74話 会話
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「武藤、悪い。お前の印象の悪さを舐めてたよ」
俺は笑いかける衝動を抑え、武藤に同情した声を向ける。
武藤は若干顔を引き攣らせながら、美香を睨みつける。
「脅してねェよ……喧嘩売ってんのかァ、この女」
「おい、美香に近づくな」
「別に何もする気はねェよ。怖い目で見ンな」
そんなやり取りを交わす俺たちに、クラス中が困惑した視線を見せる。
とても仲が良いとは思えない会話。俺もヒシヒシと溢れ出る敵意を隠していない。
「で、二人って、結局何の用事なの？」
そんな空気を切り裂くように、美香の隣に立った女子が質問してきた。
確か彼女はーー美香に桃子と呼ばれていた、橋野桃子さんだ。
「普通に使役師関連の用事だよ。こいつとは嫌だけど、仕方なくね」
「テメェ、少しは敵対感を隠しやがれ」
「仕方ないだろ。お前と関わるだけで悪評が広まるんだよ」
そんな会話を繰り広げていると、少しばかり呆気に取られていた美香が口を開く。
「じゃ、じゃあ私も行く！」
「はァ？何でテメェが……」
「だって颯真に悪影響が出そうで心配だし。特に女の子方面とか……」
「出さねェよ！ 大体オレァ、最近はーー」
「おい、落ち着け」
俺は少し声が大きくなった武藤を静止した。
収まらない場を見かねて、俺は一先ずの方針を決める。
「とりあえずだけど、俺は美香がくるのには反対だ。武藤に近寄らせたくないし、それに男二人のとこに美香一人ってのは変だろ」
「っ、でも……」
「なら〜、私もついて行こうか？」
そう声を上げたのは、意外にも橋野さんだった。
「桃子！？」
「いや、流石にそういう訳には……」
横の美香が驚きに声を上げ、俺も申し訳ないと渋る。
しかし。
「オレァいいぜ」
「え？」
意外にも了承した武藤に驚きのあまり声が漏れた。
「ありがとー、武藤」
「ああ」
それから平然と武藤と会話する橋野さんに再び驚き、困惑する。
「え、知り合いだったの……？」
「まあねぇ〜……」
美香がおそるおそる聞くと、彼女は素直に頷いた。
「相沢君、私も一緒なら大丈夫かなー？」
「ん〜……まあ、なら、いい……のかな？」
そこら辺で話がついたことにより、こちらに聞き耳を立てていたクラスメイトが散り始める。
俺は四人になってしまった事を複雑に思いつつも、武藤が移動し始めたので美香と橋野さんを連れてついて行ったのだった。
｜｜
「で、何でカラオケ？」
話をするという事だったが、気づけば俺たちはカラオケに着いていた。
「ンだよ、ここなら話も出来るだろォ？」
言いながら俺たちは四人でわりかし広めのルームに入る。
俺が美香をドアから一番遠い席に座らせると、武藤は橋野さんをドア側のソファー奥に座らせる。
この配置だと橋野さんは武藤の隣になるのだが、大丈夫なのだろうか、と様子を伺いながら座る。しかし橋野さんは特に気に止めることもなく、持ってきた飲み物を置いた。
「誰から入れる〜？」
自然とマイクとカラオケ機種を取って曲を入れようとする橋野さん。
俺も普通に答えようとして、しかし即座に我に返る。
「誰からでもーーって違う。今日はカラオケをしに来たんじゃなくて、武藤と話があるんだよ」
「まあ別に良いじゃねェか。話は合間合間にも出来るだろ」
「良いのかよ……。まあ良いか」
「じゃ、私がトップバッターねー」
曲を検索し始めた橋野さんを置いて、俺から武藤に話を切り出す。
「で、結局どういう話をしてくれるんだ？」
武藤は橋野さんへ流していた視線を俺に戻した。
「ん……まぁ、色々だな。お前、所属はどこだ？ うちの夜廻組にお前の名前はなかったからなァ。無所属なら話は早いんだが」
「所属は天義組だな」
「そうか……。なら、難しそうだなァ」
「何がだよ？」
武藤の一人勝手な会話に、質問を投げかける。
もう少し伝わりやすく話して欲しい、と内心で不満を持つ。
「まあ、単刀直入に言うがなァ。どうやら、うちに入った小鳥遊の奴が相沢颯真も夜廻組に誘えってスカウトに頼んでいたらしくな。約束を裏切られてご立腹なんだ」
