第3話 第二皇女シオン、結界に遭遇する
私―――シオン・カラナシスは、カラナシス王国国王であるカラナシス8世とその正室の間の次女、即ちカラナシス王国第二皇女にあたります。
15歳で大都市パルエナのミューズ学園に入り、かれこれ2年が経過しました。
パルエナでの暮らしは何もかも新鮮で、王宮に居ては経験できないことばかり。
ミューズ学園では幼い頃から興味のあったアイテム学を専攻しております。
魔法や魔術、戦闘などの花形に隠れがちですが、実は奥の深い学問なんです。
アイテムといってもその動作原理や理論、効果は様々。
魔法回路を組んで動作させる魔術を用いた魔術具、自然の恵みを活かした回復薬、失われた技術が使われた太古の道具、神話に登場するような神具…………。
今挙げただけでも、魔術学、薬学、考古学、神学の知識が無ければそのアイテムを真に理解し、使いこなし、発展させることはできません。
幅広い知識を組み合わせる分野横断型の学問―――それがアイテム学なのです!
……などと熱く語ってしまいましたが、今はそれどころではありません。
「全く! どこにいったのかしら」
今日、私はとある事情でパルエナ近くにある王直轄の森に来ております。
この森は"三龍の森"と呼ばれ、古くから人の立ち入らない神聖な場所だそうです。
神話の三龍との関連性は不明ですが、魔物が出てもおかしくありません。
私はあまり戦闘の才が無く、そういったことは従者のセツナに任せているのですが……。
「セツナー! どこにいるんですのー!」
セツナとはぐれてしまうなんて!
「私はこれを持っていますから問題はありませんが……」
これというのは、私が指につけている"アトラスの指輪"のことです。
中石を指で撫でるようにして魔力を通すことで、今いる地点をマーク。
もう一度魔力を通すまでの間、マークした地点へ至る経路を示してくれる優れものです。
これのおかげで、私は迷うことなくこの森から帰ることが出来るわけです。
これも失われた技術が用いられたアイテムの一つで、大変貴重なものなのですが……。
実はこのアトラスの指輪は完成品ではないと先生に聞いたことがあります。
おっと、いけませんわ! すぐにアイテムの事を考えてしまうのは私の悪い癖です。
早くセツナを見つけて差し上げないと……!
「……信じられませんわ」
セツナを探して森の奥へと歩を進めている最中、私は信じられないものを目にしました。
「家、ですの?」
赤レンガの屋根から煙突が突き出た、木造の家。
未踏の地である三龍の森の中に、いつ、誰が建てたというのでしょう。
周囲を城壁で覆われたパルエナでは、土地が限られているため滅多に見られない一階建ての家。
手入れの行き届いた庭や玄関へと続く石のタイルの美しさからしても、人目を避け森へ逃げ込んだ罪人が建てた、というわけではなさそうです。
「一体誰が……。 あら?」
よく見ると玄関前の段に人影が二つ見えます。
そのうちの一つに見覚えが――。
「セツナ! やっと見つけましたわよ!」
後ろ姿でもその高い位置で結んだ綺麗な黒髪と豊満な身体で誰か分かります。
彼女こそが私の従者であり、王直属の騎士、セツナ・プランク。
王国最強の剣士であり、一騎当千の強者です。
「…………シオン様、私の後ろに」
駆け寄る私をセツナが制します。
「この方は?」
セツナとともにいたのは、初めてお目にかかる殿方。
「…………危険人物」
「誤解ですって!」
殿方は慌てている様子ですが、状況が何一つわかりません。
「…………わかった、言い直す。…………"神聖な森に勝手に家を建てた不審な魔術使い"」
「違っ……わないかもしれませんけど、とにかく話を聞いてください!」
―――魔術?
「謎の魔術使い? どういうことですの」
「…………この家、視認できない壁に阻まれて中に入ることが出来ない」
「えっ、それって……」
"視認できない壁"で思い浮かぶ魔術といえば――――結界。
『他者の侵入を阻む常時発動型の防御系魔術であり、術者が許可した者のみ通ることが出来る』
この記述を見たのは、魔術書ではなく、古文書や神話。
神や悪魔、龍といった上位存在にのみ許された術とされ、詳しいことはまだ分かっていません。
つまり、まだ存在が確認されていない神話上の魔術、ということになります。
「…………ほら」
セツナが目の前の段を超えて家に近づこうとすると―――
「…………この通り。見えない何かにぶつかる」
セツナはまるで旅芸人の大道芸のように見えない壁に手をついてみせています。
「信じられない……。私を騙しているのではなくって?」
私も試してみたい!
「えいっ!」
段を跨ごうと足を上げます――が、まさに見えない壁にぶつかっている感じがして向こうへ行くことが出来ません。
今度は手を伸ばしてみると、やはりこの段を境に見えない壁に当たります。
どうやら、この段差を境に結界が敷かれているようです。
「……素晴らしい!」
すぐにでも色々試したいところですが、まずはこの方に話を伺わなければ。
「初めまして、私はカラナシス王国第二皇女シオン・カラナシスですわ」
「お、皇女……ですか。えーっと、俺、いや私は……コウと言います」
コウ……初めて聞く名です。
「よろしくお願いしますわ。さて、色々お伺いしたいところではありますが……。この森は私の父であるカラナシス8世の所有物です。ここで何をしているのか、この家について知っていることを教えてくださいませ」
話の通じない方ではなさそうですので、ここは相手の出方を伺ってみます。
「ここにいた理由は……言っても信じて貰えないかもしれませんが」
コウさんは躊躇いながらも話してくれました。
「……なるほど。この世界は創作物の中の世界で、貴方は別の世界から来た……と仰るのですね」
「…………もちろん信じられない」
「ですよねー……」
セツナは訝し気な視線を送っています。
俄かには信じられない話です。
しかし、この結界の技術は衝撃的です。
話が本当かどうかはこの際どうでもいいです。
私自身非常に、ひっじょーーに興味がありますが、興味があるのは私だけではないでしょう。
「分かりました。貴方を信じて、貴方のことはお父様や他の方には話しません」
「…………正気ですか、シオン様」
「話の内容を全て信じたわけではありません。ただ、結界を張るこの大きな力は、争いの種になりかねません。この国も一枚岩ではない。それに――」
――この世界に生きるのは人間だけではない。
「魔族の耳に入ると厄介ですわ。いいですか、セツナ。このことは他言無用です」
「…………承知しました」
私とセツナは頷き合いました。
「さて、コウさん」
改めてコウさんの方に向き直り、"本題"に入ります……。
「は、はい……」
「………この結界の秘密……わたくしにも教えてくださいませ!!!」
私はコウさんの手を取り、物凄い勢いで迫りました。
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