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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第一章 アナスタシア編

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本心だろうか

 従来よりの有力貴族当主と、その家族たち。それから、昨今台頭しつつある新興有力貴族――(おの)が実力で成り上がり財を(たくわ)え、(こん)(いん)などを通じて貴族入りしたばかりの者たち。

 いずれも、すべてをまとめ統治する皇族からすれば、適度に関わり、()(あく)し、()(くに)への(こう)(けん)につなげるべき者たちである。


 当の本人たち同士――特に、(おのれ)の立場を(おど)かされうる前者は、後者の新興貴族らに冷たく当たりがちだ。貴族の世界に限らず、変化には反発がつきものでもある。

 そして、変化を望む者たちにとってもまた、現状()()を望む者たちが(じや)()に感じられるであろう。


 我々の(だれ)もが、立ち止まることを(ゆる)されない。世界が、周囲が変化するのに合わせ、我々も変化していかねば(ほろ)んでしまう。

 だが、変化があまりに急激すぎれば、それはそれで(ほろ)びてしまう。さながら、時間をかけて少量ずつ飲む毒には(たい)(せい)を持てても、短時間で一気に()()(りよう)を飲めば死んでしまうように。

 何事も、大切なのはバランスだ。変化と()()のバランスをとりつつ、ゆくべき道を臣民すべてに示し、導いていくことも、われら皇族の役目。


 そういった理由で、(わらわ)はユリウスを連れて、様々な()(ばつ)の家の者たちと(じゆん)()りに会話していった。

 ()(よい)できるのは、ちょっとした顔つなぎ――(わらわ)()(かく)しで顔を(かく)しているが――ともあれ、(あい)(さつ)()わし、“話したことはある知人” になること程度であろう。

 だが、それでよい。千里の道も一歩から。何事も、最初の一歩から始まるのだ。


 エッセンバッハ公が気を回してくれたらしく、()(よい)の夜会には、新旧多様な()(ばつ)の貴族たちが招待されている。おかげで、(わらわ)の社交は(はかど)っていた。


 ふと、近くに、見覚えのある若者の姿を見つけた。(わらわ)と同系統色の(きん)(ぱつ)(へき)(がん)、高い上背に(きた)()げられた背格好――ジークベルト・フォン・レーヴェンタール(きよう)の姿であった。

 それとなく()けようかと思ったものの、皇女の身では難しく、レーヴェンタール(きよう)はすぐ我々に気づいた。話し相手との会話を切り上げ、飲みかけのシャンパンを近くの(きゆう)()(わた)すと、近づいてきて、右手を胸に当てて深々とこちらに礼をした。


「ごきげんうるわしゅう、皇女殿(でん)()、アーデルシュタイン(こう)。先日は、いたらぬ()()(けん)(じゆつ)をご指導くださり、(まこと)にありがとうございました」

「あ、ああ。こちらこそ世話になった、レーヴェンタール(きよう)


 (わらわ)(あい)(さつ)を返した。(となり)のユリウスは、軽い()(しやく)のみを返す。


 (こん)(やく)がどうとかいうレーヴェンタール(きよう)の要望は、(わらわ)が試合に勝ったので無効のはずである。だが、あのときの(かれ)の様子を見るに、まだ(あきら)めはついていないだろう。

 ううむ、ダンスの相手を求められるだろうか…。(すう)(みつ)会議の決定でもあるので、「ユリウス以外とは(おど)れなくなった」と伝えるだけだが、食い下がってくるだろうな…。


「先に言っておくが、(わらわ)は、ユリウス以外とはダンスをでき――」

「いえ! (めつ)(そう)もございません。()(しよう)ジークベルト、殿(でん)()とアーデルシュタイン(こう)(じん)(じよう)ではな――いえ、大変に()()らしいファーストダンスを拝見し、『殿(でん)()にふさわしいお相手はアーデルシュタイン(こう)をおいて他にいない』とよく理解いたしました」


 レーヴェンタール(きよう)が頭を()(ばや)く左右に()りながらそう言うので、身構えていた(わらわ)(ひよう)()()けし、ぽかんと口をあけてしまった。あわてて(おうぎ)を広げ、口元を(かく)す。


「――それは、なによりだ。そなたにも、良きパートナーが見つかることを願う。よい夜会を」

「はっ! ありがたき幸せ!」


 おどろくほどあっさりと、レーヴェンタール(きよう)との会話はそれだけで終わった。

 変に食い下がられても困るだけではあったが、どういう心境の変化であろう?


