猫23
しばらく動けなかった。頭がぼやけて白くなる。
僕
「あの…えっ…」
まるで死ぬ寸前の鯉みたいに口が小さく上下する。
春菜
「タケルちゃん、ごめんね。私…わたし…」
あの春菜ちゃんが泣いてる。僕は、その時まで忘れていた。春菜ちゃんが、僕と変わらないただの子供だということを。
泣かないでほしかった。そんな顔は見たくない。
僕の視線は、床に吸い込まれた。倒れている人。僕は、その人を知っている。たまに挨拶されるから僕も挨拶を返した。
僕
「殺したの?お父さん…」
春菜
「…………」
声を殺している。
春菜ちゃんの周りの雰囲気がドロドロ崩れていく。それは、形のないゲロとなって僕を襲った。
尋常じゃない寒気が全身を這いずりまわる。
目の前にいるのは、本当に春菜ちゃん?あの、優しい春菜ちゃんが…こんなこと。
春菜
「タケルちゃん、お願いがあるの」
こんな声を聞いたのは初めてだった。こんなに近くにいるのに、耳に言葉が入ってこない。
春菜ちゃん
「忘れて…くれない?この事を」
僕
「わ…忘れるってコレを?」
僕には、無理だった。はっきりと分かる。ただ…
僕
「うん…」
僕たちの関係は変わってしまった。その時から。…………。
次の日、気になってもう一度春菜ちゃんの家に行った。でも、春菜ちゃんはいなかった。…死んだ人間も。どこに消えたとかは問題じゃなかった。僕は、ただ…春菜ちゃんを救いたかったのに。そのためならなんでもするつもりだった。一番大切な人だから!僕の…好きな人だから。
次の日もまた次の日も………冬がきて…春がきて…夏、秋…そして冬がきた。
毎日毎日、僕は同じ道を走って春菜ちゃんの家に行った。貼り紙が玄関にあった時は、そのつど破り捨てた。誰にも渡さない。ここは、春菜ちゃんの家だから…大事な…大事な家…帰ってくるから…。
大人の人に殴られたこともあったけど、それでも玄関から先には行かせなかった。
何年か過ぎ、僕は俺になった。そして…忘れた。忘れることを身につけたから。
あんなに大事なものだったのに、今じゃ夢にも出てこない。
春菜…もうお前には、二度と会えないんだな。分かってるんだ、そんなこと。
だけどさ、それでも俺はもう一度だけ…お前に…………………………今更なんだってんだ。あ〜くだらねぇ