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目隠し皇女は、許嫁の愛が重すぎることにまだ気づいていない。アナスタシア皇女伝  作者: 佐藤みさき
第一部 第一章 アナスタシア編

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平民を知りに行こう

「……ヒマだ……」


 (こう)(きゆう)の外庭、木の(かげ)(あお)()けに()(ころ)がり、(わらわ)は青空を見上げていた。

 ヒマに、なってしまったのである。


***


 政務を任されて最初のうちは、色々と()(こう)(さく)()もできて、楽しかった。


 (しつ)()(しつ)(じゆう)(こう)な机には、(わらわ)が私用に使うものよりずっと大きいコンピュータがあって、机左下の専用スペースに()()かれていた。モニターは3つ、自由に動くアームで支えられ、()(じよう)()いていた。キーボードとマウスは、(わらわ)の手に合わせたものである。

 補佐官であるマイリンク、ヴァルモンドの(しつ)()(づくえ)も似た構造をしていて、同じくモニター3つが()えられていた。


 まだまだ紙とインクで処理しなければならない部分が多いと聞いていたが、思いのほかコンピュータだけで済ませられる仕事も体感6割(ほど)あり、特に、最新情報やメッセージのやりとりなどはコンピュータだけで済んだ。


 いくらか仕事を済ませるうちに、必要を感じて、モニターを倍の6つに増やした。目をあまり動かさず全体を()(わた)せるよう、少し(はな)れて見れば(さら)に効率的と気づき、そうした。

 キーボードから手を(はな)さず済む方が速いので、思いつく限りの処理をキーボードだけで済ませられるよう、いくつか(わらわ)用の設定を()()んだ。


 そうしていたら、一日分の仕事が午前中に済むようになり、さらに昼食までの時間の()(ゆう)ができていった。


 ヒマになってしまったので、母上の(しつ)()(しつ)におじゃまして、追加の仕事を回してもらえないか(たず)ねた。そうしたら「これ以上はなりません」と断られてしまった。

 (わらわ)の仕事が終わっても、補佐官たち――特にマイリンクは、青い顔をして毎日(いそが)しそうにしているので、(かれ)()()った仕事を引き取ろうか提案したのだが、泣きながら「ボクはまだやれます! やらせてください!」と言われ、これも断られてしまった。

 そ、そんなにイヤだったのか…すまん…。


 マイリンクは以前、アーベントロートの下についていたそうで、その関係で(かれ)に相談したらしい。この件が(やつ)にも伝わり、アーベントロートからも重ねてメッセージで苦言を(てい)された。


『マイリンク補佐官の顔色が悪くならぬ(てい)()に、源流たる皇女殿(でん)()の仕事量を減らし、ちょうどよい(あん)(ばい)の加減を学んでください。そのためにつけた補佐官たちです』


 そ、そうなのか…! 補佐官とは、そのためにいるものなのか…! ()(ぶん)にして知らなかった。それにしても、仕事とは、やればやるほど良いわけでは無いのだな…。


***


 そんな(けい)()で、(わらわ)はヒマになってしまっている。ここ数日など、マイリンクの顔色が一向に良くならないので、とうとう丸々ほぼ欠勤することにした。

 朝、(しつ)()(しつ)に行って、朝の(あい)(さつ)をして、(きつ)(きん)の仕事やメッセージがないか(かく)(にん)したら、「なにかあればメッセージを送れ」と補佐官らに指示して、手のひらサイズの移動(たん)(まつ)を持って退室。

 一応、呼び出されたら直ちに対応できるよう気にかけているものの、まだ着信音が鳴ったことはない。


「なにをしようか……」


 (しゆく)(じよ)らしく、ハンカチーフに()(しゆう)()そうか――だが、今度のチャリティー・バザー出品(わく)(すで)(わらわ)の作が1(てん)()分を()めかけておるし、(だれ)かへ(おく)るにしろ、()(しん)に思われない相手の所持枚数は、いずれも片手を()えている。

 ユリウスに至っては――今何枚だ、二十? 三十? ――いくら(かれ)が毎回「ありがとうございます、大切にいたしますね」と()(がお)で受け取ってくれるからといっても、限度があろうよ。


