表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/95

79話 対話

「あー……どう弁明しよう」


 帰宅早々リビングのソファーに座った俺は、一人頭を抱えて考え込む。


 座ったソファーの横には電源を付けたままのスマホが放置されており、画面には美香とのメッセージ履歴が写っていた。


「連絡、返事してなかったなぁ……」


||


 プルルル。

 小気味の良い着信音が響き、俺は通話のボタンを押す。


『ごめんね、急に電話かけたりして……』


 スマホ越しに聞こえる美香の声に俺は内心で冷や汗を流す。

 メッセージでとりあえず謝罪をしていたのだが、話がしたいという事で彼女から電話がかかってきたのだった。


「い、いや。全然気にしなくていいよ……」


 そう返すと、言葉が止まった。

 気まずい。


 俺はてっきり怒られるものだとばかり思っていたが、彼女の反応を見る限りそうでもないらしい。


『……颯真は、気にしてない?』

「ああ。勿論……いつでも応えるつもりだよ」

『うん……ありがとう』


 少し会話を進めたことで解れた緊張に気を吐く。

 それから意を決し、ソファーにあったクッションを強く握りしめ、俺は強張った声で美香に謝った。


「あの……美香、ごめん。小鳥遊さんとは、本当に何でもないんだけど……自覚が足りなかったって反省してる」

『……うん。大丈夫、ちゃんと分かってるから』

「そ、そっか……」


 ぎこちない会話だと、我ながら思う。

 美香に愛想を尽かされたのではないかと、怖くてたまらない。

 

 精一杯言葉を選ぼうとする度、固唾が口を重くする。


『あのさ……颯真は私の事、好きなんだよね……?』

「あ、ああ勿論」

『私が、他の男の子と二人きりになったら……颯真はどう思う?』

「い、嫌だと思う……」


 想像すると、確かに胸がちくっと痛んだ。

 それと同時に電話越しに聞こえる美香の声が、確かな悲しみを帯びていることに気づく。


 抱きしめたいような衝動にかられるが、電話越しだから、触れることすら出来ない。


『良かった。……でもね、颯真。多分私は颯真の何倍も嫉妬深いと思う』

「……うん」

『だから……お願い。嫌いにならないで……』

「……なる訳ないよ」


 美香の震えた声が、胸を引き裂く。

 安心させてあげたい。不安にさせたくない。


 全部俺のせいだ。なのに。


「あのさ、美香今からそっちに……」


 そっちに行って、直接会おう。

 そう言い掛けて……けれど、その勇気が直前で怖気付いた。


『そっちに……?』

「あ、いや、ごめん。何でもない……」

『うん……そっか』


 俺は何も出来ないまま。

 ただ座って、そこにある重苦しい沈黙を受け入れる他なかった。



||


 颯真に抱きしめて欲しかった。

 電話を切りながら、そう思う。


 ベッドに寝転がりながら私は後悔した。


 多分。

 颯真は、自分から言わないと触れてくれない。


 抱きしめてって言わないと、抱きしめてくれないし、キスをして、と言わなきゃしてくれない。


 キスをしたのは二回。

 いずれも私から、言った。


 多分今回も、言わなきゃいけなかった。


 抱きしめてって。ここに来て欲しいって。

 でも、言えなかった。


 桃子のメッセージを確認する。

 相談内容は、颯真について。


『嫌だったら、別れていいんじゃない?』

 

 慰めの言葉。

 きっとそうなんだと思う。私は颯真と上手くいってない。


 私は颯真が好きで、彼もきっと私のことが好きなんだろうけど。


『相沢君と?相性、悪いと思うけどなぁ』


 他の友達に言われた言葉。

 それを強く実感する。


 でもーーそれでも、手放したくないのだ。


 ズキズキと、いつまでも痛み続ける心に。

 涙が溜まった。


||



「で、何の話だったのかしら。颯真」


 美香との通話を終えた後、部屋に戻った俺はアンナに開口一番そう言われた。

 

「聞いてたのか……」

「ええ。通話の相手、美香さんでしょう? ていうか帰ってきてたなら、報告なさい」

「それは……悪い」


 俺はバツの悪い顔をして目を逸らす。

 何せ帰ってきてすぐだったから、部屋に戻る時間がなかったのだ。


 ベッドに座るアンナの対面に座り、俺は少しだけ悩みを語り出す。


「なぁ、俺……別れた方が良いのかな」

「それは美香さんとかしら?」

「ああ……」

「……確かに颯真と美香さんは側から見ても上手く行ってないわね」

 

 割とはっきり言うアンナに少しだけへこむ。

 何か原因があるとは、自覚している。でもそれを分からないでいた。


「はぁ……敵に塩を送るのは嫌なのだけれど。いいわ、教えてあげる」

「……良いのか?」

「ええ。その代わり、デート一回。約束よ」

「相談してみます……」


 人差し指を立てて、にこりと笑うアンナに苦笑した。

 したたかである。


「別に相性が悪いとか、相応しいとか相応しくないとか、そう言うのじゃないわよ。原因」

「なら、何が?」

「距離感よ」

「え?」

「物理的にも、心情的にもね。見てて思ったのだけど恋人の距離感ではないわ、貴方達」


 予想外の言葉に、頭がストップする。

 距離感……距離感? 想像しづらくて、俺は再度問いかけた。


「どういう意味なんだ? それ」

「……貴方達の間には、大きな溝がある。多分お互い表面上はうまくいってると思ってるからこそ、気づけてない。今貴方達はお互いに不信感を抱いてるわ。だからもう交際を続けるのは無理なんじゃないかって、思ってるわけ」

「言われてみれば、確かに……俺美香に心を預けられてないかも」

「そう。相手を得体のしれないものだって、思ってる。心を開けてない。なのに好き。これが歪な訳よ」


 ……言葉に詰まった。

 名前の分からない違和感が、少し言語化されて形を帯びたのが見えた。


「例えば、貴方が街中で声を掛けられたとするわ。内容はそうね……ここの店美味しいですよね、的な会話。相手は当然誰かも分からない人で、信用もできなければ恐怖もある。自己紹介はない。相手が誰か分からなきゃ、他愛ない雑談でも深い話はできないでしょう?」


 例えを何となくで理解しながら、飲み込む。

 言わんとしていることはある程度分かった。


「貴方達はお互いに、相手を理解しきっていないのよ。颯真、貴方が見せている自分は氷山の一角にすぎないでしょう? 少しは秘密主義をやめなさい。人間、表の顔だけで付き合えるのは友達までよ」

「……」

「これでも喋る気は無いのかしら? 試しに私に話してみる気は?」


 心が揺れ動く。

 自分。もう一人の自分。弱くて脆くて大嫌いな昔の、自分。


 本当の自分と感情。


「ごめん。……俺はまだ……話せるほど、自分が分からない」


 自覚さえ、長らくしないでいた。

 自分を見つけられない。俺はずっと、自分がどういう人間なのか分からないでいる。


「そう。なら、悩みなさい。自分が誰なのか、懊悩できるのはきっと思春期の間だけよ。人間は鏡を見なきゃ変われないのに、大人はいつしか自分と向き合わなくなる。いえ、向き終えた気になってしまう。だから私の大好きな颯真は、悩み続けなさい」


 アンナから強く投げかけられる言葉の奥に。

 スピネル様が微笑んでいた気がした。

 

ブクマ高評価を何卒……!!

何卒!! よろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