表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第二章 ユリウス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/46

【Side: ユリウス】私も、あなた様を愛しております

 今年のデビュタンティンにのみ許された、純白の夜会ドレスを(まと)ったアナスタシア様。


 月の()(がみ)()けの(みよう)(じよう)(かがや)き。

 (おのれ)()()の無さが()やまれる。

 あまりの美しさに気が()れるとは、まさに今の私の(じよう)(きよう)(ちが)いない。


 (まぶ)しくて、(しよう)(げき)が強すぎて、気づいたら(ゆか)(ひざ)をついていた。


 本当に私ごときが、この()(がみ)をお連れしていいのだろうかと自問してしまう。


 それでも、どうにか(どう)(よう)()(ころ)し、アナスタシア様をエスコートして、(かの)(じよ)の初めての()(とう)(かい)(ひか)えた大広間の(とびら)の前に立てた。


「はあぁあ…! (きん)(ちよう)する…!」


 アナスタシア様がそう言うのを聞いて、私はくすりと笑ってしまった。


 この先にいる連中は、精々、()びるか裏をかくかくらいしか(たくら)んで考えていない、くだらない(やつ)らばかりだというのに。

 あなた様ほどの方が、(きん)(ちよう)などする必要はない。ただ(ゆう)(ぜん)と立っているだけで、人々が敬い(へい)(ふく)してしまうほどに、格が(ちが)う。


 それでも、アナスタシア様は(けん)(きよ)なお方であるから、(しも)(じも)相手にすら(きん)(ちよう)なされてしまう。私は、(かの)(じよ)()()できそうな言葉をかける。


 そうこうしているうちに、広間の(とびら)が開け放たれた。皇女アナスタシア様の、初お披露目の始まりだ。


 ――アナスタシア様は、大変にご立派で、()(げん)のあるスピーチをされた。シャンパングラスを手に取り、(かの)(じよ)(たた)えて(かん)(ぱい)()わす。

 それから、(かの)(じよ)をエスコートして階段を降り、(かの)(じよ)と共に広間の中心に立つ。(ゆう)()なワルツのテンポに沿って、(かの)(じよ)と共に何度も練習してきたダンスを()う。


()(よい)のそなたは、いつにもまして男前だ。格好良い。()(てき)だよ、本当に」


 ああ…! (うれ)しい。アナスタシア様、私は、あなた様だけの(ため)に――


「この後きっと、(れい)(じよう)たちがそなたを放っておくまいよ」


 ――ああ、そうだった。


 思わず舌打ちしかけるのを、すんでのところで止めた。


 アーデルシュタイン(こう)(しやく)(けい)(しよう)の祝いという名目で一足早く行われた、私自身の社交界お披露目(デビユタン)は、よく言えば学ぶところが多く、悪く言えば――社交界の(みにく)さを、改めて実感させられた。

 明らかに“次期皇配殿(でん)()”に取り入ろうとする大人の貴族たちに、アナスタシア様との(こん)(やく)関係を知っていながら、色目を向けてくる失礼な(れい)(じよう)()(こん)の夫人たち。

 最初から気乗りしていなかった社交に、ますます(いそ)しむ気になれなくなった。それで、私が社交界に出たのも、それっきりだ。


 このまま、アナスタシア様とだけ(おど)っていたい。

 それに、今年デビュタンティンの(れい)(じよう)たちは(みな)おなじ白のドレスを着ているし、容姿も、(みにく)いわけではないだろうが、アナスタシア様に比べれば(じん)(じよう)(いち)(よう)だ。比べる相手が悪いのは自覚しているが、実際、(いつ)(しよ)(おど)ったところで名前も顔も()(おく)できそうにない。


 (たが)いとだけ(おど)っていても社交とは言えない、とアナスタシア様に(たしな)められ、(いや)(いや)ながら(かの)(じよ)の手を(はな)す。


 ――アナスタシア様が(おつしや)ったとおり、白いドレス(たち)が集まってきた。期待に満ちた目がいくつも私に向き、(あい)(さつ)と社交辞令をいろいろとさえずる。

 仕方がないので、適当に選んだ(れい)(じよう)(さそ)い、アナスタシア様のお望み通りに(おど)る。()()(しよう)(かい)をしあったが、聞いた(しゆん)(かん)に名前を忘れてしまった。


