表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第一章 アナスタシア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/46

ジジイは小便よりも木こり

 いざ、平民になりすますという目標ができると、学ぶことも増えた。平民の暮らしぶり、服装、物価、言葉づかい、住居構造の(ちが)い、などなど。

 それに、みずから()(へい)()(あつか)い、買い物だってできる必要がある。()(だん)のように、()しいものをただ選んで持って行ったら、(ぬす)(びと)となってしまう。


 教師には、アーベントロートの手配した(おん)(みつ)調査員だという女性が来た。赤茶の豊かな(かみ)をなびかせた、中々の美形である。名は、ヴァレンティーナといった。元は平民で、一代(だん)(しやく)位を(たまわ)った身とのこと。

 いわゆる “皇室の(かげ)” を(にな)う組織の一員らしい。直接関わることはないので、よくは知らないが。


 ()(しよう)指導や服の試着などもあるため、試着の間に(かの)(じよ)を招き、()(じよ)ともども指導を受けた。通常は仕立屋などの業者を招く部屋で、採光がよく、()()え用の(つい)(たて)や、大きな姿見のある場所である。


「はーい、復習です。お(さい)()にグランツ金貨は~?」

「いれてはいけない」

「正っ解~。ゼルネ銀貨は~?」

「多くとも10枚まで」

「はーい、大正解~。平民の年収はですねー、技量の高い職人で120ゼルネ、(きゆう)()は40から60ゼルネくらいですー。

 安全のためにー、あんま、大金もちあるかないでくださいねー。金ぬすまれる分には(かゆ)くもねーと思うんッスけど~、()(しろ)(きん)(ねら)いでね、(ひめ)(さま)本人が(ゆう)(かい)とかされっとヤベーんで~」

「うむ!」

「さっすがですね~。マージで、一回きいたら(そく)覚えますね~。(ちよう)スゲーっす、パネェっすわ。ソンケーしちゃいます~~」


 ()(しよう)(だい)の前に(すわ)り、ヴァレンティーナに()(しよう)(ほどこ)されながら、(かの)(じよ)とそのような会話を()わした。

 生まれが平民の教師に教えをうけるのは初めてだが、言葉づかいや口調が貴族と全然ちがっていて、聞いたことのない言葉も多い。今、()められているのはなんとなくわかる。


 ヴァレンティーナが、大きめのメイクブラシでポフポフと(わらわ)の顔を()でる。みるみる、(わらわ)の人相が変わっていく。


「いや~~。あーし、貴族のフリしてぇ~~、貴族の夜会に(せん)(にゆう)~~は、したことあんスけどぉ~~。逆に、ホンモノのお(ひめ)(さま)、平民に化けさす日が来るとか思わんスよ~~。

 なんつうんですっけ、こういうの。“ジジイは小便よりも木こり”?」

「“事実は小説よりも()なり” だな。無理を言ってすまん」

「いやいや、ムリとかはねーすよ? マジで。あーし、平民ガオのがいっぱい見てっし。んまぁ、しいていえば、この(ばく)(れつ)アゲアゲ(ちよう)(ぜつ)美少女フェイス、ど~~にか、イモに見せるのが難しいッスけどぉ~~。まあ、あーしに任してくださいよ」

「うむ!」


 (はだ)(いろ)()く、不均一に日焼けしたような色味が足され、さらに、ぽつぽつとソバカスが足されていく。


「美人をブスにすること、あんまねーし聞かないッスけどぉ。ようするに、ブスを美人に見せるのの逆をね? やったったらいいわけで~~。そっちは、お手のモンですからよ? あーしに任したら(かん)(ぺき)ってわけ。……おっし! どっすか!」


 ヴァレンティーナが、さっと身を(はな)し、(わらわ)に鏡がよく見えるようにしてくれる。


「おお……!」


 そこには、まったく別人としか思えない、なんというか、……()()ったい、というのだろうか? そんな、平民っぽい少女の顔があった。

 目元も、本来の(わらわ)()り目だが、()(しよう)で垂れ目に変えられており、それが特に印象を変えてくれている。


「これが……(わらわ)……?」

「ちょ、ウケる。それ、美人になったときに言うセリフ」


 ヴァレンティーナがケタケタと笑いながら言う。言われてみれば、(れん)(あい)小説などでは、そうだったかもしれん。


「みな、見てくれ。どうだ?」


 (わらわ)()(かえ)り、(ひか)えていた()(じよ)らに()(しよう)後の顔を見せた。鏡台()しに(かく)(にん)していたのか、すでに(おどろ)きの顔で見つめ返されていた。


