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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第三章

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身から出た錆

 ()が名はアナスタシア・エルスティナ・フォン・グランツェルリヒ。グランツェルリヒ(てい)(こく)第26代(こう)(てい)マクシミリアンが(ゆい)(いつ)の子にして、次期(こう)(てい)()ぐ正統の皇女。


 最愛の許婚(いいなずけ)にして(おさな)()()みでもある、アーデルシュタイン(こう)ユリウス・カスパール・フォン・ヴァイセンドルフを、(うわ)()()(すい)によって深く深く傷つけてしまった(おろ)(もの)だ。

 笑いたければ笑うがいい。

 ……いや、笑えないな。


 一点、弁明させてもらうならば、あくまで、ユリウスが(わらわ)(れん)(あい)感情を(いだ)いていないものと誤解したが(ゆえ)(あやま)ちだった。(かれ)(わらわ)を女として愛してくれているのだと知っていれば、断じてあのようなことをしなかった。

 なにせ、(おう)(こう)貴族の(けつ)(こん)といえば、基本的に政略(けつ)(こん)(ふう)()(かん)に愛がないのは当たり前で、子供を何人か産み終えたら、(たが)いに愛人を作ることは多々あるという。


 (わらわ)は、6(さい)の折に初めて引き合わされ、(こん)(やく)を結んだユリウスを愛していた。だが、(かれ)の方が(わらわ)を愛しているかは不明であった。

 (かれ)を愛するが(ゆえ)に、(わらわ)(かれ)の気持ちを確かめられなかった。『(れん)(あい)感情は無い』と判明しまったらと思うと、(おそ)ろしかったのだ。


 そうした(じよう)(きよう)の中、平民を知るために変装して働いていた酒場《(ぎん)(ろう)(てい)》の一人(むす)()、レオン・ディートリヒに告白を受ける。

 働き者で誠実な(かれ)の人となりを知っていたこともあり、(わらわ)はその告白を(うれ)しく思った。いっそ、(かれ)を愛人として囲ってしまえば、ユリウスからの気持ちがなくとも平気かもしれない、と考えたほどに。


 平民の愛人であれば、側室に引き上げることすら困難である。したがって、ユリウスの皇配としての地位が(おびや)かされることもない。あとは、子供の父親さえ明確にしておけば、大きな問題も起こらないはずである。

 それに、(ちん)(みよう)(よこ)(れん)()を起こしている貴族男性たちが、ユリウスに対して行っている(いや)がらせも止められるかもしれない。『この(こん)(やく)(れん)(あい)感情は関係ない』と、はっきり示せるからだ。


 そうした打算もありつつ、(わらわ)は、ユリウスに「愛人を持っても構わないか」と(たず)ねた。もちろん、(ナイン)と言われたら()()めるつもりだった。

 結果としては、聞かずに進めるよりはマシだった。ただ、そうした検討じたいが、ユリウスを深く傷つけてしまった。

 ショックのあまりユリウスは()(ほう)暴走を起こしてしまい、美しかった(こう)(きゆう)の《薔薇(ばら)窓の間》が粉々に消し飛ばされてしまったのである。


 ただ、悪いことばかりではない。この件をきっかけに、(わらわ)は自分の(おも)いをユリウスに伝えられたし、ユリウスもまた、(わらわ)()(した)っていることを打ち明けてくれた。

 愛人の件についても、()()めるということで許してくれた。


 しかし、ユリウスの心の傷は、そう簡単に()えなかった。

 それも当然だ。逆の立場であれば、(わらわ)とて結構なショックを受けたであろう。


 (わらわ)(ぜん)(しん)(ぜん)(れい)をもって、ユリウスを()やすこととした。


 (れん)(あい)小説や演劇では、男女が(たが)いの心を通じ合わせた時点、あるいは(けつ)(こん)した時点がゴールである。一方で、人生においては、それがスタートといっても過言ではない。

 (わらわ)とユリウスの関係は、ようやく序章を終えたばかりだったのだろう。


 それを証明するかのように、(わらわ)とユリウスとの関わりは、さらなる大事件へと(つな)がっていくことになったのだから――――。


***


 ちいさな(つつ)に、黄色の()(しゆう)(いと)を指でぐるぐる巻き付け、一巻きごとに糸をクロスさせる。


「これを、15回くりかえしてな……」

「はい…」「ええ…」


 (わらわ)の説明と手作業に、招待した(れい)(じよう)たちは、(しん)(けん)に耳と目を向けている。


「そうしたら、(つつ)を外して……こう」


 (わらわ)は、()(しゆう)(いと)を一定の径で巻くため使った(つつ)を取り外した。残った糸の輪に()(しゆう)(ばり)を通したあと、()(しゆう)(わく)(はさ)まれたリネン布に()して()める。

