第9話 王都からの手紙
その手紙は、朝の光と一緒に届いた。
管理人が、いつもと変わらない顔で差し出す。
封筒の色も、封蝋も、見慣れたものだった。
「……王都から、です」
「ありがとうございます」
受け取った瞬間、胸がざわつくことはなかった。
驚きも、不安もない。
ただ、
来るべきものが来た
それだけだ。
部屋に戻り、窓際の机に腰を下ろす。
封を切る前に、少しだけ指を止めた。
急ぐ必要はない。
今の私は、呼び出される立場ではない。
そう思ってから、静かに封を開けた。
文章は、丁寧だった。
けれど、よく読むと、どこか散らかっている。
王宮の日常。
小さな行事の報告。
誰それが忙しくしている、という近況。
どれも、
知らせる必要のない内容ばかりだ。
最後の方に、こんな一文があった。
以前であれば、あなたに相談していた件ですが、
今回は自分たちで対応しました。
相談していない。
頼っていない。
それなのに、わざわざ書いてある。
私は、そこで一度、視線を上げた。
読み終えても、
「戻ってきてほしい」という言葉はなかった。
謝罪も、後悔も、期待もない。
ただ、
あなたがいない状況を、逐一報告している
そんな印象だった。
「……不思議ね」
思わず、呟く。
王宮にいた頃は、
役割があるから呼ばれていた。
今は違う。
役割は、もうない。
それでも、存在だけは想定されている。
手紙を畳み、机の端に置く。
返事を書くべきかどうか、考える。
急がなくていい。
書かなくても、咎められない。
私はそういう立場に、もう戻っていない。
昼前、庭に出ると、
管理人が作業をしていた。
「……王都からでしたか」
「ええ」
それだけで、話は終わる。
詮索も、助言もない。
「昼、少し冷えます」
「気をつけます」
それで十分だった。
午後、川のそばに行くと、
いつもの顔が、いくつか見えた。
「こんにちは、リリアさん」
「こんにちは」
「今日は、いい天気ですね」
「そうですね」
誰も、手紙のことを知らない。
知る必要もない。
私はここでは、
王都から来た人ではなく、
ただ、リリアだ。
ベンチに腰を下ろし、
しばらく水の流れを眺める。
王都での自分を、
懐かしいとは思わなかった。
遠く感じるわけでもない。
ただ、別の場所の話だ。
「……今は、ここ」
その言葉が、自然に浮かぶ。
夕方、屋敷に戻り、
もう一度手紙を手に取る。
返事を書くとしたら、
何を書くのだろう。
近況。
天気。
変わりなく過ごしていること。
それだけで、十分だ。
私は紙を取り、短く書いた。
お手紙、ありがとうございます。
こちらは、変わりなく過ごしています。
それ以上は、書かない。
助言もしない。
戻るとも、戻らないとも。
封をして、明日出すように頼む。
窓を開けると、
夕暮れの空気が流れ込んできた。
王都は、まだ遠い。
けれど、完全に切れたわけでもない。
その距離が、今はちょうどいい。
私は、静かに灯りを落とす。
ここにいる。
それだけで、足りている。
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