「はぁ？ なんであの小鳥遊が……俺、全国大会にも出てないぞ」
「ああ。夜廻組の方もなんでそんな実績の薄いやつを、と考えたらしくてな。だが、小鳥遊の奴クソ我儘でよォ、上に対しても引かなくてな。そこで同じ高校の俺が、相沢颯真について見てこいって話になったんだ」
衝撃の話に、俺は絶句する。
なんで小鳥遊の奴が、と考えると心当たりは一つしかない。
アンナの王印の事だ。気づかれた……とは考えにくいが、何かしらを見抜いたという可能性は高い。
「ま、結局天義組に所属しちまってた訳だ。夜廻組は見向きもしない実績だが、他の組織なら普通に欲しがって当然だしな」
「……流石に迷惑すぎるんだが。俺、小鳥遊とそんな関わりもないぞ？」
「ああ、だろうな。あの天才の考える事はいつも奇抜でよォ。だが、いつも何かしらの結果を生みやがる」
「俺も天義組に所属したばかりだし、流石に移籍は無理だ」
大体の結論が出揃う。
小鳥遊が、何故か夜廻組に俺を呼んでいる。
でも俺は既に天義組と契約済み。移籍する気もない。
あっという間に話が着いてしまった。
「歌うよ〜」
曲を入れた橋野さんが、マイクを手にとって前に立つ。
ま、後は普通にカラオケでも楽しむか、と思いながら俺は飲み物に口をつけたのだった。
｜｜
それから暫く歌い……。
俺が歌い終わったところで、順番が橋野さんに回った。
「美香、飲み物とってくるよ」
「あ、うん。お茶でお願い」
自分の飲み物を取るついでに、俺は美香のコップも預かって外を出ようとする。
ドアを閉じようとした瞬間、声がかかった。
「あー待て、俺も汲みに行く」
武藤もコップを空にしていたのか、同じタイミングで飲み物を取ろうと判断したらしい。
私の分もとってきてー、と橋野さんに頼まれて彼女のコップを取りながら、武藤は俺と共に部屋の外へ出た。
「そういや、武藤って夜廻組に入ったのか？ まだアカデミー生だろ？」
「あー、オレたちは所謂研修生扱いだな。雇用されてる訳じゃなくて、アカデミーに所属しながら提携として派遣されてる扱いだ。報酬は出るがな」
疑問が一つ解消される。
と言う事はアカデミー卒業と共にそのまま組織に所属するのだろう。
「そういう形なんだな」
そんな会話を交わしながら、俺たちはドリンクサーバーの前で足を止めた。
「ん？ てか橋野さんの飲み物聞かなくて良かったのか？」
俺が違和感に気づいて問いかけると、武藤は平然と答えた。
「あいつはいつもオレンジジュースだ」
「……結構仲良いのか？」
「んまあ……昔馴染みだなァ」
「そうか」
そういえば、武藤は今日やたら橋野さんをよく見ていた。
距離感も結構近い。後、意外と結構橋野さんに気を遣っている。
飲み物も、どちらかといえば女子に運ばせるようなイメージだった。
「そういや、俺がずっと前に見たあのギャルとはまだ付き合ってるのか？」
「誰だそりゃァ。時期的に言うと……五人目とかかぁ？ だいぶ前に別れてるぜ」
飲み物を取り、部屋に戻る途中違う話題を振ってみる。
しかし五人目か。本当に中学生の恋愛事情か、と耳を疑いたくなる。
「そうなのか。今は誰と付き合ってるんだ？」
「誰とも付き合ってねェよ」
……え？
思わず固まって、驚愕した。
「は！？ 武藤がか！？」
「なんで驚いてやがる……。まあ、七人目くらいで飽きちまってな。人間はみんな醜いが、俺に寄ってくる奴らは選りすぐりの醜さだったぜ」
「心の話か？」
「たりメェだろ。俺は面食いだ」
地味な暴露を受けて、苦笑する。
それから、武藤と仲良くなってしまっている自分に気づいて立ち止まりかけた。
案外悪くない奴なのか、と思ってしまう自分を疑問に思う。
粗暴だし口も下品だが、話は面白いし何より男としてのかっこよさに惹かれる。
今日は驚かされることばかりだ。
そんな風に思いながら、俺は美香達が歌っている部屋へと戻って行った。
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