 すると、立体的なバラの花びらが一枚、布の上にできあがった。


「これで(ひと)(ひら)できた」


 ゆっくり説明しながら実演したので、分かりやすく教えられた(はず)だと(わらわ)は思った。

 しかし、友人たちからは(こん)(わく)の声があがる。


「今なにが起こりまして??」

「すみません、アナ様。わたくし、わかりませんでしたわ…」

「どうしてかしら? こんなに(しん)(けん)に見ておりましたのに」


「ええー…。(あい)()かった、もう(ひと)(ひら)やって見せよう」

「申し訳ありません…」「お願いしますわ」


 どうも(わらわ)は、他人に教えるのに向いていないらしい。だが、楽しい気持ちに変わりはなかった。

 今日は久々に、昔からの友人を(ふく)めた、親しい(れい)(じよう)らを招いての個人的なサロンを開いていた。テーマは、かねてより要望を受けていた“立体()(しゆう)の実演講習”である。


 この()(しゆう)方法は、(はる)か海を()えた東の果てに存在する大国、《()(れん)(てい)(こく)》から輸入された古書に()(さい)されていたものである。

 ()(くに)での()(れん)語習得の(じゆ)(よう)(うす)く、()(れん)語文書じたい(めずら)しかったため、その()(しゆう)方法は、グランツェルリヒ(てい)(こく)で知られていなかった。ましてや、現代()(れん)語ではなく、古代()(れん)語で書かれているとなると、読み解かれる機会はほぼ(かい)()だったのだろう。

 (わらわ)は、(しゆ)()で現代()(れん)語も古代()(れん)語も学んでいたので、たまたま読み解けたのだ。


 やってみると、この()(しゆう)法で創り出される()(しゆう)()()にも美しかった。これを広めようと(わらわ)は考え、グランツェルリヒ語に(ほん)(やく)した文書を、友人の(れい)(じよう)らに配ったのだ。

 しかし、訳が悪いのか元が悪いのか、その文書だけだと、友人たちには()(しゆう)を再現できなかった。


 そのような(けい)()で、()(たび)のサロン(かい)(さい)(あい)()ったのである。


 サロンの場は、(こう)(きゆう)の《手仕事の小広間(サロン)》とした。その名の通り、歴代の皇后・皇女らや(おう)()()らが、()(しゆう)などを友人と共に楽しんできた部屋である。

 (はく)()(たん)(きん)のモールディング(そう)(しよく)(ほどこ)され、若草色の(かべ)(がみ)が張られた部屋であり、()(しゆう)や糸を広げるのにぴったりな、白木と金(そう)(しよく)()(えん)大テーブルを備えている。

 明るい陽光をふんだんに利用できるよう、(がい)(へき)側には大きな窓が(いく)つもある場所だ。


 その部屋で、本日招待した7名の(れい)(じよう)たちが並んで()()(すわ)り、(わらわ)の手元を(しん)(けん)に見守っていた。

 (かの)(じよ)たちの手にも、図案が(えが)かれたリネン布の張られた()(しゆう)(わく)と、糸を通した()(しゆう)(ばり)とがそれぞれ(にぎ)られている。


「ところで、なのですけれども」

「うん? どうした、イザベラ(じよう)


 招待客の中の一人、この中では一番の新参者でもあるイザベラ(じよう)は、ローゼンタール()(しやく)家の(れい)(じよう)である。

 身分は低いが、(わらわ)が初めて出席した貴族家(しゆ)(さい)夜会である、エッセンバッハ(こう)(しやく)家の夜会で出会い、意気投合した相手だ。

 サロンを開くにあたり、(かの)(じよ)にも招待状を送ったのである。


 (わらわ)の友人たちは、(わらわ)とタイプが似ていることもあり、イザベラ(じよう)を快く(むか)えたように見えた。

 しかし、イザベラ(じよう)が声をあげたとき、なぜか他6名の友人たちに(きん)(ちよう)が走ったように感じる。


「……その。じつは、ずっとお(たず)ねしたかったのですけれど……。いつも、こうなのですか? その、アーデルシュタイン(こう)は」


 (わらわ)を背中からガッチリとホールドし、(かた)(ぐち)(あご)を乗せ、(わらわ)と重なり合うようにしてソファに(すわ)っているユリウスを目線で示しながら、イザベラ(じよう)はそう(たず)ねてきた。


