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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第三章

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そんな口はふさぐ

 翌日、ユリウスは()(ほど)よく(ねむ)れたのか、昼を過ぎてもまだ(ねむ)っていたらしい。

 水差しの水や置かれた食事は減っていたらしく、()(ちゆう)で起きて飲食したと思われる。そして、すぐに()直したようだった。


 ()(しよう)をするほど身ぎれいにするユリウスのことだ。(ねむ)()でボンヤリしている最中、(わらわ)に訪問されるのは(めい)(わく)であろう。

 (かれ)がゆっくり休めるよう、十分な休息と食事をとるようにと書いたメッセージカードを用意し、ユリウスの身の回りを担当する()(じゆう)に届けさせた。これを、食事などに()えて(わた)しておいてもらう。


 今朝はユリウスの訪問がなかったので、いつも通り一人で朝食とトレーニングを済ませ、予定を変えて(しつ)()(しつ)(おもむ)くことにした。


 昨日、ユリウスに会うのでスカートドレスを着ていたが、今日はいつもの男装服を着た。平服として愛用している、オーバースカートやレースを足した特注品であり、これはこれで十分かわいらしい。


 しかし、意中の男には少しでも『()(わい)い』と思われたいのが、(おと)()(ごころ)というもの。

 ユリウスに会うときは極力、スカートドレスのほうを着るようにしていた。


***


 (てい)(こく)原産の、ダークブラウンの(なら)材で造られた両開きの(とびら)が開かれると、中では、()が補佐官たちが(すで)に出席している姿が見て取れた。

 補佐官たちは、(わらわ)の入室に先立って立ち上がり、右手を胸に当てて敬礼していた。


 左手には、()(ちや)(ぱつ)の女性――セリーヌ・フォン・ヴァルモンド補佐官がおり、右手には、(あわ)(きん)(ぱつ)の男性――コンラート・フォン・マイリンク補佐官がいる。

 (かれ)らの(しつ)()(づくえ)は向かい合うように置かれていて、それらの(おく)で窓を背にしているのが、(わらわ)(しつ)()(づくえ)だ。


「おはよう」

「「おはようございます、皇女殿(でん)()」」


 (あい)(さつ)()わしながら、(わらわ)は手を()って敬礼を解くよう指示する。補佐官たちは、慣れた様子でそれに従い、それぞれ着席した。


「欠席のご予定と(うかが)っておりましたが、何かございましたか?」


 目線は自身のモニターに向けて仕事しながら、ヴァルモンドが(たず)ねてくる。


「うむ。しばらくは()(こん)(やく)(しや)(ため)に時間を取るつもりだったのだが、どうも、報告で聞いていたより(かれ)の容態が悪くてな。とくに()()(そく)(ひど)いようだったので、昨晩、(すい)(みん)(やく)などを飲ませて()かしつけた。

 今朝もよく()ているようだったから、今のうちに仕事を片付けようと思ってな……」


「そうでしたか。(りよう)(かい)しました」


 (わらわ)のコンピュータ上でタスクを並べ、6つのモニターへ展開していく。

 内容に目を通し、やるべきことを判断して、指示や文書をまとめて関係部門へ送る。


 西部(こう)(わん)都市ヴァルトハーフェンからの入港税一時(めん)(じよ)(よう)(せい)――()(ゆう)(あらし)による(せん)(ぱく)(たい)(りゆう)――(しよう)(にん)(めん)(じよ)期間三十日、対象は登録商船のみ、治安部門と情報共有すること。

 南部穀倉地帯ミュールフェルト――農具の(こう)(しん)補助(しん)(せい)――規模に対して(しん)(せい)(がく)の高さが少々気になるな――(きやつ)()。金額の(こん)(きよ)を求める。

 (てい)()(きん)(こう)で下水管の圧力異常――(みよう)だな、(きん)(きゆう)を要する事態か?――(そく)()点検を指示。


 届いていた()()()メッセージ文書に次々目を通し、必要な指示を送るべくキーボードを(たた)けば、(ここ)()よいキーの(かん)(しよく)が指に伝わり、連続した(かろ)やかなタイピング音が(ひび)く。


