表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第二章 ユリウス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/46

【Side: ユリウス】私の、唯一

 次に(てい)(こく)(さい)(しよう)アーベントロート(きよう)から(れん)(らく)を受けたのも、会う約束の前日で、アナスタシア様とのお茶会の前に(こう)(きゆう)で会うこととなった。

 急な(れん)(らく)ばかりなのは、()(ぼう)のなか時間を(ねん)(しゆつ)しているせいだろう。


 アナスタシア様にお会いする以外は、トレーニングをするか、アーベントロート(きよう)に付けられた家庭教師らの授業や課題に取り組んでいるだけなので、急な約束でもこちらとしては困ることもない。


 ふたたび《(せい)(ひつ)の間》に通され、中を見れば、アーベントロート(きよう)が先に来て待っていた。他には(だれ)もいない。

 顔色が悪く見えるが、()(ろう)のためなのか元々こうだったからかは分からない。


「どうも。そちらにおかけください」


 (かれ)に手で対面のソファを示され、テーブルを(はさ)んだ向かいに(すわ)る。テーブルには、ティーセットが(すで)に用意されており、空のティーカップが2組、私の前とアーベントロート(きよう)の前に置かれていた。

 私が(すわ)ると、アーベントロート(きよう)は手ずからお茶を注いだ。メイドの出入りを待つ手間が省けるなら、女中の()()(ごと)をすることも(いと)わないらしい。


 やたらと尊大で、どんなに手間が省けても女中の仕事など絶対にしないであろう【父上】と思わず()(かく)し、貴族男性にも色々な人がいるのだな、と思った。


「皇女殿(でん)()に、さきの内戦の真実を(うかが)いましたね」


 アーベントロート(きよう)に切り出され、私は(うなず)いた。


 アナスタシア様から真の事情を(うかが)ったあと、新聞を(かい)して(おおやけ)の発表も見た。

 新聞の中では、(てい)(こく)領土内に(しん)(ぱん)したルーメリア共和国軍の(ねら)いは“リューデル(はく)(しやく)()”ひいては“フェルゼンラント辺境州”だった、ということにされており、アナスタシア様と(ずい)(こう)軍が(ねら)われたことについては()れられていなかった。


 ()まわしきルーメリア共和国は、無知な(てい)(こく)臣民の鉱山労働者たちを(かん)(げん)(だま)して協力させ、(てい)(こく)()(あく)していない(はい)(こう)のルートを使って(しん)(にゆう)した。そして、まずは労働者たちに(せん)(じん)を切らせ、のちにルーメリア共和国軍も加勢する形で、リューデル(はく)(しやく)領は一時制圧された。

 そうした危機的(じよう)(きよう)(おちい)ったリューデル(はく)(しやく)領を救ったのが、予定では形式的な行軍をするはずだった、アナスタシア様の見事な機転と作戦指揮であった。


 ()くして、()(だい)なる救国の(えい)(ゆう)アナスタシア皇女殿(でん)()(しゆ)(わん)により、ルーメリア共和国による(てい)(こく)領土の(さん)(だつ)()()されたのである。


 ――と、いうのが、表向きの話となっていた。


「世情に(うと)く、申し訳ないのですが、その…。こういうことは、よくあるのですか? 一人の()(ほう)使(つか)いが、軍団を2つ(ぜん)(めつ)させてしまう、といったことは」

「3キロメートル(はな)れた(きよ)()から(ねら)()ち、二度とも正確に(ちやく)(だん)させたうえ、合計およそ3個中隊規模の軍を()()させる()(りよく)()(ほう)が、たった一人の()(ほう)使(つか)いによって放たれること、ですか。

