めでたいということにしておこうか
ユリウスの顔色が発覚した後すぐ、妾は目隠しを装着し、ユリウスを彼の客室に連れて行くことにした。同時に、侍従に医務官を呼びに行かせる。
妾たちは先に客室に着き、妾は、ユリウスを客用寝室のソファに座らせた。妾も隣に座り、医務官たちの到着を待つ。
それから幾何も無い内に、医務官と侍従がやってきた。彼にユリウスの顔を指し示すと、医務官は、ぎょっと目を見開いて真っ青になり、その場で両手と膝をついて謝罪してきた。
「よい。よいから、ユリウスの容態を今一度診よ。どうも、本当はよく眠れていなかったらしい」
「はっ! 承知いたしましたっ!」
隣のユリウスに目をやると、彼は、少しばつが悪そうにして医務官から目をそらしていた。
「ユリウス。そなたも、正直に答えるのだぞ。正しい情報が得られねば、医者とて正しく治療できぬ」
「……そう、ですよね。すみません」
「妾たちは外した方がよいな?」
妾の私室からついてきた侍女らも示しつつ尋ねると、ユリウスは目を一瞬カッと見開き、妾の手を強く握った。
「嫌です。アナスタシア様のお傍に居させてください」
「そ、そうか。わかった。なら、妾は残ろう。……医務官以外の者は、一時退出せよ」
妾の指示に従い、侍従・侍女らが退室して、部屋には妾とユリウス・医務官のみとなった。
余計な耳が無くなったことを確認したあと、医務官が口火を切る。
「よく眠れていらっしゃらない、とのことで。いつからのことですか?」
「……例の魔法暴走のあと、目覚めてから」
「一週間ですね。夜、まったく眠れない状況ですか?」
「さあ。……横になったままでいて、気づけば時間が経っているから、眠ってはいると思う」
「それは、おつらいですね。わかりました、お薬を処方いたします。他には何か、体調がいつもと違うところはございませんか?」
「……いや。いつも通りだ。問題ない」
問題ありそうなのだよな、と、隣でやり取りを聞きながら思う。
ユリウスが他にも実は問題を感じているとして、睡眠不足を含め、頑なに隠そうとするのは何故だろうか。
本人が言いたくない以上、無理に聞き出すのは良くないな。
それに、空腹・疲労・睡眠不足は、どれもが重大な不調につながり、人間の思考を狂わせる。なんにせよ、まずは睡眠をとらせることが先決だろう。
薬を取りに、医務官が退室する。
「アナスタシア様、」
二人きりになると、ユリウスが話しかけてきた。目を向けると、ユリウスは、隈の濃い目元を不安げに歪め、妾を見つめ返していた。
「申し訳ありません」
「うん? なにについての謝罪だろうか」
「……ご迷惑を、おかけして。嫌ですよね。嫌なのは分かっているんです。嫌われても仕方のないことをしていると自分でも分かっている」
ユリウスが両手で自身の顔を覆い、うなだれる。
「でも抑えられない。どうしてか分からないんです、前はできたのにできない。自分の嫌なところ悪いところを抑える自制が効かない。ちゃんとしなくちゃいけないのに、どうして、あなた様の前なのに、こんな――」
「眠れていないときは、あまり物事を深く考えないほうがよいぞ?」
そう妾は言い、ユリウスの肩をポンポンと叩いた。
ユリウスが顔から手を離し、こちらに目線を向ける。琥珀色の瞳が、不安を湛えて揺れていて、濃い隈と同じくらい暗く見えた。
「ひどく不安なのだな。そなたの不安が和らぐなら、謝罪を受けよう。必要はないがね」
そう話したタイミングで、医務官が戻ってきた。
ユリウスに処方されたものは、二種類の錠剤だった。刻まれた薬名を読み、昔学んだ主要薬効能の記憶と照合したところ、1つは睡眠導入剤、1つは抗不安剤であった。数は、一週間分。
妥当な処方である。
「さあ、ユリウス。今日はこれを飲んで、もう眠ってしまえ。夜中に空腹で目が覚めるかもしれんな。部屋に軽食を用意させておこう」
「…はい…」
ユリウスは大人しく薬を1回分飲み込んだ。
それから、彼が夜着に着替えるので一度退室する。眠りにつくまでの間も傍にいてほしいと言うので、ユリウスの着替えが済んでから、また部屋に入る。
ユリウスが眠れるよう、侍従がカーテンを引き、まだ明るい外の景色を隠す。明かりも絞られ、部屋は薄暗くなった。
……寝かしつけはどうなのだ? ギリギリセーフか?
