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鳶の物語

王宮魔導師のマギサ

作者: みみこ

ミリアン、ハスリックの仲間です。合わせて楽しんでいただけたら幸いです。

昔々ある荒野のどこかに一人の美しい魔女が住んでいました。彼女はこの荒野に栄えるたった一つの国の王宮魔導師で名前をマギサと言いました。彼女はその国の王さまと契約して国に常世の平和を与えることを約束していました。


彼女は干からびた大地に雨を降らせて、屑石の鉱脈を指一振りで金脈に変えました。そして長く続いた戦争で死んでいった者たちに命を与え、崩れた街を一声で元通りに戻します。いつしか彼女は偉大な美しい魔女として世界中に知れ渡りました。


マギサは魔女なので年をとりません。長い時の中でその国の平和と王の渡りを見守り続けました。見れば見るほどに心を奪う不老で美しい魔女でした。

彼女がいた時からずっとこの荒野の国は平和だったわけではありません。100年経ってマギサは専属の魔導師として平和を誓い、200年経って国を潤しました。400年経ってやっと戦争を終わらせて800年かけてだれもが恐れる大国にしたのです。ここまでくるとほんの遊びのつもりで手を貸したマギサもこの国が好きでしようがありませんでした。


しかし、800年経った今、マギサの心の中には不安に似たものもありました。

次第に国民たちがどんなことにも満足しなくなり始めたのです。平和になった荒野の国は、豊かさのあまりに快適な暮らしを追求し始めました。夜でも太陽があるかのように明るくする電球、鉄の車が大地だけではなく、空も飛び交います。それだけならまだしも油の血が通う人形を見たとき、マギサは涙を流しました。

(ああ、もう皆は魔法を信じてくれないのね。)

国のだれもが軽蔑の眼でマギサを見始めました。マギサは悲しい気持ちになりましたが、国を離れることはしませんでした。彼女はつらく思う以上に、荒野の国が好きだったのです。


そんなある日のことです。マギサが自分の家で眠っていると、何やら焦げ臭いにおいがしました。急いで外を見てみると、たくさんの人たちがマギサの家に向かって火の矢を放っていたのです。彼女は最初、敵が攻めてきたと思いましたが、掲げられた旗をみて体の力が抜けてしまいました。

それはよく見たことのある紋章で、マギサが愛した国の紋章でした。

いよいよ彼女が恐れていたことが起こったのです。国を挙げての大掃除。「魔女狩り」というごみ捨て作業でした。


国中の魔導師や錬金術師が国の外を目指しました。捕まったらもう死ぬしかありません。マギサも懸命に逃げました。家を燃やされ、靴を脱ぎ捨て、服がボロボロになるのにも構わずに逃げ続けました。

そしてやっとのことで国境を越えようとしたときです。マギサと一緒に逃げてきた幼い魔女が捕まりました。喜ぶ兵士とは裏腹に魔女は泣き叫んで必死に掴まれた腕をほどこうとしていました。たとえ幼いとしても魔女は魔女、恐らく彼女にも火あぶりの刑が待っています。

マギサは許せませんでした。兵士に飛びかかり、幼い魔女を助けました。

「さぁ、お行きなさい。」

彼女は幼い魔女の代わりに捕まり、城へと連れていかれました。


捕まったマギサに残された道はもちろん他の魔導師や錬金術師と同様に火あぶりの刑のはずでした。しかし、王様は頭を抱えます。彼はマギサと契約をしていたのです。彼女が寿命以外で死んでしまうと、自分も死んでしまいます。悩みに悩んだ王様はマギサを地下深くに閉じ込めることにしました。


光が届かないだけではなく、音さえも聴こえない場所にマギサは閉じ込められました。食べ物は与えられず、壁から染み出る汚水を飲みながら彼女は生きることを許されました。彼女は年をとりません。だから死ぬこともできないのです。


私が一体何をしたのでしょう?


汚水を飲みながらマギサは思いました。やがて王が死んで契約が切れても彼女は殺されることはありませんでした。それどころか地下からも出してもらえません。荒野の国の皆はすっかりマギサのことを忘れてしまっていたのです。

「こんなにも私は貴方達を愛していたのに。」

そう泣きながらマギサの汚水を飲む勢いは次第に速くなり、とうとう全部飲み干してしまいました。

「どうせ悪魔と呼ばれるのなら、」

そういう彼女の顔にはもう涙はありませんでした。

「どうせ悪魔と呼ばれるのなら、本当に悪魔になりましょう。」

彼女は大きな笑い声とともに外に出ました。鎖なんて彼女には意味がありません。今までマギサは人間のために手加減をしていたのです。彼女はたった一人の王宮魔導師、世界で一番強い魔女でした。


