第4話 金蜜の果実
温かみのある木の壁に、中々見事な暖炉。
上に乗っているのは、宝獣カーバンクルの像ですわね。
カーバンクルは単なる石を宝石に変えることができると言われる神獣で、商人の間で広く信仰されています。
「お待たせしました」
コウさんが地下から戻ってきました。
腕に色とりどりの果物を抱えています。
「別にいいですのに、わざわざありがとうございます」
コウさんのご厚意で家に上がらせてもらい、果物まで御馳走になることになりました。
「…………それよりさっきの、アレ……なんだっけ」
「"ナカマンタイト"のことですか?」
「…………それ。…………見せてほしい」
「わたくしも見たいですわ! あっ、コホン。私も気になります、良ければ見せて頂いても?」
「はい、これですね」
コウさんがポケットからナカマンタイトなるアイテムを取り出し、机の上に置いてくださいました。
「…………では早速」
私が手に取ろうとしたときには、もうすでにセツナが手に取ってまじまじと観察していました。
「ちょっと! こういうのは主たる私からではなくて!?」
「…………危険がないか先に確認する。…………ほうほう、ここを押すと光が出て……なるほど」
「もういいでしょう! 私にも見せてくださいませ!」
私が催促すると、セツナは渋々渡してきました。
「これが、ナカマンタイト……」
手の上に乗せ、色々な角度から観察します。
形状は卵型、黒い塗装がされており、手触りはスベスベ。
この軽さはアルミナイトライトでしょうか?
そして、この上部にあるスイッチ。
またしてもカーバンクルがデザインされておりますが、暖炉上の像といい、好みなのでしょうか。
「その上のところを押すと先端から光が出てフレンド認証―――いえ、結界の通過が出来るようになるんです」
コウさんが果物を木編みの籠に入れ、私たちの前に出してくれました。
「これですわね。押してみてもよろしくて?」
コウさんは頷いて答えます。
「では、行きますわよ!」
ポチッという感触、そして緑の光が先端から出てきました。
「おぉ……。これは魔力を光に変換して放出しているのでしょうか。魔力はスイッチと接触している指から渡されている可能性が高いですわね……。この光に何か仕掛けが……烙印や聖痕と同じような状態になっていたり……?」
コウさんをチラッと見ますが、「さあ……」と顔を背けられてしまいました。
「…………これ、美味しい」
「あ、良かった! お口に合ったようで何よりです」
「…………これ、リンゴ? …………やけに赤いし、こんなに甘いものは食べたことがない」
セツナは出された果物にご執心のようですわね。
『やけに赤くて特別に甘い』リンゴですか……。
『やけに赤くて特別に甘い』……。
まさか…… もしかして……。
「セツナ、もしかするといつも以上に力が漲る気がしませんこと?」
「…………言われてみれば」
セツナは拳を何度か握り、身体の調子を確認しているようです。
「俺もこれを食べたとき、異様に調子が良かったんです。だから変な成分でも入ってるんじゃないかって」
コウさんも……。
やはりこれは。
「これ、まさかですが"金蜜の果実"じゃありませんこと?」
「…………金蜜の果実?」
金蜜の果実―――世界樹ユグドラシルの頂上に生るとされるリンゴのことです。
紅闇龍、銀聖龍、翠宝龍の三龍が争ったとされるラグナロク以前には実在していて、非常に高値で取引されていたという記録が残っています。
その香りや味もさることながら、金蜜の果実の最大の特徴は肉体強化。
これを口にした者には大幅な体力増加や魔力量増加が起こり、そのため当時の貴族はこぞって食べて肉体強化を図ったと言われています。
このことをお二人に説明すると、二人ともポカーンとされてしまいました。
「……流石に信じられませんが、もし本物だとしたら断面に『乙』のような蛇型の模様が見えるそうです」
私はセツナにそれを促します。
「…………」
セツナは齧りかけのものを机上に置き、王刀ローザデヴァイスの柄に手を掛けます。
「…………――!」
そしてお得意の居合で"リンゴ"を斬るという……なんとも滑稽ですが。
「…………!! 蛇の形……」
……まさか本物だとは。
長い間実在を疑われていた金蜜の果実ですが、これで存在が証明されました。
これ一つで金貨何百枚、何千枚の価値があることでしょうか。
……いえ、この歴史的に価値のある一品、値段をつけることが出来ない国宝級ですわ。
「……今日の出来事は全て夢ではないかと思えてきましたわ。セツナ、頬をつねってくださいませんこと? ――いでででっ!」
セツナは金蜜の果実を見つめたまま私の頬を中々放しませんでした。