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月へ迎えに

 オレは普通のサラリーマン、どこにでも居るような冴えない男。

 毎日9時には出社して、大抵の日は定時ちょっと過ぎたくらいに会社を出る。


 9月に入って日が落ちるのが早くなった気もするがまだまだ暑い。

 オレはまだ夏の暑さを残す街中を歩いている。


 帰宅するための近道に派手な歓楽街がある。ガールズバーやらホストクラブ、キャバクラ、風俗店の看板がごちゃっと並んでいる。


 そんな煌びやかな街中の街灯の下に佇むうさ耳メイドが目についた。

 ひときわ明るいLEDの街灯がまるでスポットライトのように彼女を照らしている。


 艶のある長い黒髪、まっすぐに揃えられた前髪、背筋を伸ばした姿勢に凛とした表情、キリッとした目尻にパッチリとまつ毛。

 美女というだけでは勿体ない美人がそこにいた。その美人がうさ耳つけたメイド姿で立っている。


 明らかに数秒間、どこかアンバランスな、でも目が離せない彼女の美しさに心奪われ凝視してしまった。彼女もこちらの視線に気がついた。


「お兄さん、近くにオススメのメイドカフェがあるの。寄っていかない?」


 無愛想で全く感情がのっていない声で話しかけてきた。なんなら来なくていいとさえ聞こえてしまいそうだった。


「お願い。お客さんが誰も来てくれないの。少しでいいから寄ってって。」


 おそらく声のかけ方の問題なのだろうと思ったが言い出せる訳もなく、美人に頼み込まれつい良いよと言ってしまった。


「良かった! すぐそこにある『Bamboo House』ってお店だよ!」


 竹なのにパンダじゃなくてウサギなのかと心の中でツッコみながら店に入った。

 店に入り、席に案内される。華やかに飾り付けられた店内にはパステルカラーのハートの風船やらキラキラしているテープが装飾されている。


 システムの説明もそこそこに食べ物の注文をしやっと一息ついた。落ち着いて店内を見渡すと先程の黒髪メイドが接客していた。


「かぐやちゃん! 今日も可愛いね。またチェキちょうだい!」

「かぐや様、ボクにはオムライスお願いします!」


 さっき外で1人でいた彼女とは全然違う表情で対応している。遠くで見てるだけなのにドキリとさせる笑顔で写真を撮っている。カメラから出てきたポラロイドに何か書いているようだ。あれがチェキってやつか。


 写真を渡したかぐやと呼ばれた彼女は笑顔でバックヤードに帰っていく。次に出てきたときにはオレが注文したパスタを持っていた。ドリンクも受け取りこちらのテーブルに配膳していく。


