今年も、大好きだったよ
「ただいま!」
スーツ姿でぱたぱたと玄関に飛び込む。
今日に限って残業してしまった。
手には有名パティスリーで買ったホールケーキと、高級卵。
デパートが閉店間際で見切り品の卵を手に入れられたことだけはラッキーだったかも。
「光、今日は優大くんのお誕生日でしょ? また台所占拠するの?」
リビングで寛ぐ母が背中に投げた言葉を受け止めた。
「そう!これからオムライス作るから、ちょっとコンロ借りる!」
「…そう言うと思って、ご飯残しておいたわよ。」
「さすがママ! この道30年のドルオタは違いますねえ。」
買ってきた高級卵をてきぱきとボウルにぶち込む。
実家暮らしということもあり料理は苦手なのだが、オムライスだけは別だ。
なぜなら、昔からたくさん練習して作ってきたから。
喫茶店のような固めオムライスだって、おしゃれなふわとろオムライスだってお手のもの。
驚くべき手際でオムライスを完成させた。
最後にケチャップで、
「ゆうだいくん」
と文字を刻む。
ケーキと一緒に自室に持ち込むと、たくさんの写真が仰々しく飾られたボードを取り出した。
それを背景にオムライス、ケーキ…と置いていって、最後に2本のグラスにシャンパンをついだ。
記念にカシャリと写真を撮ると、SNSへアップする。
「優大くん、誕生日おめでとう! 今年も1番大好きでした。」
と。
手を替え品を替え、私はかれこれ10年間このようなことをやっている。
-優大くんは、私が14年前に人生で初めて好きになった人だ。
いわゆる、『初恋』というやつである。
優大くんは大手アイドル事務所の練習生で、母に連れられて行ったアイドルのライブで、バックについていたところを一目惚れしたのだ。
優しい瞳、必死に踊る眼差し、同世代くらいのはずなのにプロ意識がきらりと光る指先。
運命だと思った。
私はこの子を、トップアイドルにしたい。
彼と一緒に夢が見たい。
そう、強く思った瞬間だった。
それからというもの、優大くんが出演するライブは行ける範囲で全部行った。
ライブの度に、便箋10枚位の激重ファンレターだって書き続けた。
あるライブの時だった。
演者が通路を歩いてくれる…なんていうどきどきしちゃうようなライブで、私はなんと通路脇の座席を引き当てたのだ。
ここ、優大くんくるんじゃない!?なんてソワソワしながら待っていると、ステージから颯爽とこちらに歩いてくる彼の姿。
どきどきが止まらなくて、ただ「優大くん大好き」と書かれたうちわを差し出すことしかできなかった。
彼はうちわに気付いたのか、一目散に私のところへ来ると、
「いつもありがとう。光ちゃん、だよね?」
と言って、優しく手を握ってくれた。
…どうしよう、嬉しい。
私が優大くんに救われているのも、私が優大くんに希望を感じているのも、私が優大くんに夢を見ているのも、私が優大くんのことが大好きなのも、彼は全部知ってくれていたのだ。
(絶対に、優大くんにはスーパーアイドルになってもらうんだからね、私、頑張って応援するから。)
今思い返してみても、優大くんと私は「理想のアイドルとファンの関係」を築けていたのではないかと思う。
お互いがお互いヘルシーに愛し合えて、信頼し合って、同じ夢を見つめられていて。
本当に幸せなオタク活動だったと思う。
そんな、幸せを噛み締めていた日のことだった。
優大くんと同期の他のメンバーが、CDデビューすることが発表されたのだ。彼抜きで。
それだけ聞くとそこまで深刻に捉えられないかもしれない。
実は、そのデビューした彼らというのが、問題児として有名で、女の子と遊び歩いたり気に入らない人を虐めたり…ととにかく素行に問題のあると有名なメンバーばかりだったのだ。
でも、彼らは華もあるし媚びるのも上手かったから、まあ、人気ではあったのだけれど…。
例に漏れず、真面目な優大くんは彼らの嘲笑の的だったようで、あまり良い関係を築けている様子は見受けられなかった。
だから、私は彼らのことがものすごく苦手だったのだ…。
当時高校生だった私は翌日になっても引きずっていて、あー、ありえねー、なんだあのメンバー、とかぼやきながら、お昼休みにカレーパンを齧っていた記憶がある。
その時、何気なくメールを受信すると、練習生専用のファンクラブからのメール。
【重要なお知らせ】
とだけ記載されていた。
まあ、誰か辞めるんだろ…と思ってリンクを開くと、その内容に身体が凍りついた。
昨日の夜、練習帰りの優大くんが事故にあって亡くなった、というのだ。
5月1日。
奇しくも、彼の17歳の誕生日だった。
頭が真っ白になった。
指先から、どんどん体温がなくなっていくのが分かる。
そんな、優大くんが、未来のスーパーアイドルが…。
公式からは「事故」とだけ発表されたので、詳しいことは未だに分かっていない。
ただ、『推しは推せるときに推せ』なんて言葉すら嫌になるくらいには自暴自棄になってしまっていた。
そんなあの日から、今日で10年。
私も大学を卒業し、就職し、転職まで経験したよ、優大くん。
あなたがあのまま存命であれば、今日で27歳だったはずだね。
アラサーになったかっこいい優大くんの姿、とっても見たかったよ。
きっと、かっこよかったんだろうなあ。
今頃、有名ドラマの主演俳優をして共演女優さんに嫉妬したり、ゴールデンタイムのバラエティに出て爪痕を残しているのをSNSで見てにんまりしたり、していたのかもしれないね。
手を合わせて、彼に想いを馳せる。
SNSを見ると、あの時デビューした奴らが「デビュー10周年!」なんて白々しく動画に映っている。
悔しい。
悔しくて仕方ないよ、優大くん。
私は貴方の煌めく未来を、ずっと客席から見つめていたかったのに。
「光ー!残りのケーキあるならちょうだい!パパとママで食べちゃうから!」
「ちょっと待って!まだ写真撮影中!」
…ねえ、優大くん。
天国のどこかで、私がお祝いしているところ、見ていてくれてるかな。
見ていてくれていると、いいな。