本心だろうか
従来よりの有力貴族当主と、その家族たち。それから、昨今台頭しつつある新興有力貴族――己が実力で成り上がり財を蓄え、婚姻などを通じて貴族入りしたばかりの者たち。
いずれも、すべてをまとめ統治する皇族からすれば、適度に関わり、把握し、我が国への貢献につなげるべき者たちである。
当の本人たち同士――特に、己の立場を脅かされうる前者は、後者の新興貴族らに冷たく当たりがちだ。貴族の世界に限らず、変化には反発がつきものでもある。
そして、変化を望む者たちにとってもまた、現状維持を望む者たちが邪魔に感じられるであろう。
我々の誰もが、立ち止まることを許されない。世界が、周囲が変化するのに合わせ、我々も変化していかねば滅んでしまう。
だが、変化があまりに急激すぎれば、それはそれで滅びてしまう。さながら、時間をかけて少量ずつ飲む毒には耐性を持てても、短時間で一気に致死量を飲めば死んでしまうように。
何事も、大切なのはバランスだ。変化と維持のバランスをとりつつ、ゆくべき道を臣民すべてに示し、導いていくことも、われら皇族の役目。
そういった理由で、妾はユリウスを連れて、様々な派閥の家の者たちと順繰りに会話していった。
今宵できるのは、ちょっとした顔つなぎ――妾は目隠しで顔を隠しているが――ともあれ、挨拶を交わし、“話したことはある知人” になること程度であろう。
だが、それでよい。千里の道も一歩から。何事も、最初の一歩から始まるのだ。
エッセンバッハ公が気を回してくれたらしく、今宵の夜会には、新旧多様な派閥の貴族たちが招待されている。おかげで、妾の社交は捗っていた。
ふと、近くに、見覚えのある若者の姿を見つけた。妾と同系統色の金髪、碧眼、高い上背に鍛え上げられた背格好――ジークベルト・フォン・レーヴェンタール卿の姿であった。
それとなく避けようかと思ったものの、皇女の身では難しく、レーヴェンタール卿はすぐ我々に気づいた。話し相手との会話を切り上げ、飲みかけのシャンパンを近くの給仕に渡すと、近づいてきて、右手を胸に当てて深々とこちらに礼をした。
「ごきげんうるわしゅう、皇女殿下、アーデルシュタイン候。先日は、いたらぬ我が身に剣術をご指導くださり、誠にありがとうございました」
「あ、ああ。こちらこそ世話になった、レーヴェンタール卿」
妾は挨拶を返した。隣のユリウスは、軽い会釈のみを返す。
婚約がどうとかいうレーヴェンタール卿の要望は、妾が試合に勝ったので無効のはずである。だが、あのときの彼の様子を見るに、まだ諦めはついていないだろう。
ううむ、ダンスの相手を求められるだろうか…。枢密会議の決定でもあるので、「ユリウス以外とは踊れなくなった」と伝えるだけだが、食い下がってくるだろうな…。
「先に言っておくが、妾は、ユリウス以外とはダンスをでき――」
「いえ! 滅相もございません。不肖ジークベルト、殿下とアーデルシュタイン侯の尋常ではな――いえ、大変に素晴らしいファーストダンスを拝見し、『殿下にふさわしいお相手はアーデルシュタイン候をおいて他にいない』とよく理解いたしました」
レーヴェンタール卿が頭を素早く左右に振りながらそう言うので、身構えていた妾は拍子抜けし、ぽかんと口をあけてしまった。あわてて扇を広げ、口元を隠す。
「――それは、なによりだ。そなたにも、良きパートナーが見つかることを願う。よい夜会を」
「はっ! ありがたき幸せ!」
おどろくほどあっさりと、レーヴェンタール卿との会話はそれだけで終わった。
変に食い下がられても困るだけではあったが、どういう心境の変化であろう?