「お待たせしました! 来てくれてありがとう。改めまして、かぐやと申します。」

 美人なことに加えて輝かしいまでの笑顔を向けられ一気に心奪われた。さっきの客が興奮気味に喋っていたのも頷ける。


「あとさっきはごめん。じっと見られてたから変な人かと思って警戒しちゃった。塩対応でごめんね。」

「いや、こっちこそ。キミがすごい美人だからつい見ちゃったよ。」

「口が上手ね。このあとちょっとしたショータイムもあるし楽しんでいってよ。」


 そう言って手を振って去っていく。彼女はどこへ行っても人気なようで常にどこかのテーブルで接客していた。

 店内の一角にあるステージで歌と踊りのショーが行われていた。かぐやはその中でも特に輝いて見えた。

 一発で心惹かれてしまったオレは、その後このカフェに通うことになる。


 かぐやとも仲良く話すようになり、彼女が芸能界に憧れている事を知る。


「やっぱりアイドルとか俳優さんてキラキラしてて憧れちゃうよね。私、そういう存在になりたいの!」


 かぐやは目を輝かせて夢を語っている。


「それでね、良くマンガ原作の実写化ドラマとかあるじゃん? そういうのも出てみたいんだよね!」


 マンガか…… 久しく読んでない。


 以前はよく読んでいた。もっと言うなら描いてもいた。マンガが好きで将来はマンガ家になりたいと思っていた。でも、なれなかった。

 一生懸命に描いて描いて、いろんな賞に応募して、引っかかりもしなかったけどまた応募して、何度も繰り返してきたが結局叶わなかった。


「暗い顔してどうしたの? 何かまずいこと言ったかな?」


 かぐやが心配そうに覗き込んでいる。


「いや、オレも昔マンガ家目指してた事があってさ。それを思い出しただけだよ。」

「えっ? マンガ描けるの? じゃあ、キミのマンガのドラマは私が主演ね。頼みましたよ!」

 かぐやは屈託のない笑みを向けてくれる。


「芸能界デビューしたら、手の届かない存在になっちゃうね。それこそ月まで行っちゃうみたいだ。」

 オレは冗談めいた返事しかできなかった。


 それからさらに何度か通ったある日、席に着きいつものようにかぐやを探した。店の中には居ないようだ。顔見知りのメイドに声をかける。


「今日は、かぐやさん居ないんだね?」

「かぐやならついこの前、辞めましたよ。」

「え? なんで?」

 慌てて声が出る。


「アイドルオーディションに受かったみたいで芸能事務所に入ったらしいですよ。」


 突然のことで動揺してしまった。でも、彼女の夢に向けてステップアップしている事が嬉しかった。


「そういえばあの娘、あなたが来たらこれを渡して欲しいって言ってたよ。」


 差し出されたのは1枚のチェキだった。そこにはアイドルっぽいポーズをとったかぐやと、「月まで迎えに来てよ」と書かれたメッセージがあった


「それ、どういう意味だろうね?」

 渡してくれたメイドは不思議そうに見ていた。


『いやいや、無理だよ。マンガで有名になれって事でしょ? そもそも彼女も本気で言ってるわけないじゃん。もうマンガ家目指す歳でも無いし……』

 マイナスな事ばかりが頭に浮かぶ。諦める理由ばかり探してしまう。ただ、自分にそう言い聞かせているだけだ。


 オレはかぐやに惹かれていた。彼女の真っすぐに夢に向かって努力する姿に眩しさを感じていた。もう忘れてどこかに置き忘れてきたと思っていた感情を思い出させてくれた。

 そんな彼女が迎えに来てと言ってくれた。もう一度、出来ることをやってみてから諦めてもいいんじゃないか。そう思った。


 カフェを出ると真上に満月が輝いていた。


 それからは日々、マンガ中心の生活になった。昔使っていた道具を引っ張り出し、描いては賞に応募したり、Webサイトに投稿してみた。

 一度離れてしまったブランクのせいか上手くいかなかったり、酷評もらって落ち込んだりしたが毎日毎日描いた原稿を積み上げた。


 しばらくして、かぐやをテレビで見るようになった。まだまだデビューしたての新人でテレビに映るのも一瞬だったが、間違いなく彼女だった。その姿を見て、自分も頑張ろうと奮い立った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 さらに月日が経ち、私がカフェを辞めてから2年ほど経った。


 私のいるアイドルグループは努力の甲斐もあってすごく人気になっていた。歌もトークも、ドラマの出演も好評だった。


 そんなある日、バラエティ番組の収録のためメイクをしてもらっている。

 鏡の前には何冊かの雑誌が置かれていた。中にはマンガ雑誌もある。その内の1冊、表紙の端っこに新人賞受賞作品掲載と書いてあった。


 新人という単語に引っかかって、どんな作品なのか気になり雑誌を開いた。

 作者の名前は月兎さん。タイトルは『月へ迎えに』。作者コメントも書いてある。


『月にいる大切な友人を迎えに行きたくて描いた作品です。早く届くと良いなと思っています。』



「かぐやさーん!そろそろお時間です!準備お願いします!」

 スタッフさんが出番を知らせに来てくれた。


「はーい!」

 大きく返事をし笑顔で返す。


 そろそろお迎え来てくれそうかしら。

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