【Side: ユリウス】そんなこと、私が一番わかっている
「ひぃっ…ま、まいった! もうやめてくれっ! 命だけは助けてくれ!」
「…………はぁ?」
無様に座り込み、装飾の派手なレイピアを落として手放したまま、決闘相手の男が後ずさる。
中肉中背の男の体には、私が刻んでやった浅い切り傷が幾つもできており、動きにくそうな装飾過多の礼服を、血で汚していた。
「これは試合ではない、“決闘”だ。申し込んだのは、そちらだろう? 戦いの終わりは、勝利か、さもなければ“死”だ」
睨み据えたままそう告げれば、対戦相手は、ブタのような悲鳴をあげて更に後ずさった。彼の背が、決闘場の闘技円柵にぶつかる。
私は、相手にゆっくりと歩みを進めていった。途中、落ちたままのレイピアの持ち手を足で引っかけ、相手に向かって蹴り飛ばしてやる。
「得物を拾え。立って構えろ」
隙だらけの相手に、何度も繰り返し言った言葉を改めて伝える。
これが試合なら、相手はとっくに負けていた。だから代わりに、相手の急所をとったら都度、致命傷を与えず表皮だけを裂いた。
武器を取り落としたら「拾え」と命じ、攻撃を待ってやった。
死体になった後の損壊は罪になるが、決闘中につけた傷なら許される。
北部では、“見せしめ”用の惨殺死体を吊して、山賊や盗賊どもの犯罪抑止に使っていた。これには、一定の効果がみられるらしい。
目の前の愚か者も、できるだけ惨たらしく切り刻んで、アナスタシア様や私に関わろうとする帝都貴族の男どもへの“見せしめ”死体にしてやるつもりだった。
吊すことはできないだろうが、社交界の連中は噂好きだ。決闘を挑んで返り討ちに遭い、ズタボロの無惨な死体となった貴族の男の話など、大喜びで広めてくれるに違いない。
現にこの男は、人を集めやすい夕暮れ時の公認決闘場をわざわざ指定し、さらに自身の友人や知人たちまで見届け人――という名の野次馬として呼び込んでいた。
「はやくしろ。皆、待っているだろう?」
愛用のバスタードソードを構え、顎で観衆を指しながら皮肉ってみる。
相手はレイピアを拾わぬまま、柵の外の観衆に視線を向けた。
コロセウムを模した石製の円状観覧席には、20名余りの貴族の男女が居た。
その目のどれもが、眼前の“ショー”に対する興味関心に輝いている。
相手は震えながら、まだ得物を拾おうとせず、私に視線を戻した。
「た、たすけてくれ。許してくれ、謝るから」
「謝罪などいらない。得物を拾え。立て」
「頼む! 死にたくない! だ、だれか、侯爵を止めてくれーっ!」
相手が後ろを向いて立ち、鉄柵を両手で掴んで、檻の中の囚人めいた姿で観衆に助けを求める。
しかし、誰一人として止めようとしなかった。
「そんな……」
「実に美しい友情だな」
「ぐっ……」
柵を掴んだまま彼が振り返る。出血も傷もまだ大したことないだろうに、今に倒れそうなほど真っ青な顔をして、脂汗をかいていた。
歩みを進めて、距離を詰めても、まだ得物を拾おうとしない。
――ここまでか。仕方がない。
私は剣を持ち上げ、相手を袈裟斬りにしようと振り下ろした。
「そこまで!」
鋭い声が響き、寸前で私は剣を止めた。ヒイッと悲鳴をあげ、遅れて相手が地面に転がる。
声のもとに視線をやると、今回の決闘の審判者が手旗を挙げていた。
「アーデルシュタイン侯爵の勝利! ハルデンフェンス子爵令息は、法典に則り、勝者の要求に速やかに従うとともに、規則に応じた賠償金を支払うこと!」
私は、剣を下ろさぬまま眉を寄せた。
「私の望みは、ハルデンフェンス卿が死ねば十分に叶う」
「ヒイイッ!」
「それはなりません。侯爵閣下、決闘はたった今終わりました。剣をお収めください。これ以降の傷害行為は、法に反します」
「どちらかが死ぬまで、決闘は終わらないのでは?」
「いいえ。対戦者はそのつもりで挑むべきではございますが、両者生存のまま勝敗を決することも、審判者には許されております」
チッ、と舌打ちを打つ。言われたとおり剣を鞘に収めた。
決闘を受けると決めたとき、関連する規則を改めて確認していた。ハルデンフェンス卿は知らなかったようだが、審判者の言うことは正しい。
こんなことなら、遊んでいないでさっさと始末をつければよかった。
いや、ハルデンフェンス卿はともかく、審判者はどうやら手練れだ。歩き方や姿勢、目線の動き方で伝わってくる。恐らく、引退したベテラン兵士か何かだ。