 あるわけございません。(ぜん)(だい)()(もん)です。今回のことが()れれば、戦争の常識が根本から(くつがえ)るでしょうな」


 (ぜん)(めつ)は、隊の3割を(そん)(もう)し、指揮系統が(ほう)(かい)する敗走ラインであるのに対し、(せん)(めつ)は、10割を失った状態を指す。


 アーベントロート(きよう)の発言から、はじめて具体的な規模と数を知り、おもわず息を()んだ。

 (かれ)の言う通り、よくあるわけがない。そんなことが起こりうると知られていれば、私が北部で学んだ軍事教練とて、大きく様相が異なっていただろう。


「皇女殿(でん)()は…、常人の数倍か数十倍も物事をおできになることが、多々あります。幼い時分よりずっとそうで、最初こそ、念願の直系子に神童を(さず)かった、と、(こう)(きゆう)中に(かん)()の声が(あふ)れました」


 アーベントロート(きよう)が身を乗り出し、さきほど自分で()れた紅茶のカップを手に取り、中身を口にする。時間が()ったわりに湯気が出ていて、カップが実は保温機能つきの()(どう)()なのだとわかった。


「――ですが、殿(でん)()は失敗もなさいます。当然です。最初から(かん)(ぺき)な人間など、皇族であろうと有り得ない。ただ、その失敗の(だい)(しよう)もまた、常人の数倍から数十倍の規模でした。

 不都合な情報は、今回のように(いん)ぺいさせていますが…、(かの)(じよ)に対して“()()”ではなく、“(きよう)()”を感じている人間も、すくなからず居ます。


 グランツェルリヒ皇家の始祖は、ヴァン神族と人の間に生まれた半神だと伝えられていますが、これは単なる王権強化の(ため)の作り話ではないのかもしれない。もしかすると、この話は真実であり、皇女殿(でん)()は、先祖返りで神力を得たのかもしれません。

 神が人の世で暮らす物語は、神と人(そう)(ほう)の悲劇で終わる。さりとて、今さら皇女殿(でん)()神の国(ヴァナヘイム)にお返しするわけにもいかぬ。我々は、(かの)(じよ)が何者であったとしても、(かの)(じよ)がいる(てい)(こく)を、良き未来に導かねばなりません」


 アーベントロート(きよう)の灰色の目がギラリと光り、私の目をまっすぐ見つめた。


「あなたに問いたい。この話を聞いたうえで、それでもなお、皇女殿(でん)()()()げる(かく)()はございますか?」


 私は、一も二もなく(うなず)いた。


「当然です。私の居場所も幸福も、アナスタシア様の(となり)以外にはありません」

「では、もし今後、()(りよく)(てき)な居場所や幸福が他に見つかったとしたら? (かの)(じよ)を見捨てる可能性はありますか」

「まさか! それでも、アナスタシア様から頂いた()(おん)(すで)に計り知れません。(かの)(じよ)自身が私を遠ざけたいのでない限り、私はアナスタシア様のおそばにいます」


 そう答えると、アーベントロート(きよう)(おう)(よう)にうなずいた。


「結構」


 (かれ)がテーブルにカップを置く。そして、用は済んだとばかりに立ち上がり、背筋を()ばして、両手を背後で組んだ。

 見下ろされた灰の(ひとみ)は、どこか(おだ)やかに思われた。


「では、()殿(でん)も“皇女派”の一員です。この()の行き着く先は、黄金郷か、海の底か…。結果は(だれ)にも分かりませんが、前者であることを(いの)るとしましょう。

 この部屋は、もうしばらく空いております。ごゆっくりお(くつろ)ぎいただいて構いません。私は、仕事が()まっておりますゆえ、これにて」


 そう言い残すと、アーベントロート(きよう)(あい)(さつ)もそこそこに、さっさと歩き去って部屋を出て行ってしまった。


 (かれ)()()わりに(こう)(きゆう)の従者が入室してきて、お茶のおかわりや軽食が必要か私に(たず)ねた。私はそれを(てい)(ちよう)にお断りし、代わりに少しの間、思考をまとめる時間を(もら)うことにした。


