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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第二章 ユリウス編

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【Side: ユリウス】なにも、知らないくせに

 若い個体のヒグマを何頭か見つけ、いつものように仕留めていった。

 母熊のもとを(はな)れたばかりなのか、確かに、ヒグマにしては(きん)(りん)に集中している気がする。


 だが、小さい個体ばかりで、話にあった大型個体は見当たらない。

 長生きした大型個体は(かしこ)い。()りの(さわ)ぎを聞きつけて、とっくの昔に()()したのだろう。


 いつものように()()きをして、()(ほう)で軽量化を(ほどこ)し、ヒグマの死体を森の外まで運ぶ。

 入り口ならば村からそう遠くないので、後ほど住民に回収しに来てもらう予定だ。


 私の(とう)(ばつ)は、(とう)(ばつ)実績が()しいという自己都合によるものだ。村の(かれ)らの親切は、生活の安全が()しい(かれ)らとの、いわば利害(いつ)()の結果にすぎない。

 とはいえ、命令されたことだけに従うことだって、(かれ)らにはできる。私が(たの)んでいないことも先回りして、進んで世話を焼いてくれることは…たぶん、(かれ)らの(こう)()なのだろう。


 貴族は、おいそれと平民に頭を下げてはならない。仕えられ尊ばれることは、当然のこととして(ゆう)(ぜん)と受け止めねばならない、と教わった。

 なので私は、(かれ)らの(こう)()に礼を言えない。


 だが、感謝は行動で示せば良い。


 私自身には『(とう)(ばつ)した』という結果さえあればよく、本当は、(がい)(じゆう)の食肉加工を()()した()()きをする必要はない。貴族の(しよく)(たく)に上る上質な肉はこのあたりでは取れないので、私自身が食べることもない。

 それでも、食用に適した(けもの)(とう)(ばつ)で欠かさず()()きを行っているのは、これを引き取り食べる村人たちのためだ。

 ()(ほう)で仕留めるほうが楽でも、弓矢とナイフで仕留めているのは、(けもの)の内臓を破って肉質を悪くしないためだ。


 どのような身分の者が相手であっても、してもらった親切には、親切で返すほうがよい。そうすれば、相手も「もっと親切にしよう」と思うし、何より、そのように()()う方が自分も幸福を感じられるから。


 そう教えてくださったのは、アナスタシア様だ。

 (かの)(じよ)が言ったとおり、(けもの)の食肉化を意識するほうが手間は増えているのに、そうしなかったときよりも気分が良い。


 やはり、アナスタシア様は()()らしい方だ。(かの)(じよ)の言うことに()(ちが)いなどない。(かの)(じよ)のそばにいられれば、(かの)(じよ)に従っていれば、きっと(だれ)もが幸せになれる。


