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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第二章 ユリウス編

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【Side: ユリウス】悪い予感

 (てい)()アイゼンシュタットに(とう)(ちやく)してから、3日が()った。領から必要最低限だけ持ち出した荷物はすべて、とっくのとうに()(ほど)きを済まされている。


 だが、アナスタシア様からのお返事は、まだ来ていなかった。

 念のため、使ったことのなかった()(どう)通信メッセージもお送りしてみたが、そちらからの返信もない。

 なにかがおかしい。


 (しよう)(そう)(つの)(ここ)()ではあったが、今日やってくる予定の客人のおかげで、疑問は解消できそうであった。


 (てい)(こく)(さい)(しよう)ヴォルフラム・ヨアヒム・フォン・アーベントロート。

 北部を出身とする、かの(さい)(しよう)が、(とう)(ちやく)翌日に短い文を()()してきた。(いわ)く、『急で申し訳ないが、話があるので訪問する』とのこと。


 私の()(おく)が正しければ、これは貴族としてかなり無礼な()()いらしい、と習った。

 貴族が貴族の家に訪問するならば、(おそ)くとも1()(げつ)は前に約束を取り付けねば礼にもとる。しかも、『訪問してよいか?』ではなく『訪問する』と一方的に決めつけるなど、論外だ。

 ただ、近日中に(こう)(きゆう)を訪ね、情報を得たかったところなので、今回は(わた)りに船だ。しかし、(かれ)がどういうつもりなのかは注視したほうがいいだろう。“()められている”のであれば、放置するべきではない。


 (かれ)について、『ヴァイセンドルフ()()の北部出身であるくせに、(へん)(きよう)(はく)家当主への(れい)()がなっていない』と、【父上】は()(ざま)(ののし)っていた。

 一方で、アナスタシア様からの評価はそう悪くなく、『意地悪だが、言うことは正しい』と(おつしや)っていた。それに、お父君である(こう)(てい)マクシミリアン陛下の側近として()()げられた経歴もある。


 いずれにせよ、会っておいて私にも損はない。


 一時伝達係としたメイドから知らせを受け、居室を出て、応接室に向かう。

 (とびら)のそばに(ひか)えた(じゆう)(ぼく)たちが、私の(とう)(ちやく)を中に知らせ、応接室の(とびら)を開いた。


 中では、ソファにゆったりと(すわ)り、()せぎすの青白い男が茶を飲んでいた。明るい日照の差す応接間で、ふしぎと(かれ)の居場所だけが暗く(かげ)を落として見える。

 黒地の文官服には(ごう)(しや)()(しゆう)(ほどこ)されており、(かれ)()()の高さを物語っていた。

 ソファの後ろでは、似たような黒の式服を身につけ、ぴしっと両手を背に回し、()(どう)だにせず直立する護衛官らが従っていた。


 (かれ)の視線が私に向いたとき、その眼光がぎらりと(ひらめ)いたように見えた。


 なるほど。(かれ)こそが、(てい)(こく)(さい)(きよう)(おそ)れられる、(さい)(しよう)アーベントロート(きよう)()(ちが)いないだろう。


「はじめまして。(てい)(こく)(さい)(しよう)の任を(たまわ)っております、ヴォルフラム・ヨアヒム・フォン・アーベントロートと申します。この(たび)は、(とつ)(ぜん)の訪問をお許しいただき感謝いたします、アーデルシュタイン(こう)。――それと、(こう)(しやく)位のご(けい)(しよう)、おめでとうございます」


 ティーカップをテーブルに置きながら、何の感情もない(へい)(たん)な低い声で、アーベントロート(きよう)はそのように簡素な(あい)(さつ)と祝辞を述べた。


 なるほど、【父上】が(きら)いそうなタイプだ。私が皇配候補だということに、まるで(そん)(たく)するつもりがない。

 ただ、見下しているような(ふん)()()も、今のところは感じられない。『社交辞令や(あい)()のたぐいを完全なる()()と信じている』という、アナスタシア様の見解が思い起こされる。


