さあ、ショーの始まりだ
蒼翼隊の護衛騎士たち4名と侍女1名――今日は既婚者のコルネリアが担当――を引き連れ、ユリウスとともに大きく開かれた正面扉をくぐって、エッセンバッハ公爵家の玄関ホールに入る。
我々に先んじて入り、招待状と贈り物とを持たせた従者が、受付前で妾たちに頭を下げていた。受付係の者や、エッセンバッハ公爵家の使用人らも、同様に深く頭を垂れている。
入場確認と、贈り物の引き渡しはもう済んだらしい。
皇室から夜会主催家への贈り物として持ち込んだものは、皇室御用達の工房で作られた、銀製の大燭台であった。高さ1.5 m、床置きの七枝燭台で、台座には皇室の紋章 “双頭の鷲と王冠” が刻まれている。
妾が選んだものではなく、宮廷儀礼局が決定した品である。それ自体が美術品として映えるが、さらに皇室の紋章があることによって、これを賜り飾るエッセンバッハ公爵家の権勢を他家に示せるので、大変よろこばれるであろう品物――らしい。
積み込みも荷下ろしも見なかったので、ここで初めて見たが、包み越しにも分かる巨大さである。
贈り物は銀食器一式で良いかと儀礼局から問われたとき、エッセンバッハ公爵令嬢でもある侍女ユリエッタにどうかと尋ねたところ、
「お父様は大きなものがお好きなので、大きなものを贈るほうが喜ばれると思いますわ」
との答えだったので、それをそのまま侍従長経由で儀礼局に伝えた。結果、銀製の大燭台を贈ることになったのである。エッセンバッハ公が喜んでくれるとよいな。
そんなことを考えつつ歩みをすすめ、受付近くで立ち止まる。頭を深く下げたままの使用人たちに向かい、妾は背をのばしたまま声をかけた。
「面をあげよ。案内を頼む」
全員がスッと頭を上げる。メイドたちがササッとそばに寄ってきて、妾たちから上着を預かった。妾は琥珀色のショールを、ユリウスは外套をそれぞれ預けた。
メイドたちが上着を持って去ると、エッセンバッハ公爵家の従者が代表として一歩前に出、妾たちに挨拶を述べた。
「皇女殿下、ならびに、アーデルシュタイン侯爵閣下。本日は、エッセンバッハ公爵家主催の夜会にようこそお越しくださいました。公爵ご夫妻ならびにご家族一同、皇女殿下のご臨席を心より光栄に存じております。どうぞ、こちらへ――」
公爵家の従者が先導する。妾たちは、護衛騎士らと侍女コルネリアとを後ろに引き連れ、彼についていった。
案内された先は、他の客らが向かう会場の大広間ではなく、その近くの控え室である。妾とユリウスは、控え室のソファに促されて腰掛け、騎士らとコルネリアは、控え室内部の壁際に立った。
その状態で、従者から公爵の伝言を聞いた。
曰く、エッセンバッハ公爵が開会挨拶をする間ここで待ち、その後、最後の客として、伝令の合図で妾たちに入場してほしい。また、皇族である妾は、特別なゲストであるので、主催家に代わり、ユリウスとのファーストダンスを披露してほしい。
それと、本日の参加者には、若き令息や令嬢たちが多く居るので、先だってのデビュタンティンで話せなかった分、多くの縁を得る場にしてほしい、とのことである。
妾が承諾すると、従者は一礼し、なにかあれば使用人に言いつけてほしいと言い残して、仕事に戻るべく、部屋を出て行った。
この後、エッセンバッハ公の挨拶でも、妾の臨席が大々的に宣言されるはずだ。
事前に学習して知ってはいたものの、むずがゆくてそわそわする扱いだ。皇族として慣れるべきことだが、こうも特別扱いされると、なにかすごいことを披露しなければならない気がしてしまう。
ふと思い立ち、妾は懐から扇を取り出したあと、隣のユリウスに耳を貸すよう合図した。扇で口元を隠し、顔を寄せたユリウスにこそこそと耳打ちする。
秘密にするほどの話ではないが、こういう振る舞いは少し楽しい。
「……なるほど。承知いたしました」
「うむ! 頼んだぞ。この後が楽しみだな」
「ええ」
妾とユリウスが、互いにクスクスと笑い合う。
そんな妾たちを見て、騎士らとコルネリアは、不思議そうに、しかし微笑ましげに視線を交わし合っていた。
***
「アナスタシア・エルスティナ・フォン・グランツェルリヒ皇女殿下、ならびに、アーデルシュタイン候ユリウス・カスパール・フォン・ヴァイセンドルフ閣下!」
伝令が高らかに告げるとともに、妾たちの前の扉が開いた。
会場の大広間は、皇宮のものに負けず劣らず煌びやかであり、光り輝くシャンデリアとクリスタルの魔導灯とで隅々まで照らされ、大理石の床がそれらを反射していた。
妾たちの前に赤絨毯が敷かれ、その両脇に、それぞれ儀礼にのっとり深く頭を下げた貴族たちが並ぶ。