「まったくの別人ですわ!」

「わたくし(たち)ですら、(ひめ)(さま)と分かりませんわ!」

「ええ、ええ、とっても平民らしい人相ですわ!」

(ひめ)(さま)()(ぼう)が7割がた(おさ)えられておりますわ!」

「これなら(だれ)にも分かりませんわ!」


 そのように口々に言い、ぱちぱちと賞賛の(はく)(しゆ)をヴァレンティーナに向ける。

 (わらわ)(いつ)(しよ)になって(かの)(じよ)(はく)(しゆ)を送ると、ヴァレンティーナは「でへへ」と言いながら頭をかいて照れた。


「まーね! えっへへ。大妖精って呼んでくれてもいッスよ! まあ、童話なら逆ッスけどね!」


 ヴァレンティーナは、有名な童話を引用しながら、そのように応じた。

 童話の中では、とある()(とう)(かい)に行くことを望んだ()()()()()()少女が、大妖精の()(ほう)で身なりを一変させ、ふさわしい服装となって望みを果たす。ただし、その状態が()()されるのは、夜中の12時の(かね)が鳴り終わるまでだ。


「さらにさらにー? あーしの()(ほう)は、夜の12時になっても解けないッス!」


 そう言うと、ヴァレンティーナは「目と口とじてください~」と言ったのち、なにやら(きり)()き容器の液体を(わらわ)の顔に()()けた。


「これはですね~、メチャメチャ強力なコスメキーピング(ざい)ッス。お手持ちかもしれないッスね、これ(ちよう)ヤバくて、(あせ)でも水でもバリ(はじ)いて、()(しよう)ぜったい落とさせないんスよ。3日くらいはもちます。落とすときはー、コレ専用のクレンジングつかって落とします。マジで他なにしても落ちないんでー。

 あーしからすっと、どっちも(ちよう)たけーんすけど、“(かげ)”の経費でるから(ちよう)つかっててー。なんかぁ、(おく)(がい)のイベント? まぁつまり、日が当たって(あせ)でそうなとこ? 行くときとかのー、貴族の(おく)(さま)やー、お(じよう)(さま)たちにもちょー人気らしいッスわ」

「おお、すごいな」


 それらのコスメキーピング(ざい)とやら、および専用クレンジングはあるのか、と()(じよ)たちに目配せを送ってみると、レオノーラがすかさず(うなず)いた。どうやら、(すで)に買い置きがあるようだ。


 ()(しよう)が決まったあとは、ウィッグと、()(しよう)も合わせた。ヴァレンティーナが用意してくれたものを(いく)つか(ため)してみて、最終的に、平民によく出現する明るい赤毛と、体のラインを出さない古着のワンピースを選ぶこととなった。

 それから、ヴァレンティーナがいなくとも同じ()(しよう)を再現できるよう、(わらわ)の顔を使って何度か()(しよう)()り直させつつ、()(じよ)らに()(かた)や手順を覚えてもらう。


 こうして、“アンナ・シュタルク” の人物像は形成されていった。


「オトコどもが見て()()()()が起きないかどーかはー、(さい)(しよう)閣下が “消えてもいい人間” 用意して、(ため)してくれるらしいッス! 問題なきゃ、これでいっちゃってください!」


***


 商業ギルドで(きゆう)()()(しゆう)のポスターをみかけ、(わらわ)は――いや、“あたし” は、はじめて(ぎん)(ろう)(てい)に向かった。時間は、開店準備前の非営業時間、昼過ぎの14時くらい。


 客席数25ほどの、こぢんまりとした木造の酒場は、なんというか()(ぼく)で、暖かみのある内装だった。高そうな(そう)(しよく)も家具も何もないけれど、安っぽくても赤くて目立つタペストリーや、少し()ちた鹿の頭骨の(かべ)(かざ)りなど、使えるもので(かざ)()けしていて、よく(そう)()されていた。


「いらっしゃい。あなた、(きゆう)()の仕事をしたいって言った?」


 正面(とびら)をあけて()(むか)えてくれたのは、酒場店主のエルザ夫人だった。落ち着いた(くり)()(かみ)に緑色の(ひとみ)、ふくよかな体型の(かの)(じよ)は、おだやかな目つきをしており、事前調査どおりの(おん)(こう)な女性に見えた。


