第7話 鉄塊の召喚石
「再任団の団長が2人、そして大富豪のエミールさんが亡くなったそうです」
「…………ぷはっっ!!」
会議後の食事中、シオン様の突然の仰天発言に驚きのあまり水を噴き出してしまった。
「ちょ、ちょっと! なんですの、汚いですわね……」
シオン様はハンカチで顔を拭きながら、私に非難の目を向けた。
「…………突然そんなこと言われたら、誰だって口の中のもの全部噴く。…………で、なんて?」
私も口の周りや机を拭きながら聞いた。
「エミールさんの乗る馬車が何者かに襲われ、デリウムネイロ再任団の第三師団長と第五師団長、そしてエミールさんが亡くなったと先ほどの会議で報告がありました」
「…………第三と第五が……」
一度聞いたのに、それでも衝撃を受けてしまう。
デリウムネイロ再任団と言えば、現役を退いた優秀な冒険者たちが所属する自警団のようなもの。
"デリウムネイロ"の名が示すように、発起人は伝説の冒険者デリウムネイロ。
その団長が二人、一度にやられるなんて。
全盛期を過ぎたとはいえ、数多の魔物を倒してきたその実力は本物のはず。
「おそらく反政府組織"宵明星"による計画的な襲撃。そしてその目的は再任団団長の始末やエミールさんの殺害ではなく……エミールさんの持つ鉄塊の召喚石を奪うこと」
「…………鉄塊の召喚石?」
「鉄塊の巨人、アイアンゴーレムを召喚する魔石のことです。
召喚石―――それは魔物を呼び出す秘石。
石を持つ者から魔力を吸収し、対応した魔物を生成する。
魔力がトリガーとなり発動することから魔術具の一種とされている。
「鉄塊の召喚石はかねてよりお父様から話を伺っていました。近い将来起こる戦争に備えて、鉄塊の召喚石を使わせてほしいとエミールさんに交渉していると」
「…………何故? アイアンゴーレムが大きな戦力になるとは思えない」
アイアンゴーレムは魔力回路を彫り込んだ鉄の巨塊から生まれる人造の魔物。
簡単な命令なら理解できるし、一度起動したら半永久的に稼働する。
しかし、1体作るだけでもかなりのコストがかかるし、動きも鈍く高温に弱いため、上位の冒険者ならそれほど脅威となる相手ではない。
戦争でアイアンゴーレムが出てきたところで、すぐに溶かされてしまうだろう。
そんな私の疑問にシオン様は答えてくれる。
「想像してみてください。鉄塊の召喚石の消費魔力量がどれほどかわかりませんが、例えば私の魔力量でも1日に一体召喚できるとしましょう。そして召喚されたアイアンゴーレムに待機を命令し、大きな部屋に端から並べていきましょうか。ここで質問です。1週間後、この部屋にはアイアンゴーレムが何体いますでしょうか?」
「…………7体」
「では、1ヶ月後は何体?」
「…………30体」
「1年後は?」
「…………もうわかった」
「いや、まだですわ。今度は私以外の方にも召喚に協力して頂きましょう。そうですわね、私含めて10人で1年間この作業を続けたとしたら、どうなりますか?」
「…………3650体。…………ヤバすぎ」
「ゴーレムたちは食事もなにも要らないのが強いですわね、こちらは何の損害も出さずに命令するだけで勝ててしまいます」
「…………だとしたら、宵明星はウーツドローマと手を組んでる……?」
ウーツドローマとしては鉄塊の召喚石がカラナシス王の手に渡ることを何としてでも避けなければならないはず。
そこで宵明星と手を組んで所有者のエミールを襲ったということだろうか。
「わかりませんが、もしそうだとしたら鉄塊の召喚石がウーツドローマの手に渡るのも時間の問題です。となると、アイアンゴーレムの軍団を作られる前に、すぐにでも戦争を始めなければならないですわね」
「…………鉄塊の召喚石はもうすでに宵明星の手に?」
「恐らくは。ただ……」
「…………ただ?」
「いえ、エミールさんには娘がいるのですが、亡骸が見つかっていないそうで……。もしかしたら……」
シオン様は「確率は低いですが……」と付け加える。
確かに再任団の第三と第五師団長を殺れるほどの実力者から逃げきれたとは思えなかった。