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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第二章 ユリウス編

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【Side: ユリウス】無価値な存在

 アナスタシア様――私の光。私の太陽。私にとって(ゆい)(いつ)の、希望。


 金色の(かみ)は、まるで天然の(かんむり)のように光を反射して(かがや)いていて。

 深い湖のように(あざ)やかなサファイア・ブルーの(ひとみ)は、興味深そうに世界を映し出していて。

 その()(はだ)は、積もったばかりの新雪のように白く()(とお)っている。


 (めい)(しよう)が手がけたフレイヤ像よりも、(はる)かに美しく(こう)(ごう)しい(おも)()しを持つアナスタシア様。

 この(ざん)(こく)()()(じん)な世界の中でただひとり、私に(やさ)しい言葉をかけ、美しく笑い、私の存在に価値を(あた)えてくださったアナスタシア様。


 (かの)(じよ)(となり)に在れるならば――(かの)(じよ)が側にいてくれるなら、愛してくれるのなら、どんなに苦しいことでも()えられた。どんなことだってできた。


 なのに。


「『(みさお)はやれないし(けつ)(こん)もできないが、それでも良いなら(こい)(びと)になるか?』と(たず)ねたのだ。いわゆる愛人というやつだな」


 全身から血の気が引いて、視界が白黒に変わった。意識が遠のいていく。


 北部ヒグマに(おく)れをとって()()ばされ、岩に強く(たた)きつけられたときだって、こんなにひどい状態にはならなかった。


 足元がガラガラと(くず)れてしまったような――奈落へ落ちていく、絶望だった。


 アナスタシア様を(ねら)いそうな貴族はすべてチェックし、必要であれば(けん)(せい)してきた。夜会では、(せつ)(しよく)されないよう、それとなくアナスタシア様との間に入り、時には(かの)(じよ)の進路を(ゆう)(どう)し、()けてきた。

 次期(こう)(てい)(こん)(やく)(しや)の座を(ねら)う連中から(いく)()となく(けつ)(とう)(もう)()まれ、その都度、相手を(たた)きのめしてきた。


 でも、まさか、平民がアナスタシア様のお心を(つか)むだなんて。

 どうして。なぜ。いったい、どんな(やつ)が?


 お(たず)ねしても、アナスタシア様は、その者について教えてくださらない。

 相手を(かば)っているのだ。


 それほどまでに、その者のことを…?


 なぜ? その者は、あなた様がお好きだと(おつしや)ってくれた、この顔よりも美しい顔を持っているのですか。

 その者は、私よりも強いのですか。(かしこ)いのですか。


 私だって、あなた様を愛しているのに!

 私には、あなた様しかいないのに。


 どうして。なぜ。なんで……!


 いやだ。


 いやだいやだいやだいやだいやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ、いやだいやだ、いやだ、いやだ。


 全身が、氷柱(つらら)(つらぬ)かれたように冷たい。さむい。(こご)えてしまう。


 ふと気づけば、目の前が、(こう)(きゆう)の一室ではなくなっていた。

 そこは、うんざりするほどに見慣れた――ヴァイセンドルフ領(ほん)(てい)(はな)れにあった、私の“子供部屋”だった。


 おもちゃひとつ、本一冊すらない、ベッドとテーブルとクローゼットがあるだけの部屋。使用人の部屋じみた、簡素な内装だった。小さな高窓の外では、真っ白な雪がしんしんと降り積もっている。

 (だん)()の火はずっと消えたままで、(ぬく)もりの(かけ)()も残っていない。

 目の前には、外側から(かぎ)をかけられた、(ゆい)(いつ)の出口である(とびら)


「そんな…! どうして、なぜ、またここに」


 私は(とびら)()()り、ノブに手をかけて回そうとした。がちゃり、と、耳慣れた金属音が(ひび)くだけで、回らない。


 異変は、場所だけではなかった。手が異様に小さい。それに、(みよう)に目線が低い。

 小さな子供の手。子供の身長。


 私は――無力な子供に(もど)って、また、ここに()()められている?