 私は(いつ)(たん)、無礼への(はん)(げき)をしないことに決め、同じく(たん)(たん)と応じることにした。

 テーブルを(はさ)んだ、アーベントロート(きよう)の反対側のソファに向かい、(かれ)の正面に(こし)()けながら言葉を返す。


「はじめまして、アーベントロート(きよう)。ユリウス・カスパール・フォン・ヴァイセンドルフです。お(うわさ)はかねがね、(うかが)っております」

「さぞ悪い(うわさ)ばかりでしょうな」


 ふん、と鼻で軽く笑いながら(かれ)が応じる。私はゆるく首を()って応じた。


「そうでもありません。アナスタシア様は、『意地悪だが、正しいことを言う』と手紙で(おつしや)っておられました」


 軽い社交辞令のつもりで言ってみると、予想外の反応が返ってきた。

 温かい感情というものを何ひとつ持ち合わせていない、といった様子を前面に出していたアーベントロート(きよう)が、ほんの(わず)かだが、ふわりと()(しよう)()かべたのである。


「そうですか」


 それは(いつ)(しゆん)のことで、(かれ)はすぐに鉄面皮に(もど)っていた。

 どうやら、アナスタシア様のお味方だという点だけは、信用してよさそうである。


「失礼を重ねて申し訳ございませんが、私にはあまり時間がありません。手短に本題をお伝えしたく存じますので、お(ひと)(ばら)いをお願いします」


 アーベントロート(きよう)の言葉に私は(うなず)き、使用人たちに軽く手を()って退室を(うなが)した。アーベントロート(きよう)の後ろに(ひか)えていた護衛官らも、それに続いて部屋を出て行く。

 (とびら)が閉まると同時に、アーベントロート(きよう)は話し始めた。


「まずは…そうですな。皇女殿(でん)()からの(れん)(らく)がない件について、気になっておいでと思います」


 (かれ)の言葉に、私は深く(うなず)いて応じた。


(てい)()に移る(むね)の手紙を送ったのですが…あの、たいへんに筆まめなアナスタシア様から、一向に返事がなく」

「ええ、そうでしょうな。これは(ごく)()()(こう)でお願いしますが、殿(でん)()は今、南部の(ふん)(そう)()に向かっておられ、ご不在なのです」

「なんですって?」


 アナスタシア様を(ふん)(そう)()に? (こう)(きゆう)はいったい何を考えて??

 そう考えた私を(なだ)めるように、アーベントロート(きよう)は軽く右手をあげて制した。


「落ち着いてください。少々長めの――そう、2週間ほどかかるピクニックに出かけられただけです」

「それは、どういう」

「なに。グランツェルリヒ皇室の、くだらぬ()()()()ですよ。『グランツェルリヒの皇位を()ぐ者は、自ら戦場に立てねばならぬ』という。つまり、戦場経験がない者は皇位を()ぐべからず、というルールがあるのです。

 私に言わせれば、大切な皇位(けい)(しよう)(しや)()(やみ)に危険に(さら)すなど、(ぎやく)(ぞく)どもに有利な条件をくれてやるようなものですがね」


 アーベントロート(きよう)が、苦々しげに()()てる。心底不満に思っているであろうことが、その(たい)()から察せられた。


「…まあ、そういう訳で。ちょっとした()()()いが南部で起きましたので、(せい)(えい)で守りを固めた皇女殿(でん)()に向かって頂き、(とう)(ちやく)する(ころ)には(ちん)(あつ)を終えているであろう現地の領軍に、ねぎらいのお言葉をひとつふたつかけ、(もど)ってきていただこうかと。

 そうして、()()()()のノルマをご達成いただく。そういった()まりがけのピクニックに、今は出かけておいでです」


 (かれ)の説明を聞き、私は、ホッと胸をなで下ろした。

 南部の(ふん)(そう)については初耳だが、それも(ふく)めて()(とく)されているのであろう。


 アナスタシア様に危険が(およ)ばないのであれば、それでいい。


「安心しました。いつお(もど)りの予定ですか?」

「ちょうど来週です。お(もど)りの(さい)は大々的に(がい)(せん)パレードを行いますので、(いや)でも分かるでしょう。()殿(でん)にも(こう)(きゆう)()(むか)えていただければ、殿(でん)()がお喜びになると思います」

「ええ、そうします。…ああ、(かの)(じよ)にお会いするのが楽しみです」


 私は、おもわず顔をほころばせながら応じた。

 (ごう)(しや)(かざ)()てられた愛馬のリュシエールにまたがり、()()(よう)(よう)(がい)(せん)されるアナスタシア様の勇姿が目に()かぶ。無骨な(よろい)すら、絹のドレスや宝石に負けじと、(かの)(じよ)を美しく引き立てていることだろう。


「…と、いうのが一つ目の用件です。もう一つの用件ですが――私が、()殿(でん)の皇配教育の主任担当者となりましたので、ご承知おきの(ほど)をよろしくお願いします」


 アーベントロート(きよう)(へい)(たん)な声がつづき、私は(あわ)てて想像の世界から目の前に意識を(もど)した。


 ()(ぼう)であろう(てい)(こく)(さい)(しよう)が、私への皇配教育を?

