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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: 月岡紬


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第8話 ここにいていいと言われる

その日は、特別な始まり方をしなかった。


朝、目を覚まして、

いつも通りに身支度を整える。

窓を開けると、空気は澄んでいて、少し冷たい。


「……秋が近いのかしら」


独り言は、誰にも聞かれない。


 


朝食の時間になっても、

管理人はいつものように淡々としていた。


「今日は、昼過ぎに町へ出る用があります」


「そうですか」


それだけのやり取り。

けれど、彼は一度だけ、私の方を見た。


「……昼食は、どうなさいますか」


少しだけ、間があった。


「外で済ませますか。

それとも、戻られますか」


私は、その言葉を聞き返そうとして、やめた。


「戻ります」


「分かりました」


それで話は終わった。

特別な確認は、もういらないらしい。


 


昼前、屋敷を出て町へ向かう。

用事があるわけではない。

ただ、歩きたかった。


通りで顔見知りとすれ違う。


「こんにちは」


「こんにちは、リリアさん」


名前が自然に出てくる。

立ち止まらなくても、挨拶だけで済む。


小さな店の前で、足を止める。


「中、見てもいいですか」


「どうぞ」


店主は、私を値踏みしない。

滞在者としてではなく、

客として扱ってくれる。


「また、来てくださいね」


「ええ」


その言葉に、期限は含まれていなかった。


 


昼過ぎ、屋敷に戻ると、

台所から湯気が上がっていた。


「……?」


覗くと、使用人が数人、慌ただしく動いている。


「あ、リリアさん。

お帰りなさい」


「ただいま……?」


返事をしてから、少し戸惑う。


「今日は、戻られるって聞いたので」


そう言って、彼女は笑った。


聞いた、という言葉が引っかかる。

けれど、問いただすほどの違和感ではない。


席につくと、

いつもより一品、多く皿が並んでいた。


「……何か、ありましたか」


「いえ」


即答だった。


「ただ、量を少し調整しただけです」


調整。

それは、今日だけの話ではないのだろう。


 


午後、庭で本を読んでいると、

管理人が声をかけてきた。


「来週ですが」


「はい」


「……庭の手入れをします。

騒がしくなりますが」


来週。

滞在期間を確認されない。


「分かりました」


そう答えると、

彼はわずかに安堵したようだった。


 


夕方、川の方から戻ると、

あの青年とすれ違った。


「こんばんは、リリアさん」


「こんばんは」


「……ここ、落ち着きますよね」


同意を求められているわけではない。

ただ、共有したかったのだと思う。


「ええ」


「だから」


彼は少し言い淀んでから、続けた。


「無理に、急いでいなくていいと思います」


私は足を止めた。


「……どういう意味ですか」


「そのまま、です」


彼は、それ以上踏み込まなかった。


 


部屋に戻り、窓を閉める。

夕闇が、静かに広がっていく。


私は、今日一日のことを思い返す。


誰も、

「いつまでいるのか」と聞かなかった。


誰も、

「次はどうするのか」と迫らなかった。


ただ、

ここにいる前提で、話が進んでいた。


「……ここにいていい、のね」


声に出してみると、

不思議と重さはなかった。


許可ではない。

引き留めでもない。


当然のように、

席が用意されているだけ。


そのことが、

これまでで一番、私を安心させた。


 


王宮では、

居場所は役割と引き換えだった。


ここでは違う。


私は、何者でもなくていい。

それでも、ここにいていい。


その事実が、

静かに胸に染みていく。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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