73話 学校にて
秋風が髪を荒らす。
俺はその乱れた髪を少し整えながら、学校の玄関に入っていく。
もうそろそろ十二月に突入するくらいの季節柄。紅葉は木の上から地面に場所を変えたせいか、秋色が足元に散っていた。
玄関は人でごった返している。いつもの光景を見ながら、俺は土足を脱いで手に取った。
そして靴箱を開けた瞬間、疲労混じりのため息を吐き出した。
「またか……」
手紙が一つ、靴の上に乗っけられている。
おそらくはラブレターだろうか。以前までは律儀に対応していたが、最近ではもっぱら無視している。
朝の人の多い時間帯。視線は、自分に集められている。
嬉しいかと聞かれたら嬉しいが、面倒かと聞かれたら面倒だ。
最早仕方のない状況を受け入れながら、自分の周りの変化を俺は如実に受け取っていた。
「よォ、色男」
最近聴きなれてきた声に俺は目を細め、振り返る。
「武藤……」
「最近楽しそうじゃねえか」
「楽しくはないかな」
「の割にゃ、女に困ってなさそうだが?」
不遜な物言いに、俺はイラっとくる。
未だに俺の武藤に対する悪感情は消えていない。こいつとは相性が悪い。発言も神経に触る。
「俺は彼女がいるんだよ」
「二人目の彼女を作ったらどうだァ?」
「……その世界観を俺に当てはめるな。普通は一人なんだよ、彼女は」
「まァそうか……」
武藤にしては珍しく、納得しただと?
俺は普段とは様子の違う武藤を訝しんで、距離を取る。
馬鹿な。こいつは他人と意見が食い違えば、真っ向から即座に自論を展開するような奴だ。
相当な偏見ではあるものの、俺は不気味に思いながら彼の様子を伺った。
「おい、相沢」
「なんだよ?」
「お前、ちょっと今日の放課後付き合え」
「はぁ? なんで俺が……」
「先輩の使役師として、良い話があってよォ。ちなみに小鳥遊 結奈関連でもあるな」
「っ……」
上から目線の態度に、俺は呆れながらも。
その提案に魅力を感じ、小さく頷いた。
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「相沢君、人気だねぇ……」
「うん……」
「やっぱり美香的には心配?」
食堂の一角。
既に昼休みを迎え、颯真の周りには今日もたくさんの人が集まっていた。
私は友達の桃子とその様子を遠巻きに眺めながら、話していた。
こうやって颯真の周りに人が集まるようになったのは、彼が選定式を終えた翌日からだった。テレビに映っているのが同じ学校の人、ということもありすぐに拡散。
颯真を一目見ようと、違う学年の人さえこぞってこの教室にやって来た程だった。
「あそこの連中、みんな『使役師』を体験してみたいんだって」
「……どうせ長続きしないよ」
とはいえ、その熱も二週間近くした今、ある程度の落ち着きを見せている。
現在、彼の周りを取り囲んで会話を盛り上げているのは颯真きっかけに『使役師』に興味を持った男女達。
比重としては男八:女二くらいであるものの、彼氏が他の女と喋っているのを見ると嫌な気持ちになった。
「美香は一回、颯真君と潜ったんでしょ? どうだった?」
「どうだった、って言われても……。なんか、本当に想像とは違う感じ。そりゃ最初は楽しかったけど……」
「けど?」
「楽なのかなって思ったら全然だし、結構な時間潜ってもお金なんて全然稼げなかったし。颯真はよく続けたなって、私途中でやめちゃったから……」
異空探索には夢と憧れがある。
でも現実は結構、泥臭くって。颯真と潜った後、一人で何回か異空に行ったけど、全然先に進めなくて挫折した。エインセルとも、長らく会ってない。
「そうなんだ。やっぱり現実は厳しいんだねぇ……」
「……颯真もキッパリ断ればいいのに」
私は思わず、嫌なことをぼやいてしまう。