「なあ、ユリウス……」


 レーヴェンタール(きよう)(はな)れていくのを見送ったあと、(わらわ)は、ユリウスの意見を聞こうと(かれ)に目を向けた。


 ユリウスは、ここ最近で一番の、キラッキラに(ひか)(かがや)()(がお)()かべていた。

 おお、(まぶ)しい…! あまりの(まぶ)しさに、(わらわ)は思わず目を細めた。


 (わらわ)の声かけに反応し、ユリウスが(わらわ)に目を向ける。


「はい、アナスタシア様」

「そなた、その。なにか…、()(げん)がいいな。どうかしたのか」

「ええ、その。先ほどの、アナスタシア様とのファーストダンスが、予想以上に好評だと思いまして」


 そう言って、にっこりと目を細める。

 ユリウスの整った顔で(うれ)しそうに満面の()みを()かべられると、こちらの心臓が落ち着かなくなってしまう。


()()、今後ともファーストダンスを引き受け、私たちの大会ステップを()(ろう)いたしましょう。ワルツだけでは心(もと)ありませんね? 他の曲にも対応できるよう、アナスタシア様のお時間がとれる際に練習いたしましょうか」


 びっくりするほどユリウスが乗り気だ。

 急にどうしたことだろう。(わらわ)()(おく)が正しければ、ユリウスは、ダンス自体があまり好きではなかったはずだが…。

 観衆から高評価を得て、今になってダンスに目覚めたのだろうか?


「…そ、そうだな。『また(おきて)破りな()()をして』と、ベルンシュタイン夫人やアーベントロートあたりに(しか)られて、止められることがなければ」

「もし止められるようでしたら、私からも説得いたします」


 乗り気だ。すごく乗り気だ。本当にどうしたことだろう…。


「ふふっ…。次の夜会も、楽しみでございますね」


 ユリウスは、口元に指をあて、ニコニコと(うれ)しそうにそう(つぶや)いていた。


***


 一通り(あい)(さつ)をこなしたのち、(わらわ)は、()(よい)の夜会でやりたかったことの2つめに取りかかることにした。食事を楽しむこと、である。


 念のため、(そう)(よく)(たい)()(じよ)コルネリアが会場にいることを再(かく)(にん)する。会場を見回すと、いくつかの()(しよ)に散らばり、それぞれ(かべ)(ぎわ)に全員いるのが見て取れた。

 よし。いつの間にかいなくなっていて、その間にトラブルが…ということも無さそうだ。


「ユリウス、食事にしようか」

「はい、アナスタシア様」


 ユリウスにも声をかけ、(わらわ)たちは、広間入り口付近のビュッフェテーブルに向かった。


 スモークサーモン、ハムとチーズの盛り合わせ、野菜のマリネ、ミートボールのソース()()み、アイスバインにローストチキン、ポテトグラタン、白パンに(こう)(そう)入りパン、デザートにはリンゴのタルトに(はち)(みつ)ケーキ、季節の果物――。

 エッセンバッハ(こう)(しやく)家が()(しん)をかけて(そろ)えた上等な食材を、さらに料理人が(うで)によりをかけて調理したであろう食事の数々が、美しく盛り付けられ、光を反射して(かがや)き、温食は()(どう)保温器で温められ湯気を立てている。

 どれも()()しそうだ。


 (わらわ)たちは、取り皿を借り、口にしたいものを()せていった。

 いつもはただ(きゆう)()を待つばかりだが、こうして自分で食べたいものを選んで()せるのは、楽しい。ビュッフェとは良いものである。


「……アナスタシア様。いちど、お席のテーブルにお皿を置いて、2枚目のお皿をお使いになりませんか?」


 ふいにユリウスにそう言われ、はたと自分の皿を見やる。

 いつのまにか、皿に()せた料理がこんもり小高い山になっていた。


「おお。少々盛りすぎたな…」

「ふふ、そうでございますね。しかし、安定しております。積み方がお上手ですね、アナスタシア様」

「ははっ、幼いころ遊んだ積み木を思い出すよ」


 (わらわ)は幼い(ころ)、積み木で城や家を形作るより、とにかく一番高く積み上げることに熱量を注いだことがある。最初はすぐに(ほう)(かい)させてしまっていたが、何度か()(かえ)すうち、部屋の(てん)(じよう)に届く高さの積み木の(とう)を作れるようになった。

