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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: 月岡紬


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第11話 それでも、そばにいる人

翌朝、庭に出ると、空気が澄んでいた。

昨日の雲は流れ、光が柔らかく落ちている。


私はベンチに腰を下ろし、

何をするでもなく、庭を眺めていた。


誰かが来る気配があったが、

顔を上げるほどでもないと思った。


「……おはようございます」


声は、控えめだった。


顔を上げると、

川のそばで何度か会っている青年が立っていた。

いつもの距離を保ったまま。


「おはようございます」


「今日は、天気がいいですね」


「そうですね」


それだけの会話。

昨日のことに、触れない。


私は、その沈黙に少しだけ救われる。


 


彼は、私の隣には座らなかった。

少し離れた場所に腰を下ろし、

同じ景色を見る。


話題は、特にない。


風の音。

鳥の声。

遠くの作業音。


そのどれもが、邪魔にならない。


「……昨日」


彼が、ふいに口を開いた。


私は、少しだけ身構える。


「何か、ありましたか」


問い詰めるでもなく、

確認するでもなく。


私は首を横に振った。


「いいえ。特に」


「そうですか」


それで終わりだった。


踏み込まない。

追いかけない。

でも、離れない。


それは、

私が昨日、求めていた距離だった。


 


しばらくして、彼は立ち上がる。


「今日は、少し作業があるので」


「そうですか」


「また、会ったら」


「ええ」


挨拶だけを残して、去っていく。


その背中を見送りながら、

私は気づく。


――距離を取っても、

 人は残ることがある。


 


午後、屋敷に戻ると、

管理人が帳簿を見ていた。


「……明日ですが」


「はい」


「町で小さな集まりがあります。

無理にとは言いませんが」


誘い方が、変わっている。


参加を前提にしない。

断る余地を残している。


「……行ってみます」


そう答えると、

管理人は頷くだけだった。


「分かりました」


理由も、期待もない。


 


夕方、部屋で本を読んでいると、

昼間のことが、ふと蘇る。


昨日、私は一線を引いた。

それでも、今日は誰かが隣にいた。


何も言わずに。

要求せずに。


「……そういう人も、いるのね」


小さく呟く。


それは、安心だった。


溺愛ではない。

支配でもない。


ただ、

距離を尊重したまま、そばにいる

それだけのこと。


 


夜、灯りを落とす前に、

窓を開ける。


風が、静かに流れ込む。


私は思う。


もし、これから先、

誰かと一緒にいるとしたら。


距離を取らなくていい人が、いい。


踏み込まれても、

引かなくて済む人。


まだ、答えは出ない。

出さなくていい。


けれど――

その輪郭だけは、

少しずつ、見えてきていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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