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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: 月岡紬


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第5話 何者でもない私に、話しかけてくる人

翌朝、目を覚ますと、窓の外が少し明るかった。

王宮よりも夜明けが遅いらしい。


起き上がって、しばらくその光を眺める。

急ぐ理由は、どこにもなかった。


着替えて外に出ると、管理人が庭先で指示を出していた。

私に気づくと、一瞬だけ動きを止める。


「おはようございます」


「おはようございます」


それ以上、言葉は続かない。

気を遣われていないわけではない。

ただ、距離が保たれている。


朝食は簡素だった。

パンと、温かいスープ。

量も味も、ちょうどいい。


「……落ち着く」


思わず声に出してから、少し笑う。

誰に聞かせるわけでもない独り言は、久しぶりだった。


 


食後、昨日と同じように屋敷の外を歩いた。

森へ向かう小道は、踏み固められていて歩きやすい。


途中、誰かの気配を感じて足を止める。


「こんにちは」


声をかけられて振り返ると、昨日の青年がいた。

同じ服装。

同じ、少し控えめな距離。


「こんにちは」


「今日は、天気がいいですね」


「そうですね」


それだけの会話。

けれど彼は、去ろうとしなかった。


「……この辺りは、久しぶりですか」


「ええ。少しだけ」


「そうですか」


また、そこで止まる。

不思議な人だと思った。


「この先に、小さな川があります。

道が分かれますので、迷われるといけない」


親切だが、押しつけがましくない。

案内を申し出ることもない。


「ありがとうございます」


それで十分だったらしい。

彼は軽く会釈して、森の反対側へ歩いていく。


私はしばらく、その背中を見送った。


――名も聞かれない。


王宮では、考えられないことだ。

肩書きを知らなければ、どう扱えばいいのか分からない人が多い。


ここでは、

知らないままでいいらしい。


 


川のそばに辿り着き、石に腰を下ろす。

水音が心地よい。


何かを話さなければならない空気も、

感情を見せる必要もない。


ただ、いる。


その状態が、思っていた以上に心を休ませる。


しばらくすると、別の足音が近づいてきた。

今度は、軽やかで複数。


「……あ」


声を漏らしたのは、若い女性だった。

かごを抱え、少し驚いた顔をしている。


「すみません。ここ、人が来るとは思っていなくて」


「いえ、こちらこそ」


彼女はほっとしたように息をついた。


「この屋敷の方ですよね。

最近、来られたって聞きました」


「はい。しばらく、滞在します」


「そうなんですね」


それ以上、踏み込んでこない。

昨日の青年と、よく似た距離感。


「……ここ、好きなんです」


彼女は川を見ながら言った。


「静かで。

考え事をしても、誰にも邪魔されない」


私は頷く。


「分かります」


短い共感だったが、彼女は少し笑った。


「また、会ったら。

そのときは、挨拶くらいはしてもいいですか」


「もちろん」


それで十分だと、お互いに分かっていた。


 


屋敷へ戻る道すがら、私は考える。


ここでは、

私が誰だったのかを知っている人は、ほとんどいない。


けれど誰も、

「何者か」になれと迫らない。


距離を取るつもりで来たはずなのに、

人は、自然に近づいてくる。


ただし、線を越えない。


それが、心地よかった。


「……しばらくは、ここでいい」


そう思えたこと自体が、

少し意外だった。


 


夜、部屋の灯りを落とす前、窓を開ける。

遠くで、川の音が聞こえる。


王宮の喧騒は、もう届かない。


それでも私は、孤独ではなかった。


誰かの期待からも、

物語の役割からも離れた場所で。


私は今、

ただの「私」として、ここにいる。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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