飲みに行こうぜ、みんな
思えば、この支部長だって……ナカガワがしょっちゅう訪れては何かとクレームを浴びせていくのに、特に文句を言うこともなく淡々と受けている。一体そんな事、どうやったらできるのだろう。他にも重責から悩むことは多いだろうに、どうやって心の平穏を保っていられるのか。
聞いてみようと思った時、いきなり、支部長の通信機が鳴った。
「こちらZ‐01。はい中尊寺です。はい?」少し目を見開くように
「いやはや……外出中だと言って、うん」
今度はキョロキョロしている。
「少し北の方に出かけた、と言ってくれ、戻りは夜遅く、と」
ぱちん、と通信を切ってから、照れたようにサンライズの方を向いた。
「ナカガワくんが訪ねてきたらしい。もう部屋にいると」
戻るのか、と思ったら
「少し早いが……夕飯に行って来る。キミもどうかね?」あっ、逃げる気だな。
「あの……シヴァを待たせているので戻ります」
そうか、じゃあまた、と手を振ってちょうど始まった帰宅者の群れの中に姿を消した。
時にはやり過ごすことも、生きる術のひとつなのかもな。
サンライズは、支社のビルを見上げてからひと息ついて、またその中へと戻っていった。
久しぶりに出社していたシヴァに、非常ベルの件を問いただすつもりだったが、もうどうでもよくなっていた。
今からシヴァを連れて、メシにでも行ってこようかな。シゴトの話抜きで。
フロアに入ると、またまたローズマリーが寄ってきた。
「サンちゃん、どこ行ってたんだよ」
「ちょっとね……あれ、シヴァは」
「伝言頼まれた。急用ができて帰る、ってさ」がっくり、こっちも逃げられた。
「何だよ、元気ないなあ」
ローズマリーが優しく両腕をこちらに伸ばした。
「仕方ない……飲みに行こうぜ」またこれかよ。
やだね、と答えようとして急に気が変わった。
「いいよ、じゃあ片付けてくるから」
「珍しいねえ」誘っておいてこの言い方は何?「どういう風の吹き回しだろ」
「今夜は荒れるかも知んねえぞ」片付けといっても、荷物を取ってくるだけだった。
「まあまあ」
やんわりと、ローズマリーが預かっていたコートを差し出す。
「酒は楽しく飲もうぜ、どうせ浮世じゃ、暴れたくなるようなコトばっかりだから」
ふふん、とうれしそうに笑うローズマリーにつられて、サンライズもようやく笑顔に戻る。
「そう言やさ、」
ローズマリー、エレベータから降りてぶるっと身震いしてから言った。
「またアイツ、来てたぜ、ナカガワ」写真を見てからすっかりお気に入りになったらしい。
「そうか」
知ってる、とも言えずサンライズは聞き流す。
「ナミちゃん捕まえてさ、相変わらずエラそうな顔で、新横浜の『つかさ』って店どこだ? って聞いてた、呼ばれたらしいけど……あんな男と飲みたいってヤツの顔がみたいよ」
「ふうん」オレ、その顔をさっきまで見ていたかも知れないな。
「じゃあ、行きますか」
二人は、すでに夕方の空となった新横浜の街へと踏み出した。
転げ落ちる坂道の先、真っ暗闇の二歩ばかり手前、這い上がる手かがりをそれぞれ探しながら。
つかの間の休息の場所を目指して。
了




