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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第三章

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アイツ大丈夫なんかな

「号外~号外~! アナスタシア皇女殿(でん)()が、アーデルシュタイン(こう)(しやく)閣下とご(けつ)(こん)!」


 新聞屋が高らかに声を張り上げ、(てい)()アイゼンシュタットにある下町シェネ・ガッセ地区に、号外新聞をバラ()いて回る。


 ()かれた新聞のひとつを、酒場《(ぎん)(ろう)(てい)》の(むす)()レオン・ディートリヒが拾い上げた。

 新聞の一面には、絶世の美少女と名高い皇女殿(でん)()。それと、その片割れとなる、これまた美形青年のモノクロ(げん)(えい)写真が印刷されている。


「へえ、お(ひめ)(さま)と王子様のご(けつ)(こん)、か。お祝いムードで、うちの酒場にも(もう)けが出るかなあ」


 レオンは、皇女アナスタシアのご尊顔を見たことがあった。無論、直接の(はい)(えつ)(たまわ)る身分にはないので、カラー(げん)(えい)写真のブロマイドなる(しろ)(もの)を通じて知ったのである。


 それは、皇女自身の主導のもと、チャリティー商品として(はん)(ばい)されたものだった。製造流通コストや皇女自身以外の人件費を除き、商品の売り上げは、()()(いん)(えん)(じよ)(ひん)(こん)(そう)()(えん)に役立てられる。


 特大(しよう)(ぞう)()サイズ・文書サイズ・手のひらサイズといった様々な形態・価格で(こう)(きゆう)から売り出された“皇女の(しよう)(ぞう)”は、売り出されると(またた)()に完売した。

 なんでも、貴族の男性たちが(いく)ら積んででも買い取ろうと(やつ)()になるそうで、興味本位で小さなブロマイドを一枚買っていた(しよ)(みん)が、それと()()えに一夜にして大金持ちとなった、などという()()()()長者伝説まである。


 ――そんな(しろ)(もの)を、アンナ・シュタルクは何故(なぜ)か『ツテで手に入れた』と言い、「絶世の美少女と名高い皇女殿(でん)()のお姿を、一度でいいから見てみたい」とボヤいていたレオンにプレゼントしたのである。

 その、たった一枚のブロマイドは、今なおレオンの部屋で大切に(かざ)られている。


「……てかアイツ、(だい)(じよう)()なんかな」


 (とつ)(ぜん)やってきて、(とつ)(ぜん)去って行った、美しく(ゆう)(しゆう)な少女アンナ・シュタルク。


 レオンと(かの)(じよ)の最後の(かい)(こう)で、レオンは(おも)いを打ち明け、()めた()(づか)いで奮発して買った花束を(おく)った。アンナは喜び、それを受け取った。

 しかし、アンナには許婚(いいなずけ)がいるとのことであった。レオンは、(こい)(じよう)(じゆ)を元より期待していなかったこともあり、それを聞いて(いさぎよ)く身を引こうとした。


 なのになぜか、アンナは「愛人にならないか」と提案してきた。


 ()()だろう。自分がいいとしても、許婚(いいなずけ)の方は絶対()()だろう。


 レオンはアンナを説得し、「まずは許婚(いいなずけ)の意志を(かく)(にん)してからにする」と約束させた。

 そして、「急なことだが酒場を退職する」という(むね)の手紙だけが届き、今に至る。


「『なんでも相談できる仲だ』なんてアイツ言ってたけど、アイツみたいな女の子が許婚(いいなずけ)で、相手が愛人つくっていいと思ってる男とか、居るわけがねぇんだよな……」


 無事だろうか。許婚(いいなずけ)の男が逆上して、アイツがどこかに(かん)(きん)されたり、めちゃくちゃ(そく)(ばく)されたりしていないだろうな。


 会ったこともない許婚(いいなずけ)の男が、アンナの言葉で逆上し、(しつ)()(くる)い、アンナに(こう)(そく)具をつけて()()めてしまう様子を思わず想像してしまう。


 初夏の暖かい朝だというのに、レオンの背中にゾクッと()(かん)が走った。


***


 ――皇配ユリウス・カスパール・フォン・グランツェルリヒが、その名と位を(へん)(こう)する、少し前のこと。


 まだアーデルシュタイン(こう)と呼ばれていた(かれ)ユリウスは、とある(こう)(きゆう)メイドを通路の(かべ)(ぎわ)()()め、氷のように(するど)(おそ)ろしい(まな)()しで見下ろしていた。