「なあ、ユリウス……」
レーヴェンタール卿が離れていくのを見送ったあと、妾は、ユリウスの意見を聞こうと彼に目を向けた。
ユリウスは、ここ最近で一番の、キラッキラに光り輝く笑顔を浮かべていた。
おお、眩しい…! あまりの眩しさに、妾は思わず目を細めた。
妾の声かけに反応し、ユリウスが妾に目を向ける。
「はい、アナスタシア様」
「そなた、その。なにか…、機嫌がいいな。どうかしたのか」
「ええ、その。先ほどの、アナスタシア様とのファーストダンスが、予想以上に好評だと思いまして」
そう言って、にっこりと目を細める。
ユリウスの整った顔で嬉しそうに満面の笑みを浮かべられると、こちらの心臓が落ち着かなくなってしまう。
「是非、今後ともファーストダンスを引き受け、私たちの大会ステップを披露いたしましょう。ワルツだけでは心許ありませんね? 他の曲にも対応できるよう、アナスタシア様のお時間がとれる際に練習いたしましょうか」
びっくりするほどユリウスが乗り気だ。
急にどうしたことだろう。妾の記憶が正しければ、ユリウスは、ダンス自体があまり好きではなかったはずだが…。
観衆から高評価を得て、今になってダンスに目覚めたのだろうか?
「…そ、そうだな。『また掟破りな真似をして』と、ベルンシュタイン夫人やアーベントロートあたりに叱られて、止められることがなければ」
「もし止められるようでしたら、私からも説得いたします」
乗り気だ。すごく乗り気だ。本当にどうしたことだろう…。
「ふふっ…。次の夜会も、楽しみでございますね」
ユリウスは、口元に指をあて、ニコニコと嬉しそうにそう呟いていた。
***
一通り挨拶をこなしたのち、妾は、今宵の夜会でやりたかったことの2つめに取りかかることにした。食事を楽しむこと、である。
念のため、蒼翼隊と侍女コルネリアが会場にいることを再確認する。会場を見回すと、いくつかの箇所に散らばり、それぞれ壁際に全員いるのが見て取れた。
よし。いつの間にかいなくなっていて、その間にトラブルが…ということも無さそうだ。
「ユリウス、食事にしようか」
「はい、アナスタシア様」
ユリウスにも声をかけ、妾たちは、広間入り口付近のビュッフェテーブルに向かった。
スモークサーモン、ハムとチーズの盛り合わせ、野菜のマリネ、ミートボールのソース煮込み、アイスバインにローストチキン、ポテトグラタン、白パンに香草入りパン、デザートにはリンゴのタルトに蜂蜜ケーキ、季節の果物――。
エッセンバッハ公爵家が威信をかけて揃えた上等な食材を、さらに料理人が腕によりをかけて調理したであろう食事の数々が、美しく盛り付けられ、光を反射して輝き、温食は魔導保温器で温められ湯気を立てている。
どれも美味しそうだ。
妾たちは、取り皿を借り、口にしたいものを載せていった。
いつもはただ給仕を待つばかりだが、こうして自分で食べたいものを選んで載せるのは、楽しい。ビュッフェとは良いものである。
「……アナスタシア様。いちど、お席のテーブルにお皿を置いて、2枚目のお皿をお使いになりませんか?」
ふいにユリウスにそう言われ、はたと自分の皿を見やる。
いつのまにか、皿に載せた料理がこんもり小高い山になっていた。
「おお。少々盛りすぎたな…」
「ふふ、そうでございますね。しかし、安定しております。積み方がお上手ですね、アナスタシア様」
「ははっ、幼いころ遊んだ積み木を思い出すよ」
妾は幼い頃、積み木で城や家を形作るより、とにかく一番高く積み上げることに熱量を注いだことがある。最初はすぐに崩壊させてしまっていたが、何度か繰り返すうち、部屋の天井に届く高さの積み木の塔を作れるようになった。
「危ないのでおやめください」と乳母やに窘められたものの、「バランス感覚が優れておいでですね」と驚嘆されたものである。
「せっかくの馳走、無駄にせぬよう運んでやらねばな」
「ええ」