 寒さで体がふるえ、自分の(かた)()く。息を()けば、室内なのに白い。


「さむい……」


 こごえてしまう。

 またドアノブを回すが、ガチャガチャと音が鳴るだけ。


「たすけて! だれか!」


 ドンドン、と(とびら)(たた)く。人が()る気配は、ない。


「ここから出して!」


 何度も(たた)く。だが、助けが()ることはない。


 助けが()ることなどないのだと、()()()()()()()


***


 私は、無価値な存在だった。

 (だれ)にも必要とされていない、()らない子供として生まれた。


 物心ついてすぐに分かったことは、それだけだった。


 私は、アナスタシア様との(こん)(やく)(へん)(きよう)(はく)家に()(しん)されるまでの間、ほとんど人がこない(はな)れの一室――外から(かぎ)のかかる部屋で育てられていた。


 たったひとり割り当てられていた世話係のメイドは、数日に一度やってきた。(かた)いパンと、野菜くずの()いたスープの()ったトレーを、動物のエサでもやるように(ゆか)に置く。

 ろくに食事を(あた)えられなかった私は、いつもお(なか)がすいていて、飛びついて(むさぼ)り食べた。あのメイドは、そんな私を、おもしろそうに(なが)めていた。


 (ゆい)(いつ)自分の世話をしてくれるメイドを、私は、人の本能という(のろ)いに従って、親として愛した。すがりつき、言葉にもならない(うめ)(ごえ)で話しかけ、自分を見て(もら)おうとした。

 そんな私を、メイドは()りどかすようにして()(はら)い、(とびら)(かぎ)をかけて私を()()め、出て行った。


 ヴァイセンドルフ領の冬は寒く、()(しき)が雪に包まれると、部屋中が(こお)ったように冷たくなる。

 時々しか来ないメイドは、(だん)()(まき)も時々しか足さない。

 毛布に(くる)まって暖をとろうとしても、寒さからは(のが)れられない。私は、ふしぎと(とう)()することなく、ただただ寒さに苦しみながら、またメイドが()る日を待って過ごしていた。


 自分が貴族という“大切にされる人間”の一種だなどと、10(さい)くらいまで(つゆ)知らず、思いも寄らなかった。

 聞いた後も、「そんなはずはない」という思いのほうが今なお強い。


 なぜ私は、そのように(あつか)われていたのか。

 なぜ、健在の、大貴族たる(へん)(きよう)(はく)夫妻の両親は、兄二人と(ちが)って、私をあれほど(れい)(ぐう)していたのか。


 ありがちな、前妻や愛人の子だとか、不義の子や()(きつ)な子であるとか、(すで)()くなった母親の連れ子だとか、そういう理由では(いつ)(さい)ない。

 ()(つう)に養育された二人の兄と同じく、私も、(しよう)(しん)(しよう)(めい)ヴァイセンドルフ(へん)(きよう)(はく)夫妻の子だという。


 ただ「三人目は女の子が()しかった」のだそうだ。

 (むす)()が三人もいたところで、(ちやく)(なん)のスペアには余分だし、補佐役にも余分だ。(むすめ)なら、かわいらしくて(はな)があるし、つながりを強めたい下位貴族の家に(とつ)がせることもできたのに、と。


 使用人たちが、そう立ち話をしているのを耳にした。

 本当にそれが理由なのかも、それだけが理由なのかも分からない。


 確かだったのは、私の実の両親とされる人たちは、私の生き死にに興味がなかった、ということだけ。


 転機が(おとず)れたのは、私が5(さい)のときだった。とはいっても、当時の私は、自分の(ねん)(れい)も誕生日も知らなかったが。


 (とつ)(ぜん)、こわい(ふん)()()の大きな男性が現れ――これが私の【父上】だった――(はな)()(しき)の部屋から私を連れ出し、(ほん)(てい)に連れて行った。

 あれこれ話しかけられたが、何も分からず、何も答えられなかった。私に話しかける者も、私の話を聞く者もいなかったので、私は言葉を知らなかったのだ。


 男は(いら)()ち、声をあらげた。(おそ)ろしくて、私は(あわ)てて(もの)(かげ)(かく)れた。

 見知らぬ(おこ)った男は、見知らぬ大人たちに(なだ)められ、(ほん)(てい)のどこかに去った。

 見知らぬ大人たちは、やさしい声で私に語りかけ、私を(もの)(かげ)から引っ張り出した。


 あの部屋から一度も出たことがなく、あの(れい)(こく)なメイド以外に他人を知らなかった私は、(きよう)()(ふる)えていた。泣きたくても、(なみだ)はとっくの昔に()れていた。

