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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: 月岡紬


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第12話 名前のない席

町の集まりは、思っていたよりも小さなものだった。


広場の一角に長机が並べられ、

パンと飲み物が置かれている。

誰かの誕生日でも、祝祭でもない。


「最近、顔を合わせる機会が減ったから」


それだけの理由で、人が集まったらしい。


私は、端の方に立って様子を見ていた。

主催者でも、来賓でもない。

ただの参加者だ。


「……リリアさん」


声をかけられて振り返ると、

管理人が、少し困った顔をしていた。


「こちらへ、どうぞ」


案内された席は、中央でも、上座でもない。

けれど、不思議と空いていた。


誰かが意図して残したような、

座る人を決めていない場所。


私は一瞬だけ迷ってから、腰を下ろす。


 


集まりが始まると、

人々は思い思いに話し始めた。


仕事の話。

天候の話。

最近の出来事。


私は、聞いているだけだった。


誰かが話し終えると、

自然と視線がこちらに向く。


意見を求められているわけではない。

続きを、待たれているわけでもない。


ただ、

沈黙が、落ち着く場所として。


 


「……そういえば」


向かいに座っていた年配の男性が、

ふと口を開いた。


「この前の件、無事に収まりました」


誰に向けた言葉でもない。

報告に近い。


「それは、よかったですね」


私は、そう答えただけだ。


「ええ」


それで、話は次に移る。


誰も、判断を仰がない。

誰も、責任を渡さない。


それなのに、

場の空気は、どこか整っていた。


 


途中、飲み物を取りに立つと、

川のそばで会う青年が、近くにいた。


「……来られていたんですね」


「ええ。誘われました」


「そうですか」


彼は、それ以上何も言わなかった。


「無理、していませんか」


「していません」


それだけで、話は終わる。


 


席に戻ると、

いつの間にか、人の流れが変わっていた。


私を中心に、輪ができているわけではない。

けれど、

私を境に、話題が切り替わる。


誰かが感情的になりそうになると、

自然と声が落ち着く。


それは、

私が何かをしたからではない。


ただ、

急がない空気が、そこにあるだけだ。


 


集まりが終わり、

人々が散り始める。


「今日は、ありがとうございました」


そう言って頭を下げる人がいる。


「いえ」


理由は、分からない。


感謝されるほどのことは、していない。


それでも、

誰もが少し軽くなった顔をしていた。


 


帰り道、

夕焼けが町を包んでいた。


隣を歩く青年が、ぽつりと言う。


「……あの席、良かったですね」


「そうですか」


「はい。

誰のものでもない感じで」


私は、少し考える。


「……私も、そう思います」


 


屋敷に戻り、

部屋の灯りをつける。


今日一日を振り返って、

私はようやく理解する。


私は、中心にいない。

役割もない。


それでも、

空けておきたい席になっている。


「……名前のない席、か」


小さく呟いて、笑った。


それは、

与えられた居場所ではない。


選ばれたわけでもない。


ただ、

そこにあるだけの場所。


今の私には、

それが一番、心地よかった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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