ちょうの王子
新聞配達と犬の散歩のバイトを終えたあたいは0限目の授業に出席するために早朝登校していた。0限目は1限目がはじまる前に行われる授業のことで自由参加だ。名門中学だけあってみんな頭がいいから、塾にも通っていないあたいは0限目の授業で頭脳を鍛えるしかない。夜も居酒屋でバイトしているし、睡眠不足と疲労でふらふらだ。
最近は毎朝、栄養ドリンクで回復している。千鳥足で歩いていると花壇に蜘蛛の巣が張っていた。小さな白いちょうが引っかかってる。バタバタしてた。あたいはスルーしようと思ったけど、なんとなく立ち止まる。
動物と虫は好きだ。人間は欲深くて意地悪だけど、自然界の動物や虫は素直で感情のまま生きている。人間よりも花やちょうやうさぎがあたしは好きなんだ。あたいは小さな白いちょうを助けた。
「ぜったい恩返しに来なよ」
恩着せがましいことを言って微笑む。ちょうはお礼を言うように羽をばたつかせて空に去っていく。いいことしたな。気持ちのいい朝だ。あたいは軽くなった足取りで校舎に向かった。
その夜、夢を見る。虹のかかったお花畑で目覚めたあたいは起き上がって叫んだ。
「て、天国かっ!」
「ちがうよ。ちょうの国だよ」
「だれでぃ?」
振り返ると王冠をかぶった妖精がいた。青いちょうの羽に中世の貴族のような格好をしている。すごく美形だ。まだ少年なのかあどけない顔立ちをしていた。少年はニコリと上品に笑う。
「ボクの名前はエルタテハ。ちょうの国の王子なんだ。よろしくアゲハちゃん」
「ちょうの国の王子様?夢は潜在的な願望っていうけど、まさかこのあたいがお花畑と王子様を求めていたとはね。恥じい」
とはいえ味気のない灰色の人生を歩んできたあたいにとっては世界に色がついたような良い気分だ。永遠に醒めないでほしい。
「夢じゃないよ。きみが今朝助けてくれたちょう。あれはボクだったんだ」
「えっ?」
「ボクたちちょうの妖精は寝ている時に地上のちょうに乗り移ってお散歩してるんだよ。たまに蜘蛛に襲われたり人間の子供に捕まえられて標本にされたりして悪夢なんだけどね。今朝はきみのおかげで悪夢にならなくてすんだ。ぜったいに恩返しに来いって言われたけど、地上ではボクは何もできない。悪い人間に捕まってホルマリン液に浸されて瓶詰めにされるのがオチさ。だからきみの魂をこっちに呼んだんだよ」
「寝ている時は魂が無防備になるって聞いたことがあんぜ。ありゃ本当だったのか」
あたいは素直に納得する。
「お花畑に連れてきてもらうよりはゴールドか宝石が良かったんだけどな?」
「あるけど地上に降りるのは怖いよ。勘弁して」
「そりゃそうだな。人間は凶暴だ。勘弁してやんよ」
「こっちにおいで」
エルタテハ、略してエルタに着いていくとクロスのかけられた丸テーブルと椅子が現れた。木製コップに黄色い液体が注がれている。
「人間サイズじゃん。作るの大変じゃなかった?」
「アリの妖精にお願いしたよ。彼らは力持ちだからね」
「へーっ、妖精にも種類あんだ」
「虫の数に応じてね。どうぞ座って座って」
「どもども」
「花蜜ジュースだよ」
「頂くぜ」
ひとくち飲む。めちゃくちゃ甘くて神秘的な香りがした。何これ?うますぎ!妖精の雫と名付けよう!
ゴクゴクと一気に飲み干した。
「うめえ!最高だぜ!」
「良かった。次は歓迎のパレードだよ」
花に隠れていた妖精の女の子たちが現れてダンスを披露してくれた。エルタも歌いながら踊ってくれている。のびやかで明るい癒しの歌声だ。ラッパを吹いてる子や笛を吹いている子もいる。あたいの心は踊った。こんなのテレビでも漫画でも観たことない!とっても素敵♩干からびた干物のような人生を送っていたあたしはファンタジーの世界に恋焦がれていた。あっという間に妖精界のトリコになる。あたしは宣言した。
「あたいこの国に住むっ!」