外に出た彼女は何もしません。ただ、この国にかけた魔法を解くだけでした。金の食器は屑石に戻り、砕けました。絶えず水があふれた井戸は一瞬で干上がります。そして彼女が指を鳴らした瞬間、400年前に命を与えた者たちの子どもたちが苦しみ死にました。マギサが魔法を解いたせいで荒野の国は崩れていきます。当たり前です。たとえ魔法を忘れていても、彼らは魔法に支えられていたのです。

崩れていく国を見て、彼女は高らかに笑いながら姿をくらまし逃げました。


世界が恐れる荒野の国を一瞬で滅ぼした魔女マギサは荒野から遠く離れた小さな村で静かな暮らしを始めました。もう魔法は使いません。あの日を境にマギサは魔法を捨ててしまったのです。魔法がない生活は思った以上に厳しいものでしたが、新しいことばかりでマギサは毎日を楽しく過ごしていました。やがて彼女は人間と結婚して一人の息子を授かりました。


しかし、マギサの幸せは崩れてしまいます。

「なんて醜い顔なんだ!」

村の人々は可愛いわが子をみて口々にそう言いました。

「悪魔の子だ、怪物だ!そんな化け物殺してしまえ!」

マギサの言い分も聞かずに人々は鍬や鎌を手にとって息子を殺そうとしました。たった一人の息子を殺されてはたまりません。彼女は急いで逃げました。

悪魔の子を殺そうと村の人々は彼女を追いかけました。マギサが一瞬振り返ると、その先頭が見えました。先頭を行くのは彼女が愛した夫です。

(ああ、この子を愛してくれるのはもう私しかいないんだわ。)

マギサは悲しくて泣きました。


彼らからなんとか逃げたマギサとその息子はもとの住んでいたところから遠くに離れたさらに小さな村で暮らし始めました。

前の村ほどではありませんでしたが、それでも彼女の息子はいじめられてしまいます。

マギサの息子は何もできません。何をやらせても下手なのです。

「貴方は何をやらせても下手だから、せめて学問だけでもできなさい。」

マギサはもともと一番の魔女です。学問は彼女が教えることのできるたった一つのことでした。しかし、頭がよすぎるマギサは物わかりが悪い息子に上手く教えることができません。

「どうしてこれくらいのこともできないのですか!?」

マギサの教えは日に日に厳しくなっていきました。


そんなある日のことでした。

いつものようにマギサは息子に学問を教えようと部屋に入りました。しかし、扉をあけるとだれもいません。机の上には手紙が置いてありました。


『親愛なるお母様

私はここにはいれません。

だから出ていくことにします。

ありがとう、さようなら。』


それからマギサは一人ぼっちになりました。


最初は息子の帰りを待っていました。何もできない息子のことです。きっと泣きながら帰ってくるはずと思っていました。

しかし、息子はいつまでたっても帰ってきません。

秋が来て、冬が来て、春が来て、夏が来て、そしてまた秋が来ましたが息子が帰ってくることはありませんでした。

そうやって何年も過ぎ、だんだんマギサは老い始め、寝たきりの生活が多くなりました。彼女はもう魔女ではありません。だから年をとってしまうのでした。

一体彼は何をしているのでしょう?

そう彼女が考えても、答える人は誰もいませんでした。


何年も経ったある日、開かない扉が動きました。息子が帰ってきたのでしょうか?マギサは嬉しく起き上がりました。

しかし、やってきたのは醜い顔ではありません。ですがどこかで見たことのある青年でした。魔法の匂いは少しもしません。どうやらふつうの人間のようです。

「残虐非道な魔導師、マギサ。私は荒野の国の人間だ。お前の首をいただこう。」

剣を抜いて青年はマギサを睨みます。すっかり年老いて皺くちゃのおばあさんになったマギサはため息をついて笑いました。来ると分かっていましたがずいぶん遅くやってきた復讐が少し滑稽で、そしてできることならもう少し遅ければよかったと思ってしまった自分がおかしかったのです。

笑い終わった後、青年をまっすぐ見つめてマギサは言います。

「私の首でいいのなら、貴方にいくらでもあげましょう。」


こうしてマギサは首をはねられ死にました。


首が体から離れる瞬間、マギサの耳にどこからともなく響く鐘の音が聞こえてきました。

「ああ、貴方はここにいたのですね。」

名前も忘れた彼を見て、マギサはにっこりと笑います。


残虐非道な魔法使い、かつての王宮魔導師、魔女マギサの死に顔は、とても幸せなものだったそうです。

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