「そんなに急がなくても(だい)(じよう)()ですよ」


 マイリンクがそう言って、(かた)をすくめながら(わらわ)を見た。


 配属当初こそ、(とつ)(ぜん)(だい)(ばつ)(てき)(おび)(きん)(ちよう)し通しだった(かれ)も、今ではすっかり慣れたものだ。『共に仕事する仲なのだから、(おおやけ)の場でないときに(かしこ)まる必要はない』と(わらわ)が言ったのを、(ちか)(ごろ)(じつ)(せん)できている。


「そうか?」

「ええ。だって、殿(でん)()の初・(すう)(みつ)会議ご出席の余波で、まだ大臣たちと各部署がヒイヒイいってるって聞きますもん。もう1・2()(げつ)くらい、アーデルシュタイン(こう)とイチャイチャ(みつ)(げつ)を過ごして頂いて(だい)(じよう)()ですよ」

「イチャイチャ(みつ)(げつ)て。いくらなんでも、それは長すぎないか?」

「いーや。絶対、それくらいが丁度いいです。あなた様は、ご自身の処理速度のエグさがわかっておられない。

 ボクは確かに(ぼん)(よう)で、本来であれば、次期(こう)(てい)たる皇女殿(でん)()の補佐官に(ばつ)(てき)されていい人間ではありませんけれども、(ぼん)(じん)ってのは多数派なんです。(こう)(きゆう)の中だって、例外ではないはずですよ」

「むう……」


 そうはいっても、ようやく(こう)()を許された以上、やりたいことは(たく)(さん)あるのだが。


 幼い(ころ)より書きためてきた(こう)(きよう)()(ぎよう)などのアイデアは、いまや千二百件ほどに(およ)び、()()()の文書データとして(こう)(きゆう)行政サーバーコンピュータ内に格納してある。

 もちろん、過去の事例や統計を参照し、(げん)(えき)の行政官をして『書式や内容に問題なし、このまま検討のため会議に出せる』と(かく)(にん)させたものだ。

 (こう)(きゆう)各所でのバラバラな評価基準を一つに統合し、8つほどの指標を元に評価して、優先度順にソートも済ませてある。国家統治において、物事の優先順位は常に考えるべきことだからな。


 最高政策会議《(てい)(こく)(すう)(みつ)会議》に初めて出席を許されたときは、いきなり新規の提案を()()むのは出しゃばりすぎだろうと考え、まずは様子見するつもりだった。

 根回し…というものも必要だと聞いている。本格的に提案するのは、(せん)(だつ)の仕事を見てからでも(おそ)くない。

 次期(こう)(てい)として、現(こう)(てい)代理たる母上と並んで(すわ)り、各部門の最高責任者たる大臣たちとの会議だ。(さい)(しよう)アーベントロートも、(もち)(ろん)その場に居た。なかなかの(きん)(ちよう)感であったな。


 すると、それぞれの大臣たちの提案が、どれもこれも(わらわ)が検討済みで、計画書をまとめてあるものばかりであった。

 ()()らしい! (わらわ)は、大喜びで賛成の意を述べるとともに、こんなこともあろうかと共有アクセス領域に置いておいた、(わらわ)の書きためた政策()(かく)文書の何番を参照せよと伝え、(がい)(よう)から具体計画まで()(さい)した文書を(みな)に見てもらった。


 なぜか大臣たちの顔が青くなった。

 (わらわ)、なにか()()いことをしてしまったのだろうか……。

 思わず母上とアーベントロートに視線を送ると、二人とも(だま)って首を()る。

 二人とも、何に対して否定しているのだ…?


