隊が崩れたB-36は一機、また一機と落とされて行く。

 ある程度の片がついた頃、井上の眼下に新手の編隊が映った。空母艦載機だ。

(F4FにSBD、空母が近くに居るのか)

 井上はドーントレス爆撃機を落とそうと機首を巡らせた。しかしF4Fが立ち塞がる。

「鬱陶しい!」

 一撃で叩き落とすが、敵の制空隊は味方よりも多い。母艦の危機に、初めて焦りが生まれはじめてた。

 直俺隊の哨戒網(CAP)を掻い潜った攻撃隊は二隻の空母に殺到した。次に待ち受けていたのは護衛艦艇と空母自身の弾幕だった。

 レーダーの索敵圏外になる海面スレスレを飛行して、標的直前から上昇して急降下を行うのが爆撃機の一般的な攻撃手段だったが、まともに弾幕へ突っ込んだ爆撃機は粉砕された。

「What the fu──」

 機体が潮風に痛んでいたと言う訳ではない。ボフォースの対空火器は優秀で世界で愛用されている。上質の兵器が値段相応の効果を発揮しただけだった。

 戦果をあげたのは雷撃機だった。魚雷は投下された後、慣性で突っ込んで行く。母機は離脱すれば良いので、爆撃機ほどの危険は少ない。

 さらに雷撃機が腹に抱いていたMk13航空魚雷は、核弾頭を装着していた。

 魚雷の性能に疑問を持ったアメリカ海軍は核弾頭にする事で、一撃必殺の兵器に変えた。これも金持ちならではの「喧嘩の仕方」だった。

 日本海軍が愛用する酸素魚雷に比べて魚雷の航跡が目立つが、その効果は絶大だ。

 旗艦の「瑞鳳」に迫る魚雷を前に、護衛の駆逐艦が盾と成った。舷側に核魚雷を受けて大爆発する駆逐艦。爆発の余波が「瑞鳳」にも襲いかかった。

 マストやレーダー、機銃が高温で飴細工の様に曲がり吹き飛ばされた。艦橋外に居た者は焼けただれている。「瑞鳳」自体は外観それほどの被害は無いが、空母としては使用不可能だった。

 第一ラウンドは日本側が空母を損傷して、アメリカ側が艦載機を消耗して痛み分けとなった。結果、第二ラウンドは戦艦の殴り合いと言うベタな展開となった。


     ◆


「敵は18インチ砲搭載の『武蔵』だ。距離を詰めて引っ掻き回すぞ」

 ジョイフル中将は空母を下がらせて、水上艦隊により決着を着けようとした。昔ながらの艦隊決戦だ。

 戦艦「アイオワ(BB-61)」「ニュージャージー(BB-62)」は16インチ砲搭載で「武蔵」に対抗する火力を持っていた。残る「ニューヨーク(BB-34)」「テキサス(BB-35)」「テネシー(BB-43)」「カリフォルニア(BB-44)」は改装しているとは言え旧式戦艦で、「扶桑」型の相手をする事となった。勝機が有るとすればアメリカ海軍は日本海軍に無い核砲弾、核魚雷を装備している事だ。

 ジョイフルと同様の結論を下した日本海軍の攻略部隊を指揮する山内和哉中将は、損害を受けた空母を輸送船団に合流させ、攻略部隊の警戒隊、砲撃隊を前進させた。お互いに、決戦を求めた結果だ。

 ジョイフルと山内は同じタイミングで砲撃を指示した。

「Fire!」

「撃て!」

 アメリカ艦隊を囲むように鮮やかな色彩の水柱が現れる。だがばらつきが大きく外れていた。

「あの腕でアドミラル・トーゴーの子孫か」

 ジョイフルは新興国家の日本が対馬沖でロシア海軍を撃ち破った事実を評価していた。だからこそ日本を警戒して来た。

(所詮は東洋人、猿の物真似と変わらん)

 日本海軍は名人技の職人を育てようとしたが機械には勝てなかった。レーダー連動のFCSによる射撃制度と自動装填による射撃速度は、日本人の技量を上回っていた。

「ニューヨーク」の砲撃で「扶桑」轟沈した。

「汚い花火だ」と評するジョイフルに対して、山内の方は心穏やかと行かない。

「くそっ、何としても仕留めるんだ!」

 双方の戦艦が殴り合ってる間にも水雷戦隊が魚雷を叩き込もうと、そうはさせまいと走り回っていた。

 第一五斉射でようやく「武蔵」は「ニュージャージー」に弾を当てる事が出来た。さらに「山城」が「扶桑」の仇とばかりに「ニューヨーク」に損害を与えていた。被弾した「ニューヨーク」が隊列から落伍し始めていた。

「よし、良いぞ!」

 せめて一隻でも沈めようと「ニューヨーク」に日本軍の砲撃が集中した。

「『ニューヨーク』を救え!」

 味方を沈めさせまいとして駆逐艦が煙幕を貼る。目視頼りの日本人相手には良い目眩ましと言えた。

 艦隊の殴り合いが始まると艦隊の司令官などお飾りに過ぎない。細かい指揮は各戦隊司令官や艦長が行う。だが綺麗なお飾りを失えば精神的ダメージは大きい。

 山内は敵の戦艦が一斉に射撃する閃光を目にした。瞬間、艦橋を爆風が襲った。打ち付けられる体を激痛が襲う中で意識が途切れた。

 お飾りとは言え、艦隊の司令官を失った日本軍は混乱した。

「『武蔵』が沈みます!」

 太陽が生まれた様な一際大きい爆発の後、「扶桑」艦長は見張り員の報告に目を向けた。ポッキリと二つに分かれて沈んでいく「武蔵」の姿があった。

「旗艦が……」

 損害はそれだけでは済まない。「伊勢」が黒煙をあげながら傾斜していた。

(『伊勢』はもたない)

 その事が嫌になるほどはっきりと分かった。だからこそ、復讐に燃えた。

 爆発する「ニューヨーク」の横を通過しながら「扶桑」は「テキサス」を叩いた。

「年寄りの癖によく戦うな」

 艦齢は古くとも、熟練した水兵に操艦されれば十分に戦える実証していた。


     ◆


 戦闘で全滅するまで戦うと言う事は少ない。負けが決まった段階で戦力の温存を考えるからだ。

 日本は空母二隻の損害に加えて、戦艦三隻を失い作戦の継続は不可能と判断され撤退した。

 損害報告を受けたジョイフルは呟いた。

「辛うじて撃退した、と言う所だな……」

 エリエール島は守られた。日本軍を撃退したとは言え、人的資源の消耗も少なくはない。今回の戦訓から戦闘機不要論の見直しと雷撃機の有効性を再認識したアメリカ海軍は、核魚雷装備の雷撃機を量産する計画だ。

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