 声をあげれば「うるさい」と(なぐ)られ、いい結果にはならないと学習していた。


 当時の私にとっては意外なことに、新しい(かん)(きよう)は前のものより良かった。

 はじめて温かい湯で体を洗われ、清潔で新しい服を着せられて、おいしい食べ物も(たく)(さん)もらえるようになった。

 それに、新しい部屋は、いつも(だん)()に火が入れられていて、暖かかった。


 見知らぬ大人たち――(ほん)(てい)の使用人たちは、私に親切に接し、私に関心を向けた。話しかけられ、言葉を(あた)えられ、私のつたない言葉を聞いてもらえる。

 少しずつ言葉が分かるようになり、自分が置かれた(じよう)(きよう)も、少しずつ分かるようになっていった。


 (ぜん)(ぼう)が分かったのはずっと後のことだが、要するに、予想外の(えん)(だん)()()み、不要だったはずの私に利用価値が出てきたのだ。

 歴史的に例がほとんどない、女子の次期(こう)(てい)候補が立てられたためである。それも、ちょうど私と同い年の皇女殿(でん)()であった。


 父は、あわよくばとっとと不要な三男を追い出してしまおうとしてか、婿(むこ)()り先の(えん)(だん)()(しん)して回っていた。言葉すら分からない私を『(さい)()(かん)(ぱつ)』だなどと(のたま)い、社交界で()()みをかけていたのだ。

 そうしたところ、皇室から(えん)(だん)の申し入れが()()んできた。それで(きゆう)(きよ)(はな)れに追いやっていた私を(ほん)(てい)()(もど)し、真っ当に(めん)(どう)をみることにしたのだろう。


 ところが、(はな)れにいた私は、口も()けない、栄養失調で()せていて小さく、(うつ)ろな目をした子供だった。

 これでは、皇室への目通りはおろか、(へん)(きよう)(はく)家の令息として表に出せない。

 使用人から(ぎやく)(たい)されていた()()を、様子を見もせず放置していた事実が外に知られれば、(へん)(きよう)(はく)家の立場を失うどころか、皇室から直々に(しよ)(ばつ)されかねないからだ。


 ()(ごう)()(とく)もいいところだが、父は(いか)り心頭であった。


 あのメイドがどうなったかは知らない。

 ただ、私は十分な食事を(あた)えられるようになり、暖かい部屋で、私に語りかけたり関心を向けたりする大人が、いつもいる生活を送れるようになった。


 ある程度肉をつけ、()()えがそう悪くなくなったころ、私の見合い用の(げん)(えい)()られた。

 言葉も、ある程度は話せるようになったので、(こう)(きゆう)で話す必要最低限の文章を(おし)()まれた。


 食事のマナー教育は間に合わず、一度【家族】と食堂で夕食を囲んだときには、私の食べ方が(きたな)いと【父上】が(おこ)りだしてしまった。

 それ以来、食堂には近づかず、【家族】と食事することを()けている。


 食べ方が(きたな)いので、(こう)(きゆう)で何か食べ物や飲み物を(すす)められたとしても、けっして手をつけるなと厳しく言われた。


 そうして6(さい)になった後、私は【父上】たちに連れられ、(こう)(きゆう)への登城に(おもむ)いた。


***


 私は【父上】とは別に、()(じゆう)用の馬車に世話係と共に乗せられ、生まれて初めてヴァイセンドルフの家と領から出た。

 流れていく景色が初めて見るものばかりで、じっと車窓の外を(なが)めていた。


 (こう)(きゆう)という未知の場所に連れて行かれ、皇室の人々という未知の存在に会うらしいことに、不安はあった。それでも、(ほん)(てい)の使用人たちが言うには「(めい)()なこと」――つまり、いいことであるそうなので、それほど心配していなかった。

 それよりも、(てい)()のタウンハウスに着くまでは【父上】と関わらなくて良いが、(こう)(きゆう)に登城する際、最低限《(えつ)(けん)の間》だけは【父上】と二人で入らなければならない、ということが一番心配だった。


【父上】は可能なかぎり私と関わりたくない様子だったし、それは私とて同じである。

【父上】は、少なくとも私から見て、よくわからない理由でしょっちゅう(かん)(しやく)を起こす危険な存在だった。なにがそこまで不満だったのか、成長した今でも分からない。しいていえば、私の存在そのものが気に食わなかったのだろう。

 せめて()(じゆう)がついてきてくれれば、(かれ)(なだ)めてくれるので安心なのだが。


 そんな不安を(かか)えたまま、タウンハウスに(とう)(ちやく)後、一晩の休息をとったのち、(こう)(きゆう)に登城した。

 今度は【父上】と同じ馬車に乗せられてしまい、生きた(ここ)()がしなかったのを覚えている。一言もしゃべらず、()(どう)だにせず、ただただ早く時間が過ぎることを願っていた。


(えつ)(けん)の間》の前で()(じゆう)と別れ、【父上】に手を引かれて入る。真っ赤な(じゆう)(たん)を見つめ、【父上】の()(はば)に合わせて早足になりつつ、引きずられるようにして、無人の玉座前に辿(たど)()く。


