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愛国者の退き時

 愛国者とは何なのか。自らの正義を信じて「憂国の思いから──」と言うのは個人の勝手だ。信じたい者を信じる自由が人にはある。だが何事も度を越えれば愛国者どころか、ならず者でしかない。亡国に導くのは自称愛国者なのかもしれない。

 1975年、九州を巡る戦いは日本側有利で進んでいた。そしてここにも愛国者が現れる。

 福岡空港に本州からの増援を乗せて航空自衛隊のC-130輸送機が着陸した。迷彩服姿に衣のうをぶら下げて降りてきた隊員は、本州の中部地方を受け持つ第10師団の先遣隊だ。金髪碧眼の白人や褐色肌の黒人の割合が高いのは、日本が戦争を忌避し外国人に国籍を与える代わりに兵役を付与した為だ。

「九州は暑い。ビールで一杯やりながらステーキを食いてえな」

「アルジェリアに比べてましさ」

 降り立った隊員を出迎えたのは離陸するジェット機の爆音だった。ハパロとテトロのトキシン兄弟は、五月革命でフランスが共産主義に染まった後に移民して来た。自衛隊を問わず、日本では似たような経歴の者が多い。

 第二次世界大戦の敗北により日本は軍備放棄と成った。だが1950年、共産主義シンパによって発生した南朝鮮警備隊の対馬侵攻により状況は一変した。

 再軍備を認められた日本は警察予備隊なる組織を編成した。時の首相は左翼共産思想の持ち主で、東側諸国を地上の楽園と信じていた。その為、親米路線外交政策には反対で、GHQの統治も不満だった。だがGHQから命じられれば従うしかない。不服であっても「我が国を守る戦力を保持する」と憲法を改訂し記載された。

 アメリカは極東の紛争に介入する気は更々無かった。敵はヨーロッパ正面のソ連と衛星国であり、NATO諸国こそ守るべき味方だった。だが、だからと言って日本を見捨てるの事は出来なかった。

 日本列島は、共産主義の侵略から太平洋を守る防波堤とする。その前提が九州の戦争で揺らいでいた。1951年、「九州をくれてやる訳にはいかない」とマッカーサーの一声で空の防衛力も強化された。後の自衛隊である。

 1950年代から60年代にかけてヨーロッパではギリシャ、イタリア、ポルトガルに社会主義革命が起きて、ソ連の息の根がかかった政権が樹立した。1975年現在で中東、東南アジア、中米、南米、アフリカが赤色染まっていた。

 対地支援戦闘機として導入されたのはダグラスA-1スカイレイダー、セスナA-37ドラゴンフライ、ダグラスAC-47スポーキー等で攻撃力の不足は否めない。爆撃機の導入は国会の予算審議で大いに揉めた。結局は、九州が戦場であると言う現実問題から承認された。そして届いたのはB-26インベーダーやB-57キャンベラと言った機体だった。

 防空を目的とする戦闘機に関してはすんなりと承認された。

 いささか旧式なF8Fベアキャットが最初に配備され、その後はノースロップ社のF-5(A/B/Cの各型)フリーダムファイター、F-5EタイガーIIが配備された。まさか、これが主力戦闘機として70年以上運用される事に成るとは誰も想定出来なかった。

 航空自衛隊が即日、戦力化出来たのは外国人搭乗員や整備員の存在が大きい。

 滑走路から離陸して行く機体は対地装備を満載した練習機のT-28。熟練した搭乗員の操る機体は、もはや練習機と言えない。

 航空自衛隊に練習機(Training aircraft)として導入されたのはPL-1、ノースアメリカンのT-6、T-28、セスナのT-37、T-41。これらは九州の戦争でCOIN機として活躍している。

 九州の制空権は日本人の手に戻りつつあったが、非武装地帯を挟んで手出し出来ない場所があった。

 長崎経済特区。ここは中国の租借地となっている。長崎空港に「AIR CHINA」と描かれたC-46が駐機している。中国共産党が後ろ楯になっている航空会社だ。

 九州解放戦線のゲリラは租借地の中国人から武器を仕入れていた。日本国憲法その他法令が適応されない。治外法権で守られておりゲリラの聖域と言えた。


     †


 陸上自衛隊第666大隊は佐賀県のゲリラ掃討に当たっていた。勿論、第1から第665まで大隊は存在する。

 当初、管区隊から拡充された師団はゲリラが中共やソ連の支援を受けて勢力を拡大するに伴い、連隊や大隊規模の戦闘団として運用される事が多かった。この結果、師団編成が現実的ではないとして、師団隷下の大隊を倍増させた。

