第1話 ライフオブカーバンクル
「もう、リーム……。またこんなことして……」
「す、すいませ~ん!!」
困った顔のプシュケ様に平謝りに謝る私の名前は、リーム。
これでも一応神様見習いなんだけど、まだまだな私は修行としてプシュケ様のもとで働いています。
だけど毎日失敗ばっかりで、プシュケ様に迷惑を掛けっぱなしです……。
今も魂の転生作業中だったのですが……。
「この前も言ったじゃない、『たまーに他の世界の魂が紛れ込んでるから注意してね』って」
「はい……」
「はぁ……。まだ仕事に慣れないのは仕方ないけど、私たちのミスは下界の生物に大きな影響を与えるの。それだけ大事な仕事だから、一つ一つ丁寧に、ね」
「は、はい! ……それで、行っちゃった魂はどうするんですか?」
「一応注意してみるけど、たぶん見つからないわね。これも運命ということで、その魂には新天地で頑張ってもらいましょ」
「そうですね……。」
「分かったら、ほら! 魂が溜まってきてるわよ」
「あぁー!」
――――こうして、その魂は二人の記憶からも忘れ去られていった。
● ● ●
俺は、ベッドの上で目覚めた。
「…………?」
どのくらい寝ていたのだろうか、寝すぎたとき特有の、あの重たい頭痛がする。
とりあえず、寝た姿勢のまま部屋を見回す。
我が家の寝室よりもずっと広い。壁一面には素朴なピンクの花がデザインされており、なんとなく心落ち着く。
家具は、自分が寝ていたベッド以外に何もない。随分と無機質な部屋だ。
それにしても、このベッド――随分と豪華だな。
宮付きのヘッドボードには宝石があしらわれており、掛け布団は異常なほど軽い。
本当に"異常"に軽いが、十分なほど温かい。
まるで布団自体が熱を持っているようにも感じる。
布団の中には何か羽毛のようなものが入っているが……地球上にこれほど軽い羽を持つ鳥がいるのだろうか?
などと考えているうちに、眠気が覚めて思考がハッキリしてきた。
「どこだここ……」
記憶を辿るものの、やはり覚えがない。
部屋の様子から察するに、貴族のような裕福な家の来客用の寝室のように思えた。
「とりあえず起きよ……」
上半身を起こしてみると、なんとなく自分の身体に違和感を感じた。
「……?」
なんとなく拳を何度か握ってみるが、やはり身体に違和感を感じる。
まるで別人のように感じるのは何故だろうか。
……まあいいか。そんなことより、誰かいないだろうか。
「……だれかいますかー」
小さく呼んでみる……が、返事はない。
「仕方ない、廊下に出てみるか」
ベッドから立ち上がる。
すると、自分の衣服に目がいった。
「着ている服にも見覚えがないな。この歳になって誰かに着替えさせられたのか俺……」
その記憶はないが、恥ずかしい思いだ。
とりあえず、俺はドアの方向へと歩を進める。
ドアは中世ヨーロッパを思わせる木製のもので、上部が半円アーチ状になっており、材質は木。
その紫味がかった暗褐色の木肌になんとも重厚感を感じる。
あのベッドのような宝石の装飾無しでも、この木目の表情がその役割を十分果たしていた。
……ドアの向こう側からは何の音も聞こえてこない。
ドアの取っ手部分に手を掛ける。
誰か人に会って状況を聞きたい一方で、全く記憶が無いため、会うのも少し気まずい。
「知らないうちに可愛い女の子に変なことしてたらどうしよ。なーんて」
少しの期待と大きな不安を抱えながら、俺はドアを押し開いた。
そこは、40畳はあるかという大きなリビングだった。
「おぉ……広っ」
ほんと、広さといい家具の豪華さといい、我が家とは大違いだ。
まず目に留まったのは、高級感溢れる褐色の暖炉。
その上にはリスとネコを合わせたような動物をかたどった像が置かれている。
暖炉前のアンティークな長机の上には、幾つかの調度品の他に、紐巻きの洋書風な手帳が置かれている。
他にもカーペットや椅子など高そうな家具が目に付くが……。
