表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第二章 ユリウス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/46

【Side: ユリウス】この地の全部が大嫌い

 単独での自主(ゆう)(げき)任務93回。領軍に加わっての正規任務54回。


 (とう)(ばつ)実績、北部ヒグマ110頭、北部イノシシ160頭、ノルトリヒオオカミ480頭、ヘラジカ280頭、キツネ・テン・イタチ類210頭、ワシ・フクロウ・カラスなど指定鳥類80()

 (とう)(ぞく)(さん)(ぞく)等、162人。(りん)(ごく)(せつ)(こう)等は、会敵なし。


【父上】に(がい)(じゆう)()(じよ)(ぞく)(とう)(ばつ)を指示されてより、2年と半年。アナスタシア様に会える4月から5月の期間以外を、私は“実戦経験”(かく)(とく)(つい)やしてきた。


 武功をあげられる戦争でなく、日常の治安()()・防衛のために(どろ)と血にまみれながら自身を危険にさらし、戦いに出るような()(ほう)の使い手――つまり貴族は貴重らしい。

 さらに、(おう)(へい)な態度も見せずに進んで前線で戦う私は、領軍兵士たちや、対応を後回しにされていた農村住民らの(しん)(らい)を勝ち取っているそうだった。


 だがそれでも、【父上】を満足させるには至らなかった。


 領軍指揮官らと共に書き記した戦績記録文書を提出するとともに、今日も【父上】に(てい)()への移住を願い出た。

 しかし【父上】は、提出された文書をめくることもせず、「まだ早い」と切り捨てた。


 記録文書がぞんざいに机に積まれ、私は退室を求められる。

 私は、歯がみしながら、(かかと)を返して(ろう)()に出た。


 あとどれだけ殺せば、【父上】は(なつ)(とく)するのだろう。


 94回目の単独(ゆう)(げき)に出るため、【父上】の部屋から(はな)れる。

 幸い、ヴァイセンドルフ領には、(がい)(じゆう)(ぞく)()きることなく()()てきたので、いくら()れども()(もの)に事欠かなかった。


 (ろう)()を歩き、通りかかった使用人の1人を呼び止め、(ゆう)(げき)任務に必要な物資の用意を命じる。

 そうしていると、聞き覚えのある声が私に呼びかけた。


「また、()りに出るのか? ユリウス。…帰ったばかりじゃないか」


 ()(かえ)ると、(ちよう)(けい)のアウグスト兄上と、()(けい)のマティアス兄上がいた。話しかけてきたのは、アウグスト兄上だった。

 アウグスト兄上は6つ上の20(さい)、マティアス兄上は3つ上の17(さい)(かみ)(いろ)は私と同じ青灰色(スレート・ブルー)だが、(かれ)らの(ひとみ)色は灰緑色(オリーブ・グリーン)である。


 二人とも、どこか(あわ)れむような表情で私を見ていた。


「はい」私は短く応じる。


「そんなに根を()めては、体を(こわ)してしまうぞ。少しは休んでいったらどうだ?」


 マティアス兄上が、心配そうに言う。

 私は、そんな兄上にそっけなく応じていた。


「問題ありません」

「この前、()()だって負ったのだろう? こうも休みなく動いていては、治るものも治るまい」

「たいしたことはありません」

「そんなに無理をせずとも、父上だってじきに分かってくださるさ」

「……どうだか」


 分かってくれないから、私はこうせざるを得ないのだ。


「私は、一刻も早く、アナスタシア様のもとで暮らしたいのです。放っておいてください」

「そんな…、こんなに無理をして、死んでしまったら元も子もないだろう」

「そうだぞ、ユリウス。皇女殿(でん)()を悲しませることになるかもしれない」


 ああ、うっとうしい。

 私は、二人の兄上たちをギロリと(にら)()えた。


(だん)()の火もついていない部屋に()()められて、()えと寒さで死にかけていた昔に比べれば、自由に動ける今、命の危険など在って無いようなものですよ!

 どうぞ、あのとき同様、私のことなどお気になさらないでください!」


 いらだちまぎれに()()りつけると、今の自分は【父上】にそっくりだと感じて、(いや)になった。


 何も悪いことをしていない私を、()えと寒さの苦しみの中で殺そうとしたこの家族が、この家の人間たちが(にく)い。あの【父上】の血を自分が引いているという事実が、(いや)(いや)でたまらない。

 ヴァイセンドルフの雪と寒さが(きら)い。この地の長い冬が(にく)い。


 この家族も()(しき)も、この地も、全部が(だい)(きら)いだ!