 アメリカ製装甲兵員輸送車のM113から影響を受けた日本製60式装甲車が舗装されていない畦道を走っている。隊員は下車して随伴していた。照りつける日差しが肌を焼く。

 日が沈むと気温が下がり涼しくなるが、戦場で静かな眠りは破られる。ゲリラは夜間にこそ活発な襲撃を行う。パトロールは必須だった。

 コッパ・ゲール1尉はドイツ系移民で、第1外人落下傘連隊一員としてアルジェリアで対ゲリラ戦を経験している。フランス外人部隊を除隊後、軍歴のある外国人を求めていた自衛隊に迎えられた。

 最後尾を12.7mm機関銃を積んだジープが走っている。この戦場で役に立つのはジープで、ランドローバーやランドクルーザーが多数採用されていた。

 ゲリラは少ない投資で大きな効果をあげる地雷を好んで使用した。九州ではどこに仕掛けられていてもおかしくはない。

「しっかりと目を光らせておけよ」

 足草士長は松井准尉に尻を蹴飛ばされながら警戒を続けていた。緊張感を持つのも仕方がない。先日もパトロール中に3名が戦死し1名が負傷した。死体袋に入れられた仲間の顔を忘れられない。「使えねえ屑だな」大浦曹長の言葉に十津川1士が追従して笑っていると、遠くで乾いた銃声が聞こえた。次の瞬間、大浦曹長は首筋から血を噴き出して倒れた。

「敵だ!」

 続けてAKの散発的な銃声が聞こえた。ゲリラの襲撃だ。

「10時方向に敵散兵!」足草が素早く見つけた。

「確認!」

 弾が飛び交う中で感傷に浸るほどの余裕はない。車両は標的に成りやすい為に盾には好ましくない。RPG攻撃を受ければ巻き添えになるだけだ。車両乗っていた場合、全員が一瞬で昇天していたかもしれない。そう考えると、生きている者は幸運な方だと言える。

 身を隠せる場所を探す。

(あれだ)

 ゲールは道路脇の用水路に飛び込んだ。

「こっちに来い!」

 倒れた隊員を引きずって部下が駆けてくる。援護射撃で敵の潜んでいると思われる丘陵地帯に弾幕を張る。敵の射撃が一時的に止んだ。

 しかし次の手を打ってきた。空気を切り裂く音が味方の射撃に混ざって聞こえてきた。

「砲弾落下!」

 道路に着弾し土砂を頭上にぶちまける。降り注ぐ砂塵で口の中がジャリジャリした。

(迫撃砲か!)

 ゲール1尉は無線でガンシップ応援を求めた。輸送ヘリコプターに機関銃を付けただけの仕様だが、ゲリラ相手には十分に通用する。

「ハパロ!」

 倒れた弟を兄だと言う陸士が抱き上げていた。

 応援は予想よりも豪華だった。

 FACとして現れたT-37の誘導でT-28が近接航空支援(CAS)を行う。支援航空隊のT-28は対地ロケット弾とナパーム弾を搭載していた。地獄の釜に放り込まれた様に、ロケット弾で丘陵地帯は焼き払われた。

「敵が逃げるぞ!」

 危機は去った。追跡を空自のFACに任せ周囲を捜索した。殺害戦果の確認も仕事の内と言える。

「テトロ……」

 ゲールはテトロに声をかけたが慰めの言葉は出てこない。

 兄は弟の遺体を抱き締めて呟いた。

「仇は必ず取る」


     †


「ボウフラ6が撃墜された!」

 ゲリラを追跡していたFACのT-37が撃墜され、搭乗員は捕虜に成った。その光景をT-28の搭乗員が目撃していた。T-28の搭乗員から救難隊(航空救難団隷下、敵勢力圏で救出を行う部隊)の出動要請が出たが、長崎経済特区(グリーン・ゾーン)に連れ込まれた段階で任務中止となった。

「見捨てるのですか!」

「租借地は治外法権だ。外交的努力に任せるんだ」

 噛みつく部下達を基地司令は宥めたが納得しない者は居る。

 テトロは移民前、OASのメンバーだった。ド・ゴールの件で、国が当てにならないなら自分で動くと言う信念を持っていた。国に対して何を出来るか考えて、自発的に動く事こそ愛国者だと信じている。

(俺は俺でやらせて貰う)

