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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第二章 ユリウス編

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【Side: ユリウス】きっと、何もかも大丈夫

「ぐえ! ぐぎゃあ! がっ! やめっ、やめてくれ、ギャアアッ!」


 ヴァイセンドルフ(へん)(きよう)(はく)家のタウンハウス地下で、男の(きたな)い悲鳴が()(ひび)いている。


 ()()しの石造り(かべ)(ゆか)でできた地下空間は、不始末をした使用人の(しつけ)のほか、()(みつ)()(ごう)(もん)(じん)(もん)をするためにも使われてきたという。

 (てつ)(ごう)()のついた(ろう)()(いく)つか存在し、人間を()()めることができた。


 (うす)(ぐら)い地下に向かって階段を下りていくと、男の悲鳴がはっきり聞こえるようになる。


 この世で最も(とうと)いお方に(ろう)(ぜき)を働いた、平民の(きたな)らしい男は、(ごう)(もん)を始める前と同様に(こう)(そく)()()(すわ)っていた。(やと)った(ごう)(もん)係に(ずい)(ぶん)()(わい)がってもらったらしく、開始前と比べて生傷が増え、()(せい)もなくなってきたようだ。


「これはこれは、(わか)(だん)()様」


 足音に気づいたらしい(ごう)(もん)係は、先ほどまで()るっていたらしいバラ(むち)(わき)に置き、私に向かって(うやうや)しく(ひざ)をついた。


(しん)(ちよく)は?」

「まだ『殺してくれ』とは言わせられておりません。(いや)しい人間ほど、生き(ぎたな)いものですからね。ですが、もう1日2日も頂ければ、かならずや、(わか)(だん)()様のご希望に()ってご覧に入れますよ」

「そうか。では、このまま続けろ。『殺してくれ』と(こん)(がん)したら知らせるように。殺すなよ」

「はい、もちろん。もちろんです。お任せください」


 (ごう)(もん)係が、ニチャアと(いや)らしい()みを()かべて返す。

 不快感に思わず(まゆ)を寄せた。

 しかし、私は何も言わずに上階へ(もど)った。


 どれほど罪深く、おぞましい存在が相手であっても、(こう)(そく)された()(てい)(こう)の人間を(いた)()るには、そのための適性がある程度必要らしい。

 そいつを(てつ)(てい)(てき)に苦しめ、殺してくれと(こん)(がん)させるまで(いた)()ってやりたい気持ちはあるのに、実際やろうとすると、心の(しん)が強く(てい)(こう)する感覚がして、非常にストレスがかかるのだ。


 そういえば、北部で見せしめ死体が作られるときも、息の根を止めた後に傷がつけられていた。

 やはり、(いつ)(ぱん)の人間には、(てい)(こう)できない生きた人間を(いた)()りにくいのだろう。


 一方で、(ほう)(しゆう)が無くとも()(てい)(こう)な人間を(いた)()ることが大好きで、さらに(ほう)(しゆう)もあれば天職だという人間もいる。この(ごう)(もん)係がそうだ。

 色々な人間と、色々な職があるものである。


 (かれ)は宣言通りに仕事をこなし、翌朝には、ブレンナーを通じて“(かん)(りよう)報告”が届けられた。


 朝食後に地下を見に行くと、全部の(つめ)と歯を()がれた男が「ころしてくれ」と泣いて(こん)(がん)していた。

 私は、その様子に満足した。横で()()みしながらニコニコと待っている(ごう)(もん)係に、(じゆう)(ぼく)(かい)して(ほう)(しゆう)の金を(わた)す。

 (ぼん)()せられた(ふくろ)を取り、中に()まったグランツ金貨を見て、(ごう)(もん)係は(いつ)(しゆん)目を()く。それからすぐに満面の()みを()かべ、いそいそと(ふくろ)(ふところ)にしまった。


「へへっ。これはこれは、ありがとう存じます。ありがとう存じます。またぜひ、ごひいきに」

「ああ。ご苦労であった」


 (ごう)(もん)係は、(じゆう)(ぼく)にうながされて帰路につく間も、何度もこちらを()(かえ)り頭を下げていた。


「ころしてくれ」


 (ごう)(もん)を受けた側の男は、()()(こう)(そく)されたまま、力なく頭を垂れてそう(つぶや)く。


「いいだろう」


 私は、用意していた毒薬を手に取り、男の口に()()む。男は、(てい)(こう)せず中身を飲んだ。


「っ……!! ぐぇ、あああっ!! ぎゃぁあああ!!」


 男が毒に苦しみ、(こう)(そく)されたまま動ける限り暴れる。やがて、事切れた。


「……さて。あとは、これの処分か」

「身元不明遺体の(まい)(そう)場所に、少々銀貨を(にぎ)らせれば処分可能ですが」


 ブレンナーがそう提言してくれる。(こう)(きゆう)で勤めていたころ、そういった仕事もしたのだろうか。

 私は、首を左右に()って応じた。


「これが死んだことを(おおやけ)にしておきたい。アナスタシア様のために。……ついでに、他の()(がい)女性らのためにも」

「なるほど。どうなさいますか」


 私は考えにふけり、首をかしげた。

 数秒後、良い考えが()かんだ。


「“ゴミはゴミ箱へ”。近くのゴミ収集所に置こう。このままでは()()()のに苦労するだろうから、小さく切り分け、(ふくろ)()めにして。ただ、中を(あらた)めてもらえるよう、首だけは外に置いておくか」

