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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: 月岡紬


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第1話 役目を終えた婚約者

婚約を破棄されるとき、

もっと大きな感情が動くものだと思っていた。


怒りとか、悲しみとか、

取り戻したい気持ちとか。


けれど実際には、

胸の奥で、何かが静かに終わっただけだった。


私は、戦わなかった。

誰も責めなかった。

ただ、自分から距離を取ることにした。


その選択が、

なぜか誰かの心を落ち着かせ、

思ってもいなかった溺愛を呼ぶことになるなんて――

このときの私は、まだ知らない。


これは、

役目を終えた私が、

「何者でもないまま」愛されていく話だ。

その部屋に通されたとき、私はもう分かっていた。

理由は特にない。ただ、空気が整いすぎていたからだ。


白い壁、磨かれた机、窓から差し込む午後の光。

王宮の応接室としては、いつもと変わらない。

けれど今日は、誰もが必要以上に言葉を選んでいた。


正面に座るのは、第一王子――私の婚約者だった人。

その隣には、淡い色のドレスを着た令嬢がいる。

彼女はまだ、居場所を探すように背筋を伸ばしていた。


私は一礼して、指定された椅子に腰を下ろす。

深く息を吸うと、胸の奥が静かに冷えた。


「……本日は、時間を取ってもらってすまない」


王子の声は硬かった。

責めるようでも、突き放すようでもない。

ただ、決められた文章をなぞっているだけの声。


私は頷く。


「いいえ。お呼びいただけて光栄です」


自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

ずっと前から、この瞬間をどこかで待っていたのかもしれない。


形式的な前置きが続く。

王家の事情、国の安定、未来への配慮。

どれも正しく、どれも私が知っている言葉だった。


そして、核心はあっさりと告げられた。


「――君との婚約を、ここで解消したい」


一瞬、部屋の音が消えた気がした。

けれど胸は痛まなかった。

代わりに、肩のあたりがふっと軽くなる。


私は視線を下げ、短く考える。

泣くべきか。

驚くべきか。

それとも、怒るべきか。


どれも、今の私にはしっくりこなかった。


「承知いたしました」


そう答えた瞬間、数人がわずかに息を呑んだのが分かった。

王子も、隣の令嬢も、少しだけ目を見開いている。


「……異議は、ないのか」


「ありません」


私はゆっくりと顔を上げた。

王子の目を見るのは、これが最後になるかもしれない。


「私には、王子殿下を支える役目がありました。

その役目が不要になったのなら、身を引くのが自然です」


言葉は整っていた。

感情を削ぎ落とした、よく知っている形。


本音を言えば、ほっとしていた。

この立場に、少し疲れていたから。


沈黙が落ちる。

新しい婚約者となるはずの令嬢が、そっと口を開いた。


「……あの。突然で、申し訳ありません」


彼女の声は震えていたが、逃げるような色はなかった。

私は小さく首を振る。


「お気遣いなく。

あなたは、何も悪くありません」


それは社交辞令ではない。

本当に、そう思っていた。


この国では、物語が必要とされる。

王子には、新しい光が必要だった。

私は、もうその役ではなかっただけだ。


「もしよろしければ」


私は続ける。


「今後の手続きについては、早めに進めていただけると助かります。

私も、少し……休みたいと思いますので」


休む、という言葉に、また空気が揺れた。

王子は何か言いかけて、結局黙り込む。


その沈黙が、答えだった。


私は立ち上がり、丁寧に礼をする。

王宮式の、完璧な角度で。


「これまで、ありがとうございました」


それは、別れの言葉としては、あまりに穏やかだった。


部屋を出ると、廊下は静かだった。

歩きながら、足音だけが響く。


泣きたい気持ちは、なかった。

怒りも、後悔も、今はない。


ただ一つ、確かな感覚があった。


――終わった。


長い間、私に与えられていた役目が。

期待され、求められ、演じ続けてきた立場が。


それを失った不安よりも、

解放された安堵のほうが、今は大きい。


窓の外では、白薔薇が風に揺れていた。

何も知らない顔で。


私は一度だけ足を止めて、それを眺める。

そして、また歩き出した。


これからは、少し距離を取ろう。

世界とも、人とも。


そう決めただけなのに、

なぜか胸の奥は、静かに温かかった。

本話をお読みいただき、ありがとうございました!


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