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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第一章 アナスタシア編

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さあ、ショーの始まりだ

 (そう)(よく)隊の護衛()()たち4名と()(じよ)1名――今日は()(こん)(しや)のコルネリアが担当――を引き連れ、ユリウスとともに大きく開かれた正面(とびら)をくぐって、エッセンバッハ(こう)(しやく)家の(げん)(かん)ホールに入る。

 我々に先んじて入り、招待状と(おく)(もの)とを持たせた従者が、受付前で(わらわ)たちに頭を下げていた。受付係の者や、エッセンバッハ(こう)(しやく)家の使用人らも、同様に深く(こうべ)を垂れている。

 入場(かく)(にん)と、(おく)(もの)()(わた)しはもう済んだらしい。


 皇室から夜会(しゆ)(さい)家への(おく)(もの)として()()んだものは、皇室()(よう)(たし)(こう)(ぼう)で作られた、銀製の大(しよく)(だい)であった。高さ1.5 m、(ゆか)置きの(なな)()(しよく)(だい)で、台座には皇室の(もん)(しよう)(そう)(とう)(わし)(おう)(かん)” が刻まれている。

 (わらわ)が選んだものではなく、(きゆう)(てい)()(れい)局が決定した品である。それ自体が美術品として()えるが、さらに皇室の(もん)(しよう)があることによって、これを(たまわ)(かざ)るエッセンバッハ(こう)(しやく)家の権勢を他家に示せるので、大変よろこばれるであろう品物――らしい。

 ()()みも荷下ろしも見なかったので、ここで初めて見たが、包み()しにも分かる(きよ)(だい)さである。


 (おく)(もの)は銀食器一式で良いかと()(れい)局から問われたとき、エッセンバッハ(こう)(しやく)(れい)(じよう)でもある()(じよ)ユリエッタにどうかと(たず)ねたところ、


「お父様は大きなものがお好きなので、大きなものを(おく)るほうが喜ばれると思いますわ」


 との答えだったので、それをそのまま()(じゆう)(ちよう)経由で()(れい)局に伝えた。結果、銀製の大(しよく)(だい)(おく)ることになったのである。エッセンバッハ(こう)が喜んでくれるとよいな。


 そんなことを考えつつ歩みをすすめ、受付近くで立ち止まる。頭を深く下げたままの使用人たちに向かい、(わらわ)は背をのばしたまま声をかけた。


「面をあげよ。案内を(たの)む」


 全員がスッと頭を上げる。メイドたちがササッとそばに寄ってきて、(わらわ)たちから上着を預かった。(わらわ)()(はく)(いろ)のショールを、ユリウスは(がい)(とう)をそれぞれ預けた。

 メイドたちが上着を持って去ると、エッセンバッハ(こう)(しやく)家の従者が代表として一歩前に出、(わらわ)たちに(あい)(さつ)を述べた。


「皇女殿(でん)()、ならびに、アーデルシュタイン(こう)(しやく)閣下。本日は、エッセンバッハ(こう)(しやく)(しゆ)(さい)の夜会にようこそお()しくださいました。(こう)(しやく)ご夫妻ならびにご家族一同、皇女殿(でん)()のご臨席を心より光栄に存じております。どうぞ、こちらへ――」


 (こう)(しやく)家の従者が先導する。(わらわ)たちは、護衛()()らと()(じよ)コルネリアとを後ろに引き連れ、(かれ)についていった。

 案内された先は、他の客らが向かう会場の大広間ではなく、その近くの(ひか)(しつ)である。(わらわ)とユリウスは、(ひか)(しつ)のソファに(うなが)されて(こし)()け、()()らとコルネリアは、(ひか)(しつ)内部の(かべ)(ぎわ)に立った。

 その状態で、従者から(こう)(しやく)の伝言を聞いた。


 (いわ)く、エッセンバッハ(こう)(しやく)が開会(あい)(さつ)をする間ここで待ち、その後、最後の客として、伝令の合図で(わらわ)たちに入場してほしい。また、皇族である(わらわ)は、特別なゲストであるので、(しゆ)(さい)家に代わり、ユリウスとのファーストダンスを()(ろう)してほしい。

 それと、本日の参加者には、若き令息や(れい)(じよう)たちが多く居るので、先だってのデビュタンティンで話せなかった分、多くの(えにし)を得る場にしてほしい、とのことである。