 教わった通り、(ひざまず)いて頭を垂れ、皇后陛下と皇女殿(でん)()のご入来を待つ。

 皇后陛下と(おぼ)しき大人の女性の声が、【父上】と(あい)(さつ)()わす。頭を上げる許しが聞こえ、私は目線を上げた。


 そこには、天使が(すわ)っていた。


 皇后陛下の(となり)、少し小さな()()(こし)()けた少女は、人とは思えないほど美しく、(こう)(ごう)しい存在だった。

 (そう)(ごん)な《(えつ)(けん)の間》に差す光を受け、きらきらと(ひか)(かがや)く黄金の(かみ)()らし、どこまでも深い湖のように青い(ひとみ)で、楽しげに私を見つめている。


 時が止まったように、私の思考は停止した。


 (かの)(じよ)が、ふわりと()()から()()り、私の前でドレスの(すそ)をつまみ、(ゆう)()に一礼する。

 背中に白い(つばさ)が生えていないことに気づき、どうして羽根がないのだろうと不思議に思った。


 (かの)(じよ)が口を開き、言葉をつむぐ。(すず)が転がるような、美しい声が(ひび)いた。


【父上】に(うなが)され、私はようやく(あい)(さつ)を受けたことに気づき、あわてて(あい)(さつ)を返そうとした。練習したのに、とてもひどいものになってしまい、私は(しゆう)()(しん)で顔が熱くなる感覚を覚えた。

【父上】を逆上させるかもしれない、という不安も同時にこみ上げる。


 しかし、(かれ)(おこ)り出す前に、天使が私を連れ出してくれた。


***


 天使は、庭園を案内してくれた。白い馬や赤い花を指さし、私に何事かを教えてくれる。

 言葉じたいが覚え始めであることに加え、天使の美しさに気を取られるあまり、(かの)(じよ)の言葉をほとんど理解できなかった。

 ただ、()(しき)で教わった通り「はい」とだけ答えた。


 しばらく過ごしたのち、(かの)(じよ)と共に庭のテーブルに着くよう(うなが)された。お茶と、黒い食べ物――とても(あま)(にお)いがするので多分お()()が、(こう)(きゆう)のメイドたちによって準備される。

 おいしそうな(にお)いを()いで、私は空腹を感じた。だが、【父上】にきつく言われた通り、(いつ)(さい)手をつけずにいた。さきほどの私の失敗で、(すで)に腹を立てているだろうし、今以上に(かれ)(おこ)る理由をつくりたくない。


 天使が、きれいな所作でお()()にナイフを入れ、ぱくりと食べた。(かの)(じよ)は、(ひか)(かがや)くような()(がお)をうかべ、お()()のおいしさを楽しんでいた。


 出されたお()()をあげるのは失礼なことだったろうか、と考えた。こんなに喜んでくれるなら、私に出されたものも(かの)(じよ)に食べてほしい。


 (なや)んでいると、(かの)(じよ)が話しかけてきた。(かの)(じよ)()(ぼう)にようやく頭が慣れてきたのか、(かの)(じよ)の言わんとすることを理解できるようになってきていた。


『けっこん』『およめさん』……。


 私は(きよう)(がく)した。こんなにも美しい天使が、私と(けつ)(こん)する?

 私は、つたない言葉で「大変光栄に存じます」と応じた。


***


【父上】と合流し、タウンハウスに帰る時間になったとき、天使――美しき皇女殿(でん)()、アナスタシア様は、かなしそうな顔で見送りに来てくれた。


「ユリウス、またくるよな? ぜったい、またきてね」


 (うなず)きたかったが、私がまたここに来られるかを決めるのは【父上】だ。

 (かれ)の方を見上げると、【父上】はむすっとした様子で(だま)っていた。しかし、思っていたより(おこ)っていなかった。


 私は、教わった通り「はい」とアナスタシア様に答えた。何を言われてもそう応じておけと、ヴァイセンドルフの()(しき)で教わっていた。

 ブンブンと(うで)を大きく()(かの)(じよ)に、私も小さく手を()(かえ)す。


 帰りの馬車でまた【父上】と(いつ)(しよ)になり、きっと(おこ)られると思っていたのだが、意外にも(かれ)は静かなままだった。


 そうして何事もなく、私たちは見合いを終えて領に()(かん)した。


 私とアナスタシア様が正式に許婚(いいなずけ)となったことは、領に着いてすぐに届いた手紙で通達された。

ほのぼの「じゃあの」


ジャンルタグづけって難しいです。

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