そう話しつつ、混雑時間を過ぎたテーブル席エリアに向かっていると、なにやら不穏な響きの声が聞こえてきた。年若い令嬢が、だれかを詰問する声である。
声のするほうを見やると、4名の令嬢たちがビュッフェテーブルのそばにいた。声の主は、印象的な真っ赤で華やかなドレスをまとっている。対して、詰問を受けているらしい令嬢は、明るいライラック色で装飾の少ないドレスをまとっていた。
「――まあ! 芝居小屋の歌ですって? このような場で平民の歌を口ずさむだなんて。場違いだとわかりませんの?」
「クラリッサ様のおっしゃるとおりですわ」
「やはり “なりあがり者の家” は品性が卑しいのかしら」
赤いドレスの令嬢が鋭い声で詰問すると、彼女に追従して他の2人が声をあげる。一方的に責められているライラック色のドレスの令嬢は、料理を載せた取り皿を1枚両手で持ったまま、つらそうにうつむいていた。
こ、これは……! “いじめ” か! あの音に聞く。
はじめて見た。本当にあるのだな。
近く他の人間はいない。大きく声を荒らげているでもないので、異常に気づける範囲はそう広くないのだ。
いじめている側の3人は、妾たちに背を向けており、まだ我々に気づいていない。
どうする、割って入るべきか。むろん割って入るべきだと思うが、皇女として相応しいやり方が咄嗟にでてこない。
下手を打って、妾が後で叱られるぶんには構わないが、ライラック色のドレスの彼女が不利益を被るやり方はしたくない。どうする…?
妾はどうするべきか悩み、ユリウスの方をチラと見やった。ユリウスは、小さく肩をすくめるだけで、どうしろとは言ってこない。お好きにどうぞ、といった様子だ。
それもそうか。妾がどう行動すべきかを決めるべき人間は、妾自身だ。
何もしないという選択はありえない。ならば、とにかく声をかけよう。
まずは近づいて――
「それに、なんですの? そのお皿は。そんなに沢山お載せになるなんて、食べ物に困るほど貧しくていらっしゃるようで、卑しくって見苦しいですわ」
「えっ」
たしなめる言葉をかける前に、妾はおもわず声をあげてしまった。
その声に反応し、いじめていた令嬢たちが一斉に振り返り、目を瞠って青ざめる。
「こ、皇女殿下…これは…」
クラリッサと呼ばれた赤いドレスの令嬢が、言葉に窮した様子でそう呟く。
彼女たちの前には、帝国一高貴な姫君がいた。それも、ライラック色ドレスの令嬢の皿より、数倍ほど小高い料理の山を載せた取り皿を持った。
ちがう、こうじゃない。絶対に、相応しい止め方はこうじゃないのだが。
「……そうか。卑しくて、見苦しいか」
「ち、ちがいますわ、皇女殿下。けっして、」
「そうだな。ありがたいことに、皇室は食べ物に困っていない。…ちょっと今、妾が空腹だっただけで…」
「え、ええ! もちろん、存じておりますわ」
「だが、“見苦しい” のだろう? それは、申し訳ないことをしたな…?」
皮肉をちくちく効かせながら言うと、令嬢たちはすっかり狼狽した様子で「ちがうんです」「その」「えっと」とまごついた。
すると、彼女たち越しに、くすくすと笑う声が響いた。見れば、ライラック色のドレスの令嬢が、うつむいていた顔をあげ、こちらを見ながら笑いをこらえている。
「ふふっ、…ふふふっ、…すみません、決して殿下を笑っているわけでは、くふふっ…!」
彼女の言葉と笑い声を聞き、振り返った令嬢たちの表情が険しくなる。
それも、妾が軽く鼻を鳴らし、注意をこちらに向けるまでのことだったが。
「そなたたち、食事をせぬのか? だったら、社交に勤しんできたらどうかね」
3人が取り皿を持っていないのを見て、妾は、顎で社交エリアを示しながら言った。
ほとんどの参加者は、夕食を取り終え、飲み物を片手に社交エリアで会話に興じたり、ダンススペースで誰かと舞踏を楽しんだりしている。
食事エリアにとどまっていないで、それらの場所に行ったらどうだ? ということだ。