 首をかしげた私に、アーベントロート(きよう)は、私の考えを読んだように(うなず)いて応じ、説明をつづけた。


「皇太子()(おう)()ならば()(かく)、皇配――()()()()とでも言うべきでしょうか? まあ、言いづらいので皇配としますが――皇配候補の教育役となると、前例が少なく、都合のよい人員確保もできませんでな。

 私以外にも担当者を置きますし、直接の教育には各科目の専門家を呼びます。私ではご不満でしょうが、そうですな…14の若さで一人、ご生家を(はな)れて暮らす(こう)(しやく)の、保護者がわりと申しますか。あくまで(こう)(きゆう)側の人間として、ですが、そのようなつもりではおります。

 ()殿(でん)が心身ともに(すこ)やかにあることも、国家の重要()(こう)でございますから。ある(てい)()は、(さい)(しよう)としての通常業務を差し置いてでも、()殿(でん)への対応を優先します」


 アーベントロート(きよう)は、あくまでも(たん)(たん)とした口調で低い声を(ひび)かせながら、そのように述べる。


 意外にも、(れい)(こく)と聞く(てい)(こく)(さい)(しよう)殿(どの)は、ずいぶん私に気を(つか)ってくれているようだった。


「ですので…そう。何か、お困りのことや、(なや)(ごと)がおありでしたら、私に相談なさっていただいて構いません。…まあ、気が進まないでしょうから、もう少し、お話しやすそうな部下を()りますが――」


「それでは、」


 私は、もう一歩()()んで、(かれ)の真意を(さぐ)ってみることにした。


「ひとつ、ご相談しても?」


 私が(たず)ねると、アーベントロート(きよう)は意外そうに目を少し見開いたあと、すぐに無表情に(もど)った。


「ええ、どうぞ」

「じつは、こちらの()(しき)の家令が、先日私に無礼を働きまして。今は(いつ)(たん)、私の目に()れぬよう働けと命じておりますが、不便な(じよう)(きよう)です。

 私は、6年後には家から(せき)()く身ですし、そうでなくとも、(へん)(きよう)(はく)家の家令を任せられる人材を(べつ)()確保することは難しいでしょう。

 このまま()(まん)してもいいのですが――」


「でしたら、こちらで目ぼしい人材を選定して、()()しましょう」


 話を聞きながら(すで)に心当たりを思いついた様子で、アーベントロート(きよう)は私の言葉に(かぶ)せるようにして、そう提案してきた。


「…見つかりますか? 6年ぽっちで居なくなる(こう)(しやく)のために働く人材が」

「働きと(あい)(しよう)が良いようなら、()殿(でん)婿(むこ)()りについて来させ、そのまま(こう)(きゆう)でも補佐官なり()(じゆう)なりにお使いになればよろしい。未来の皇配殿(でん)()(そば)(づか)えになるチャンスですから、(ゆう)(しゆう)な人材が(おの)ずと(さつ)(とう)してくることでしょう」


 (かれ)の言葉を聞いて、私は少し(おどろ)きつつ、(なつ)(とく)して(うなず)いた。

 さすがは、歴代でも(ゆう)(しゆう)と言われる(さい)(しよう)だ。無知な14(さい)の子供では思いつかない解決策を、すらすらと出してくれる。


「参考までに、どういった無礼を働かれたのですか」

「……その。過去に(いや)な出来事があって、それに(から)んだ指示を出した…のですが、(じよう)(だん)だろうと、その出来事を否定されまして」

「はあ、それはクビにするべきですな。再就職先の(しよう)(かい)(じよう)をくれてやる必要もございません、今すぐ()(しき)を追い出してよろしいでしょう」


 あっさりとそう切り捨てられ、私は少し(どう)(よう)した。


「でも…いいのでしょうか。私がそのような、勝手なことをして」

()殿(でん)(こう)(しやく)で、今はこの()(しき)の主人です。使用人を管理し、場合によっては(かい)()する権利がございます。あなたが過ごしやすい家になさってください。