 弟の復讐と搭乗員の救出。それを一人でやる積もりだ。部隊の無許可離脱は脱柵として捜索されるが、気になどしていない。

 ストリップ劇場アルカノイド。そこで情報屋と待ち合わせをした。

 ネットで知り合った情報屋のトロパンはポルトガル秘密警察(PIDE)出身で情報畑を歩んでいた。荒事もお得意で、捕虜の囚われている場所の正確な位置を手に入れて来た。

「トロパン、情報は確かなんだろうな?」

「勿論だ」

 トロパンは情報で食っている。事は信用問題だ。

「騙してみろ。お前を生きたまま切り刻んで犬のエサにしてやるからな」

 次は装備の調達だった。自衛隊の武器庫に弾薬は無い。当直陸曹から鍵を奪っても無駄だ。弾薬庫も襲う必要もある。それよりも簡単に、ブラックマーケットで漁ると色々手に入る。

 M60機関銃、M16A1アサルトライフル、、M79グレネードランチャー、M26手榴弾、M1911半自動拳銃、銃剣、予備弾倉。M1ヘルメットを被ればGIだ。

 自衛隊で使っている背のうの代わりにアメリカ軍で使用しているアリスパックも手に入れた。この中に購入した武器を詰め込んで救出に向かう。

 長崎自動車道は自衛隊と警察の監視下にある。テトロは山中を走破して長崎経済特区に向かった。


     †


 出島町の中心地に中国公使館が存在する。かつて湊公園と呼ばれた場所で、町並みに合わせた洋風な建物だ。警備の兵は1個大隊も居ない。あくまでも公使館で、ここは軍事基地ではないからだ。しかしゲリラが長崎経済特区を拠点とする以上、騒ぎを起こせばそれなりの応援が駆けつけると考えられた。

 陽動として長崎港に停泊してる貨物船に時限爆弾を仕掛けた。無関係の船を破壊する積もりは無く、一応調べた所、積み荷はT-55戦車だった。

(ゲリラに渡す援助物資か)

 戦車がゲリラに渡れば大事になる。

「くそったれの赤め」

 貨物船が爆発し長崎の街が赤々と染まる中、公使館を襲った。

 敷地から警備の付いたトラックが出て行くのを見送ると、テトロは電話線を切った。外部との連絡遮断は第一歩だ。塀をよじ登り無線のアンテナをへし折ると、二階のバルコニーから建物に入る。

 柘植流と言う戦闘方法でテトロは進んだ。曲がり角や家屋の中には手榴弾をどんどん投げ込んで行く方法だ。このやり方だと敵が待ち伏せていても殲滅できる。男らしい戦い方で、元フランス外人部隊教官と言う日本人から学んだ。

 手榴弾が無くなるとM79グレネードランチャーを使った。40mm榴弾が部屋の壁をぶち破って皆殺しにして行く。こちらは攻める側なので遠慮はいらない。

 肉の断片や鮮血が飛び散る中、目茶苦茶に破壊を続けた。これも弾が無くなれば捨てる。ブラックマーケットで手に入れた武器だから身元が割れる可能性は低い。

 M16ライフルを構えると、立ち塞がる敵をフルオート射撃で射殺しながら先を進む。ブルブルと生まれたての小鹿か感電した様に震えて倒れた。頭に止め一発を忘れない。

 M16の有効射程300メートルと言う事だが屋内戦闘では10メートルも離れない。男も女も関係無い。中国人は皆殺しにする。20連の弾倉が次々と消費されていく。

 階段を降りて地下に向かう。地下にはボイラー室と倉庫がある。捕虜は倉庫に居るとの情報だった。倉庫の扉を開けると脅えて震える背広姿の中国人が居た。胸ぐらを掴み引き寄せると中国人の口に拳銃の銃口を突っ込んだ。

「捕虜は何処だ!」

 公用語の日本語で怒鳴り付けると、中国人はブルッと震えながら答えた。

「解放した」

「何だと?」

 自衛隊がゲリラを掃討しこの戦争は終わろうとして居る。ゲリラに肩入れしていた中国共産党は、日本政府に歩み寄り始めた。その交渉のきっかけとして捕虜が解放された。

「つい先程、トラックで空港に向かった」

 相手は嘘を言っていない。襲撃前に目撃したトラックの事だと理解した。

「くそ!」

 尋問していた中国人を乱暴に離すと外に向かった。次の瞬間、背中に焼きごてを当てられた様な激痛を感じた。振り替えると中国人は拳銃を構えていた。

 怒りを感じたが、駆け付けてくる警備兵の足音に脱出を急ぐ。

 出血で気を失いそうになりながらも走る中、家族との思い出を思い出す。愛国者と言う正義を気取って動いた結果は滑っていた。

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