 (わらわ)(しよう)(だく)すると、従者は一礼し、なにかあれば使用人に言いつけてほしいと言い残して、仕事に(もど)るべく、部屋を出て行った。

 この後、エッセンバッハ(こう)(あい)(さつ)でも、(わらわ)の臨席が大々的に宣言されるはずだ。


 事前に学習して知ってはいたものの、むずがゆくてそわそわする(あつか)いだ。皇族として慣れるべきことだが、こうも特別(あつか)いされると、なにかすごいことを()(ろう)しなければならない気がしてしまう。


 ふと思い立ち、(わらわ)(ふところ)から(おうぎ)を取り出したあと、(となり)のユリウスに耳を貸すよう合図した。(おうぎ)で口元を(かく)し、顔を寄せたユリウスにこそこそと耳打ちする。

 秘密にするほどの話ではないが、こういう()()いは少し楽しい。


「……なるほど。承知いたしました」

「うむ! (たの)んだぞ。この後が楽しみだな」

「ええ」


 (わらわ)とユリウスが、(たが)いにクスクスと笑い合う。

 そんな(わらわ)たちを見て、()()らとコルネリアは、不思議そうに、しかし(ほほ)()ましげに視線を()わし合っていた。


***


「アナスタシア・エルスティナ・フォン・グランツェルリヒ皇女殿(でん)()、ならびに、アーデルシュタイン(こう)ユリウス・カスパール・フォン・ヴァイセンドルフ閣下!」


 伝令が高らかに告げるとともに、(わらわ)たちの前の(とびら)が開いた。


 会場の大広間は、(こう)(きゆう)のものに()けず(おと)らず(きら)びやかであり、(ひか)(かがや)くシャンデリアとクリスタルの()(どう)灯とで(すみ)(ずみ)まで照らされ、大理石の(ゆか)がそれらを反射していた。

 (わらわ)たちの前に赤(じゆう)(たん)()かれ、その(りよう)(わき)に、それぞれ()(れい)にのっとり深く頭を下げた貴族たちが並ぶ。


 赤(じゆう)(たん)に沿って、(わらわ)とユリウスが前に進んでいき、ダンススペースの真ん中に辿(たど)()く。(わらわ)たちは(たが)いに手を結び、(うで)を組み、ダンスの最初のポーズをとった。

 貴族たちが頭を上げ、静かにダンススペースの周りに散っていく。

 (ひか)えていた楽団員たちは、バイオリンの弓を構え、指揮棒を構え、一曲目を(かな)でる準備をそれぞれ整えた。


 さあ、ショーの始まりだ。


 招待状にあった曲目通り、はじめのワルツが流れ始める。(わらわ)が好きなオペラ劇に登場する楽曲であり、若い(れい)(じよう)たちの間で広く流行した一曲だ。


 その拍に沿って()()したるは、大きく()(はば)をあけてのナチュラルターン。つづけてクイックスピン、ナチュラルターニングロック、クイックオープンリバースと、難易度の高いステップを次々()(ろう)しながらも、一糸乱れぬシンクロステップで、広くとられたダンススペース全域を()めるように(もう)スピードで動き回り、(わらわ)とユリウスは(おど)った。

 危険なので、およそ社交の場で()(ろう)するべきではない動き――具体的には “大会向けステップ” を(わらわ)たちは()()したのである。


 ()(ばや)く、しかし(ゆう)()に美しく、音を立てず(すべ)るように。


 ダンススペースを一周した。それを期に、(わらわ)とユリウスが手を片方(はな)して、左右に横並びになり、大きく足を開いて立つ。同時に、(わらわ)は空いた右手をまっすぐ(なな)(うえ)に持ち上げ、観衆に向かってポーズを決めた。

 それから、(わらわ)は両手を(はな)して()(ばや)く左に2回転し、ユリウスの(りよう)(かた)(うで)を回して(つか)まる。ユリウスは、(わらわ)の背に(りよう)(うで)を回す。(たが)いに深く(ほう)(よう)するような姿勢。

 からの、(わらわ)が左手をユリウスから(はな)し、すかさず両足を開いて立ちつつ、大きく背をのけ反り、(ひだり)(うで)を遠くに()ばして静止!