 そう考えた直後、()(しき)での兄上たちとのやり取りが()(おく)(よみがえ)った。

 私を案じる言葉を言う(かれ)ら。そんな(かれ)らに冷たく当たる私……。


 じくり、と、不快な感覚が胸を(しん)(しよく)する。


「……私は、悪くない」


 そう口に出す。言葉にするのと同時に、頭の中で(だれ)かが『お前が悪い』と言った気がした。


「全部あいつらのせいだ」

『本当に?』

「私は、あの家族に殺されかけた」

『じゃあなぜ、(かれ)らはお前の安否を気にかける?』

「…全部、(いま)(さら)だ」


 一人で(ひま)になると、いつも“これ”が(しやべ)り始める。

 私ががむしゃらに動いている理由には、一刻も早くアナスタシア様のおそばで暮らしたいことだけでなく、“これ”を(だま)らせたい、という理由もあった。


『お前が“悪い子”だったからいけない』

(ちが)う……」

『両親は知っていたんだ、あのメイドも』

(ちが)う。私は、何もしていない。アナスタシア様も、そう(おつしや)るはずだ」

『そうか? あの方は、よく知らないだけじゃないか? お前の真実を知ったら、あの方はどう思うかな』

「うるさい!」


 “これ”に返事など、するべきではなかった。(ゆう)(ちよう)に会話など、しているべきではなかった。

 きちんと耳をそばだてていたなら、気づかないはずは無かったのに。


 目の前に、大きな暗い(かげ)が落ちる――大型のヒグマ、のような。


 ()(かえ)ったときには、(おそ)かった。大型ヒグマの(きよ)(だい)なツメが、(もう)(れつ)な勢いで私に(せま)っていた。


***


 傷が、熱い。


 大型ヒグマは(たお)した。最大出力の風切()(ほう)を放って、粉々の(につ)(かい)に変えた。

 私は、ヴァルトガイストが待つ、森の入り口に引き返していた。

 片目が見えない。腹部の傷は、一歩あるくたびに地面に血を(したた)らせる。止血の応急手当()(ほう)をかけたが、気休めでしかないようだ。


 ヴァルトガイストの姿が見えた。私の姿を見て、(かれ)は激しく(どう)(よう)し、いなないていた。

 私は、(かれ)()(じよう)しようとした。しかし、うまく足に力が入らなかった。


 視界が、暗くなっていく。ふらりとよろめいて、そのまま地面に(たお)れた。

 うまく起き上がれない。


 ヴァルトガイストが激しくいなないている。


 私は――死ぬのか?


 (うす)れゆく意識の中、ヴァルトガイストのいななきも聞こえなくなっていく。


 あぁ、ここから――ヴァイセンドルフ領から、出たかった。

 こんなことなら……こんなに努力しても、苦しいばかりの人生なら――


「『最初から……生まれずに済んだら、よかった……』」


 ああ、寒い。

 (さい)()に、そう思った。


***


 目を開くと、自室のベッドの(てん)(がい)が目に入った。部屋は暖かい。

 ここは冥界(ヘルヘイム)だろうか、と(いつ)(しゆん)思ったが、兄上たちの声がして、現世(ミズガルズ)だと知った。


「ユリウスッ! 目が覚めたのか!?」

「ああ、よかった……!」


 目だけを動かして辺りを見回すと、アウグスト兄上とマティアス兄上が、真っ赤に泣きはらした目をして側にいた。周囲には、()(りよう)器具と思われるものや、医者らしき男、看病にあたっていたらしき使用人たちの姿もある。


 どうやら、私は助かったらしい。


「アウグスト兄上、マティアス兄上……」


 私は、二人の名を呼びかけつつ、身を起こそうとした。(しゆん)(かん)、ぴりりと痛みが走り、うめいてベッドに再び(しず)む。


「ユリウス、まだ動くな!」

「そうだぞ。お前、ついさっきまで(ひど)い高熱でうなされていて、…医者にも、助かるかどうかは天()(だい)だと言われてっ…!」


 言われたとおり、私はベッドに(あお)()けたままでいることにした。

 そして、二人から事情を教えてもらった。


 森の入り口で(たお)れたあと、ヴァルトガイストは、直前に(おとず)れたエーベルグルント村まで一頭で向かい、異常を知らせて村人を呼んできてくれたそうだ。


 ヴァルトガイストは(かしこ)い馬だし、待たせている間、できるだけ不自由にさせたくなかったので、いつも、()(づな)をどこかに結びつけるなどの(こう)(そく)はしていなかった。それが今回、功を奏したようだ。


 いつも大人しいヴァルトガイストが、(じん)(じよう)ではない様子で(さわ)いで暴れていて、しかも主人を連れていなかったので、村人もただ事ではないと察し、ヴァルトガイストの先導で森に向かった。

 そうして、血まみれで(たお)れている私を発見し、村に運んで手当を(ほどこ)したあと、()(しき)(れん)(らく)()()してくれたのだという。


「そうですか。ヴァルトガイストにも、エーベルグルントの村民たちにも、感謝しなければなりませんね……」

「ああ。私たちから礼を言っておいた。それにな、ユリウス、他にも良い知らせがある」


 アウグスト兄上が、顔をほころばせて続けた。


「ようやく、父上の(きよ)()が下りたぞ! お前は、(てい)()のタウンハウスに移っていいそうだ。だから、もうこんな()(ちや)をするんじゃないよ」


 私は、その知らせに目を見開いた。


「本当に…?」

「ああ、そうだよ!」

「私とアウグスト兄上で、父上を()めたんだ。『この調子でユリウスが死にでもしたら、皇室になんと申し開きをなさるおつもりか』、『あなたのせいでヴァイセンドルフ家は()(つぶ)しになるだろう』とね」