 メイドはというと、「皇女殿(でん)()のお部屋を担当しているメイドか」と問われ、(ヤー)(うやうや)しく応じただけで、何故(なぜ)このような(おそ)ろしい目に()っているのか分からず、ただ(ふる)えて(なみだ)ぐんでいた。


「今、皇女殿(でん)()のお部屋にある生花を、一本残らず、すべて(はい)()しろ」


 ユリウスはそう言うと、グランツ金貨を一枚とりだし、メイドのポケットに(すべ)()ませた。

 (きよう)()(うる)んでいたメイドの(ひとみ)が、その(かがや)きに吸い寄せられる。


()(ゆう)を聞かれたら、『痛んでいたから捨てた』と言え。代わりに、これから殿(でん)()に届く、新しいバラを(かざ)っておくように。そして、」


 ユリウスは、(くら)(ひとみ)をギラリと()(おん)に光らせた。


「私からそう命じられたということは、(だま)っておくこと。――わかったか?」


 メイドは、コクコクコクと何度も(うなず)いて応じた。

 すると、ユリウスは満足した様子で、メイドを解放して立ち去った。()()のメイドは、ホッと胸をなで下ろす。


 (いと)しい(こん)(やく)(しや)の元へと(もど)りながら、ユリウスはブツブツと(つぶや)いた。


「私以外の男が(おく)った花だなんて。そんなもの、アナスタシア様のお(そば)に、在ってはならない」


 無意識の(くせ)か、親指を口元に当て、がちがちと(つめ)()む。その顔には、見た者を(ふる)()がらせる、(おそ)ろしい形相が()かんでいた。

 しかしその形相は、アナスタシアの待つ音楽サロンに着くと同時に()(さん)し、(やわ)らかな(しん)()(ほほ)()みに()()わる。


「おかえり! 手洗いには迷わず行けたか?」


 ピアノの()()(すわ)ったアナスタシアの声が、ユリウスを温かく()(むか)える。

 ユリウスは、にっこりと()(がお)()かべた。


「少し、()()()()()()()()()

「やはりか。案内をつければよかったな」

「いえいえ。()(じよ)どのについてきて頂くのは、さすがに問題がございますから」

「あー…。それもそうか」


 アナスタシアは、(なつ)(とく)した様子で(うなず)いた。

 ユリウスが、自分のために用意された、ピアノ奏者そばの一人()けソファに(こし)を下ろす。


「よし、次は何を()きたい?」

「そうですね…。すみません。芸事には(うと)く、曲名に(くわ)しくないのです。よろしければ、アナスタシア様がお好きな曲を教えて頂けませんか?」

「ふむ…。そうだな。()いてみれば、名前が()かばずとも、()いたことのある楽曲もあろう。では、ラ・カンパネラを」


 アナスタシアの白い指が、(けん)(ばん)の上を自在に転がり、美しい音楽を(かな)で始める。

 自分だけのために(かな)でられるそれに包まれ、ユリウスは、至上の幸福の中にいた。


 (かれ)は、なんとしても、自分からその幸福を(うば)う存在を一つ残らず(はい)(じよ)せねばならない、と考えていた。


***


「さて、そろそろ部屋の(せい)(そう)は済んだ(ころ)だろうか」


 ひとしきり演奏を終え、アナスタシアは言った。

 このところ居室にいる時間が長く、使用人が(そう)()できるタイミングが無かったため、別室で()(らく)を楽しんでいたのである。


(かく)(にん)してまいりますわ」

「ああ、(たの)む」


 ()(じよ)レオノーラが申し出、アナスタシアは(うなず)いて送り出した。


 すると、(かの)(じよ)()()わるようにして、使用人の一人が訪ねてくる。()(じよ)コルネリアが戸口に立ち、用件を聞いた。

 その後、(かの)(じよ)は、アナスタシアにではなく、ユリウスに視線を向ける。


「アーデルシュタイン(こう)のお届け物が(とう)(ちやく)したそうです」

「わかりました」


 ユリウスが立ち上がり、(とびら)の外にいる使用人に対応しに出て行った。

 それを見送りつつ、アナスタシアはピアノの前から立ち上がり、メイドが用意した紅茶を飲むため移動した。長時間演奏して(かわ)いた(のど)に、香りのよい暖かな紅茶が()(わた)る。