 お父君やお母君から苦情が出て困るようでしたら、私が()()しても構いません」


 説得、という言葉に(ふく)みのある(ひび)きをもたせ、堂々と言い放った(かれ)(あつ)(とう)されて、私はおもわず身を少し引いた。


 すると、(かれ)は少しばつの悪そうな顔をして、ソファの背もたれに身を引いた。同時に、(かれ)()(あつ)感がふわりと(やわ)らいだ気がする。


「失敬」


 (かれ)はそう(あやま)ると、ティーカップを取り上げ、すっかり冷めた紅茶を口に運んだ。

 自分の(くちびる)(かわ)いていることに気づき、私も同じように紅茶を飲む。


「……それで、新任の家令ですが、どういった人物をご希望されますか?」


 アーベントロート(きよう)(たず)ねられ、私は考えた。


「そうですね…。あまりプライベートに()()ってこない…(もく)(もく)と、口数少なく働いてくれるような方、でしょうか」

「承知しました」


 そう(かれ)が応じたあと、アーベントロート(きよう)の灰の(ひとみ)が、ちらと部屋の柱時計に向けられる。


「すみませんが、本日はここまでに。また(うかが)います。それと、私の()(どう)通信の(れん)(らく)(さき)を差し上げますので、何かあればこちらに。――それでは」


 そう言いながら、(ふところ)から1枚のカードを取り出し、テーブルの上にスッと()せる。

 カードには、(てい)(こく)(さい)(しよう)ヴォルフラム・ヨアヒム・フォン・アーベントロート、と書かれた下に、()(どう)通信の(あて)(さき)()(さい)されていた。


 (かれ)が立ち上がり、胸に手を当てて軽く頭を下げる。私が同じように略礼を返すのも待てないといった様子で、(かれ)は足早に応接室の(とびら)に向かった。


「見送りは結構です。お(じや)()いたしました」


 去り(ぎわ)にそう言い残し、(とびら)を開け、(かれ)は去って行った。


***


 アーベントロート(きよう)の最初の訪問から一日と()たず、皇配候補の学習カリキュラムについて、書類と手紙が届けられた。それらに目も通し終えていないうちに、翌日、私の現状を知るために(こう)(きゆう)の教育官が(つか)わされ、いくつか試験を受けた。

 (わず)か3日後、(かれ)から「家令の候補者を3名ほど()(つくろ)ったので、面接可能な日時を教えてほしい」と早々に()(どう)通信がきた。


 (こう)(きゆう)内の時間は、ヴァイセンドルフ領の3倍は速く進んでいるに(ちが)いない。すさまじい(そく)()で、私のやるべきことがどんどん積み上げられてゆく。

 しかし、悪い気はしなかった。やるべきことが()(めい)(りよう)のまま、無意味に思われる努力を(ばく)(ぜん)()いられていた(ころ)に比べると、ずっと安心感がある。


 だが――1週間が経過しても、アナスタシア様の(がい)(せん)パレードは行われなかった。

 アナスタシア様からのお返事も、まだない。(かの)(じよ)は、まだ(てい)()(もど)ってきていない。


 行軍が予定通りに進まないことは、まあよくある話だ。ヴァイセンドルフ領軍での任務でも、悪天候や、(がい)(じゆう)(とう)(ぞく)への(きん)(きゆう)対応で(につ)(てい)(おく)れたことは多くある。

 行きはともかく、帰りを急ぐ必要はない。さらに、皇族を(まも)りながらの行軍とくれば、安全第一で(につ)(てい)(おく)らせる理由も増えることだろう。


 アーベントロート(きよう)や、()(けん)された家庭教師らからの課題に取り組み、日課のトレーニングもこなし――3日が()ち、5日が過ぎ――さすがに、(むな)(さわ)ぎを(おさ)えきれなくなった。


『アナスタシア様のお帰りが(おそ)いようですが、なにかあったのですか』


 アーベントロート(きよう)()(どう)通信を送る。すると、1分と()たないうちに返事が来た。


『悪天候がつづき、安全のために(ちゆう)(けい)地点で(とう)(りゆう)されております。じきにお(もど)りになりますよ』


 ……本当に?

 そう聞き返したくはなったが、送信直前に()みとどまった。


 (だい)(じよう)()。アナスタシア様は、お強い。(てい)(こく)軍の兵士や()()たちも。

 そもそも、(せん)(とう)があるわけでもない。かならず無事にお(もど)りになる。


 そう自らに言い聞かせて、私は、今やるべきことに集中することにした。


***


 翌日、(てい)()アイゼンシュタット中に『皇女(がい)(せん)』の(さき)()れが(ひび)(わた)り、(うい)(じん)から()(かん)したアナスタシア様と、(かの)(じよ)(まも)(せい)(えい)(てい)(こく)軍たちが(はな)(ばな)しく(むか)えられた。


