還ってきたハルさん
「今夜飲む人、この指とーまれ」
ローズマリーがやってきた。
わざとそっぽを向いたサンライズの前に回り込み、無理やり人さし指をつかんで自分の指にかぶせる。
「やめてください、センパイ。それってセクハラですか?」
「サンちゃん」
ローズマリーが急に手を離した。
「ハルさん、退院したよ」
「えっ」
サンライズの顔も輝く。しかしすぐに眉を寄せて
「それですぐ飲みに行くの? 信じらんねえ」
それでも急に引き出しの中をかき回し、
「あった」
ちょっと角のくたびれた出張旅費精算書を引っぱり出す。
「……これさ、近い場所だったから出すの忘れてたけど、通してくれるかなあ」
いそいそと、総務のフロアへ出かけていった。
春日宏光、通称ハルさんは当然のように自分のデスクに座って何か計算していた。
昨年末から持病の検査入院で休んでいた彼だが、二ヶ月間のブランクもあまり感じさせない。
というか、酒が抜けていたおかげで何となく背筋が伸びたような気もする。
春日は、こっそり忍び寄ったサンライズの方を向きもせず
「出張旅費精算ですか? 先月までのでしたらケツ拭いてトイレに捨ててください」
事務的に言い放った。
サンライズも事務的に応じる。
「これで退院してきたオッサンに酒でもおごろうかと思ってるんですが」
「いただいときましょう」
さっと手が出て、紙を受け取った。
「全然ダイジョウブそうじゃん。何の検査してきたんだよ」
春日が顔を上げてから、ちらっとフロアを険しい顔で見回してから、サンライズに向かって一服の手つきをしてみせる。
しょうもねえなあ、という顔をしてサンライズ、それでもハルさんの後から上の階について行った。
歩きながら、春日がつぶやくように小声で言った。
「どうしようもねえ、どいつもコイツも……何がトクムだよ」
「何怒ってんだよ」
「怒りたくもなるわい」
どこかの村のジイサンみたいだ。煙草に火をつけてからも(急に可愛らしく、マルボロライトになっていた)鼻からも黄色い煙を吐きながらまだ、プンプンしている。
「こっち来い」
押し殺した声で彼の腕をとった。
「わあ、屋上に出るのかよ」
サンライズはおびえた声になる。
「古い出張旅費出したのがそこまで罪深いか?」
青空の見える柵沿いまできて、ようやく春日の声が大きくなった。
「総務のデスクにまで、盗聴器をつけやがったんだ、アイツら」