赤絨毯に沿って、妾とユリウスが前に進んでいき、ダンススペースの真ん中に辿り着く。妾たちは互いに手を結び、腕を組み、ダンスの最初のポーズをとった。
貴族たちが頭を上げ、静かにダンススペースの周りに散っていく。
控えていた楽団員たちは、バイオリンの弓を構え、指揮棒を構え、一曲目を奏でる準備をそれぞれ整えた。
さあ、ショーの始まりだ。
招待状にあった曲目通り、はじめのワルツが流れ始める。妾が好きなオペラ劇に登場する楽曲であり、若い令嬢たちの間で広く流行した一曲だ。
その拍に沿って踏み出したるは、大きく歩幅をあけてのナチュラルターン。つづけてクイックスピン、ナチュラルターニングロック、クイックオープンリバースと、難易度の高いステップを次々披露しながらも、一糸乱れぬシンクロステップで、広くとられたダンススペース全域を舐めるように猛スピードで動き回り、妾とユリウスは踊った。
危険なので、およそ社交の場で披露するべきではない動き――具体的には “大会向けステップ” を妾たちは繰り出したのである。
素早く、しかし優雅に美しく、音を立てず滑るように。
ダンススペースを一周した。それを期に、妾とユリウスが手を片方離して、左右に横並びになり、大きく足を開いて立つ。同時に、妾は空いた右手をまっすぐ斜め上に持ち上げ、観衆に向かってポーズを決めた。
それから、妾は両手を離して素早く左に2回転し、ユリウスの両肩に腕を回して掴まる。ユリウスは、妾の背に両腕を回す。互いに深く抱擁するような姿勢。
からの、妾が左手をユリウスから離し、すかさず両足を開いて立ちつつ、大きく背をのけ反り、左腕を遠くに伸ばして静止!
不安定な姿勢になった妾を、ユリウスが両手で支える。
ポーズを決めた妾たちを見て、貴族たちがどよめき声をもらし、パラパラと拍手が起こった。
だが、見せ場はまだまだこれからだ。
スッと姿勢を直立に戻し、くるりと回転して、ふたたびユリウスの右側へ。互いに半歩まわって再度向かい合いながら、素早く互いの両手を組み直し、クイックスピンをいくつか披露しつつ移動。
ユリウスの左手と結んでいた右手を離し、左手とともにユリウスの肩へ。それと同時に、ユリウスの両手は妾の腰へ。
腰を深く落とし、おもいっきり上にジャンプ! 同時に、ユリウスに支えられ、リフト!
右手をユリウスの首後ろに回して自分を支え、大きく仰け反り、左腕をまっすぐに伸ばして、ポーズ! 下着が見えない程度に、左足も持ち上げる!
三日月ポーズを維持した妾を支えつつ、ユリウスがクルクルとスピンする。
妾たちの大技を見て、観衆からワッと声があがり、先ほどより大きな拍手が沸き起こった。
回転を止め、妾のリフトを解除したユリウスと、ふたたび両手を通常ポーズに組み合って踊る。クイックスピン、ナチュラルターニングロック、クイックオープンリバース――。
このあたりで、楽曲が一番の盛り上がりを迎える。この曲が登場したオペラ劇では、ここからプリマドンナの歌唱が始まった。
妾は、ユリウスと踊りながら、大きく息を吸い込んだ。
♪ 星の海を渡る光
♪ 夢を抱きしめて舞い上がる
♪ 心ひとつに重ねては
♪ 永遠の調べ 響け
♪ 月の雫 頬をよせ
♪ 愛は囁き 風に舞う
♪ 手と手を結ぶ奇跡こそ
♪ 明日の扉をひらく――
ダンスをつづけながら、いつか観たプリマドンナを真似て妾が歌うと、令嬢たちからキャアアと嬉しげな悲鳴があがった。
昔から歌うのは好きだ。皇宮の皆の反応が世辞や優しさだけでなければ、妾の歌はちょっとしたものらしい。そうでなくとも、好きな歌を思い切り歌うのは、心地よかった。
歌い終えたところで、妾たちのファーストダンスの演奏が終わる。
今度は妾が左側に立って、ユリウスと左右に横並びに立ち、空いた左手でスカートをつまむ。二人そろって、バレエダンサーのように両足を大きくクロスさせ、観衆の貴族たちに向かって礼をした。
割れんばかりの拍手が沸き起こり、貴族たちは、口々に賞賛の声をあげた。
***
いやあ、それにしても、このステップを社交界で披露する日が来ようとは。
以前、社交ダンスの全国大会なるものを知り、帝国一位ペアのダンスを幻影で観て、「ぜひとも自分でも踊ってみたい」と思い、ユリウスとともに練習したのである。
共に練習を重ねた特定パートナーとでなければ到底踊れない難易度なうえ、今回のように一組のみのファーストダンスでなければ、普通に踊る他の組と力いっぱい激突し、大事故にもなりかねない。まさに “大会専用” のステップなのだ。
今さらだが、ユリウスは本当によく快諾してくれたと思うし、よく習得に至るまで付き合ってくれたと思うし、今回も、よくお披露目を快諾してくれたものだ、と思う。
妾の許婚、本当にすごく…すごいな?