頭によぎるのは、ベルンシュタイン夫人が口酸っぱく『未婚の男女が寝所を共にしてはならない』『信頼できる女性が傍にいない状態で男性と同じ部屋に入ってはならない』と妾に教え込む姿だ。
侍女を同席させようとしたが、ベッドに入ったユリウスの目がチラチラと侍女らの方に向かう。まあ、気になるよな…妾とて、眠るときは寝室に人を入れていない。
それに、妾にとっては信を置ける忠臣でも、ユリウスにとってはそうではないし。
いたしかたない。妾は、残っていた侍女らに「先に戻ってくれ」と命じた。
侍女たちは目に見えて動揺し、ためらう様子を見せる。
「ですが…」
「言いたいことはわかる。だが、見逃せ。妾も、ユリウスを寝かしつけたらすぐ行くから」
「…わかりました。仰せの通りに」
スカートを拡げて侍女たちが一礼し、指示通りに部屋を出て行く。
かくして我々は、薄暗い寝所に二人きりとなった。
妾は、ベッドの右脇に椅子を置いて座り、ユリウスの手を握ってやった。仰向けになっていたユリウスが、体を左横に向け、妾と向かい合う。
「アナスタシア様」
「なんだ?」
「……隣にいらしてくださいませんか? 眠りにつくまでで構いません。どうか」
そう言って、ユリウスが空いた手でポンポンとベッドの上を叩く。
それはもう言い訳できなくないか?
いやまあ、ダメかどうかで言えば「別にいいのでは?」なのだが。婚約者なのだし。結婚したら、その晩にはそういうことをするわけで…。
とはいえ…ううむ…。
妾が葛藤していると、ユリウスは悲しげに目を伏せた。彼の声が震える。
「ごめんなさい。やっぱり、嫌ですよね。私なんかと…」
ああ、もう! しょうがないなーー!!
「わかった、わかった! もう、どうにでもなれだ」
妾は、蹴るように靴を脱ぎ捨て、ブランケットを持ち上げたあと、ユリウスの隣に滑り込んだ。
ユリウスは、すかさず両腕を回して妾をとらえ、強く抱きしめる。
「ああ、温かい…。ありがとうございます、アナスタシア様。近頃はずっと…あなた様がいないと、寒くて…とても、寒くて、眠れなくて……」
寒い? 初夏のこの季節に?
だが確かに、言われてみれば、ユリウスの身体が妙に冷たい…。夜着が冷たいだけか? しかし、手も冷たかった…。
気になって、片手を滑らせて持ち上げ、ユリウスの露出した首のあたりに触れてみた。太い血管が通る場所なので、内部の体温に近いはず…。
「冷たっ!」
冷たい。冷たすぎる。まるで死体だ。
「そなた生きてるか?」
「ふふっ……ええ…多分……」
いや、冗談ではなくてだな。
おもわず彼の顔を凝視するが、目視するかぎりでは生者である。
動揺する妾をよそに、薬が効いてきたのか、ユリウスはうとうとと目を瞬かせはじめた。
これ、眠らせて平気か? 永眠しないよな?
起こすべきか寝かせるべきか判断に迷っていると、ふと、ユリウスの身体が温かくなってきていることに気付く。変化に集中してみれば、三分と経たないうちに、その温度は、生きた人間に相応しいぬくもりまで引き上げられていった。
そうこうしている内に、ユリウスはすやすやと寝息を立てている。
……ずっと寒くて、妾が傍に居れば温かい。そして、彼の固有魔法は、氷雪を生じるもの。
なるほど、一種の軽い魔法暴走か。死体の温度でも生きているのは、低体温に対する耐性も同時に持つためだろう。
魔法検査官どもめ、なにが問題なしだ。問題大ありではないか。後で彼らにも土下座してもらおう。
とはいえ、医務官に対する態度と同様、ユリウスが誤魔化した可能性も……。
……なんだか妾まで眠くなってきたな。早く起きないと、妾まで寝そうだ。
だが…まだだ……ユリウスの眠りが深くなるまでは、じっとしていないと。彼が目覚め…………
……すやぁ……。
***
目覚めると、部屋は真っ暗になっていた。
焦って時計を見やると、たっぷり四時間ほど経過している。
……終わった……。
妾の貞操、終了のお知らせ。
なにもなくとも関係ない。社会的には、浮気未遂に婚前交渉。
まったく、どうしようもない皇女だな……。
妾の心情をよそに、妾を抱きしめたまま眠るユリウスは、穏やかな顔つきをして、すやすやと寝息をたてていた。
***
そっとユリウスの腕から脱出し、静かに靴を履いて、静かに扉を開閉して部屋を出る。
扉の両側に立つ護衛騎士たちは、不躾に皇女を凝視しはしない。しないが、ものすごく、物言いたげなオーラが刺さってくる。
妾は何も言わず、静かに通路を歩き、居室に向かった。騎士の一人も、何も聞かずに静かに妾のあとにつづき、妾の帰路の護衛を担った。
そして、妾は自分の部屋に辿り着いた。侍女たちが中で待っていた。
「姫様、おかえりなさいませ」
「ああ」
「アーデルシュタイン候は、おやすみになりましたか?」
「うむ」
「そうですか……」
微妙な空気が流れた。侍女たちが互いに目配せを交わす。
もういい、もういいからいっそ聞け。
「『おめでとうございます』……で、よろしいのでしょうか?」
ユリエッタがそう尋ねた。妾は肩をすくめる。
「まあ……。めでたいということに、して、おこう…か…?」
箱入り令嬢(+夫人)ぞろいの妾たちは、互いに目配せし合い……それから、互いに小さく頷き合うのだった。
R15ってどこからですかね?