 ああ、つまらない。退(たい)(くつ)だ。

 選んだ(れい)(じよう)がなにやら熱心に話しかけてくるのを、適当に返す。

 ()みを()()ける気にもなれない。

 私がこの(れい)(じよう)にしてやれる最大限の(れい)()は、せめて足を()んだり引っかけたりはしないよう気を配ることくらいだ。


 次の曲も、その次の曲も、(きよ)()のまま形式的に(れい)()をなぞり、(たん)(たん)(おど)ってやり過ごした。


 ――そうしていたら、(さわ)ぎが起きた。

 暴動じみた男たちの(らん)(とう)の中から、アナスタシア様の悲鳴が聞こえ、全身から血の気が引く。


「アナスタシア様っ!!」


 (たが)いに(つか)()かり(なぐ)り合う、細くひ弱な貴族男性たちを、(つか)んでは投げ、(つか)んでは投げとどかしながら群衆を()()け、声のした方向に急いで向かう。


 アナスタシア様が、後頭部を両手でおさえてうずくまっていた。


 じゃまな者どもを()しどかし、(かの)(じよ)のそばに()()って、(かの)(じよ)を助け起こす。

 (なみだ)()れた青い(ひとみ)が、かなしげに(うる)んで私を見上げていた。


「うう……ユリウス、頭を打った……」

「すぐに医務室へお連れします」

(たの)む……」


 (ごう)(しや)な白いドレスは重く、いつもの(かの)(じよ)より()()げるのに苦労したが、なんとしても急ぎお運びせねばならない。

 (おのれ)の底力を奮い立たせ、(かの)(じよ)(かか)()げた。


「痛い…いたいよ、ユリウス…」


 アナスタシア様がすすり泣いている。

 ああ、おかわいそうなアナスタシア様。あなた様が一体なにをしたというのでしょう。


 やはり、このような連中に、あなた様を見せるべきではなかった……。


 ――アナスタシア様への(しん)(さつ)が済んだ後、私は、今回の事件に関わった連中を一人残らず始末し、その首を並べて(かの)(じよ)(けん)(じよう)するとお伝えした。

 後になって考えると、私は少々冷静を欠いていた。始末するのはいいとして、アナスタシア様に汚い死体をご覧に入れるなど、どうかしている。


 アナスタシア様はお(やさ)しく、(かれ)らを生かしておけとお命じになられた。


 少し残念だが、(かの)(じよ)の望みならと、受け入れることにした。


***


 アナスタシア様のご容態は、(だい)(じよう)()であろうか……。


 悪夢のような夜会のあと、アナスタシア様の検査結果を(かく)(にん)したかったが、()(とう)(かい)(もど)るよう女官に(うなが)され、とどまることはできなかった。

 (もど)る気には当然なれず、私は(こう)(きゆう)をあとにした。


 その翌日、翌々日も、アナスタシア様のご様子は分からなかった。

 私は、すべてが上の空のまま()(しき)で過ごし、教師からの課題の一行目だけを()()(なが)めるなどしていた。


 三日目の朝、アナスタシア様からのお手紙が届いた。新しい家令――カール・アルノルト・フォン・ブレンナー(だん)(しやく)(ぼん)()せて差し出したそれを、半ば引ったくるようにして受け取り、すぐに自室に()()む。


 元皇宮官僚だというブレンナー(だん)(しやく)は、アーベントロート(きよう)(しよう)(かい)してきた人物だ。他にも何人か候補がいた中で(かれ)を気に入り、(やと)()れることにした。