「はい! アンナ・シュタルクといいます!」


 あたしは、元気よく声をだして応じ、上半身だけを大きく前に(たお)して(あい)(さつ)した。体を起こしたら、大きく破顔してニッコリ笑ってみせる。


「あら、まあ。とんだ(べつ)(ぴん)さんが来てくれたこと。ちょっと、レオン! レーーオン! 降りて来な! (きゆう)()の面接の子が来てくれたわよーー!」


 (とつ)(ぜん)目の前でエルザ夫人が声をはりあげたので、あたしは(おどろ)いてビクッと体をふるわせた。貴族はあまり大きな声を出さないので、まだ少し慣れなかった。


 エルザ夫人の視線の先には、2階に上がる階段があった。調べによると、2階が(かの)(じよ)たちの住居スペースらしい。

 ここの酒場は、(かの)(じよ)と一人(むす)()の2人と、従業員2人で営業されている。レオンというのは(かの)(じよ)(むす)()で、母子はこの住居(けん)酒場に()()みで働いているのだ。


 エルザ夫人の声に応じ、レオン青年と思われる若い男――18(さい)らしい――が、足音とともに階段出口から姿を見せた。背が高くすらりとしていて、外見的(とく)(ちよう)は母親によく似ている。


「どーもー…って、うわ、マジじゃん! え、そんなカワイイのに、こんなボロ酒場で働きたいの?」

「レオンッ!! ボロ酒場とはなんだい!? せっっっかく、待望の(きゆう)()希望者が来てくれたってのに! ……もうほんっと、ごめんなさいね? 美人なお(じよう)さん。生意気な(むす)()で。どうぞ、(すわ)って? まずは、面接させてもらうわね」

「はい! 失礼します!」


 あたしは元気よく応えて、エルザ夫人に(うなが)されるまま、入り口を背にして客席テーブルのひとつについた。

 おなじく、席についたエルザ夫人と向かい合う。レオン青年は、その後ろ、店の(おく)側の少し(はな)れた場所に(すわ)って、あたしたち二人の様子を見守っていた。


「じゃあ、あらためて。お(じよう)さん、お名前は?」

「アンナ・シュタルクといいます!」

「すばらしいわ。ご両親は何をしていらっしゃるの?」

「商人です! 平民向けだけじゃなくて、お貴族さまのお()(しき)とか、いろんなところに商品を(おろ)してます!」

「まあ、まあ、立派なお仕事をなさっているのね。それで、アンナちゃんは、どうしてウチで(きゆう)()をしたいのかしら?」

「はい! あたしも将来、りっぱな商人になりたいんですけれど、そのためには、いろんな人と知り合ったほうがいいと思いました。それで、酒場には人がたくさん集まるから、酒場で働きたいと思って、こちらにうかがいました!」

「んまあ~~! なぁんて立派な考えなのかしら! ちょっとレオン、あんた、アンナちゃんを見習いなさいよ? あとで(つめ)(あか)でも分けてもらいなさい!」


 終始ニコニコしながら、あたしの答えにウンウン(うなず)いて、最後にエルザ夫人は後ろを()(かえ)り、(むす)()(しか)るような口調でそう言い足した。

 レオン青年は「うるっせぇわ」と()(しよう)しながら母親に応じる。

 エルザ夫人の言葉じたいは終始レオンに厳しいが、親子関係は悪くなさそうである。


 エルザ夫人は、また()(がお)であたしに()(かえ)った。


「採用! 採用します。ぜひ、うちで働いてちょうだい」

「ありがとうございます!」

「あら、いやだわ。私ったら、自己(しよう)(かい)がまだだったわね。私は、ここ(ぎん)(ろう)(てい)の店主、エルザ・ディートリヒよ。みんなからは “おかみさん” って呼ばれてるわ。

 それで、あっちの生意気な()ねっ(かえ)りは、(むす)()のレオン」

(いや)(しよう)(かい)やめろよ! 母さん!」


 エルザ夫人が、後ろのレオン青年を手で軽く示しつつ、そう自己(しよう)(かい)すると、レオン青年は顔をしかめて(こう)()する。

 しかし、なにも聞かなかったかのような態度で(むす)()(こう)()を聞き流し、エルザ夫人は話を続けた。


「いつから入れそうかしら?」

「明後日から入れます! 家の用事もあるので、毎日は入れないのですが、(だい)(じよう)()でしょうか?」

「ええ、ええ。(だい)(じよう)()よ。できたら、休むときは前日までに教えてちょうだいね」

「わかりました!」


 こうしてあたしは、(ぎん)(ろう)(てい)(きゆう)()として働くようになったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