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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第一章 アナスタシア編

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嘘つき

 馬車がぱかぱかとエッセンバッハ(こう)(しやく)家に向かい、最小限に(かん)()された()れが車内に伝わる。

 日は(すで)に落ちているので、窓にはカーテンが引かれ、車内の(てん)(じよう)から、()(どう)灯の(やわ)らかな光が投げかけられていた。


 (わらわ)は、ユリウスと向かい合って座席に(すわ)っていた。今は二人きりなので、(わらわ)は、レース(かざ)りつきの()(かく)し――(かみ)(みみ)(かざ)りの(じや)()にならぬよう、本日は耳()けの仮面型――を外し、(しん)()のベルベット張りの座席に置いていた。

 ユリウスは、(だま)ったまま(わらわ)をじっと見つめている。今度は呼吸を忘れておらず、ただ、幸せそうな表情を()かべていた。


 なんだか()()ずかしくなって、(わらわ)は両手のブレスレットを示し、先に言葉を発した。


「見てくれ、ユリウス。どう思う、これ。(みみ)(かざ)りも」


 (みみ)(かざ)りも指さしつつ声をかけると、ユリウスは、ふと(ねむ)りから覚めたかのように両目を(まばた)かせたあと、目を細め、にこりと(ほほ)()んだ。


「とても(ごう)(しや)なダイヤモンドにございますね。アナスタシア様に、よくお似合いだと思います」

「そうか? 無理におだてなくてもいいぞ。こんな…見せつけるみたいにジャラジャラさせて、『品がない』と笑い物にされるんじゃないか、今から不安でしょうがない」

「まさか、本心にございますよ。アナスタシア様ご自身が、どのような宝石の(かがや)きよりも(きら)めき、美しさと品位に満ちていらっしゃるのですから、だれが笑い物になどいたしましょう。

 もし万が一、そのような無礼者がいたなら、私が(そつ)(こく)手打ちにいたします」


 うーむ、(はげ)まし方が(ぶつ)(そう)だ。


「ありがとう、手打ちにする前に相談はしてくれ。そなたが良いと言ってくれるなら、周りにどう思われても、ある程度なら構わない」

「アナスタシア様……」


 うれしげに見つめてくるユリウスの()(はく)(いろ)(ひとみ)と目が合う。少し()ずかしくて、目をまた()らしたくなったが、ぐっとこらえ、()(がお)を返した。

 なんだかくすぐったくなって、クスクスと笑い声が()れる。


「それらのお(かざ)りは、お()()していらっしゃらないのですね」


 ユリウスに(たず)ねられ、(わらわ)(うなず)いて返した。


(かみ)(かざ)りは気に入っているのだがな。ドレスのバラに似合う、(ちよう)(ちよう)で。その他は、多分に政治的な理由で身につけさせられている」

「それは、それは」

「まあ、(いた)(かた)ない。アーベントロートの(やつ)に、『望みどおり平民になりすませるよう、どれほど骨を折ってやったと思っている』と(おど)されてはな」


 (ちや)()してそう言うと、ユリウスの表情は()(たん)に暗くなった。


「…その件なのですが、やはり、中止になさいませぬか? 平民と交わってお過ごしになるなど…アナスタシア様の(おん)()に危険が(およ)ぶと思うと、私は不安で…とても、不安で……」


 心底苦しげな表情でそう言われ、(わらわ)は「しまった」と思い、無意識に(くちびる)をキュッと引き結んだ。


 平民として酒場 “(ぎん)(ろう)(てい)” で働くことについて、ユリウスにも伝えはした。だが、(かれ)(なつ)(とく)させるには(いま)だ至っていない。(わらわ)を止める手段が(かれ)には無いというだけで、可能ならば、今すぐにでも平民区画から(わらわ)を遠ざけたい考えのままである。


 ユリウスが、今にも泣きそうな顔をして、(こん)(がん)するように(わらわ)を見つめてくる。思わず、(わらわ)はウッと小さく(うめ)いた。

 レオノーラでもベルンシュタイン夫人でも、アーベントロートでも母上でも、ほとんどの相手からは(しか)られようが(いさ)められようが、(わらわ)の意志さえ固く在れば気にならない。

 だが、ユリウスのこの顔、この目付きにだけは負けそうになる。胸がちくちく()され、固いはずの意志まで解けて、()(さん)させられそうになるのだ。


 ()が方の形勢不利。三十六計()げるに()かず、話題を変えて()()()さねば…。


「なに、かれこれひと月になるが、(そう)(よく)(たい)やアーベントロート、それと “(かげ)” のおかげで、()()()()()()()()()()()()。そう心配することはないぞ」