「は、…はい! そうします! 大変失礼いたしました!」
3人は、あわてた様子でカーテシーをして、そそくさと立ち去っていった。
……思っていた形とは違ったが、少なくとも、ライラック色のドレスの令嬢に不利益を被せない方法で中断させられたと思う。よし。
「ありがとうございます、皇女殿下」
去って行く令嬢らから視線を戻すと、ライラック色のドレスの令嬢が片手でドレスの裾を持ち、深々と膝を折って頭を下げていた。
「よい。おもわぬ流れ弾に対処しただけだ」
「ふふふっ…! そうですね」
「面をあげよ。そなた、名は?」
妾の言葉を受け、ライラック色のドレスの令嬢が顔を上げる。
赤みがかった明るい栗色の髪に、瞳は翡翠色、頬には化粧で隠れた薄いそばかすのある少女であった。歳は、妾たちと同じくらいに見える。
浮かべた笑顔は、いわゆる貴族的なものではなく、素直で愛嬌を感じさせるものであった。
「ローゼンタール子爵家のイザベラと申します。帝国の暁星たる皇女殿下に拝謁たまわりましたこと、恐悦至極に存じます。アーデルシュタイン侯爵閣下におかれましても、お目にかかれましたこと光栄に存じます」
「うむ。皇女アナスタシア・エルスティナ・フォン・グランツェルリヒである」
「アーデルシュタイン侯ユリウス・カスパール・フォン・ヴァイセンドルフです」
すでに身分を知られてはいるが、あらためて自己紹介を交わす。この手続きを通して初めて、我々は晴れて “知り合い” となれるのだ。
「一人か?」
尋ねると、ローゼンタール子爵令嬢は頷いた。
「座席は決まっているか?」
「いいえ」
「そうか。よければ、食事を共にしないか?」
妾が誘うと、イザベラは目をまるくした。
「よろしいのですか?」
「もちろん。…あ。ユリウス、かまわないだろうか?」
確認をとっていないことに思い至り、隣のユリウスに目をむけつつ尋ねる。さいわい、ユリウスは微笑んで頷いてくれた。
「アナスタシア様のお望みのままに」
「そうか。では、ローゼンタール子爵令嬢。ついて参れ」
「はい!」
ローゼンタール子爵令嬢を引き連れ、妾たちは、妾とユリウスのために割り当てられたテーブル席に向かった。
食事用のテーブル席は原則自由利用となっている夜会が多いが、その場合でも、一部の貴族家や上級貴族・皇族の席は事前に定められている。ほどよく奥まった場所にあるその席に、妾たちは取り皿を置いた。
即座に給仕らが寄ってきて椅子を引き、妾たちがスムーズに着席できるよう補助をする。
飲み物を尋ねられて応じれば、すぐにそれぞれのグラスが届けられた。
待機していた毒味役の従者もすぐにやってきて、妾のグラスの中身を少量とって飲んだ。問題なし、と判断され、毒味役が頷いてみせる。
ビュッフェ料理は、既に他の参加者がもう食べたものばかりだったので毒味を省略できたが、妾個人のため用意されたグラスは、こうして確認される。
「では、いただこう」
そう宣言し、用意されていた銀のナイフとフォークとを取り上げ、妾は、山と盛った料理を、そっと持ち上げるように最上部から崩し、口に運んだ。想像した通り、美味であった。
ユリウスとローゼンタール子爵令嬢も、つづいてカトラリーをそれぞれ取り上げ、料理を口にし始める。
しばらく食べ進めたのち、ローゼンタール子爵令嬢が会話を始めた。
「皇女殿下、お上手でいらっしゃいますね。その、所作がおきれいなだけではなくて、…“お山”が崩れないよう、うまく召し上がるのが」
「うむ。積み木は得意でな」
「まあ! うふふ」
そうやり取りしたあと、ローゼンタール子爵令嬢は、何かを思い出したような様子で小さく吹き出しかけ、あわてて口元を手の甲で覆って隠した。笑いをこらえきれない、といった様子でくすくす笑う。
「申し訳ありません。その、けっして、殿下や侯爵閣下を笑っているのではなくて。