「危ないのでおやめください」と乳母(うば)やに(たしな)められたものの、「バランス感覚が(すぐ)れておいでですね」と(きよう)(たん)されたものである。


「せっかくの()(そう)()()にせぬよう運んでやらねばな」

「ええ」


 そう話しつつ、混雑時間を過ぎたテーブル席エリアに向かっていると、なにやら()(おん)(ひび)きの声が聞こえてきた。年若い(れい)(じよう)が、だれかを(きつ)(もん)する声である。

 声のするほうを見やると、4名の(れい)(じよう)たちがビュッフェテーブルのそばにいた。声の主は、印象的な真っ赤で(はな)やかなドレスをまとっている。対して、(きつ)(もん)を受けているらしい(れい)(じよう)は、明るいライラック色で(そう)(しよく)の少ないドレスをまとっていた。


「――まあ! (しば)()小屋の歌ですって? このような場で平民の歌を口ずさむだなんて。()(ちが)いだとわかりませんの?」

「クラリッサ様のおっしゃるとおりですわ」

「やはり “なりあがり者の家” は品性が(いや)しいのかしら」


 赤いドレスの(れい)(じよう)(するど)い声で(きつ)(もん)すると、(かの)(じよ)に追従して他の2人が声をあげる。一方的に責められているライラック色のドレスの(れい)(じよう)は、料理を()せた取り皿を1枚両手で持ったまま、つらそうにうつむいていた。


 こ、これは……! “いじめ” か! あの音に聞く。

 はじめて見た。本当にあるのだな。


 近く他の人間はいない。大きく声を(あら)らげているでもないので、異常に気づける(はん)()はそう広くないのだ。

 いじめている側の3人は、(わらわ)たちに背を向けており、まだ我々に気づいていない。


 どうする、割って入るべきか。むろん割って入るべきだと思うが、皇女として()(さわ)しいやり方が(とつ)()にでてこない。

 下手を打って、(わらわ)が後で(しか)られるぶんには構わないが、ライラック色のドレスの(かの)(じよ)が不利益を(こうむ)るやり方はしたくない。どうする…?


 (わらわ)はどうするべきか(なや)み、ユリウスの方をチラと見やった。ユリウスは、小さく(かた)をすくめるだけで、どうしろとは言ってこない。お好きにどうぞ、といった様子だ。

 それもそうか。(わらわ)がどう行動すべきかを決めるべき人間は、(わらわ)自身だ。


 何もしないという(せん)(たく)はありえない。ならば、とにかく声をかけよう。

 まずは近づいて――


「それに、なんですの? そのお皿は。そんなに(たく)(さん)()せになるなんて、食べ物に困るほど(まず)しくていらっしゃるようで、(いや)しくって見苦しいですわ」


「えっ」


 たしなめる言葉をかける前に、(わらわ)はおもわず声をあげてしまった。

 その声に反応し、いじめていた(れい)(じよう)たちが(いつ)(せい)()(かえ)り、目を(みは)って青ざめる。


「こ、皇女殿(でん)()…これは…」


 クラリッサと呼ばれた赤いドレスの(れい)(じよう)が、言葉に(きゆう)した様子でそう(つぶや)く。


 (かの)(じよ)たちの前には、(てい)(こく)一高貴な(ひめ)(ぎみ)がいた。それも、ライラック色ドレスの(れい)(じよう)の皿より、数倍ほど小高い料理の山を()せた取り皿を持った。


 ちがう、こうじゃない。絶対に、()(さわ)しい止め方はこうじゃないのだが。


「……そうか。(いや)しくて、見苦しいか」

「ち、ちがいますわ、皇女殿(でん)()。けっして、」

「そうだな。ありがたいことに、皇室は食べ物に困っていない。…ちょっと今、(わらわ)が空腹だっただけで…」

「え、ええ! もちろん、存じておりますわ」

「だが、“見苦しい” のだろう? それは、申し訳ないことをしたな…?」


 皮肉をちくちく効かせながら言うと、(れい)(じよう)たちはすっかり(ろう)(ばい)した様子で「ちがうんです」「その」「えっと」とまごついた。


 すると、(かの)(じよ)たち()しに、くすくすと笑う声が(ひび)いた。見れば、ライラック色のドレスの(れい)(じよう)が、うつむいていた顔をあげ、こちらを見ながら笑いをこらえている。