「そう、『あなたが真相を(かく)しても、我々が事実を証言するから無意味ですよ。なにせ、そうなったら、()ぐ家すら無いでしょうから!』とな」

「『ヴァイセンドルフ(へん)(きよう)(はく)家史上最悪の当主フリードリヒ! その()(めい)は、北部人の()(おく)に長く刻まれることでしょう』とも」

「『()き前当主のお()()(さま)のお言葉は、まさしく真実であった、とも(かた)()がれることでしょうな!』とかな」


 どうやら、兄上たちが説得してくださったおかげで、私はついに目的を果たせたらしい。


 (なみだ)がこぼれた。私は、あんなにひどい言葉ばかり浴びせてきたのに、どうして(かれ)らは、私なんかに親切にしてくれるのだろう……。


「アウグスト兄上、マティアス兄上……、ありがとうございます」


 そして、ごめんなさい。

 そうは言葉にできなかったが、兄上たちは(やさ)しく(ほほ)()んでくれた。


「かわいい弟のためなのだから、当然だ」

「そうだよ、ユリウス。やっと、大好きな皇女殿(でん)()(もと)に行けるね。……今度こそ、幸せにおなり」


 二人の温かく大きな手のひらが、私の頭をなでた。


***


 冬が始まる直前の秋、いつもとは(ちが)う時節に着いた(てい)()アイゼンシュタットの空気は、いつもより少しひんやりとしていた。

 それでも、ヴァイセンドルフ領と比べれば(ずい)(ぶん)と暖かい。


 (てい)()に入る直前、私は馬車を降り、ヴァルトガイストに()(じよう)して、タウンハウスに向かうことにした。

 ヴァルトガイストを(ともな)い、領を(はな)れるのは初めてだった。見慣れぬ景色に、(かれ)もどこかうきうきしているように見える。


 (てい)()のヴァイセンドルフ家タウンハウスに着くと、使用人たちが(げん)(かん)の前で待ち構えていた。

 私がヴァルトガイストから降り、(とびら)に向かうと、(かれ)らが(いつ)(せい)に頭を下げる。


「おかえりなさいませ、アーデルシュタイン(こう)(しやく)閣下」

「「「おかえりなさいませ」」」


 私は、軽くうなずいて応じ、()(しき)の中に入っていった。

 毎年過ごしている()(しき)だが、今日はどこか(ふん)()()(ちが)うように感じる。


 私につづき、使用人(たち)も中に入ってくる。

 すかさず私に話しかけてきたのは、家令のアルノルト・ヘルヴィッヒだ。


「お部屋のご準備はできております」

「ご苦労。どこにした?」

「当主様のご(しん)(しつ)に」

「……【父上】の部屋に? (かれ)が来るときに文句を言われないか」

(だん)()(さま)からも、お(ゆる)しが出ております」

「そうか? なら、いいが」


 これも、兄上たちの(さい)(はい)かもしれない。

 ()()まりできればどの部屋でもよかったが、(かれ)らの()(づか)いならば、ありがたく受け取っておくことにしよう。


 2階に上がり、元は【父上】の部屋であった(しん)(しつ)に向かう。

 その後ろから、ヘルヴィッヒもついてくる。


「本日は、もうお休みなさいますか」

「ああ。そうする」


 本当はすぐにでもアナスタシア様に会いに行きたかったが、(めずら)しく(かの)(じよ)から手紙の返事がなく、約束をとりつけられていなかった。

 明日、再度この()(しき)からも手紙を送り、様子をみるつもりだ。


「何か必要なものがございましたら、このヘルヴィッヒに何なりとお申し付けください」

「わかった。……ああ、そうだ」


 (しん)(しつ)に入る直前、私はヘルヴィッヒの方に()(かえ)った。

 灰色の(かみ)を短く()()げ、(くろ)(あい)(いろ)(えん)()(ふく)を身に(まと)った(ろう)(れい)の家令と目が合う。


「聞いているかは知らぬが、私は、5つの(ころ)まで、(ほん)(てい)(はな)れに(かん)(きん)されていた」

「は……?」

「そこで私は、(ゆい)(いつ)の世話係のメイドから(ぎやく)(たい)を受けており、食事も(だん)(ぼう)もろくにない(かん)(きよう)で、言葉すら話せぬまま、両親二人共に放置されていた。理由は、『三人目は(むすめ)()しかった』だとか何とか。