 飛び出す絵本のような仕上がりとなる立体()(しゆう)を学んでから、なかなかやり()()があって、(おも)(しろ)かったのだがな。友人の(れい)(じよう)たちにも(おどろ)かれ、賞賛されたものだ。

 海向こうの大国から輸入された、古い書物に記されていた()し方で、ただでさえ()(くに)ではマイナーな言語のところ、(さら)に古語で書かれていたのだ。解読のしがいがあった。

 友人たちの希望で、グランツェルリヒ語訳と図面の写しを書いて配った。しかし、(わらわ)の訳や図がよくないのか、みな苦戦しているらしく、まだ他人の立体()(しゆう)を見るに至っていない。


 レース編みは――編むこと自体はいいが、出来たものは都度燃やせと言われて、やめた。あれは、なかなかにやり()()があって、(おも)(しろ)かったのになあ……。

 自分で使うのもダメ、特に服に使ったら絶対ダメ、人にあげるのもダメ、特に(こう)(きゆう)の外に出しては絶対ダメだと言われてはな……。『市場を()(かい)してしまうから』らしいのだが、(わらわ)ひとりの()(なぐさ)みごときに大げさすぎんか?


 社交――大人と交流できる夜会は、その名の通り夜(かい)(さい)だ。それに、(わらわ)には()()()()があるので、ユリウスの()()いが実質(ひつ)()となる。アーデルシュタイン領を一人で治めている()(ぼう)(かれ)を、そう毎晩引っ張り出すわけにはいかない。

 女同士の社交――茶会であれば昼過ぎに集中するが、(こん)(かつ)まっさかりの友人たちとて、そうそう呼びつけられない。


 はあ、どうしたものか。


「……とりあえず、リュシエールに乗って、森の散策に出かけよう」


 (わらわ)は、いつもの(ひま)つぶしをすることにした。


***


『アナ。最近よく遊びに来てくれてうれしいのだけれどン、アナタ、オトナになったからシゴト? で、(いそが)しくなるって言ってなかったン?』


 リュシエールに乗って、ぽくぽくと森の小道を歩いていると、(かの)(じよ)がそう切り出してきた。


「そのはずだったのだがなあ。思っていたよりヒマになってしまった」

『あらマア。何事も、やってみるまではわからないものねン』

「うむ……」

『アレは? ……ええっと、ベンキョウ? を、するのはどうン?』

「したいのだが、なぁ……」


 ()(くに)の統治にあたり、必要そうな分野はおおよそ学び終えたが、興味のある分野はまだある。しかし、(わらわ)についてくれる家庭教師が、最近では(だれ)もいなくなってしまったのだ。

 かろうじて、(れい)()作法のベルンシュタイン夫人は、今でも(わらわ)(あく)(へき)を注意してくれる。ただ、(れい)()作法のカリキュラムはとっくに(かん)(りよう)しているのだ。


 なぜかは分からないが、(わらわ)についた家庭教師たちは、いずれも短期間のうちに「もう、お教えできることはございません」と言って()めてしまう。長く持って2()(げつ)、最短では3日で辞職されたことさえある。

 おかしいな……友人たちにもユリウスにも家庭教師はついていて、みな、年単位で教わっているのに……。

 教師相手なら、本と(ちが)って質問ができるので、(わらわ)は、授業時間いっぱいを質問に使おうと、事前に教科書や参考文献を()()んでから授業を受けるようにしている。そこまで予習するのは、かなりの勉強()きくらいらしいが、そう(めずら)しいやり方でもないはずだ。()(じよ)長も昔そうしていたと言っていた。

 しかし、授業時間が()てば()つほど、教師たちの顔色は一様に悪くなっていき、やがて()げるように辞職されてしまうのだ。座学のみならず、実技メインの科目ですらそうなる。


 どうして……。(わらわ)、しゃべりすぎなのだろうか? ……わからん。


 他方で、自習ならば(いく)らでも勉強できるし、(こう)(きゆう)図書館には、一生かけても読み切れないほどの蔵書がある。蔵書の量、品質ともに国一番を(ほこ)るそうだ。

 字が読めるようになってから、ずっとこの図書館に世話になってきたが、まだ全体の5分の1(ほど)しか読めていない。……おや? 一生はかからないか?