 数分としない内に、ユリウスは、(ひと)(かか)え分もある大きな赤バラの花束を持って(もど)ってきた。

 アナスタシアが、それを見て(おどろ)いて目を見開き、ティーカップを少し()らす。


「それは?」

「すばらしい演奏のお礼に。――いえ、それ以外のすべてについても。あなた様への感謝と……私の、愛を()めて」


 最後の言葉を、少し()ずかしがりながら続けつつ、ユリウスはアナスタシアの前に(ひざまず)き、大輪の赤バラでできた、大きな花束を差し出した。


「愛しております。アナスタシア様」


 アナスタシアはパッと顔を赤らめ、おずおずと立ち上がると、ユリウスが差し出した花束を受け取った。


「あ、ありがとう……うれしい。(わらわ)も…愛して、いる」


 ぎこちなくも、そうはっきりと言葉にして返し、アナスタシアは、花束を大切そうに()きしめた。

 (かの)(じよ)が受け取ったのを(かく)(にん)し、ユリウスが立ち上がる。


「……本当に(おどろ)いたよ」


 落ち着かなげに(かみ)を耳にかけ、目線をあちこち(せわ)しなく(さま)()わせながらアナスタシアが続ける。

 予想外に投げかけられた直球の愛の言葉と、(おも)いの()められた(おく)(もの)とが、(かの)(じよ)を心底(どう)(よう)させていた。


「…ふふ。本当に()()()お好きなのですね」


 ユリウスが(ほほ)()みながら言うと、アナスタシアは、()ずかしそうに(うなず)いた。


「うん……」

「どれほど上等な花屋の花であれ、(こう)(きゆう)で日々(さい)(ばい)される花を上回りはしないでしょうから、てっきり()(おと)りするかと。(もう)(てん)でございました」

「どちらも質はいいのだろうが、なんというか……。(おも)いを()めて(おく)られる花束は、また特別なんだ。……いいものだ」


「左様でございますか。アナスタシア様が喜んでくださるのなら、私は毎日でも花束をお(おく)りしたいです」

「ありがとう。だが、それは()しておいてくれ。あまり多いと(かざ)りきれなくなるし、()(まつ)にしたら()()農家に悪いし、……それに、()(がた)みが(うす)れてしまうと、(もつ)(たい)ないから」

「承知しました」


 ユリウスは、にっこり(ほほ)()んで(うなず)き、右手を胸に当てて一礼して、(ぎよ)()を伝えた。


 (かれ)らがアナスタシアの居室に(もど)ると、部屋の中は、同じ大輪の赤バラで(すみ)(ずみ)まで(かざ)られており、アナスタシアと()(じよ)たちは再び(おどろ)かされた。

 これもまたユリウスの(おく)(もの)と種明かしされ、(かの)(じよ)たちは(おの)(おの)(おどろ)きを分かち合う。


 ふと、アナスタシアは、レオン・ディートリヒから(もら)った花が無くなっていることに気付き、「しまった」と内心で思った。

 それが()れるまで片付けないようにと、指示を出すことを失念していたのである。


 今日(せい)(そう)を担当したメイドに花の(ゆく)()(かく)(にん)しようかと(いつ)(しゆん)考えるも、その考えをすぐに捨てた。

『皇女殿(でん)()が特別にとっておきたい花を(はい)()してしまった』などと知らせれば、担当したメイドは(かい)()(しよ)(ばつ)(おそ)れ、(きも)を冷やしてしまうだろう。


「……アナスタシア様? どうかされましたか?」


 しぶい顔をしていたアナスタシアに、ユリウスが心配そうな声をかける。

 アナスタシアは、すぐに()みを()かべ、ユリウスに「なんでもない」と首を()って応じた。


***


 ――時は(もど)り、現在。書類上の(けつ)(こん)()げたアナスタシアとユリウスは、(ふう)()となった自覚をいまひとつ持てないまま、これまで同様の二人の時間を過ごしていた。


 数日ののち、(てい)(こく)(さい)(しよう)アーベントロートから面会の申し入れがあり、(けつ)(こん)が無事(しよう)(にん)されたことと、いくつかの今後の予定について、二人は情報共有された。


