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不幸になりたくてなるヤツはいない

 翌日、例の土手で支部長にとりあえず報告だけはした。

「そうか」支部長も以前、面会に出かけて声をかけたのだそうだ。

 が、やはり反応は全くなかったのだと。

「『シェイク』で精神的におかしくなった場合には、『アンインストール』という手段もあるが」

 仮に、シェイクでひどく『押され』て精神的にダメージを受けた場合には、またシェイクを使うことで回復が図られることがあるらしい。

「彼女のような心の傷にシェイクで働きかけるのは、なかなか難しいそうだ」

「彼女に、じかには触れられませんでした。少しだけ触れただけで、硬直が激しくて」

「そうなんだ、看護師でも彼女に触れるのは二人だけだったそうだ、それと……ナカガワくんだけ」

 はっと気づいた。月一度訪ねてくる、だいたい判で押したように第一日曜日、記されていた『n』とはもしかしたらナカガワのことだったのか?

「ナカガワさんとキャシー……もしかして、実の親子なんですか?」

 支部長は少し優しい目になった。

「いや。ナカガワくんも独身だからね。でも娘のようには可愛がっていた」


 頑なな彼が、唯一社内で心を許していたのが、あのキャシーだった。

 バカだのグズだの、オンナは役に立たない、などと罵倒しながらも、ナカガワは疲れてデスクで伏せたまま寝ているキャシーに黙って上着をかけてやったり、ほい、と飴を投げてやったり、何かと気にかけてはいたらしい。

 キャシーもそんなナカガワに何故かと懐き、特務のシゴトで出張するたびに

「ナッカガワブチョー、オミヤゲですう、あ、なんで逃げるの」

 と追いかけまわすことも日常茶飯事だったとか。そのたびにナカガワが

「バカ、ミッション行って土産買うバカがどこにいる、シーサーなんぞ要らん」

 などと怒鳴りながら逃げ回ったのだと。しかし机の上に置かれた土産はいつの間にか、ちゃんとカバンにしまって持って帰っていたらしい。


 やるせない思いで、彼は遠くの高架をみやった。


 誰にもどうにもならないことはあるのだ、不幸になりたくてなるヤツはいない。しかしいったん歯車が狂い始めると、物事はしごく簡単に崩壊への坂道を下っていく。

 どうしたら、その中でも運命を呪うことなく、他人を憎まずに、恨まずに、そして自分を捨てずに前向きに生きていけるのだろう。

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