颯真はずっと一緒に潜って欲しいというような頼みを断っている。
それでも事情を知らない連中が群がり、中々引き下がらない。
颯真はよく言葉を濁す。それが出来るだけ相手の要望に応えたいという気持ちからなのは知っていた。でも、休み時間を悉く奪われるせいで最近、弁当を食べ残してしまうのを良く見かけていた。
「ご飯、やっぱり食べれてないよね」
行儀がいいからか、颯真は食事と会話を並行して行わない。
彼の目の前には、かなり豪華で美味しそうな弁当がたくさん並んでいる。自作である事を知ってちょっと頂戴、とせがむ男子に颯真は困った顔をする。それから少しだけと、苦笑して一切れ渡したりしていた。
颯真は結構、食に拘っている。
栄養バランスとかを考え、食が細いにも関わらず自作の弁当をひたすら胃に詰め込む事をしている。
身体を大きくするためらしいけど、その頑張りが不安だ。
「お人よしだねぇ……」
「だからって……。颯真、抱え込むタイプだから」
「心配?」
「……うん」
内心で感じている颯真のストレスを、私は計れない。
でも最近、颯真が嫌う行動である『愚痴』を思わず口走る頻度が増えた。
不安で仕方がない。
私はどうしてーー彼を癒せないのだろう。
寄り掛かるにはきっと、私は物足りなくて。
「相沢君が迷惑してるって、止めに行った方がいいんじゃない?」
「……でも、颯真は多分そういうの嫌がると思う」
「そっかぁ……」
桃子は優しい笑みを浮かべてくれて、それに少しだけ救われた私がいた。
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「おし、ちょっと来い相沢」
「……もうちょっとタイミングを見計らってくれよ、武藤」
武藤と約束を取り付けたはいいものの、まさかチャイムが鳴ってまだ殆どが教室にいる最中を突撃されるとは思っていなかった。
俺は思わず頭を抱えたくなり、先ほどまで俺と話していた生徒達は「何故武藤と?」という疑問が顔から滲み出ていた。
「悪い皆んな、ちょっと放課後はアイツと用事があって」
そう言って離れようとする。
周りからヒソヒソと声が上がった。
「あ……もしかして、使役師関連か?」
「あー、なるほどね」
「なんで武藤と、って思ったけど納得」
「いやー、でも意外とあの二人、気が合ったりして」
「性格悪い同士な」
周りにいた生徒達が好き勝手いう。
彼ら彼女らの言葉を無視して、俺は鞄を持って移動しようとする。
「やっぱ相沢も同じくらいのレベルのやつと組みたいよな」
「まあ、仕方ないか」
「俺、来週には初探索だからさ、明日も色々アドバイス頼むぞ」
そんな言葉が次々に投げかけられ、俺は思わず足を止めた。
突き放すような言い草。偏見に似た決めつけ。嫌悪が心で渦巻く。それを自制して、やんわりと否定の言葉を述べる。
「そんなことないよ。俺は話してる相手が誰とかは気にしないし、自分が価値のあると思う人と話してる」
その言葉を、クラスの連中は謙遜と受け取ったのか、軽く流す。
けれど。
後ろから、誰かが小さく「……嘘つけ」とつぶやいた。
聞き覚えのある言葉に、顔を歪める。
誰かは声だけで分かった。軽井は敵対心を隠さない目つきで、俺を睨みつけてくる。
俺は避けるように視線を逸らした。
あれ以来、ずっと仲は犬猿のまま修復されていない。
そんな俺の様子に気づかないのか、クラスメイト達に良い笑みで背中を押され、俺は武藤と教室を離れようとした。
その時。
「ま、待って……!」
美香が、俺の腕を掴んで止めた。
驚いて思わず振り返った俺に、美香は続けて言った。
「もしかして、颯真脅されてる?」
真剣な声色で俺を心配してくる美香に、思わず吹き出しかけた。