 (わらわ)がそう言うと、ユリウスは目を()せ、ぼそぼそと何かを(つぶや)いた。なんと言ったのかは、そのときには分からなかった。

 それを聞き返すことはせず、(わらわ)は「なんでもいいから話題の種はないか」と、カーテンを()け、夜の(てい)()(のぞ)()んだ。


 現在地は、(こう)(きゆう)の外、高位貴族のタウンハウスが立ち並ぶ貴族区画の道路だ。平民区画のシェネ・ガッセと異なり、馬車が複数台()()える広い道路には、(わらわ)たち以外の貴族乗用馬車が数多く()()っていた。


「見てくれ、ユリウス。夜なのに、貴族たちの乗った馬車がこんなにたくさん。方向を同じくする馬車は、(みな)、エッセンバッハ(こう)(しやく)家に向かっているのだろうか?」

「……そうですね。()(よい)は、他に大きな夜会が無いようですから」


 物言いたげな(ちん)(もく)を置きつつも、ユリウスはそのように応じた。

 よし、いや「よし」ではないかも分からんが、ともかく話題を()らした。


「そうか! 楽しみだな。デビュタンティンの夜会では、例の問題のせいで、食事をとることすら、ままならなかったものなあ。(わらわ)、誕生日だったのに」


 思い出すと、今でも(くち)()しい。あの夜会で、デビュタン・デビュタンティンたちと楽しく語りながら分け合う予定だった、大きくて(ごう)()な誕生日ケーキもあったのだ。

 それどころではなくなってしまったので、(わらわ)と母上と、あと()(じよ)らや女官らとで少しずつ食べて、大臣や(かん)(りよう)たち、文官ら()()兵士らのうち希望者にも()()い、それでも残った大部分を(こう)(きゆう)使用人たちにも食べてもらうことになったのである。


 ユリウスのどこか(ちん)(つう)(おも)()ちを()()ばそうと、(わらわ)はつとめて明るく笑って見せた。


「だから()(よい)は、エッセンバッハ(こう)(しやく)家の()(そう)をうんと楽しんでやるつもりだ!

 それと、前に伝えたとおり、(わらわ)は、ユリウス以外の者とは(おど)らないことに決まったからな、今夜はきっと安心だ。それに、アクセサリーはともかく、()(よい)のドレスは羽のように軽い。これなら、全曲通しでだって(おど)れる気がする。

 そなたはどうだ? ついてこられるか?」


 (わらわ)がいたずらっぽく笑いながら問いかけると、ユリウスも()みを()(もど)したようだった。


「アナスタシア様がお望みとあらば、夜会が終わっても(おど)り続けますよ」

「ふふふ、よく言った。()(よい)こそ、共に楽しもう!」


 そんな話をしていると、馬車の()れが変わり、移動を止めたと分かった。

 ユリウスの背後にある、(ぎよ)(しや)(まど)()しにコッコッとノックが入り、戸がほんの少し開く。


(とう)(ちやく)でございます」


 (ぎよ)(しや)の声が告げた。


「うむ、ご苦労!」


 よし、乗り切った。あとは、ユリウスと(いつ)(しよ)に楽しめばいい。

 (わらわ)は、(わき)に置いていた()(かく)しを手に取り、顔に取りつけた。


 馬車の(とびら)が、従者の手によって大きく開かれる。ユリウスが先に外に出て、(わらわ)にエスコートの手を()ばした。その手をとって、(わらわ)も馬車を降りる。

 (こし)のクリノリンに()(りよく)を流せば、スカートが大きく(ふく)らみ、美しいベルラインが(えが)かれた。


「さあ行こう、ユリウス」

「はい、アナスタシア様」


 ユリウスの(うで)(わらわ)の手をかけ、お(たが)いに()(はば)(そろ)え、エッセンバッハ(こう)(しやく)家タウンハウス――(はく)()(きゆう)殿(でん)風の建物――に向かって歩き出す。


 馬車の中でユリウスが何を(つぶや)いていたのか、思い出すのも気づくのも、これよりずっと後のことになる。

 思えば(わらわ)は、このときすぐに気づくべきだった。気にするべきだった。


 ユリウスは、こう(つぶや)いていたのである。


(うそ)つき』――と。

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