「最近はずっとこうだ。ただ、(わらわ)のサロンないし茶会で、という話なら、これが初めてだな」

「まあ……」


 イザベラ(じよう)が軽く目を丸くしてそう言うと同時に、旧友たちも(いつ)(せい)に声をあげだした。


「そうなんですの!?」

「まあ! てっきり、わたくしだけが知らないのかと思っておりましたわ!」

「わたくしもよ! 気になって気になって仕方がなかったのですけれども」

「聞いてもよろしかったのですのね??」


 そう言われて、(わらわ)(おどろ)いて目を見開いてしまう。


「『ユリウスも出席させてよいか』と、事前に(しよう)(だく)を得たはずだが…?」


「ええ、それは(うかが)いました。(うかが)いましたけれども」

「ですが、『アナ様をお(ひざ)の上に()せた状態で』とは(うかが)っておりませんわ??」

「あー…そうだな。すまん。ダメだったか?」

「いえ、ダメとかではございませんけれども」

「『まあ、()(しゆう)にご興味がある殿(との)(がた)なのかしら』とか、そう思うではありませんか」

「ええ。わたくしも、そういうことかと、てっきり…」


「まあ、よろしくってよ。アナ様、この際はっきりお(うかが)いいたしますわ。わたくし(たち)いったい何を見せられておりまして??」

「えっ。し、()(しゆう)…だが…?」

「正直もうしあげまして、()(しゆう)どころではございませんことよ」

「ええ。もう、アナ様の後ろが、気になって気になって!」

「おぉう…。そなたらの心を乱してしまい、すまなかった…?」


「それで、どういう(じよう)(きよう)なんですの?」


 サロン開始から一言もしゃべっておらず、(うつ)ろな(まな)()しで(ゆか)を見ていたユリウスも、(さわ)ぎを気にしてか口を開く。


「私のことは、どうぞお気になさらないでください」

「まあ! 難しいことを(おつしや)る」


 旧友の中でも負けん気が強い友人、レオネッタ・フォン・ドラッヘンフェルト(こう)(しやく)(れい)(じよう)が、ツンとした口調で()()む。

 (わらわ)(あわ)てて、事の()(だい)を説明することにした。


「えっと…(わらわ)()()(ぎわ)ゆえに、ユリウスの心を深く傷つけてしまってな。(かれ)の心身を()やすべく、このような体勢で最近は――」


(うわ)()ね」「(うわ)()ですわ」


 (にご)したのに言い当てられてしまい、(わらわ)(どう)(よう)した。

 いや、(うわ)()じゃないが! ()(すい)だが!


 目が泳いでしまったせいか、友人たちが顔をしかめて(わらわ)を見つめる。


「ひどいですわ」「最低ですわね」

「北部の男性は、これと決めた女性に(いち)()()くしてくださる、といいますのに」

「ええ。だから北部には、(しよう)(かん)が無いのですって」


 その情報、もう少し早く知りたかった。いやまあ、関係ないのか。


(ちが)うんだ」

「まあ、本当に?」

「どうなんですの、アーデルシュタイン(こう)


 友人たちの目が、(かた)(ぐち)のユリウスの顔に向かう。(わらわ)も、おもわず(かれ)の頭に目を向けた。


「……私が、悪いのです」


 ユリウスは、ぼそりとそれだけ(つぶや)いた。

 友人たちから、(にわか)()()が巻き起こる。


「有罪! アナ様、有罪ですわーっ!」

「信じられませんわ!」

「わたくし、お(とも)(だち)やめてよろしくて??」

「わたくしもそうしようかしら」

「待て待て待て待て!!!」


 こうして、(じよう)(きよう)は一転、()(しゆう)教室から(わらわ)()()げ会へと様相を変えてしまった。


 仕方なく、事の()(だい)(くわ)しく説明させられることとなった。

 そうしたところ、ある程度(みな)の理解が得られたようで、(とも)(だち)をやめるのは待ってもらえた。


 洗いざらい()かされ、()(ろう)(こん)(ぱい)してしまったので、その日のサロンはお開きとなった。

 まったく、なんて日だ。


「……どうして、誤解させるような言い方をするのだ。ひどいじゃないか」


 (みな)を見送った後、うらみがましくユリウスを見上げて言ってみると、ユリウスは、以前とは(ちが)う印象の()みを()かべた。

 じっとりとした、(しゆう)(ちやく)(にじ)()(がお)


「もし、()()()()、ご友人たちがアナスタシア様から(はな)れてしまったとしても、私はずうっと…あなた様のお(そば)におりますからね…♡」


 か、確信犯! 確信犯だ、()(やつ)め!!


 ……うう。しかし、これもまた身から出た(さび)か?

 友人関係を()()するためにも、(わらわ)は、ユリウスの信用を(さつ)(きゆう)()(もど)さねばならないらしい。


 こんなことをされてもなお、(となり)に立つ(かれ)が、(うで)を回して(わらわ)()()せるのを、(わらわ)()りほどけずにいた。

Q: 温厚で紳士な幼馴染みは何処に…?


A: そこになければないですね

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