「なんだか生活感がないな」
まるでモデルルームのようだと思った。
生活用品や電化製品はないのだろうか。
「……暮らしにくそうだな」
なんとなく机上の手帳を手に取る。
「ん?」
その表紙に見覚えがある……気がする。
暖炉の上で見た像と同じ生き物のマークと、その中心に埋め込まれた赤い宝石。
どこかで見た気が……それも何度も何度も、繰り返し見たことがある気がする。
「…………」
誰にも見られていないことを確認すると、俺は手帳を手に取った。
そして、罪悪感を覚えながらも、少しでも情報を得るためだと自分を納得させ、表紙をめくる。
最初のページには、こう書かれていた。
> SAVE DATA 1
> NAME:コウ
> DATE:2006年5月11日
「15年前……。セーブデータ? コウ……? コウ……」
この手帳のデザイン、そしてコウという名前。
1つ思い当たるものがあった。
子供の頃、狂ったようにやり込んだゲーム――"ライフオブカーバンクル" だ。
ゲーム性は、魔王を倒すような王道RPGではなく、狩猟や商いでひたすらアイテムを収集していくようなスローライフ系だった気がする。
幼いころ、自由にゲームを買ってもらえなかった俺は、このゲームを狂ったようにやり込んでいた。
全アイテム収集どころか、全て所持数がカンストするまで集めていた。
その象徴たるキャラクター、カーバンクルがこんな感じの見た目だった気がする。
そのゲームの主人公に俺が付けた名前が、コウだった。
「そういえば主人公の名前は全部コウにしてたっけ」
主人公の名前を自分で決定できるタイプのゲームの場合、なかなか良い名前が思いつかなかった自分は、"しゅじんコウ"だからコウ、と安直に名前を付けて、結構気に入っていた。
「懐かしいなぁ。まだあのゲーム実家に残ってるかな」
なんだか久しぶりにやりたくなってくる。
「最近は忙しくてゲーム出来てないな。まさか自分がゲームをやらない大人になるなんて思いもしなかったよ」
「大人になってお金や時間を自由に使えるようになったら、好きなだけゲームをやってやろう!」と思っていたものだ。
……などと物思いにふけってばかりでも仕方ない、ページをめくろう。
> コウ は 魔物の群れ を 倒した!
> コウ は "世界蛇" を 倒した!
> コウ は "地母神のウロコ" を 手に入れた!
> コウ は 採掘を行った!
> コウ は "桜銅" を 手に入れた!
「……なんじゃこりゃ」
めくってもめくっても、同じようなことが書かれている。
「まるでゲームのログだ」
これ以上読んでも無駄と判断し、手帳を元あったように戻す。
「それにしてもなんなんだこの家……」
”コウ” という名が書かれた奇妙な手帳。
「テレビのドッキリみたいだ。ここに隠しカメラがあったりして」
地下へと続く階段、その横にあるチェストが目に留まる。
スペードが彫られた蓋を開き、中を覗き込む。
「これは……」
赤の液体が入ったビン。
読めない言語で書かれた紙切れ。
巨大な蛇のウロコのようなもの。
ピンク色の鉱石。
「"地母神のウロコ"に、"桜銅"……」
先ほどの手帳に書かれていた単語が頭に浮かぶ。
「ははっ、まるでゲームのアイテムみたいだ……」
頬を冷や汗が伝うのが分かった。
「まさか、ありえない」
自分の置かれた数々の状況証拠が、あることを暗示している。
"ライフオブカーバンクル"の象徴であるカーバンクルが至る所にデザインされているこの部屋。
昔自分が名付けた主人公の名前が記載された手帳と、ゲームのログのようなその中身。
まるでゲームのアイテムような階段横のチェストの中身。
そして何より――――
「誰だ、俺」
鏡に映る誰かの姿が、『俺がゲームの世界に転生した』ことを指し示していた。
これから毎日二話更新していきます。
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