「……ゴミを捨てに来た、罪のないご婦人がたが(こし)()かしますな」

「そうだな、そうなっては申し訳ない。保安隊に銀貨を(にぎ)らせて、(いつ)(ぱん)市民より先に発見するよう手配してくれ」

(ぎよ)()


 私は、事切れた男を(こう)(そく)()()から取り外し、それを(ゆか)に転がした。

 白目をむき、(あわ)()いて静止している。


「切り分けと()()きは私がやる。()()()()には慣れているから」


 そう言うと、ブレンナーはごくりと(つば)()()むような音を立てた。しかし、(かれ)(うやうや)しく(うなず)いた。


(ぎよ)()。その前に、(よご)れてもいい服をお()しになったほうがよろしいでしょう」

「そうする」


 その後、私は上階に()()えに行った。それからまた地下に降り、慣れ親しんだ仕事をこなした。


***


 ()(よい)は、アナスタシア様の、はじめての貴族家(しゆ)(さい)夜会ご出席。

 あの悪夢の夜会から警備体制が見直され、エスコートもダンスも全て私が(にな)わせていただけることとなった。


 それ自体は願ってもないことだが、本音を言えば、アナスタシア様には社交界に出て頂きたくない。(しゆく)(じよ)だけのお茶会やサロンならば()(かく)、男が居る場所に出てほしくなかった。

 ()(かく)しのおかげで多少軽減されようが、アナスタシア様に()(りよう)されたままの男性は少なくない。それに、アナスタシア様の(かがや)きは(かく)せるものではない。光に群がる虫のように、男どもはアナスタシア様の(かん)(しん)を求めて寄ってくることだろう。


 だが、()(かざ)ったアナスタシア様の(かがや)きときたら!


 夜会のために()(かざ)られたアナスタシア様を前にして、不安も不快もどこかに()()んでしまった。

 (まばゆ)いばかりであるのは、数多く光るダイヤモンドの()()などではない。


 天使。()(がみ)。フレイヤの()(しん)


 文字通り呼吸を忘れてしまい、アナスタシア様が(たた)いて起こしてくださった。

 アナスタシア様が(あた)えてくださるものは、痛みさえも(いと)おしい。


 夜会行きの馬車に()()めば、アナスタシア様は、(まと)っていた()(かく)しをお外しになる。()(かく)しが外されると、何より美しいサファイア・ブルーの(きら)めきが(あら)わになった。


 私だけが見ることを許された、絶世の()(ぼう)

 この幸福を得られるならば、他の男どもを散らすぐらい、どうということはない。


 ただ、平民と交わるのは()めてほしいという(こん)(がん)を、アナスタシア様は聞き入れてくださらない。


 平民がすべて危険な()(ばん)(じん)でないことは、私も知っている。アナスタシア様のお考えなのだから、きっと正しいことだというのも、分かっている。

 ただ、アナスタシア様のように()()(ぶか)く美しい方を前にして、(くる)わない男はいない。貴族の男どもを(つゆ)(ばら)いするのも一苦労なのだから、このうえ敵を増やして()しくない。


()()()()()()()()()()()()


 (うそ)つき。私は知っている。あの(おぞ)ましい()(せん)の男が、アナスタシア様に()れたうえ、()(じよく)したことを。

 だが、それを伝えることはできない。私も、アナスタシア様に(ない)(しよ)で、(かの)(じよ)を見張っていると知らせてしまうから。


 (やみ)()(まぎ)れるには、街と森とでは勝手が多少異なるものの、気配を断って(かく)れる術を応用できた。もし、アナスタシア様がご(ぞん)()であれば、(かの)(じよ)の性格上、(すで)(げん)(きゆう)されていることだろう。

 (こう)(きゆう)の護衛や(かげ)はどうか知らないが、私の(かん)()は、まだアナスタシア様にはバレていない。


 ――それで、いい。問題が起きたら、私がまた対処してさしあげればいいのだから。


 エッセンバッハ(こう)(しやく)家の夜会では、アナスタシア様のご希望で、以前練習していた“社交ダンス選手権プロフェッショナル部門・昨年度優勝ペアのワルツ”を()(ろう)することとなった。

 練習当時は苦労したものだが、アナスタシア様と()()える時間はすべて幸せだ。それに、意外な(うれ)しい効果も(もたら)された。


 この夜会に居合わせた、アナスタシア様を(ねら)っていた貴族男性どもの(ほとん)どが、息ぴったりの我々のダンスを見て、(よこ)(れん)()(あきら)めたのだ!

 あのレーヴェンタール(きよう)すら、自ら白旗をあげたのである。これは(うれ)しい誤算であった。


 こんなことで良いなら、もっと練習して、ワルツ以外のダンスもマスターしよう。

 さすがはアナスタシア様だ。私が(おも)(なや)んでいたことなど、()(よう)に簡単に解決してくださる。


 もしかしたら、私が色々と心配しすぎているだけで、本当は、(なや)むべきことなど何もないのかもしれない。

 あの(いや)しむべき男も、私が先走ってしまっただけで、本当は始末の算段がおありだったのかもしれない。


 きっと、何もかも(だい)(じよう)()なのだ。

 私たちの仲を()()くものなんて、何もない。


 ――そう、少しでも楽観視してしまった自分自身を、私は(のろ)うことになった。

この世界にはまだ人権が無く、貴族が平民を56してしまっても罪に問われません。

理不尽な虐○の場合は他の貴族にヒソヒソされるくらいはあるものの、今回のように相応の理由がある場合は、悪評にすらならないでしょう。


第二部ユリウス編、ようやく完走です!

次回から久々にアナスタシア視点に戻ります。

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