 不安定な姿勢になった(わらわ)を、ユリウスが両手で支える。


 ポーズを決めた(わらわ)たちを見て、貴族たちがどよめき声をもらし、パラパラと(はく)(しゆ)が起こった。

 だが、見せ場はまだまだこれからだ。


 スッと姿勢を直立に(もど)し、くるりと回転して、ふたたびユリウスの右側へ。(たが)いに半歩まわって再度向かい合いながら、()(ばや)(たが)いの両手を組み直し、クイックスピンをいくつか()(ろう)しつつ移動。

 ユリウスの左手と結んでいた右手を(はな)し、左手とともにユリウスの(かた)へ。それと同時に、ユリウスの両手は(わらわ)(こし)へ。


 (こし)を深く落とし、おもいっきり上にジャンプ! 同時に、ユリウスに支えられ、リフト!


 右手をユリウスの首後ろに回して自分を支え、大きく()()り、(ひだり)(うで)をまっすぐに()ばして、ポーズ! 下着が見えない程度に、左足も持ち上げる!

 三日月ポーズを()()した(わらわ)を支えつつ、ユリウスがクルクルとスピンする。


 (わらわ)たちの(おお)(わざ)を見て、観衆からワッと声があがり、先ほどより大きな(はく)(しゆ)()()こった。


 回転を止め、(わらわ)のリフトを解除したユリウスと、ふたたび両手を通常ポーズに組み合って(おど)る。クイックスピン、ナチュラルターニングロック、クイックオープンリバース――。

 このあたりで、楽曲が一番の盛り上がりを(むか)える。この曲が登場したオペラ劇では、ここからプリマドンナの歌唱が始まった。


 (わらわ)は、ユリウスと(おど)りながら、大きく息を()()んだ。


♪ 星の海を(わた)る光

♪ 夢を()きしめて()()がる

♪ 心ひとつに重ねては

♪ 永遠の調べ (ひび)


♪ 月の(しずく) (ほお)をよせ

♪ 愛は(ささや)き 風に()

♪ 手と手を結ぶ()(せき)こそ

♪ 明日の(とびら)をひらく――


 ダンスをつづけながら、いつか()たプリマドンナを()()(わらわ)が歌うと、(れい)(じよう)たちからキャアアと(うれ)しげな悲鳴があがった。


 昔から歌うのは好きだ。(こう)(きゆう)(みな)の反応が世辞や(やさ)しさだけでなければ、(わらわ)の歌はちょっとしたものらしい。そうでなくとも、好きな歌を思い切り歌うのは、(ここ)()よかった。


 歌い終えたところで、(わらわ)たちのファーストダンスの演奏が終わる。

 今度は(わらわ)が左側に立って、ユリウスと左右に横並びに立ち、空いた左手でスカートをつまむ。二人そろって、バレエダンサーのように両足を大きくクロスさせ、観衆の貴族たちに向かって礼をした。


 割れんばかりの(はく)(しゆ)()()こり、貴族たちは、口々に賞賛の声をあげた。


***


 いやあ、それにしても、このステップを社交界で()(ろう)する日が来ようとは。

 以前、社交ダンスの全国大会なるものを知り、(てい)(こく)一位ペアのダンスを(げん)(えい)()て、「ぜひとも自分でも(おど)ってみたい」と思い、ユリウスとともに練習したのである。


 共に練習を重ねた特定パートナーとでなければ(とう)(てい)(おど)れない難易度なうえ、今回のように一組のみのファーストダンスでなければ、()(つう)(おど)る他の組と力いっぱい(げき)(とつ)し、大事故にもなりかねない。まさに “大会専用” のステップなのだ。

 今さらだが、ユリウスは本当によく(かい)(だく)してくれたと思うし、よく習得に至るまで付き合ってくれたと思うし、今回も、よくお()()()(かい)(だく)してくれたものだ、と思う。

 (わらわ)許婚(いいなずけ)、本当にすごく…すごいな?