「ふふっ、…ふふふっ、…すみません、決して殿(でん)()を笑っているわけでは、くふふっ…!」


 (かの)(じよ)の言葉と笑い声を聞き、()(かえ)った(れい)(じよう)たちの表情が険しくなる。

 それも、(わらわ)が軽く鼻を鳴らし、注意をこちらに向けるまでのことだったが。


「そなたたち、食事をせぬのか? だったら、社交に(いそ)しんできたらどうかね」


 3人が取り皿を持っていないのを見て、(わらわ)は、(あご)で社交エリアを示しながら言った。

 ほとんどの参加者は、夕食を取り終え、飲み物を片手に社交エリアで会話に興じたり、ダンススペースで(だれ)かと()(とう)を楽しんだりしている。

 食事エリアにとどまっていないで、それらの場所に行ったらどうだ? ということだ。


「は、…はい! そうします! 大変失礼いたしました!」


 3人は、あわてた様子でカーテシーをして、そそくさと立ち去っていった。

 ……思っていた形とは(ちが)ったが、少なくとも、ライラック色のドレスの(れい)(じよう)に不利益を(かぶ)せない方法で中断させられたと思う。よし。


「ありがとうございます、皇女殿(でん)()


 去って行く(れい)(じよう)らから視線を(もど)すと、ライラック色のドレスの(れい)(じよう)が片手でドレスの(すそ)を持ち、深々と(ひざ)を折って頭を下げていた。


「よい。おもわぬ(なが)(だま)に対処しただけだ」

「ふふふっ…! そうですね」

「面をあげよ。そなた、名は?」


 (わらわ)の言葉を受け、ライラック色のドレスの(れい)(じよう)が顔を上げる。

 赤みがかった明るい(くり)(いろ)(かみ)に、(ひとみ)()(すい)色、(ほお)には()(しよう)(かく)れた(うす)いそばかすのある少女であった。(とし)は、(わらわ)たちと同じくらいに見える。

 ()かべた()(がお)は、いわゆる貴族的なものではなく、()(なお)(あい)(きよう)を感じさせるものであった。


「ローゼンタール()(しやく)家のイザベラと申します。(てい)(こく)(ぎよう)(せい)たる皇女殿(でん)()(はい)(えつ)たまわりましたこと、(きよう)(えつ)()(ごく)に存じます。アーデルシュタイン(こう)(しやく)閣下におかれましても、お目にかかれましたこと光栄に存じます」


「うむ。皇女アナスタシア・エルスティナ・フォン・グランツェルリヒである」

「アーデルシュタイン(こう)ユリウス・カスパール・フォン・ヴァイセンドルフです」


 すでに身分を知られてはいるが、あらためて()()(しよう)(かい)()わす。この手続きを通して初めて、我々は晴れて “知り合い” となれるのだ。


「一人か?」


 (たず)ねると、ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)(うなず)いた。


「座席は決まっているか?」

「いいえ」

「そうか。よければ、食事を共にしないか?」


 (わらわ)(さそ)うと、イザベラは目をまるくした。


「よろしいのですか?」

「もちろん。…あ。ユリウス、かまわないだろうか?」


 (かく)(にん)をとっていないことに思い至り、(となり)のユリウスに目をむけつつ(たず)ねる。さいわい、ユリウスは(ほほ)()んで(うなず)いてくれた。


「アナスタシア様のお望みのままに」

「そうか。では、ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)。ついて参れ」

「はい!」


 ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)を引き連れ、(わらわ)たちは、(わらわ)とユリウスのために割り当てられたテーブル席に向かった。


 食事用のテーブル席は原則自由利用となっている夜会が多いが、その場合でも、一部の貴族家や上級貴族・皇族の席は事前に定められている。ほどよく(おく)まった場所にあるその席に、(わらわ)たちは取り皿を置いた。

 (そく)()(きゆう)()らが寄ってきて()()を引き、(わらわ)たちがスムーズに着席できるよう補助をする。

 飲み物を(たず)ねられて応じれば、すぐにそれぞれのグラスが届けられた。


 待機していた毒味役の従者もすぐにやってきて、(わらわ)のグラスの中身を少量とって飲んだ。問題なし、と判断され、毒味役が(うなず)いてみせる。

 ビュッフェ料理は、(すで)に他の参加者がもう食べたものばかりだったので毒味を省略できたが、(わらわ)個人のため用意されたグラスは、こうして(かく)(にん)される。


「では、いただこう」


 そう宣言し、用意されていた銀のナイフとフォークとを取り上げ、(わらわ)は、山と盛った料理を、そっと持ち上げるように最上部から(くず)し、口に運んだ。想像した通り、美味であった。

 ユリウスとローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)も、つづいてカトラリーをそれぞれ取り上げ、料理を口にし始める。