どのみち、致命傷を与える瞬間は見破られていたか。
地面に転がったハルデンフェンス卿を見下ろす。彼は頭を抱えて丸まり、失禁しながら震えていた。
「……ハルデンフェンス卿」
「ひゃいっ!」
意識はあるようだ。
「二度と、私にも、アナスタシア様にも、関わろうとするな」
「わわ、わ、わ、わかりましたっ!!」
「もし、この約束を破れば、…そうだな……」
「や、やぶりませんっ!!」
ハルデンフェンス卿の声を無視して、考えを巡らせる。
約束を破られた場合、正規の手順に沿って訴えを起こせば、さらなる賠償請求や、国からの厳重注意も可能だろう。しかし、面倒だな。
ならばいっそ、
「……私は、対面勝負よりも、狩りのほうが得意だ。ハルデンフェンス卿」
約束を違えれば、私みずから貴様を殺しに行く。
そう意図を込め、目線を合わせる。幸い、ハルデンフェンス卿の表情から察するに、補足の説明は必要なさそうだった。
決闘場を後にしながら、私は、街中で使うなら小型のボウガンが良いだろうか、などと考えていた。
***
その後も、似たような伯爵家以下令息らの決闘予定があった。毎度、今度こそはと相手の命を狙ったものの、悉く同じ審判者が来て、同じく決定打を止められた。
調子にのった下位貴族令息たちが死にもせず軽傷を負っただけでは、見せしめの役に立たないと思っていた。
だが、連続勝利が5回に達したころ、以降の決闘予定が向こうからキャンセルされた。以来、新たな決闘の申し入れも、誹謗中傷の手紙も届かなくなった。
逆に、なぜか謝罪の手紙が届くようになった。どの家の誰が何を言ってきたかも、こちらは覚えていないのに。
ブレンナーから話を聞いた宰相殿が、何か手を打ってくれたのだろう。
そう思っていたのだが、様子を見に訪れたアーベントロート卿は、明確に否定した。
「今日、その対策について話すつもりだったのですが、彼らは既に心折れたようです」
「そうなのですか? 何故?」
「さあ。…まあ、軽い気持ちで行動していたのでは? 身分の高い者は、身分の低い者からの決闘申し込みを拒否できますし、貴殿が受けるとは思っていなかった、とか。期待通り拒絶されたら、『恐れをなして逃げた』とでも喧伝するつもりだったのかもしれません」
「はぁ…。しかし、5回決闘して、死人の一人も出ていませんよ。それも、敗者は皆、たいしたことのない軽傷を負っただけ」
「それでも、彼らが一生もののトラウマを負うには十分だったようです。なにせ、帝都には、人生で一度も自分の血を見たことがない坊ちゃんが多い」
「ええ? レイピア使いが多いとは思いましたが、仮にも剣を習って、怪我をしたこともないはずが…」
「帝都では、まともに教えない、チャンバラごっこ教師のほうが人気でして。痛い思いをしてまで、実用的な剣術を学ぶ人間のほうが少ないのです。レイピアが人気なのも、単に軽くて持ち上げやすいから、でしょうな」
思わず白目をむいてしまった。帝都貴族は、随分と平和ボケしているらしい。
北部の貴族は、男子に必ず剣術を学ばせる。もちろん、実用的なものをだ。領軍に従事する身でなくとも、馬車移動中に賊に襲われることはある。その際、無抵抗のまま殺されるような者を、北部では貴族と呼ばない。
「実用的な剣術を学ばせる家の出なら、そもそも、軽々しく決闘を申し込まないのでしょう」
「無知ゆえの万能感、ですか」
「そんなところです。そして、あなたにボロ負けした坊ちゃん達と、決闘を見ていた観衆は、みずから社交界に貴殿の噂を広めたようです。
――冷酷で、血に飢えた、容赦のない恐るべき『氷の鬼神』だと」
それを聞いて、思わずフフッと笑ってしまった。
「帝都の人間は、詩人ですね」
「お望みなら、噂の火消しをしますが」
「いえ、結構です」
いずれアナスタシア様のお耳にも入るだろうが、あのお方は、他人の噂よりも自分の目をお信じになる。
それに、事実としては、決闘を申し込まれたから受けて、勝ったというだけのこと。探られて困ることは何もないし、勝手に怯えて逃げてもらえて好都合だ。
「あぁ、そういえば。帝都裁判所の、決闘審判部門から陳情が来ておりました。『殺意に満ちすぎている辺境伯令息をどうにかしてくれ』、と」