***


「うれしいな。これからはこうして、そなたと(ひん)(ぱん)に会って、共に過ごせる」


 ニコニコと(うれ)しそうにアナスタシア様が両目を細め、バラの庭園を先に歩きながら、私を見つめ返す。長いまつげの(すき)()から、国一番のサファイアが見える。

 (さん)(さん)と降り注ぐ陽光に照らされ、()れる黄金の(かみ)は、(ひか)(かがや)かんばかりだ。


 パレードでは白い(かつ)(ちゆう)をまとっていたアナスタシア様が、今は(しゆく)(じよ)らしいデイ・ドレスに身を包んでいる。ふんだんに使われた(ごう)(しや)なレースに、美しい()(しゆう)とリボンがあしらわれたドレスは、アナスタシア様の美しさをよく引き立てていた。

 首元は空いていて、(かの)(じよ)(つや)やかな白磁の()(はだ)(のぞ)く。陽光の中で見ると、その(はだ)(きら)めいている。


 私の最愛の、うつくしい人。私の恩人。

 私に、愛と言葉を()しみなくくれた人。

 私に、生き延びる機会をくれた人。


 私の、(ゆい)(いつ)


 ――(かの)(じよ)をけっして手放さない。何があろうとも、私は(かの)(じよ)の味方で居続けるだろう。


「どうした? ぼーっとして」


 ふと気がつくと、(かの)(じよ)は目の前に近づいてきていて、私をふしぎそうに見上げていた。

 私は、いそいで社交的な(ほほ)()みを()(つくろ)う。


「なんでもございませんよ。アナスタシア様に見とれておりました」

「ほう。(しん)()らしい世辞が身についてきたな」

「世辞などではございません」

「そうか?」


 それ以上アナスタシア様は追求されず、エスコートを求めて右手を差し出された。

 (ひだり)(うで)を曲げて差し出し、(かの)(じよ)がそこに手をかける。


 (こう)(きゆう)()(まん)のバラの庭園を、光に包まれ(かの)(じよ)と歩む。

 人生最高に幸福な時間。


 これからはきっと、こんな時間を毎日のように刻んでいくのだ。


***


「……はぁ」


 今日は、アナスタシア様の16(さい)のお誕生日。喜ばしき日だが、今年からは少々勝手が(ちが)う。

 今晩は、(かの)(じよ)社交界お披露目(デビユタンティン)(ひか)えている。


 お()()()前の未成年は、通常、親族や家の使用人たち以外と(せつ)(しよく)しない。

 これまで、アナスタシア様という至高の宝玉は、外部の貴族の目にさらされてこなかった。(うい)(じん)のときですら、()(じよ)だけの天幕内以外では(かぶと)を取らなかったという。


 (かの)(じよ)()()たりにして、(こい)に落ちずにいられる者がどれだけ居るだろう?


 きっとトラブルが起きるに(ちが)いない。(かな)うなら、(かの)(じよ)(だれ)の目にも()れさせたくない。

 しかし、(かの)(じよ)のお立場を考えれば、(だれ)が望もうと、そうするわけにはいかないのだ。


 ()(しよう)(だい)の鏡ごしに、私の姿を見やる。一人きりで私室に居る私の顔には、昔、北部ヒグマの(こう)(げき)でつけられた(きず)(あと)が残っている。

 左目を縦断する、大きな(きず)(あと)。左の(がん)(きゆう)(てき)(しゆつ)となり、今は、()(どう)()の義眼が入っている。見た目は一見して義眼と分からぬほど自然であり、視界にも不自由はなく、暗視機能も備わった(すぐ)れものだ。


 毎朝の習慣で、この(きず)(あと)(かく)すための()(しよう)を私は(ほどこ)す。従者にさせてもよかったが、他人をアテにするのはどうも気が進まず、自分でやり方を学んだ。

 上等な粉おしろいを、(のう)(たん)に注意しながら()っていくと、みにくい(きず)(あと)も、目のクマも、()(れい)(かく)される。


 アナスタシア様がお好きで、美形だと(おつしや)ってくださった、私の顔ができあがった。


「……さて。()(たく)をせねば…」


 気乗りのしない夜会に向け、私は()(たく)のつづきに取りかかった。

男性側が化粧して傷跡を隠してたら「「「エモ」」」だな…と思いませんか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