 一つ、(けつ)(こん)(ともな)い、アナスタシア・ユリウス両名の居室が(へん)(こう)となること。元々皇太子夫妻用の各居室であった場所が改装され、それが二人それぞれの新たな居室となる。およそ二週間後に設計デザイナーが聞き取りにやってくるので、カタログを参考に、改装での希望を固めておいてほしいとの(よし)

 二つ、二人の(けつ)(こん)(しき)および()(ろう)(えん)は、2年後の18(さい)時点(かい)(さい)予定となること。次期(こう)(てい)(けつ)(こん)(しき)ともなれば、諸外国の(おう)(こう)貴族も招待する国際イベントであるので、格式と()(げん)あるものとするべく色々と準備を進めることになるので、両者心構えをしておくこと。


 (けつ)(こん)を早めた表向きの()(ゆう)(として推測されるであろう(こと)(がら))についてアナスタシアが苦言を(てい)すると、アーベントロートは「どうせ近いうち真実になるでしょう」と応じた。

 アナスタシアは否定できず、顔を赤らめて()(だま)った。代わりに、アーベントロートはユリウスの方を見て、「ですが、事を急ぎませぬように」と注意した。

 ユリウスは(うなず)いて応じた。


***


「――先日のピクニックでの一件から、なんと目まぐるしいことか」


 居室のソファで、いつものようにユリウスの(ひざ)(うえ)(すわ)り、(かれ)の胸と(うで)に包まれたまま、アナスタシアはぼやいた。

 もはや、この(じよう)(きよう)()()(かん)を持つ者は、この部屋の中に残っていない。


「そうでございますね」


 ユリウスは(うれ)しそうに笑い、言葉の上ではアナスタシアに同調した。

 この(じよう)(きよう)(かれ)が喜んでいることは、(だれ)の目にも明らかであった。


「……別に(いや)なわけじゃない。(いや)なわけじゃないんだが、心が追いつかないよ」

「ええ、承知しております。どうぞ、アナスタシア様の良きペースでお進みください。私も、あなた様に合わせて歩みますから」

「ん……。感謝する」

「とんでもございません」


 ふと、アナスタシアは、何かに思い至ったように目をぱちくりさせた。それから、困ったように(まゆ)を寄せる。

 その様子を見て、ユリウスは不思議そうに首を少し(かし)げた。


「どうかされましたか?」

「……伝えていない」

「何を? …どなたに?」

「例の……、その、愛人にと一度考えた…例の(かれ)に、『気持ちに応えられない』と伝えていない…と、思って……」


 おそるおそる、といった様子でアナスタシアがユリウスに伝えると、心なしか部屋の温度が数度下がる。


「……そうですか。手紙を送られては?」

「いや、それはいかん。向こうは、勇気を出して直接言ってくれたのだ。(わらわ)には出せなかった勇気を出して。なのにこちらは紙一枚でお断りでは、誠意に(もと)る。

 断るにしても、きちんと対面、口頭で、だ。それは(ゆず)れない」


 アナスタシアが、(しん)(けん)(まな)()しでユリウスを見つめ、そう言う。

 ユリウスは、美しいサファイア・ブルーの(ひとみ)としばし見つめ合い、やがて、深く()(いき)をついた。


「……立ち会わせていただけますか?」

「わかっている、構わない。ただ、(わらわ)は平民という設定ゆえ、(いつ)(しよ)に変装してもらいたい」

「わかりました」


 こうして、アナスタシア――もとい、アンナ・シュタルクとレオン・ディートリヒとの再会が計画された。


 それがレオンにどんな(わざわ)いをもたらすのか、アナスタシアには知る(よし)もないままに――。

ヤンデレ男はまだガンには効かないがそのうち効くようになる。


地の文は元々第三者視点カメラ派なので、今回すごく書きやすかったです。

令嬢ロマンス作品は一人称視点カメラが多い印象があり、がんばって書いてきましたが、上手く使い分けようとすれば出来なくもなさそうですので、今後は第三者視点カメラな描写も入れていこうと思います。


アナスタシアの美貌で発狂する効果は、幻影ごしには作用しないと分かっているため、ブロマイドのアナスタシアは目隠しせず素顔を晒しています。

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