捧げられた魂
「朝起きて外に出たら虫がいっぱい集まって来ていたから、ちょうには魂レベル100の人間のペットになるように命令した。レベルが下がればあたいのところに戻ってくるようにとも伝えた。ゴキブリやハチ、カメムシ、ハエ、セミにもそれぞれ命令を出した。あとは、ご存知の通りだ」
アゲハくんの説明を聞いたぼくは体の震えが止まらなかった。
「ちょうの妖精に転生してちょうの国の王子と結婚だと?全人類の魂と引き換えに?」
ぼくは爆笑した。なるほど!世界の支配者になるより大きなご褒美だ。
「このエゴイストめ!人類は生贄か?」
「この世界は腐り切ってたから救済してやったんだ」
「ものはいいようだな。1番得するのはきみじゃないか!」
「人類史上初かつてない偉業を成し遂げるんだ。これくらいもらわないと割に合わない」
「お釣りが来るだろ!」
「投降したお仲間たちは手厚い保護を受けてかたくなだった心がほぐれたのか他者への感謝の気持ちがあふれて魂レベルがカンストしたぜ。あとはあんた1人だ。頼む。あんたの魂をあたいにくれや」
アゲハくんはぼくの魂に手を差し伸ばす。
「いやだ!納得できん!ぼくと結婚しろ!ぼくはきみが好きだ!愛してる!王子なんかに負けないぐらいきみを幸せにしてみせる!」
アゲハくんの顔が真っ赤に染まる。ドキンっ!という効果音が胸から飛び出していた。よし、いける!絶対絶命からの起死回生の一手を打った。全人類の魂がひとつに統合されるということはぼくの意識は死んだも同然。
世界の王となり世界を支配したい!という野望を持つほど我が強いぼくにとっては耐えられない仕打ちだ。この困難な局面をぜったいに乗り切って見せる!アゲハくんは残念そうな顔を浮かべる。
「そのセリフはもっと早く聴きたかったぜ。あたいはあんたに惚れてたからな。うちが貧乏でみんなからバカにされているの止めてくれたのはあんただった。全校集会であたいをバカにする奴は全員退学にする!って言ってくれたよな。すげえうれしかった。あたいがいじめられないようにスクールカースト最上位グループに入れてくれたしな」
よしよし。アゲハくんの気持ちはまだぐらついてる。押せばものにできる!痛いところを突いてやろう。ちょうの国の王子とやらもぼくと同じで、いやぼく以上に多くのものを背負ってる立場だ。アゲハくんとの結婚にためらいがあるに違いない。
「王子はきみとの結婚を快諾したのか?身分の差や一族の反対はどうする?」
ぼくは両手を広げる。さあ、この胸に飛び込んでこい!
「あたいと結婚できるならすべて捨ててもいいと言ってくれたぜ」
アゲハくんは照れくさそうに鼻の頭をこする。ぼくは頭に隕石が落ちたぐらいのショックを受けた。足元がぐらつく。まともに立っているのがつらかった。そんなバカな!なぜそこまでできる?
いや、答えは知っていた。彼女がそこまでするに値する魅力的な魂の持ち主だからだ。
アゲハくんを観察していた時期、一緒に過ごした日々の記憶がフラッシュバックする。
アスファルトを突き破って咲く花のようなたくましい美しさに心惹かれてずっと目が離せなかった。
燃えあがる闘志の炎は頭からバケツの水をかぶったようにあっけなく鎮火した。いさぎよく降参する。
「きみの王子様に完敗だ。ぼくは勇気がなかった。もっとはやくすべてを捨ててでも、きみを奪い去るべきだった」
アゲハくんの手を取って一緒に人生を歩んでいく世界線を想像したことは何度もあった。だが、踏み出せなかった。結局、ぼくは財閥の財力や権力者たちとの人脈がなければ思い描いた通りに生きていけない弱い人間なのだ。贅沢な暮らしや先祖代々築き上げて来た名家の地位を捨てることができなかった。
ぼくはひざまずいて手を差し出す。我がたましいをその手に載せて。
「アゲハくん。きみの新たな人生に祝福の雨が降り注ぎますように」
その瞬間、魂のレベルが100に到達するのがわかった。青いちょうが肩に止まる。好きな女の子の幸せを心から願う愛がぼくの魂をはるかな高みへと導いた。ちょうたちが輪になり大きなハートマークを作る。
「ありがとな、一文字。大好きだったぜ」
アゲハくんは泣きながら笑っている。最高の笑顔だ。ぼくは微笑みながらキュン死した。