 (かれ)は、私がアーベントロート(きよう)()(らい)した通りの人物であり、これまでの2年間、良い働きをしてくれている。


 自室に入った私は、ペーパーナイフを取り出して手紙の(ふう)を切り、中の便せんを取り出した。ふわり、と、花のような良い香りが(ただよ)う。


 ――アナスタシア様のご容態に、問題はないようだ。お元気だと、そう書かれていた。

 その(もん)(ごん)に目を走らせ、ほっと息をつく。


 夜会で取り乱したことへの()びが書かれていた。そんなこと、お気になさらなくてよろしいのに。


『そなたのような立派な(こん)(やく)(しや)がいて、(わらわ)は幸せだ』


「…ッ……!! アナスタシア様…!!」


 (いと)しい。(いと)しくて(いと)しくて、おかしくなりそうだ。

 あなた様は、手紙の一通だけで、こんなにも私を幸せにしてくださる。


 思わず便せんを(むな)(もと)に寄せ、ここにはいないアナスタシア様の(ぬく)もりを感じようとする。

 額に入れて(かざ)りたい。いや、そうすると使用人の目に()れる。この手紙は、私だけが見るものにしたい。


 結局いつも通り、アナスタシア様のお手紙を、(かぎ)付きクローゼットの中にしまう。

 この中には、金銀財宝よりもずっと重要な宝――アナスタシア様から頂いたお手紙や、(おく)(もの)たちが()まっている。

 幼い(ころ)に頂いた丸い石や、何かを編もうとした毛糸の作品から、最近いただいた見事な()(しゆう)のハンカチまで。


 (かの)(じよ)からの愛情が、いっぱいに()まった宝箱。


「ああ…私も、あなた様を愛しております。アナスタシア様……」


 本人を前にしては中々言えない言葉を、それらに向かって語りかけた。


***


 アナスタシア様との次のお茶会に出向いたとき、アナスタシア様は、()(みよう)な…()(かく)し? のようなものを身につけておいでだった。

 笑っていいぞ、と言われたものの、ただ(こん)(わく)していた。


 聞けば、あのアーベントロート(きよう)の提案で、ご尊顔をお(かく)しになることとされたらしい。

 これから(かの)(じよ)は、お父君と、私に対するほかでは、異性に()(がお)をさらすことがない。


 お父君以外では、私だけに――!


 アナスタシア様のご不便を思えば申し訳ないのだが、たまらなく(うれ)しかった。

 けっして(どく)(せん)できない(かの)(じよ)のことを、ほんの少しでも、自分だけのものにできる気がした。


 ただ、


「そなたは、(わらわ)()(がお)を見せても(きよう)()(おちい)らぬようで、助かった」


 そのお言葉が、(いや)な音をたてて(のう)()()()いた。


 私は――、()(つくろ)っているだけだ。変に思われぬように、――アナスタシア様から(きら)われぬように、(しん)()然とした態度を。

 (かの)(じよ)に対する、この重すぎる感情を(かく)すために。


 もしかしたら私も、とっくに(かの)(じよ)(くる)っているのかもしれない。

 いや、きっとそうなのだろう。(かの)(じよ)を前にして、(だれ)が正気を保っていられる?


 だから、(かの)(じよ)に知られてはならない。


「……ええ、そうでございますね」


 私は、落ち着いた(ほほ)()みを()かべて、言葉を返した。


***


 それからは(いそが)しかった。

 アナスタシア様に(ひと)()()れし、貴人(ろう)(ほう)()まれず済んだ連中から、連日のように(いや)がらせや()(ぼう)中傷の手紙を受けた。


 アナスタシア様なしに社交場に出る気になれないので、社交にはそもそも出ていなかった。()(しき)に引きこもっている人間相手でも、これだけできるのかと感心した。


【父上】の(へん)(きよう)(はく)か、アーベントロート(きよう)に知らせるべきだとブレンナーに提言され、(さい)(しよう)殿(どの)に知らせておくよう指示した。


 一方で、(けつ)(とう)(もう)()んできた相手には、(かた)(はし)から(しよう)(だく)を送り返すよう指示する。ブレンナーは(こん)(わく)した。


「『負けたら(こん)(やく)(しや)の座から退け』など、ばかげております。そもそもが皇室からのご命令で決まったご(こん)(やく)でございますのに、勝手なことを」


 (かれ)の言葉に、私は(うなず)く。


「そうだな。だから代わりに、貴族の(ほこ)りと、()()(ほこ)りをかけて戦う、と応じる」

「しかし、(けつ)(とう)でございますよ? (おお)()()を負うだけでなく、お命を落とすリスクもございます」


 答える代わりに、私は、北部からずっと共に過ごした(けん)を取り上げ、(さや)から()を少し()いて見せ、それからまた(もど)した。カチン、と(つば)が音を立てる。


 おもえば、実戦経験が大切だという【父上】の言葉だけは、真実だったのだろう。


「そうなれば、私もそれまでの男だということ。とはいえ、負ける気はしないが」


 (てい)()の貴族は、あまり(せん)(とう)訓練をしないらしい。アナスタシア様が熱心に(きた)えておられたので、北部での(うわさ)はウソかと思っていた。しかし、夜会で見かけた者たちを見る限り、どうやら(うわさ)は本当のようだ。


「――北部の猟犬(ヴァイセンドルフ)(まつ)(えい)の実力、望むならば、その身にしかと刻んでやる」

どうもタイトルを考えるのが苦手でして、エピソードを書いたあと、タイトルになりそうな文言を引用しがちです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