 それから、(わらわ)()(かく)文書を精査する時間を設けるとして、その提案は判断保留となった。その次も、そのまた次の提案も、だいたい同じ流れで保留となる。

 それ以来、(すう)(みつ)会議への出席はしばらく延期するよう言われ、参加させてもらえていない。


 一応、(わらわ)が問題を起こしていたわけではないと、母上もアーベントロートも言っていたのだが……。


「それに、アーデルシュタイン(こう)(しやく)殿(でん)()を必要としているのなら、(なお)のこと(こう)(しやく)に時間を使ったほうがいいと思いますよ。『仕事と私、どっちが大切なのよ!』じゃないですけれど、いざって時の優先順位を()(ちが)えるな、っていうのが、ボクの父の(くち)(ぐせ)なんです」


「そうだな……。確かに、お前の言う通りかもしれん」


 (わらわ)(うなず)いて応じた。

 とりあえず今は、ユリウスが(わらわ)を呼びたがる等あれば(れん)(らく)を、と()(じゆう)(ちよう)()()()メッセージを入れておく。呼びかけがあるまでは、引き続き仕事をこなしておこう。


 ……と思ったのだが、呼び出しのないまま、午後1時過ぎには手元の仕事が片付いてしまった。

 マイリンクの言う通り、急ぐ必要はないのかもしれない。


(わらわ)は先に退席する。急ぎの(れん)(らく)があれば通信(たん)(まつ)で知らせるように」


 いつもの(こと)(づて)を言い置いて、(わらわ)(しつ)()(しつ)を出た。


 (かれ)が訪問する、または(わらわ)を呼ぶかもしれなかったので、残りの時間をデイドレスに()()えて過ごすことにした。

 いつでも対応できるよう、居室から出ず、小説の新刊をゆっくり読む。


 しかしその日、ユリウスから呼び出されることはなかった。

 報告によれば、午後に(かれ)が目覚め、医務官と()(ほう)検査官に(しん)(さつ)(もん)(しん)を受けたり、部屋で食事をとったりして過ごしたそうだ。


 (かれ)がきちんと(りよう)(よう)していることを聞き、(あん)()するのと同時に、少しばかりの(さび)しさがチクリと胸を()す。


 明日は、こちらから少しだけでもユリウスを()()わせてもらおう、と決めた。

 ほんの数分でも会話できれば、この(さび)しさが(なぐさ)められるかもしれない。


 まさか翌日から、ユリウスと(はな)れて過ごす時間がほぼ無くなり、逆に一人で過ごした時間を(なつ)かしむ羽目になるとは、このときはついぞ知る(よし)もなかった。


***


 翌朝、(わらわ)()()う以前に、(わらわ)の部屋までユリウスが朝食の(むか)えにやってきた。


 ()(しよう)も身なりも()(れい)に整えられ、あの顔の傷も(かく)されており、(かれ)の顔色を(うかが)()れない。

 ただ、目つきは(やわ)らいでおり、十分な休養がとれた様子を見せていた。


「おはようございます、アナスタシア様」

「おはよう、ユリウス。具合はどうだ?」

「良好でございます」

「……本当か?」


 (かれ)の手をとって食堂に向かいつつも、どうも疑わしく感じてしまい、(わらわ)(いぶか)しげに首をかしげる。

 ユリウスは、こまったように(ほほ)()んで返した。


(りよう)(よう)が済むまでの間、()(しよう)(ひか)えてもらいたいのだが」

「それは……。傷が、(あら)わになってしまいますので……」


 そう言うと、ユリウスは、左目のあたりで左の人差し指を上下させる。()(しよう)(おお)(かく)された下、指の()(せき)が示したあたりには、縦型の(きず)(あと)が残っていた。


「人に見せたくないのか?」

「人といいますか、あなた様にお目にかけたくないのです」

(わらわ)に? 何故(なぜ)だ?」


 ()(ゆう)がわからず、(わらわ)はますます首をかしげてしまった。

 一方、ユリウスは(もの)()げに目を()せる。


「……あなた様が、()(れい)で好きだと(おつしや)ってくださった顔を、このように(みにく)く傷つけてしまって……(きら)われてしまったらと思うと、(おそ)ろしくて」

「なんだ、そんなことか。(きら)ったりしない。(はく)がついたな、(てい)()にしか思っておらぬよ」


 傷は、ヴァイセンドルフ領で治安()()のための(がい)(じゆう)()(じよ)を務めていた際、大型の北部ヒグマにつけられたものだと聞いた。

 ヒグマの力は(おそ)ろしい。()(がい)(しや)の中には、顔ごと()がされてしまった者も少なくない。左目を失ったのは痛手だが、今は良い()(どう)義眼があるし、顔の原型を(そこ)なうほどでない傷で済んで、幸運といえる。


