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昆虫ブーム

アゲハくんの性格が聖人のようになって半年後、世界は大きく変化していた。

「ちょうをペットにするブームが世界中で起きています」

朝のテレビで女性アナウンサーがニュースを読み上げる。彼女の肩にもちょうが止まっていた。

「本日はちょう使いの美少女黒松アゲハ様にスタジオにお越しいただきました。よろしくお願いします」

「宜しくお願い致しますわ」

たくさんのちょうを引き連れたアゲハくんがゲストとしてテレビに映し出された。友人がテレビに出ているとなぜかちょっとうれしくなる。アナウンサーは質問する。

「ちょうを使って人類をムリやり善人にするのは洗脳ではないか?という意見もありますがいかがでしょう」

そうだ!こんなのは洗脳だ!人権無視だ!自分の人格を変えたくない人間だってたくさんいる!否応なしに善人にならざるを得ない状況を作り出すのは卑怯だ!

アゲハくんは手を組み神秘的な笑みをたたえる。

神代かみよの時代、鳥は空を飛べなかった。肉食獣に追われて逃げているうちに背中に翼が生えて空を飛んで逃げました。つまり進化です。助かるために進化を果たしたのです。人類もいま生命の危機におちいっています。世界に憎しみが蔓延まんえんし、自殺する子供や戦争で亡くなる若者も多い。みんな憎しみに追われて不幸になり命の危機が訪れているのです。魂が進化しなければ生き残れない。そういう時代なのです。魂の世紀と言って良いでしょう。魂が進化すれば前世の記憶も蘇り、神とも対話でき、神の息吹を身近に感じることも可能です。憎しみを浄化する技法が自然にマスターできます。わたくしは人類を救済するために魂の進化をうながしているに過ぎません。みんなで魂に翼を生やしましょう」

とんでもないことを言っているな。わけがわからない。しかし、アナウンサーやコメンテーターたちは「うんうん」となずいる。みんなアゲハくんにだまされている!

「アゲハ様、ありがとうございます。続いて最寄りの公園から中継です」

ちょうを手にしているたくさんの子供たちが画面に映し出される。

「ちょうを飼ってない人間はクズなんだよ」

「オレたちはクズじゃない♩」

子供は純粋だ。あっという間に魂のレベルがMAXに届いたのだろう。画面が切り替わりちょうを肩に止めた総理大臣の姿が映し出される。メガネをかけた七三分けちょび髭の総理は宣言する。

「ちょうを飼ってない人の入国を禁じます」

ついにここまで来たか。ちょうを飼っていると言うことは間違いなく善人であり、それが入国パスポートの代わりになった。テレビのコメンテーターたちは総理の決断を称賛している。彼らはちょうを飼ってない人間への差別発言も平気で行う。

「この国から出て行って欲しい」

「社会のゴミだ!」

「ちょうを飼ってないのは恥ずかしいことであり犯罪者だ!反省がないから魂のレベルが上がらないんだ!」

このままではちょうを飼ってない人間はどこにも行けなくなるな。外出すれば白い目で見られる。お店やタクシー、バス、電車、飛行機、全部無理だ。テレビ局も入館禁止にしている様子だ。

独裁国家に亡命するしか道がない。さらに緊急のニュースが飛び込んできた。

「世界にゴキブリやカメムシ、セミ、ハチ、ハエを飼っている人が現れました!これはどうしたことでしょう?」

女性アナウンサーの質問にアゲハくんが答える。

「魂のレベルが0の人間にはゴキブリがつきまとい、レベル10だとハチ、レベル20だとカメムシが、レベル30はセミ、レベル40はハエ。つまりゴキブリ、ハチ、カメムシ、セミ、ハエの順番で考えてください」

「ゴキブリ、ハチ、カメムシ、セミ、ハエが嫌なら魂のレベルを上げるしかありませんね」

「いくら駆除しても次から次にどこからともなく飛んできますよ。寝ている時に耳や鼻や口に入ってきます。くわばらくわばら」

アゲハくんは口を手で隠して上品に笑う。

太った独裁者がゴキブリに付きまとわれて苦虫を噛み潰したような顔をしている映像に切り替わる。ゴキブリは鼻に止まった。素手で叩き潰している。新しいゴキブリが天井から降ってくる。イタチごっこだ。幹部の軍人たちにもみんなゴキブリやハチ、カメムシやセミやハエがついている。

果たして彼らに精神はいつまでも持つか。国民もゴキブリやカメムシやセミがついている彼らを陰であざけるだろう。普段威張ってる連中がハチやハエに追われて逃げ回る姿もみっともなくて笑いを我慢できない。嘲笑は独裁者たちがもっとも嫌うものだ。

ぼくはテレビを消した。独裁国家の独裁者をはじめ世界の悪い奴らは頭を抱えているだろうな。ゴキブリやハチが24時間ストーキングしてくるのだから。うちの家族も執事もメイドもみんなちょうを飼っている。

学校でも飼っていないのはぼくだけだ。世間のぼくに対する視線は厳しい。

露骨な差別やいじめは魂のレベルを下げる悪行になるので、そういうことはされないが、口には出さずともぼくのことをよく思ってないのは確かだ。

みんなはアゲハくんのことをアゲハ様と呼び出し教祖のように扱いだした。別に教団を創設したわけじゃないし教典もないのに勝手に教祖として崇め、アゲハくんのいうことに盲目的にしたがっている。ぼくは他人に洗脳されるのは嫌だ。これは一種の洗脳だと思っている。ムリやり善人に作り変えようとしている。他に選択肢がない。いずれ世界の王になるぼくが自分の意思を無視した形で価値観を塗り替えられることなんてあっていいはずがない。ぼくはちょうを飼ってない人間たちを集めて学校に立てこもった。


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