あの方々は、お料理を取る量をずいぶん気にされていましたけれど、殿下は――こんなに、素敵なダイヤモンドを沢山お召しの高貴なお方は、そんなことちっとも気にしていらっしゃらないじゃないのって、そう思ったら――ふふふっ! ふふふ!」
ローゼンタール子爵令嬢がそう言って笑うのを聞いていると、妾は少々気恥ずかしくなってきた。
エッセンバッハ公爵家じたい、親族の家として馴染みの場所でもあるので油断してしまっていたが、料理の盛り過ぎはマナーがよくないことに変わりはない。
「うむ、まあ…予期せぬ流れ弾を受けて驚いた。だが、手本にはしてくれるなよ。食べる量はともかく、いちどきに皿に載せすぎるのは本来よくない。こぼしてしまったら、料理を用意してくれた者たちに失礼でもあるしな」
「たしかに、そうでございますわね。ですがわたくし、沢山お料理を持っていらした殿下を拝見して、おそれながら、殿下のことが大好きになりましたの」
妾は、やや複雑な気持ちになり、あいまいに微笑みながら軽く肩をすくめ、小首をかしげた。
ローゼンタール子爵令嬢から悪意は感じられず、たしかに好意的な様子ではあるので、結果的には良いのだろうか?
「それに、殿下と侯爵閣下のファーストダンス、とっ…ても、素晴らしかったです! なんて高度で華やかなダンスなのでしょうと、わたくし、感激しておりました。
それに、あのお歌…《蒼穹の誓い》のオペラ! 小夜啼鳥のようと謳われた殿下のお声で、ダンス中とは思えないほど完璧に、美しく歌い上げられて…!
わたくしは、芝居――いえ、演劇が大好きでして、先日も――」
――そうして、ローゼンタール子爵令嬢…いやイザベラ嬢は、最初に見せていた緊張をすっかり忘れた様子で語るようになり、妾もその話題に大いにのって、妾たちの会話は盛り上がっていった。
「いやー、わたしも腹立つなーとは思っていたんですけれど、ほらあの人たち、家の爵位はわたしより高いじゃないですか。だから、横っ面ひっぱたくわけにもいかないでしょう?
正直『面倒だなー』と思いつつ黙っていて、気が済むまで言わせてやってたんです。こっちが何か言うと、長引きますからね。『はやく終わらないかなー』って」
「なんだ。そなた、意外と気丈だな」
「そりゃあ、そうですよ! 意地悪な社交界にこれから割って入ろうっていう新興貴族が、繊細で打たれ弱かったらやっていけませんって」
「ははっ。では、妾の介入など無用であったか」
「いえいえ! とんでもございませんわ、アナスタシア様。お陰様で、早くコトが済みました。それに、アナスタシア様がお料理を沢山持っているのを見た、あの人たちの青ざめた顔ったら…! うっふふふふ、最っ高の見世物でしたよ」
「…まあ、安易に誹謗すると、おもわぬ人物を侮辱しかねない、という良い例だな」
「わたしもいい勉強になりましたわ。まったく、あの人たちみたいな連中に絡まれないように、食事の時間をずらしたっていうのに、わざわざこっちに来るんですもの――」
「――それにしても、アナスタシア様が、こんなに素敵なお方だったなんて。わたし、歴史の古い貴族なんて全員イヤな奴らばっかりだし、その親玉の皇族もイヤな人たちに違いないって思ってました」
「おい、ぶっちゃけすぎだぞ、気をつけろ。そういう話は…今度お茶会で聞こう」
「はい! えへへ、すみません。公爵家様から夜会のご招待をいただくなんて初めてで、おいしい料理のひとつも食べられれば御の字と思っていたのですが、まさか、皇女殿下のお茶会にご招待いただけるだなんて…!」
妾たちが会話に盛り上がっている間、ユリウスは、妾たちを眺めつつ、時折飲み物や追加の料理を給仕に運ばせ、ただ黙々と食事していた。
運動量が多い16歳の男性らしく、ユリウスは妾よりもずっと多く食べる。マナーに則って、小綺麗に少量の料理を取ってきてはいたが、その分おかわりを食べていた。
いかんな。妾に付き合わせるばかりで、せっかくの夜会なのに、ユリウスは妾以外とロクに会話していないのではないか?
