少女の悲劇 4
ルーシャはあの場を離れた後、少女の元には直行せず、食堂に足を運んだ。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、片手鍋に入れ加熱をする。
温まり始めた牛乳に大さじ1杯の砂糖を加えた後混ぜながら、例の少女は今ごろ酷く混乱しているのだろうな、と予測を立てる。
何せ、目が覚めたらそこは見知らぬ家で、しかも近くには厳つい顔の男が居るのだ。
誰でも驚き混乱するであろう。
少女に同情しながら、出来上がったホットミルクをマグカップに注ぐ。
それを片手に持ち、食堂から廊下に移動する。
幾つもあるドアの中から目的地である部屋を見つけ、ルーシャはそのドアを開ける。最初に目に入ったのは、上半身を起こしシーツを両手で握りしめている問題の少女だ。目には涙が溜まり、体を硬直させている。
恐らく、来訪者であるルーシャを警戒しているのだろう。
その証拠に、ルーシャが近づく度に肩を震わせ恐怖している。
両手で握りしめているシーツはあまりに強く握りしめているので今にも破れそうだ。
(どうやら、まずはこの子の警戒心を和らげないといけないね……)
「安心しな、此処はアンタが恐れてるほど恐い所じゃないから。取り敢えず、これを飲んで落ち着きな」
なるべくこの少女が安心出来るように、優しい声音で語りかけながら、先程のホットミルクを差し出す。
「あ、ありがとう……ございます」
少女は今にも消えそうな声で返答し、恐る恐るホットミルクを両手で受け取った。
だが、直ぐには口にせず、それをじっと眺める少女。
何かを言いたいのか、幾度か口を開くが、そのまま口を閉ざしてしまう。
そんな彼女を見つめながらルーシャは声をかける。
「もう少し冷ました方が良かったかい?」
少女は俯いたまま、首を横に振る。
「あっ……
い、いえ、この位で良いです」
それだけを答えると再び沈黙。
(さて、どうしたもんかねぇ〜)
中々この少女は警戒心を解いてくれない様だ。
これでは、話を進めることが出来ない。
会話の種をあれこれ考えていると、不意にか細い声が聞こえた。
「此処は、どこなんですか?」
声が震えていた。
必死に涙を流す事を堪えているのだろう。
グリッドから彼女の事を聞いている。
勿論、彼女の家族の事も。
一番知りたいのは、その家族の事だろうが敢えて聞かないようにしたのだろうか?
「此処は、人から依頼された仕事を引き受け、実行する者の集まり場所、『ギルド』と呼ばれているよ」
「ギルド?」
聞き覚えの無い言葉だったのだろう、オウムのように繰り返す。
「良いように言えば『何でも屋』、悪く言えば『雑用係』だね」
苦笑混じりにルーシャは語る。
「あなたもその『ギルド』の人なんですか?」
「そうだよ、よくやる仕事は孤児園の手伝いとか子守りとかが多いね」
その言葉に嘘、偽りはない。
「………さっきの男性も?」
「アイツはボディーガードか警備員をよくやってるよ?
あの凶悪顔だ、見た奴はみんな尻尾巻いて逃げていってるよ」
「確かにあの顔なら……」
ルーシャの答えに少女は納得したように呟き、ようやくホットミルクを飲み始めた。
だが、直ぐに口を離しマグカップを見つめる。
「もう少し甘い方が良かったかい?」
砂糖が足りなかったのかと思い、少女に問いかけたルーシャ。
だが、少女は首を横に振り、
「違います、母も中々寝付けない夜にホットミルクを作ってくれたので……」
最後の方は、独り言のように聞こえた。
ドアの方からノック音が聞こえ、来訪者を知らせる。
ルーシャは椅子から立ち上がり、来訪者を確かめるべくドアノブを開ける。
「よっ!!」
まず視界に入ったのは、見慣れた空色の髪、こちらを馬鹿にしているような飄々とした顔。
そこには別室で罰を受けている筈のグリッドが立っていた。
ルーシャは無言で彼を睨み付ける。
その剣幕にグリッドは少したじろぐが、逃げ出しはせず何とかその場に留まった。
「あの嬢ちゃんに少し話がある」
そう言った彼の顔は、先程の顔とは一転して、真剣だった。
「内容によるね」
恐らく彼が少女に話そうとしているのは彼女が最も知りたい事、家族の安否。
彼があの少女を助けここまで連れてきたのだから、知っているのは当然だ。
だが、彼女は覚めたばかり、まだ精神が不安定な少女にその事を告げるべきだろうか?
「あの子は目覚めたばかりでまだ混乱してるんだ。アンタが今伝えたらあの子は余計に精神が不安定になる。取り敢えず、別室でアンタから用件を聞いて、アタシからあの子に伝える、それでいいね!?」
提案を通り越して命令的な内容に彼は渋い顔をするが、了解の意味で頷いた。
それを確認すると、ルーシャは少女の方を振り返り告げる。
「それじゃあ、ちょっとこのバカの話を聞いてくるから席を外すけど、すぐに戻ってくるからこの部屋から出ないように」
「……わかりました」
少女の素直な返答に頷き、部屋を出ようとしたルーシャにグリッドが指摘する。
「おい、ちょっと待てよ。あの子に名前、教えたのか?」
「あっ……、教えてない」
「まじかよ……、まず最初に名前を教えるのが常識だろうが、ったく」
どや顔で常識人らしい物言いのグリッドに内心腹が立ったルーシャ。
思わず、殴ってやりたいと思ってしまうほどに怒りを覚える。
「ぐえっ!?」
否、グリッドに対しての怒りは収まりきらず、すべての怒りは右拳に集中し、そのままグリッドのみぞおちにめり込む。
カエルが踏まれたような声を上げ、その場にうずくまるグリッド。
地雷を踏んだ彼を一瞥し、何が起きたのか分かっていないのか、此方を呆然と眺めている少女に向き直る。
「教えるのが遅くなって悪かったね。
アタシの名前はルーシャ。んで、うずくまっている馬鹿はグリッド。アンタの名前は?」
「えっ!?……あ、アルフィミィ……です」
「それじゃあアルフィミィ、少しの間ここで待っといてくれ、すぐに話を終わらせて戻ってくるから。
ほら、何時までうずくまってる気だ、行くよ」
前半は少女に、後半はグリッドに言い、ちょっと掴みやすい位置にあった彼の頭を鷲掴みにしそのまま引きづり別室へと足を進めた。