 早く、この場所から解放されたい。早く、暖かくて(やさ)しい場所へ――アナスタシア様の(もと)へ、行きたいのに。


 私に()()られた兄上たちは、ひるんだように(かた)をビクリと(ふる)わせた。


「そういう、わけじゃ……」


 アウグスト兄上がつぶやき、うなだれる。マティアス兄上も。


 (てい)()に移り、アナスタシア様のおそばで暮らして、気持ちが落ち着いた今となっては、兄たちに申し訳ないことをしたと思っている。


 聞けば、(かれ)らは「末の弟は重い病気で、(はな)れで()ていなければならないから、そっとしておかなければいけない」と両親に()(ふく)められ、それを信じていたのだという。

 事態を知った(かれ)らは、「ひと目だけでも様子を見に行っていれば」と()やんだそうだ。


 しかし、このときは()()められて(あせ)っていて、(かれ)らも、あのメイドや【父上】【母上】と同じ“敵”だと(おも)()み、(かれ)らの()(づか)いを(こば)んでいた。


「……ともかく。外でだって暖も食事もとれるし、()()も自分で手当できます。放っておいてください」


 ちょうどそのとき、(たの)んだ使用人が、物資を用意して持ってきてくれた。

 私は、それをひったくるようにして受け取ると、(おお)(また)で歩き、()(しき)の出口へ向かった。


 兄上たちは、それ以上、私を引き留めようとはしなかった。


***


 領境までヴァルトガイストを走らせ、(きん)(りん)の農村に入る。


 ここは、(じゆう)(がい)()(とう)()(がい)も多く、もとは治安()()を後回しにされていた場所でもあったため、私が任に()いてからは、()()みの場所となっている。

 ヴァルトガイストの(ひづめ)の音を聞き、家から出てきた住民たちが、うれしそうな表情で私を()(むか)えた。


 ()(づな)を引いて速度をゆるめ、村の入り口あたりでヴァルトガイストから飛び降りる。


()()()()()()()、…ああいや、いらっしゃいませ、ユリウス様。また来てくだすったんですねえ」


 村に済む中年女性の一人が、私にそう声をかける。

 (かの)(じよ)()()(ちが)いに、不快感はおぼえなかった。そう言われるのも自然なほど、確かに私はこの村へ(かよ)()めていた。


「ああ。村長はいるか」

「ええ、ええ。さっき見ましたよ。今の時間なら、家に帰ってるんじゃないですかねえ」

「わかった」

「ヴァルくんの(めん)(どう)みときましょうか」

(たの)む」


 ヴァルくん、と呼ばれた()()ヴァルトガイストの()(づな)を、差し出された女性の手に(わた)す。

 ヴァルトガイストは、村長の家に向かう私と軽く目線を()わしたあと、おとなしく女性に従って歩いて行った。


 あの女性は、村(ゆい)(いつ)の宿屋でもある酒場の夫人であり、私が(おとず)れた際は、宿(しゆく)(はく)(きやく)用の(きゆう)(しや)でヴァルトガイストの世話をしてくれた。

 一度、様子を目にした際、(かの)(じよ)はわざわざヴァルトガイストのために湯を()かし、温かいお湯にひたした布で(てい)(ねい)にヴァルトガイストを()いてくれていた。

 ヴァルトガイストのほうも、(かの)(じよ)の世話を気に入っているのか、常にも増して親しげに(なつ)いているようだった。


 村長の家を訪ねると、酒場の夫人の言ったとおり、この村の村長を務める老いた男性が居た。


「これは、これは、ユリウス様。おはやいお(もど)りで」

「ああ。村の様子はどうだ」

「おかげさまで、今年は作物の()(がい)も少なく、()(とう)を見かけた、(おそ)われたって話も、とんと聞かなくなりました」

「そうか……」


 とうとう()(もの)がなくなったかもしれないな、と()(ねん)し、無意識に目を()せ、(まゆ)を寄せた。

 村にとっては幸いなことと、理解はしているのだが……。


 私は、村長の目の前で顔を(くも)らせてしまっていただろうが、村長はふっと笑っただけで、私を責めるような様子は見せなかった。

 代わりに、あごひげを軽く()でながら、(てん)(じよう)のあたりに視線を(めぐ)らせてみせる。


「そういえば、()(りゆうど)連中が、大きな北部ヒグマを見かけたと話しておりましたなあ。それに、中小のヒグマも複数いたと。

 今はまだ、村への()(がい)はございませんが、近くに居るとなると、心配ですなあ……」


「なら、()ってくる」


 私は、すかさずそう応じた。村長は、(けつ)()(さか)んな私を見て、おもわずといった様子で()(しよう)をもらしていた。


「本当ですか。いやあ、助かります」

「頭数と、見かけた場所の情報をくれ」

「承知いたしました」


 村長の家で()(りゆうど)らから話を聞き、情報を得た私は、酒場までヴァルトガイストを(むか)えに行った。

 (きゆう)(しや)から出てきたヴァルトガイストに飛び乗り、情報にあった場所へと向かう。


「お気をつけて!」


 酒場の夫人が声をあげる。私は、片手をあげてそれに応じた。


***


「……ユリウス様は、ますます、()()められたお顔をしなさるようになった」


 領主令息の後ろ姿が見えなくなるまで見送る、酒場の夫人の(となり)に歩いてきた村長は、そう(つぶや)いた。


「そうよねえ…。あたしらにゃ、お貴族様のことは何も分からないけれど、あんなに若い子供が、必死になって……。一体、どうしてなんだろうねえ」


 夫人には、令息と同じく14(さい)のドラ(むす)()がいた。どうにか仕事を教えて、()()()(かせ)げるようにしてやろうというのに、さぼって()げて遊んでばかりの困った(むす)()だ。

 それに比べ、あの令息のなんと働き者なことか。


 ただ、いつも苦しそうで、あまりに必死な様子であることが、同じ年の(むす)()を持つ母として、他人ながら気がかりでならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