 しばらく食べ進めたのち、ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)が会話を始めた。


「皇女殿(でん)()、お上手でいらっしゃいますね。その、所作がおきれいなだけではなくて、…“お山”が(くず)れないよう、うまく()()がるのが」

「うむ。積み木は得意でな」

「まあ! うふふ」


 そうやり取りしたあと、ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)は、何かを思い出したような様子で小さく()()しかけ、あわてて口元を手の(こう)(おお)って(かく)した。笑いをこらえきれない、といった様子でくすくす笑う。


「申し訳ありません。その、けっして、殿(でん)()(こう)(しやく)閣下を笑っているのではなくて。

 あの方々は、お料理を取る量をずいぶん気にされていましたけれど、殿(でん)()は――こんなに、()(てき)なダイヤモンドを(たく)(さん)()しの高貴なお方は、そんなことちっとも気にしていらっしゃらないじゃないのって、そう思ったら――ふふふっ! ふふふ!」


 ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)がそう言って笑うのを聞いていると、(わらわ)は少々()()ずかしくなってきた。

 エッセンバッハ(こう)(しやく)家じたい、親族の家として()()みの場所でもあるので油断してしまっていたが、料理の盛り過ぎはマナーがよくないことに変わりはない。


「うむ、まあ…予期せぬ(なが)(だま)を受けて驚いた。だが、手本にはしてくれるなよ。食べる量はともかく、いちどきに皿に()せすぎるのは本来よくない。こぼしてしまったら、料理を用意してくれた者たちに失礼でもあるしな」

「たしかに、そうでございますわね。ですがわたくし、(たく)(さん)お料理を持っていらした殿(でん)()を拝見して、おそれながら、殿(でん)()のことが大好きになりましたの」


 (わらわ)は、やや複雑な気持ちになり、あいまいに(ほほ)()みながら軽く(かた)をすくめ、小首をかしげた。

 ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)から悪意は感じられず、たしかに好意的な様子ではあるので、結果的には良いのだろうか?


「それに、殿(でん)()(こう)(しやく)閣下のファーストダンス、とっ…ても、()()らしかったです! なんて高度で(はな)やかなダンスなのでしょうと、わたくし、感激しておりました。

 それに、あのお歌…《(そう)(きゆう)(ちか)い》のオペラ! 小夜啼鳥(ナイチンゲール)のようと(うた)われた殿(でん)()のお声で、ダンス中とは思えないほど(かん)(ぺき)に、美しく歌い上げられて…!

 わたくしは、(しば)()――いえ、演劇が大好きでして、先日も――」


 ――そうして、ローゼンタール()(しやく)(れい)(じよう)…いやイザベラ(じよう)は、最初に見せていた(きん)(ちよう)をすっかり忘れた様子で語るようになり、(わらわ)もその話題に大いにのって、(わらわ)たちの会話は盛り上がっていった。


「いやー、()()()も腹立つなーとは思っていたんですけれど、ほらあの人たち、家の(しやく)()はわたしより高いじゃないですか。だから、(よこ)(つら)ひっぱたくわけにもいかないでしょう?

 正直『(めん)(どう)だなー』と思いつつ(だま)っていて、気が済むまで言わせてやってたんです。こっちが何か言うと、長引きますからね。『はやく終わらないかなー』って」


「なんだ。そなた、意外と()(じよう)だな」

「そりゃあ、そうですよ! 意地悪な社交界にこれから割って入ろうっていう新興貴族が、(せん)(さい)で打たれ弱かったらやっていけませんって」

「ははっ。では、(わらわ)(かい)(にゆう)など無用であったか」


「いえいえ! とんでもございませんわ、アナスタシア様。お(かげ)(さま)で、早くコトが済みました。それに、アナスタシア様がお料理を(たく)(さん)持っているのを見た、あの人たちの青ざめた顔ったら…! うっふふふふ、最っ高の見世物でしたよ」

「…まあ、安易に()(ぼう)すると、おもわぬ人物を()(じよく)しかねない、という良い例だな」

「わたしもいい勉強になりましたわ。まったく、あの人たちみたいな連中に(から)まれないように、食事の時間をずらしたっていうのに、わざわざこっちに来るんですもの――」


「――それにしても、アナスタシア様が、こんなに()(てき)なお方だったなんて。わたし、歴史の古い貴族なんて全員イヤな(やつ)らばっかりだし、その親玉の皇族もイヤな人たちに(ちが)いないって思ってました」