 それで、皇室からの(えん)(だん)が来てから、いそぎ必要な教育を受けたのだが、おそらくはまだ不足がある。なんというか、……本来の、()(つう)の…まっとうな家庭で育った人間にはある、なにかが。

 そういったものを()(てん)できる、家庭教師かなにかを手配してくれ」


 アナスタシア様は、()()(いん)や、家庭内暴力から()げたい母子などを守るシェルターなどへの出資に関心が強く、そうした()(せつ)を積極的に()(えん)していると教えてくださっていた。

 平民の中には、生みの親から(はく)(がい)される不幸な子供も(めずら)しくなく、そうした子供のために特別な()(えん)が必要で、そのための職員教育を()(すす)めているとも話されていた。


 なので私は、貴族に生まれ、そういった(じよう)(きよう)に追いやられた人間のための()(えん)(さく)も、てっきり(てい)()にはとうに存在していると考えていた。


 だが、ヘルヴィッヒは(おどろ)いた顔でこう応じた。


「ご(じよう)(だん)…ですよね?」

「は?」


 私は、(かれ)の答えに(まゆ)を寄せた。だが、ヘルヴィッヒは首を()り、()(しよう)しながら続けた。


「そんな。…(だん)()(さま)(おく)(さま)が…(てい)(こく)に二つしかない、(へん)(きよう)(はく)家の当主ご夫妻が、実の(むす)()を……そんなはず、ございませんでしょう?

 若様、ご(じよう)(だん)がすぎます。ええ、ええ、確かに、こちらにお()しのとき、(だん)()(さま)(ずい)(ぶん)と若様にそっけないとは感じておりました。しかし、だからといって……」


 (かれ)が話せば話すほど、私の中で、(もう)(れつ)な殺意と(いか)りがこみ上げてくるのが分かった。

 あんな父親でも、私は、親として大目に見てやっていたのだと、そのとき分かった。


 赤の他人に、自分の苦しみや存在を否定されると……こんなにも、(いか)りが()いて仕方が無い。


 なにも、知らないくせに。


「…ええ。若様は、そういった(とし)(ごろ)でございますからね。私の(むす)()も、そんな時期がございました。なんといいましょう、両親に厳しい目を向けすぎる、といいますか。ですが、」


「もういい」


 この家令はここまで察しが悪かったのか、と、どこか遠くのほうから見つめている自分が言った気がした。

 私が、冷え切った声と目でそう告げるのを聞いて、ようやく、()(どん)な老人は事態に気づいたようだった。

 得意げにまくしたてていた老人の顔が、(いつ)(しゆん)にして(そう)(はく)になる。


「ならば、お前に(たの)める仕事は、なにもない」


 ふと、以前アナスタシア様に(うかが)ったお話が頭によぎった。


 我々貴族や皇族の暮らしは、顔を見る機会のある使用人たちや()(じゆう)だけでなく、出会う機会が通常無い使用人たちからも支えられている。

 (こう)(きゆう)や貴族の()(しき)には、使用人専用の通路や部屋というものがあり、そこに(おう)(こう)貴族が立ち入るのはマナー()(はん)である。

 そこでは、貴人に対するマナーや教養をもたない下級使用人たちが働いていて、直接会う機会は無いが、それぞれ、我々のために熱心に働いてくれているのだと。


「……きさまの顔を二度と見たくない。これより、下級使用人と同様、私の目に()れぬよう働け。もし破れば……」


 私は、(こし)()いていた(けん)に手をかけた。老人が、ひゅっと息を()む。


「……代わりに、私から命令を聞く人間を()()せ。以上だ」


 私は、新しい自室の(とびら)をあけ、中に入って(とびら)をしめた。


 中には、指示した通り、私の宝を入れた箱がそのまま置かれている。

 その箱のひとつを開けた。中には、アナスタシア様から(おく)られたプレゼントが()まっている。


 そのひとつである、絹に()われた見事な()(しゆう)のハンカチを取り上げた。()(しゆう)(いと)のひとつひとつを、指でなぞって(かん)(しよく)を味わう。


「アナスタシア様……」


 こうしていると、気持ちが落ち着いた。


「ようやく、あなた様のおそばで暮らせます」


 自分に言い聞かせるように、(つぶや)いた。

???「虐待と精神疾患の描写ばっかり妙にうまくないですか?」


私「やめろォ!!!!!!!!!!(吐血)」

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