「2曲目はよろしいのですか? アナスタシア様」
「お、やりたいのか?」
「ふふっ、いいえ」
「だろう、さすがにな。それに、エッセンバッハ公爵夫妻に挨拶したいし、ユリエッタの様子も見たい…。そなたは? だれか、挨拶しておきたい者はいるか?」
「いえ。アナスタシア様に従います」
「そうか」
さすがに二人揃って息を弾ませつつ、口々に賞賛を述べて近寄ってくる貴族らに妾が会釈と手振りで返しながら、人々を掻き分けるようにして歩き、エッセンバッハ公爵夫妻と子供たちの居る場所まで辿り着いた。
エッセンバッハ公爵と公爵夫人は、それまで会話していた他の客との話を切り上げ、妾に向き直った。
「これは、皇女殿下! 大変すばらしいファーストダンスをご披露いただき、誠にありがとうございます。そのうえ、貴きお声で、歌まで! 私ども、前代未聞とも言うべき栄誉を賜り、感謝の念に堪えません」
「うむ。よき夜会への招待に感謝する、エッセンバッハ公」
「とんでもない! 私どものほうこそ、殿下のご臨席を賜ることができ、これ以上の喜びはございません。ささやかなおもてなしではございますが、当家の夜会を楽しんでいただけますれば幸いに存じます」
「うむ」
ひととおり挨拶を済ませたので、妾は、近くにいたエッセンバッハ公爵家の子供たちに目を向けた。
イブニングドレスで着飾ったユリエッタと、ユリエッタの兄である嫡男アルブレヒト令息と、見慣れない令嬢とがいた。ユリエッタ経由で音に聞いた、アルブレヒト殿の婚約者のクロイツェル侯爵令嬢と思われる。
ユリエッタと令嬢はカーテシーを、アルブレヒト殿はボウ・アンド・スクレープをして、それぞれ頭を深く下げていた。
「ごきげんよう、ユリエッタ。それと、アルブレヒト殿。そちらの令嬢を紹介してもらえるか?」
妾が声をかけると、3人はそれぞれ頭をあげた。
「ごきげんよう、姫様」
「ごきげんうるわしゅうございます、皇女殿下。こちら、先日婚約いたしました、私の婚約者のエリーゼ・フォン・クロイツェル侯爵令嬢にございます」
アルブレヒト殿の紹介を受け、クロイツェル侯爵令嬢がもう一度かるく頭を下げる。
「お初にお目にかかります、皇女殿下。エリーゼ・フォン・クロイツェルにございます」
「うむ。まずは、婚約おめでとう。そなたの義妹となる予定のユリエッタは、妾の専属侍女である。これからも付き合いが長くなると思われる故、よろしく頼む」
「ありがとうございます、殿下。わたくしのほうこそ、不束者ではございますが、どうぞよろしくお願い致します」
頷いて返したのち、妾は、ユリエッタのほうに向き直った。
「そなたのほうはどうだ? 今宵の参加者には、めぼしい男はいそうか」
「ふふふっ。さあ、どうでしょうか、これから探るところですの。姫様とアーデルシュタイン候の “ハンパない” ダンスの後では、見劣りするものしか踊れませんけれども、殿方探しを精一杯がんばってまいりますわ」
ヴァレンティーナから教わった言葉を使いつつ、ユリエッタはそう言って笑った。耳慣れない形容詞に、エッセンバッハ一家もクロイツェル侯爵令嬢も首をかしげる。
妾からは特に解説せず、ユリエッタとクスクス笑いを交わしたあと、ユリウスに「挨拶はもういい」と目で合図を送り、妾たちはエッセンバッハ一家らから離れた。
「こいつら、マジでヤベーことやってんな…」「アナスタシア、肺活量バグってない?」って思いながら書きました。