 とはいえ、(てい)()貴族の中には、口さがないことを言う連中もいるであろう。()(しよう)で傷を(かく)したのは、良い判断である。

 一方で、(わらわ)(ふく)む武人家門にとって、戦傷は(くん)(しよう)(ほま)れの(あか)しだ。それに、ユリウスの整った顔を(そこ)なう(ほど)、ひどい傷でもない。

 (わらわ)には、気にせず見せて良いと思うのだが。


 相変わらずユリウスは、(わらわ)の返答を()(なお)に受け止められぬようだ。(もの)()げな表情が晴れない。


 だが、(わらわ)は秘策を用意していた。つい昨日読んだ、(れん)(あい)小説から得たものである。


「ユリウス、少し(かが)め」


 (わらわ)が立ち止まり、そう言うと、ユリウスは不思議そうな表情を()かべたあと、言われた通り身を(かが)めた。

 (かれ)の顔が、(わらわ)の目線と同じ位置になる。


 (かれ)の両頬にそっと手を()えて(はさ)み、(わらわ)の顔を寄せ、(くちびる)にチュッとキスをした。


 ……ユリウスはひどく(おどろ)いた様子で目を見開き、(こう)(ちよく)していた。

 (おどろ)くだろうな。なにせ、これがファーストキスだ。


 初めての(くちびる)(かん)(しよく)は、想像以上に(ここ)()よいものであった。


「……(きら)われる、(きら)われると。そんなことばかり言う口は、こうして(ふさ)ぐ」


 護衛()()やら()(じよ)やらが居る通路で実行したことを、(わらわ)は少なからず(こう)(かい)した。周りの視線が生暖かい。

 人前で実行したのは失敗だった。はずかしくて照れくさくて、仕方がなくなってしまった。

 小説では、ヒロインと(こい)(びと)が二人きりのとき、自信のないヒロインを(はげ)まそうと、(こい)(びと)の男が実行した行動である。


 顔がぽっぽと熱くなり、耳も目元も真っ赤になっている気がする。

 だが、けっして()ずかしがらない。姿勢だけは胸をはり、堂々としておく。なぜなら、()じらえば()じらうほど、こういうときは()ずかしくなるからだ。


「……あ……えっ……?」


 ユリウスの反応を(うかが)い、見つめていると、ややあって(かれ)の耳や首がサッと(しゆ)(いろ)に染まった。

 ようやく何をされたか理解した様子で、両手で口元を(おお)い、目線を()らす。背が高く、筋肉質でガタイのいい男だというのに、どこか()じらう(おと)()を思わせた。


 ……かわいいな。(わらわ)も、たまには()じらう姿を見せて良いのかもしれない。


「……アナスタシア、様」

「うむ」

「……それでは…、また、同じ話をすれば…キスして、くださるのですか…?」


 おっと。そう来るか。


「キスしたいときは、『キスしたい』と言えばいい。また同じ話をしそうなときも、代わりに『キスしたい』と言うように」


「は、……あ、は、はい……」


 それからは無言のまま、生暖かい空気と、ぎこちない動きのユリウスと共に、食堂へ行って朝食を済ませた。


 居室に(もど)り、前回同様の体勢でユリウスとのんびり過ごす間、(かれ)は「(きら)わないでほしい」と言う代わり、「キスしてほしい」と言うようになった。その都度、(かれ)の望み通り、(わらわ)はユリウスと口づけを()わした。

 慣れてくると、照れを(ここ)()よさが上回り、ふわふわとした喜びの感情が胸を満たす(ここ)()がした。


 ユリウスも、同じように感じて、心を()やされているといいな……。


 (かれ)とお(しやべ)りして過ごしながら、(わらわ)はそう願っていた。

普通の乙女作品なら「えーでもでも/// そんなことするなんて恥ずかしい///」で5話は引っ張るところ、アナスタシアは発案→実行がほぼノータイム。

何につけても仕事が早い女です。


5秒でラブコメを終わらせる系ヒロイン…と、作者が自分で面白がっております。


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