「どうにか、と言われましても…。文句なら、死ぬ覚悟もないくせに、軽々しく決闘を申し込む側に言ってください」
「私もそう回答しました。ただのご連絡です」
フー、と、アーベントロート卿が深く溜め息をつく。
彼も、早くに皇宮に上がったとはいえ、北部貴族の生まれだ。彼もまた、一部帝都貴族の理解しがたい愚かしさに、苦労してきたのかもしれない。
「…まぁ、ともかく、貴殿が自らの手で問題を解決したということは、よい結果だと私は考えております」
「そうですか」
「今後とも、何かあれば必ずご連絡ください」
それから彼は、いくつかの皇配教育科目の進捗を確認し、満足したように頷くと、いつものように慌ただしく帰って行った。
***
ヴァイセンドルフ家の家訓は“常在戦場”。平和な時こそ油断せず、鍛錬に励むべし。
【父上】のご高説はいつも耳を滑っていくようだったが、古くからの家訓や心得には重みがあり、目にしただけでも深く脳に染み込んだ。
この帝都で最も戦闘訓練に力を入れているのは、言わずもがな、皇宮直属騎士団、および帝国軍である。
先代ヴァイセンドルフ辺境伯のお祖父様の時代までは、彼らとヴァイセンドルフ領軍との合同訓練が、帝都訪問時のルーティンとなっていたそうだ。
私から合同訓練の依頼を出すと、すさまじい速さで承諾の返事が来たので、お言葉に甘えて皇宮に向かった。
騎士団長も、軍将校の方々も、私を嬉しそうに出迎えてくれた。お祖父様によく似ておられる、と代わる代わる言われる。
私が生まれる前にお祖父様は亡くなったそうなので、会ったことはなく、肖像を見かけたこともないから、顔すら分からない。そんなに似ているのだろうか。
訓練の手応えは大きく、団長クラスや将校クラスの相手と試合させてもらうと、学びが多かった。それに、勝っても負けても笑顔で「よくぞここまで鍛え上げられました」と、自分ごとのように嬉しそうに褒めてくれるので、悪い気がしなかった。
なんだか、彼らの孫になったような気分だ。
そんな中、敵意がにじむ若い男の声が、私を呼んだ。
「アーデルシュタイン侯爵」
振り返ると、金髪碧眼で、騎士として鍛えていることがわかる体格の、同世代の貴族男性が立っていた。
この男は、確か…あの悪夢の舞踏会で、アナスタシア様とセカンド・ダンスを踊っていた――
「私は、レーヴェンタール辺境伯が長男、ジークベルト」
目に敵意を宿らせてはいるが、レーヴェンタール卿は礼儀正しく右手を胸に当て、軽く一礼してきた。
これまで相手させられてきた自称ライバル達に比べると、名乗りを忘れず、挨拶もしっかりできていて、身分に違わぬ品格を持っている。
「……どうも。私に何か?」
尋ねつつも、おおまかに用件の予測はついていた。
体の向きも変えて、レーヴェンタール卿と正面きって向かい合う。
「あなたも、私に決闘を申し込みたいので?」
意外にも、レーヴェンタール卿は首を左右に振った。
「いいや。レーヴェンタール家の者は、神聖なる決闘を、個人の私情で扱ったりしない。決闘を申し込んでいいのは、命をかけて、家の名誉を守らねばならぬ時だけだ」
さすがは、ヴァイセンドルフ家に並ぶ二大辺境伯家といったところか。教育がしっかりしている。
内心で感心していると、レーヴェンタール卿は、こちらに一歩、あゆみを進めた。
「だから、あなたには試合を申し込む。貴族として、騎士としての誇りをかけて。
皇女殿下とあなたとの婚約は、皇室が決めたことだ。本来、私を含めて、外野がとやかく言う筋合いはない。
それでも、皇女殿下と結ばれる可能性は拓けるはず。我が帝国では、強さこそ正義。あなたに勝って、私は、皇室に皇配候補の再検討を申し入れる」
こいつを殺そう。
そう決めた。
激しい戦闘訓練の結果なら、試合中の“事故死”だって珍しくはない。
「いいでしょう」
互いの目線がぶつかり合い、火花を散らす。
私は、腰に佩いた愛用のバスタードソードに手を添えた。慣れ親しんだ重み。
北部では、これで幾度も敵を屠ってきた。獣も、人も。
「では、10分後に第三闘技場にて」
「わかりました」
***
一戦目は様子見に、試合のつもりで一勝を得た。
二戦目では、目を狙った。その先の脳もまとめて突き刺すつもりだった。
だが、ギリギリで躱された。碧眼が驚愕に見開いていた。
「貴様ッ……!!」