 それはともかく、ずっと読書、というのもな……。


 もっと、人と関わることがしたい。

 将来、(こう)(てい)となる(わらわ)には、知っておくべきことがもっと(たく)(さん)あるはず。


 そこでふと、思い至った――(へい)(みん)。貴族ではない者たち。()(くに)の、実に99%を()める(たみ)(わらわ)は、(かれ)らを知らなすぎるのではないか?


 教師は貴族で、友人も貴族。社交で関わるのも、ほぼ貴族。

 幼い(ころ)ともに遊んだ庭師の子の(かれ)らや、乳母(うば)()(きよう)(だい)とは(へい)(みん)だが、(かれ)らは、代々(こう)(きゆう)に仕える少々(とく)(しゆ)な者たちらしい。いわゆる大多数の(へい)(みん)とは(ちが)っていて、教養が特別に高く、(えい)()(しよう)(ごう)や準貴族位を(あた)えられていることも多い。


 (わらわ)は、もっと(へい)(みん)を知るべきではないか?

 (たみ)のほとんどを()める(かれ)らはどう暮らし、どう日々の(かて)を得て、何を思い生きているのか、よく知るべきなのではないか?


「――よし! (こう)(きゆう)の外へ、(へい)(みん)を知りにいこう!」

『ン~? “ヘイミン”~?』


 リュシエールが、耳慣れない単語に首をかしげる。(わらわ)はあわてて、(かの)(じよ)にも分かる説明を試みた。


(へい)(みん)というのはだな。えっと――(わらわ)と同じ人間なのだが、よく現れる(かみ)(ひとみ)(はだ)の色なんかが(ちが)って、…あー…生まれが(ちが)っていて…貴族と(ちが)って、数もずっと多くて…んー、なんだろうな」


 いざ説明しようとすると、けっこう難しい。()(だん)、いかに『貴族』『(へい)(みん)』を当然の前提として受け止め、思考停止していたかが身につまされる。


『ええっとォン…? つまりン…、あっちの(きゆう)(しや)(たく)(さん)いる――わたくしと同じウマだけれど、無骨で大きくて毛の色が暗い――わたくしとは全然ちがうウマたち、みたいな感じかしらン?』

「おお! そうだな、すごく近いと思う! さすがはリュシエール!」


 (わらわ)は、感心して(はく)(しゆ)を送った。リュシエールが言っているのは、軍馬を世話している(きゆう)(しや)のことだろう。


『ふぅン? それで、どうして(ちが)うウマ――じゃなくて、(ちが)うニンゲンたちのこと、知りたくなったのン?』

(わらわ)は、(こう)(てい)になる人間だからな。この国全土の(たみ)――人間たちを従える代わりに、できるだけ、(みな)を幸せにする義務がある」

『あらぁン、アナってばスゴイのねン』


 リュシエールが感心したように言う。(わらわ)は「まあな」と応じた。


「なのに、(こく)(みん)のほとんどを()める(へい)(みん)を知らなすぎるから、もっと知った方がいいと思ったんだ」

『あら~~、いいンじゃないの~ン?』

「リュシエールもそう思うか!」


 (かの)(じよ)の言葉をきいて、(わらわ)は背中を()された(ここ)()がした。


「決めた! (わらわ)は、(へい)(みん)を知りに行く!」

『がんばってェ~ン。わたくしに乗って出かけるなら、いつでも運んであげるわ~ン』

「ありがとう!」


 ――このとき、(わらわ)は知らなかった。この決断が、おもわぬ出来事に(つな)がることを。


 (わらわ)の決断を聞き、(こう)(きゆう)じゅうが上を下への(おお)(さわ)ぎになった――のは、わりとよくあることなので、良いとして。


 この出来事をきっかけに、ユリウスとの間で大きな問題を起こすことになるなどと、(わらわ)は、想像もしていなかったのである。

大変お待たせいたしました。いよいよタイトル回収――の、きっかけとなった出来事の描写が始まります。なろう令嬢ものを好む方々、タイトル回収されなさすぎて既に脱落しているんじゃ? という気はしないでもありません。こんなに…こんなに文字数がかかるつもりはなかったんです…!

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