猫28
薄暗い部屋。
どこからともなく甘い香りが漂ってくる。…。
しばらくして、それが私の体から出ていることに気づいた。私の目の前には、獣のように醜く歪んだ男がいる。父と呼ばれるこの男は、必死に私の体を舐めていた。…………………私は、いつものように天井を見つめ、止まった時間が動き出すのを待つ。この時ほど、時計のカチカチする音が恋しいと思ったことはない。
父
「はぁはぁ…やっ…ぱり、素敵だな。春菜は」
私
「……………」
雨音が聞こえる。横目で窓を見ると、雫がだらしなく垂れていた。
父
「…………」
父は、無言になると行為に没頭した。私は、口を塞がれ息が苦しくなる。
私
「お…とう…さ、………やめて」
私のか細い声は、父の耳には届かない。
一時間ぐらいして、ようやく私は、この地獄から解放された。父は、ティッシュを取ると、そっと私の目から出ているものを拭った。その顔は、いつものあの穏やかな父の顔だった。
父が部屋を出ていった後、私は一人で後始末をする。………………。私は…どんな顔をしてる?
鏡を見る勇気は、私にはなかった。
良く見ると、私の体には消えない跡が付いていた。どんなにこすっても落ちない汚れ。
私の目からは、さっきようやく止まった涙がまた溢れていた。目を閉じる。
タケルちゃんの笑顔が浮かんだ。とても優しい笑顔。大好きな…。
私は、勉強机に向かうとノ―トを開いた。何かを振り払うように、時間も忘れ、勉強に集中した。
…………………………………。
母
「はる〜、ご飯よぉ。いい加減、降りてきなさい」
一階から母さんの声が聞こえた。何度目かにようやく気づく。
一階では、父さんと母さんが仲良く並んで座っていた。笑顔で私を迎える。テ―ブルを囲む親子三人。とても穏やかな時間が過ぎていく。
笑い声が絶えない家。理想的な家族。ただ………私は分からなくなっていた。
【ワタシはダレ?】