意図が伝わったのだろう、レーヴェンタール卿が憎々しげに言った。
試合のルールとしては反則なので、レーヴェンタール卿の一勝となってしまった。
“事故死”を優先したいが、生かしたまま試合にも負けがついたら最悪だ。
家格は同等。向こうは嫡男という不利があるものの、『現皇配候補に戦いで勝利した』という実績を携えて皇室に直訴されれば、再考される可能性は十分にある。
もしそうなったら、アナスタシア様は……。
殺さなくては。こいつを、今ここで。
有効打の範囲でだって、致命傷は与えられる。
寸止めや軽い一撃に留まらせたりせず、“勢い余って”斬り殺してしまおうと畳みかけた。だが、レーヴェンタール卿は、これまでの相手とは比べものにならぬ技量の持ち主で、私の攻撃を上手く止めて受け流し、少しの怪我で済ませてしまった。
結局、試合には二勝一敗で勝てたが、レーヴェンタール卿の息の根を止めることはできなかった。最悪の事態は免れても、これから彼は強大な敵となるだろう。
「…こ、この悪魔め!」
聴衆の歓声にかき消されかける声で、レーヴェンタール卿は、顔を青くして吐き捨てた。出血している腹の切り傷を押さえていて、貧血を起こしているのかもしれない。
「貴様のような者は、皇女殿下にふさわしくない!」
そんなこと、私が一番わかっている。
だから、ライバルを一人残らず潰すのだ。可能なら殺してしまいたい。
そうすれば、私だけが、アナスタシア様の隣に居られる。
「…それは、お前が決めることじゃない」
口ではそう言葉にすると、グッ、と、レーヴェンタール卿は言葉に詰まった。
アナスタシア様に相応しい男は誰かなど、レーヴェンタール卿にも私にも、決める筋合いなど有りはしない。それだけは事実だ。
それに、今は何を言っても負け犬の遠吠えでしかないことを、彼も重々承知しているのだろう。
ふと、彼の上に見覚えのある姿が見えた。
背後の皇宮廊下バルコニーから、愛しい人が拍手を送ってくれている。
アナスタシア様!
私は、おもわず笑顔が溢れ出るのを感じながら、彼女に手を振った。
アナスタシア様は、春一番のように皇宮から駆け出てきて、私の健闘を讃えてくださった。
ふかふかのハンカチーフまで賜る。私の汗で汚してしまうのが勿体ない。後でよく洗って、クローゼットで大切に保管しよう。
救護係から手当を受けたレーヴェンタール卿は、いくらか回復したのか、アナスタシア様に話しかけてきた。
不愉快だったが、アナスタシア様のほうには全くご興味がないご様子で、少し安心した。
「よければ、妾とも一戦交えていかないか?」
なんて?
……いや。アナスタシア様は、こういうお方だった。
私も、幾度となくアナスタシア様との試合を強いられてきた。本気を出さないとバレて叱られるし、アナスタシア様のお強さを疑いはしないものの、好きな女性を相手に本気を出すのは心理的に難しく、精神が削られたものだ。
しかも、そこまでして頑張って本気を出しても、アナスタシア様がお勝ちになる。
こちらに移住して初めての試合では、負けるはずがないと高を括っていた。身長的にも筋力的にも、幼い頃と違って性差が出てきているだろうし、北部で戦績も積んだ。今の私は昔とは違う、と。
しっかりわからされた。アナスタシア様もまた、昔とは大きく違っていた。
何が起きたのかも分からないうちに敗北した。
やはり、アナスタシア様は末恐ろしい天才であられる。
レーヴェンタール卿が、婚約の再考についてアナスタシア様に直訴した。なりふり構わなくなっているな、この男。
だが、不安はない。むしろ、これで決着がつくなら好都合というもの。
アナスタシア様が負けるはずは、ないのだから。
***
――予想通り、レーヴェンタール卿はストレートに敗北し、0勝三敗で完敗した。
「ユリウスは妾に勝ったことがある」とアナスタシア様が仰り、身に覚えがなさすぎて動揺してしまった。
そういえば、筋力差解消強化なしで相手せよと命じられ、戦った際にギリギリ勝てた記憶がある。
ともあれ、お茶会の予定はなかったのに、アナスタシア様と過ごせて幸せだった。おもわぬ収穫だ。
それに、レモン水というのは美味だったので、自宅でも作らせようと思った。
作中モブは『氷の鬼神』とかいう渾名をつけている一方、作者は『クレイジーサイコヤンデレ』という単語が頭から離れなくなっています。




