86話 新任務3
「リリィ。こうやって二人で話すのは久しぶりかしら」
「……そうですね。近くにマスターがいることが多かったので」
アンナは付近の警戒にあたりながら、リリィに話しかけていた。
颯真が参加している任務の最中、丁度二人で話す機会を得たので離れた場所まで抜け出したのである。
この任務内容ならあまり怪しまれないし、二人にとっては実に都合が良かった。
「で、リリィ。貴方は動かないのかしら」
「動くって、何をですか」
「貴方も颯真が欲しいんでしょう?」
「っ……」
アンナは煮え切らないリリィの態度に、少し苛立ちを見せる。
通告するように、アンナは冷たい声で言った。
「諦めるなら、彼は私が奪うわ。私は相手が人間だろうと、マスターを手に入れるわよ?」
「奪うなんて……ダメに決まってるじゃないですか。颯真様にはもう恋人がいるんですよ。貴方も知っているでしょうに」
「……顔も知らない相手に、どうして遠慮するのかしら。良いかしら、颯真は一人しかいないのよ。私は美香さんが悲しもうとも、最終的には彼を私のものにするわ」
「美香さんのことは、私も知ってます。一回会って、凄く普通の良い人でした。颯真様には多分、ああいう人の方が相応しいんでしょうね」
リリィは少し棘のある言い方で、アンナに向けてそう言う。
唇を噛みながらも、リリィは悲しみよりアンナに向ける怒りの方が大きかった。
「なんで貴方は……そんなに前向きでいられるんですか」
「はぁ……呆れたわね。ライバルだと思ってたのに。いつの間にそんな腑抜けたのかしら」
「……どういう意味です?」
嫌味を言われ、リリィは声に苛立ちを込める。
怒りにこもった声に、しかしアンナは気にする様子もなく返した。
「颯真の好きな人は、自分では手に入れられそうにない何かを持っている人よ。ヴァンパイアに昇華した時の貴方は、あれほどの絶望でも挫けなかった。だから颯真は、貴方が特別に好きだった。なのにどうして、貴方は今腑抜けているのかしら」
アンナはピシャリと、まるで全てを見通したかのようにそう言う。
「っ、私は……」
リリィは言葉に詰まり、何か言い返そうとして、しかし全て完璧に返答される気がしてしまった。
「ねぇ、気づいてるかしら。マスターはいつも、私たちのことをまとめて呼ぶ時はリリィたちって言うのよ? 貴方は、相当愛されてる。だから私はいつも貴方が嫌いで、それでいて羨ましかった。でももうライバルとして立ち上がらないなら私の勝ちね」
嘲笑うように、アンナはそう宣告した。
それから少しリリィのために沈黙を守り、様々な思いを巡らせているであろう彼女にバレないよう心の中で励ました。
ーー立ち上がりなさい
「……安っぽい挑発ですね。でも、……分かりました。少なくとも貴方に負ける気はありません。私もマスターが他の女の子のものになるのは嫌なので」
「良いわ。なら、一つ秘密と約束を守りなさい。そうしたら、私は貴方に協力してイーブンな勝負をしてあげるわ」
「協力……?」
「ええ」
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俺は仕事を終えて帰宅し、シャワーを浴び終えた後、髪を乾かしつつ洗面所横に置いたスマホを取る。
それから髪が乾くと上にシャツを来て、鏡で髭の剃り残しなどがないかを確認しつつ離れた。
もう冬も近く先ほどまで半裸だったので冷えを感じ、俺は部屋に戻ることにする。
アンナは聖遺書から出ているので、恐らく部屋でくつろいでいるだろう。俺は部屋のドアの前に立ち、コンコンとノックしてから入った。
「あら、颯真」
「そ、颯真様……」
ドアを開けたまま、俺は固まる。
見慣れた部屋だ。六畳より一回りほど大きい立方体の部屋で、手前にクローゼットがあり奥に大きめのベッドと机。それから回転椅子と本棚がある。
けれど最近ではすっかり見慣れたアンナと共にリリィが隣にいた。
「リリィ!? 聖遺書から出られたのか……?」
「私を中心にこの部屋を異空間で覆ってるわ。だから私の側ならリリィも地上にいられる。ちなみに私が範囲外に行くか聖遺書に戻ったりしたらリリィも自動で聖遺書に戻される仕組みよ」
アンナはリリィの聖遺書を持ちながら、そう説明する。
恐らく彼女がリリィを召喚したのだろう。かなりビックリさせられたが、嬉しいサプライズだった。
「良かった……。リリィ、人間の暮らしを知りたいって言ってたもんな。ていうかリリィもここで暮らすのか?」
「そうさせて貰えるならありがたいです」
「そっか……でも待てよ。流石にこの部屋は手一杯だぞ? 姉さんへの説明は何とか出来るけど、寝る時は聖遺書に戻ってもらうしかなくないか?」
俺の言葉と共に、リリィとアンナは部屋を見回した。
ただでさえ、アンナが最近聖遺書ではなくベッドで夜寝たいと言ってくるのに、もう寝る場所がない。
「そうね……じゃあ夜は聖遺書で過ごすわ。私はこないだみたいに颯真と同じベッドで寝ても良いのだけれど」
「待てその言い方は誤解を招くだろ。試そうとしたけど、狭いって判断して辞めた時のはノーカンだ」
「貴方たちそんな事してたんですか?」
リリィの視線が少し厳しくなったのをアンナのせいにしながら、俺は姉さんへの説明を考え始めていた。
「颯真、とりあえずご飯でも食べるのはどうかしら。せっかくだから、颯真のいない間に学んだ料理を振る舞うわよ?」
「……そうだな。材料はあるか?」
「ええ。食べながら色々話しましょう」