「2曲目はよろしいのですか? アナスタシア様」

「お、やりたいのか?」

「ふふっ、いいえ」

「だろう、さすがにな。それに、エッセンバッハ(こう)(しやく)夫妻に(あい)(さつ)したいし、ユリエッタの様子も見たい…。そなたは? だれか、(あい)(さつ)しておきたい者はいるか?」

「いえ。アナスタシア様に従います」

「そうか」


 さすがに二人(そろ)って息を(はず)ませつつ、口々に賞賛を述べて近寄ってくる貴族らに(わらわ)()(しやく)()()りで返しながら、人々を()()けるようにして歩き、エッセンバッハ(こう)(しやく)夫妻と子供たちの居る場所まで辿(たど)()いた。

 エッセンバッハ(こう)(しやく)(こう)(しやく)夫人は、それまで会話していた他の客との話を切り上げ、(わらわ)に向き直った。


「これは、皇女殿(でん)()! 大変すばらしいファーストダンスをご()(ろう)いただき、(まこと)にありがとうございます。そのうえ、(とうと)きお声で、歌まで! 私ども、(ぜん)(だい)()(もん)とも言うべき(えい)()(たまわ)り、感謝の念に()えません」

「うむ。よき夜会への招待に感謝する、エッセンバッハ公」

「とんでもない! 私どものほうこそ、殿(でん)()のご臨席を(たまわ)ることができ、これ以上の喜びはございません。ささやかなおもてなしではございますが、当家の夜会を楽しんでいただけますれば幸いに存じます」

「うむ」


 ひととおり(あい)(さつ)を済ませたので、(わらわ)は、近くにいたエッセンバッハ(こう)(しやく)家の子供たちに目を向けた。

 イブニングドレスで()(かざ)ったユリエッタと、ユリエッタの兄である(ちやく)(なん)アルブレヒト令息と、見慣れない(れい)(じよう)とがいた。ユリエッタ経由で音に聞いた、アルブレヒト殿(どの)(こん)(やく)(しや)のクロイツェル(こう)(しやく)(れい)(じよう)と思われる。

 ユリエッタと(れい)(じよう)はカーテシーを、アルブレヒト殿(どの)はボウ・アンド・スクレープをして、それぞれ頭を深く下げていた。


「ごきげんよう、ユリエッタ。それと、アルブレヒト殿(どの)。そちらの(れい)(じよう)(しよう)(かい)してもらえるか?」


 (わらわ)が声をかけると、3人はそれぞれ頭をあげた。


「ごきげんよう、(ひめ)(さま)

「ごきげんうるわしゅうございます、皇女殿(でん)()。こちら、先日(こん)(やく)いたしました、私の(こん)(やく)(しや)のエリーゼ・フォン・クロイツェル(こう)(しやく)(れい)(じよう)にございます」


 アルブレヒト殿(どの)(しよう)(かい)を受け、クロイツェル(こう)(しやく)(れい)(じよう)がもう一度かるく頭を下げる。


「お初にお目にかかります、皇女殿(でん)()。エリーゼ・フォン・クロイツェルにございます」

「うむ。まずは、(こん)(やく)おめでとう。そなたの()(まい)となる予定のユリエッタは、(わらわ)の専属()(じよ)である。これからも付き合いが長くなると思われる(ゆえ)、よろしく(たの)む」

「ありがとうございます、殿(でん)()。わたくしのほうこそ、()(つつか)(もの)ではございますが、どうぞよろしくお願い(いた)します」


 (うなず)いて返したのち、(わらわ)は、ユリエッタのほうに向き直った。


「そなたのほうはどうだ? ()(よい)の参加者には、めぼしい男はいそうか」

「ふふふっ。さあ、どうでしょうか、これから(さぐ)るところですの。(ひめ)(さま)とアーデルシュタイン(こう)の “ハンパない” ダンスの後では、()(おと)りするものしか(おど)れませんけれども、殿(との)(がた)探しを(せい)(いつ)(ぱい)がんばってまいりますわ」


 ヴァレンティーナから教わった言葉を使いつつ、ユリエッタはそう言って笑った。耳慣れない形容詞に、エッセンバッハ一家もクロイツェル(こう)(しやく)(れい)(じよう)も首をかしげる。


 (わらわ)からは特に解説せず、ユリエッタとクスクス笑いを()わしたあと、ユリウスに「(あい)(さつ)はもういい」と目で合図を送り、(わらわ)たちはエッセンバッハ一家らから(はな)れた。

「こいつら、マジでヤベーことやってんな…」「アナスタシア、肺活量バグってない?」って思いながら書きました。

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