よく思い出してみれば、今夜、イザベラ嬢に対する自己紹介の名乗り以外、本当に一言も他人としゃべっていない。
妾は、ユリウスにも会話の水を向けようとした。
そのとき、カランカラン、と、時を告げる鐘が鳴る。時計をみれば、もう終宴の時刻であった。
「おっと。もうこんな時間か」
「えっ? あっ、本当ですね。お話するのが楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまいましたわ。終宴まで居た夜会だなんて、今日が初めてかも」
「実は、妾もだ。事情があってのことだが…」
「まあっ、うれしい。アナスタシア様とおそろいだなんて」
「悪いが、妾たちは先に退出せねばならない。じゃあな、イザベラ嬢」
「はい! 招待状が届くのを、楽しみにお待ちしております」
「ああ。ユリウス、行こう」
「はい、アナスタシア様」
ユリウスのほうを向いて声をかけ、彼とともに席を立つ。彼を伴い、妾たちはダンススペースに向かった。
ダンスの時間は終わり、エッセンバッハ公からの終宴の挨拶を聞こうと、参加者達が集まっていた。
「ご来場の皆様。本日は、我が家の夜会にお越し頂き――」
――型どおりの挨拶が終わり、妾たちは、先に退出をうながされる。
エッセンバッハ公爵家一家、それと、参加者の貴族らに拍手で見送られ、妾たちは、手を軽くあげて応じつつ退出した。
***
来たときと同じ馬車にユリウスと乗り込み、妾たちは帰路についた。
夜の静寂に、妾たちの馬車の音だけが響く。
二人きりになり、カーテンも閉めてあるので、妾は目隠しを外す。
「楽しい夜会だった! ユリウス、そなたは?」
妾がそう尋ねると、ユリウスは微笑んで応じた。
「私も、楽しかったです」
そう応じるユリウスの言葉は、嘘ではなさそうだが、どこか表面的というか――『そう答えるのが正解だから』そう言っているだけで、本心を話していないような感じがした。
「…そうか! それならよかった。今後は、夜会に出席する機会が増えるであろう。そなたにも付き合ってもらわねばならぬが、平気か?」
「ええ、勿論です。アナスタシア様のおそばにいることが、私の幸せですから」
ユリウスの言葉は、本心だろうか。
「…妾も、そなたがそばにいてくれるから心強い。今後とも頼りにしている」
「はい」
馬車は、先にヴァイセンドルフ辺境伯邸に寄り、ユリウスが降りた。
「お先に失礼します。おやすみなさい、アナスタシア様」
「ああ。おやすみ、ユリウス」
扉が閉められ、車内に妾一人となる。
一人になると、考え事がうかんだ。
ユリウスは、本当に楽しめただろうか。妾の都合で振り回されて、迷惑していないだろうか。
彼は、何かを隠しているような気がする。
しかしそれは、妾も同じだった。妾は、ユリウスに嘘をついた。
『何も問題など起きていない』
平民になりすます生活の中で、本当はひとつ、大きな問題が起きていた。そのことを、ユリウスには言えなくて、隠していた。