「おい、ぶっちゃけすぎだぞ、気をつけろ。そういう話は…今度お茶会で聞こう」

「はい! えへへ、すみません。(こう)(しやく)家様から夜会のご招待をいただくなんて初めてで、おいしい料理のひとつも食べられれば(おん)()と思っていたのですが、まさか、皇女殿(でん)()のお茶会にご招待いただけるだなんて…!」


 (わらわ)たちが会話に盛り上がっている間、ユリウスは、(わらわ)たちを(なが)めつつ、時折飲み物や追加の料理を(きゆう)()に運ばせ、ただ(もく)(もく)と食事していた。

 運動量が多い16(さい)の男性らしく、ユリウスは(わらわ)よりもずっと多く食べる。マナーに(のつと)って、()()(れい)に少量の料理を取ってきてはいたが、その分おかわりを食べていた。


 いかんな。(わらわ)に付き合わせるばかりで、せっかくの夜会なのに、ユリウスは(わらわ)以外とロクに会話していないのではないか?

 よく思い出してみれば、今夜、イザベラ(じよう)に対する()()(しよう)(かい)の名乗り以外、本当に一言も他人としゃべっていない。


 (わらわ)は、ユリウスにも会話の水を向けようとした。

 そのとき、カランカラン、と、時を告げる(かね)が鳴る。時計をみれば、もう終宴の時刻であった。


「おっと。もうこんな時間か」

「えっ? あっ、本当ですね。お話するのが楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまいましたわ。終宴まで居た夜会だなんて、今日が初めてかも」

「実は、(わらわ)もだ。事情があってのことだが…」

「まあっ、うれしい。アナスタシア様とおそろいだなんて」

「悪いが、(わらわ)たちは先に退出せねばならない。じゃあな、イザベラ(じよう)

「はい! 招待状が届くのを、楽しみにお待ちしております」

「ああ。ユリウス、行こう」

「はい、アナスタシア様」


 ユリウスのほうを向いて声をかけ、(かれ)とともに席を立つ。(かれ)(ともな)い、(わらわ)たちはダンススペースに向かった。


 ダンスの時間は終わり、エッセンバッハ公からの終宴の(あい)(さつ)を聞こうと、参加者(たち)が集まっていた。


「ご来場の(みな)(さま)。本日は、()()の夜会にお()し頂き――」


 ――型どおりの(あい)(さつ)が終わり、(わらわ)たちは、先に退出をうながされる。

 エッセンバッハ(こう)(しやく)家一家、それと、参加者の貴族らに(はく)(しゆ)で見送られ、(わらわ)たちは、手を軽くあげて応じつつ退出した。


***


 来たときと同じ馬車にユリウスと()()み、(わらわ)たちは帰路についた。

 夜の(せい)(じやく)に、(わらわ)たちの馬車の音だけが(ひび)く。


 二人きりになり、カーテンも閉めてあるので、(わらわ)()(かく)しを外す。


「楽しい夜会だった! ユリウス、そなたは?」


 (わらわ)がそう(たず)ねると、ユリウスは(ほほ)()んで応じた。


「私も、楽しかったです」


 そう応じるユリウスの言葉は、(うそ)ではなさそうだが、どこか表面的というか――『そう答えるのが正解だから』そう言っているだけで、本心を話していないような感じがした。


「…そうか! それならよかった。今後は、夜会に出席する機会が増えるであろう。そなたにも付き合ってもらわねばならぬが、平気か?」

「ええ、(もち)(ろん)です。アナスタシア様のおそばにいることが、私の幸せですから」


 ユリウスの言葉は、本心だろうか。


「…(わらわ)も、そなたがそばにいてくれるから心強い。今後とも(たよ)りにしている」

「はい」


 馬車は、先にヴァイセンドルフ(へん)(きよう)(はく)(てい)に寄り、ユリウスが降りた。


「お先に失礼します。おやすみなさい、アナスタシア様」

「ああ。おやすみ、ユリウス」


 (とびら)が閉められ、車内に(わらわ)一人となる。

 一人になると、考え事がうかんだ。


 ユリウスは、本当に楽しめただろうか。(わらわ)の都合で()(まわ)されて、(めい)(わく)していないだろうか。

 (かれ)は、何かを(かく)しているような気がする。


 しかしそれは、(わらわ)も同じだった。(わらわ)は、ユリウスに(うそ)をついた。


()()()()()()()()()()()()


 平民になりすます生活の中で、本当はひとつ、大きな問題が起きていた。そのことを、ユリウスには言えなくて、(かく)していた。

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