 その報を受けて、私はさっそく身なりを整え、(こう)(きゆう)でアナスタシア様をお()(むか)えするべく、馬車に()()んだ。

 (ぎよ)(しや)に指示を出し、皇宮に向かう大通りのそばで止まる言って、(がい)(せん)パレードの先頭を(まど)()しに見る。


 アナスタシア様は、白く美しい(よろい)(まと)い、赤い(がい)(とう)(なび)かせ、堂々と背筋を()ばしてリュシエールにまたがっていた。

 美しいお顔と(きん)(ぱつ)は、白い(かぶと)(かく)されている。見えるのは、きゅっと引き結ばれた形のいい(くちびる)(あご)だけだった。


 人々の(かん)(せい)に包まれ行進する(かの)(じよ)は、まさしく次代の(こう)(てい)にふさわしい()(げん)の持ち主である。


「アナスタシア様…よかった」


 私は安心して、おもわず顔をほころばせながら、(かの)(じよ)の勇姿をじっと(なが)めていた。


「若様。そろそろ参りませんと、皇女殿(でん)()がお先に(きゆう)殿(でん)へ着いてしまいますよ」


 (ぎよ)(しや)にそう言われるまで、私はついパレードを(なが)め続けてしまっていた。


「そうだな。出してくれ」

(ぎよ)()


 私は、窓から目を(そむ)け、(こう)(きゆう)(かの)(じよ)()(むか)えることに意識を(もど)した。


 ああ、もうすぐ(かの)(じよ)に会える。

 そう考えると(うれ)しくて、幸せだった。


***


 アナスタシア様はまず、総司令官として、(こう)(てい)代理の皇后陛下に()(かん)報告をするべく、玉座の間に向かう。

 なので私は、玉座の間に向かう通路の()(ちゆう)で、アナスタシア様の()(じよ)らや、()(むか)えを希望した(こう)(きゆう)使用人らなどと並び、(かの)(じよ)が来るのを待った。


 ()(じよ)やメイドらは、アナスタシア様の()(かん)を喜び、()()(あい)(あい)(だん)(しよう)しながら待っていた。


 やはり、トラブルなど何も無かったのだ。皇子ならまだしも、(ひめ)(ぎみ)を連れているということで、多少の()(さめ)でも「お風邪(かぜ)()されぬように」と、()(ちゆう)の街に留まりでもしていたのだろう。

 私が護衛軍の立場でも、おそらくそうする。


 やがて、白い(よろい)をまとったアナスタシア様が、(かぶと)()(わき)(かか)えて歩いてきた。

 (かん)()(から)()(じゆう)(ふる)える。(かの)(じよ)を見つめていると、ふと目を上げたアナスタシア様と目が合う。(かの)(じよ)()みを()かべた。鏡映しのように、私の(ほお)も自然と(ゆる)む。


「ユリウス!」


 それまで堂々と(かつ)()していたアナスタシア様が、年相応の少女らしく()()し、私の元に来てくれた。()きつくため、(うで)を広げながら。

 ()(じよ)たちでも、使用人たちでもなく、最初に、この私に。

 私は、ぞくぞくとする(ゆう)(えつ)(かん)の喜びを感じつつ、(りよう)(うで)を広げて(かの)(じよ)を受け止めた。(かた)(よろい)のせいで、(かの)(じよ)(やわ)らかな肉体を感じ取れないのが()しい。


「ユリウス、どうしてここに? 北部に居る時期だろう」

「ご不在の間に、こちらに()してきたのです。これからは、ずっとお(そば)に居られますよ」

「ああ…! そうか、(うれ)しいよ。ちょうど、そなたに会いたかったから」

「ふふ。私もです、アナスタシア様。あなた様にお会いしたかった。

 悪天候で(おく)れたと(うかが)っております。災難でしたね」


「悪天候…?」


 私の言葉に、アナスタシア様がきょとん、とした表情を()かべ、首をかしげた。

 それを見て、ざわり、と、(しず)まったはずの(むな)(さわ)ぎが再び()()げる。


「え…?」

「あ、ああ。そうだな。天気が…そうだ。いかん、そなたと話していたら、母上への報告が明日になってしまうな。行ってくる。また後で話そう、ユリウス」


 ぽんぽん、と私の胸を軽く(たた)き、アナスタシア様は私の元を(はな)れた。

 そして、()(じよ)らや使用人らにも軽く手を()(あい)(さつ)()わしつつ、そそくさと玉座の間に向かっていく。


「……悪天候が理由では、ない?」


 確信を得た悪い予感が、私の胸に(うず)()いていた。

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